かたいなか

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「どこだっけな、今回のお題のネタとして書くつもりは無ぇけど、ずーっと水以外の別の雨が降り続いてる天体があるらしいぜ」
『ずっと雨が降り続いてる星』って検索したら、「天王星ではダイヤモンドの雨が降っています」とか出てきたわ。すげーよな。 某所在住物書きは窓の外の晴天をチラリ、数秒見てすぐスマホに目を戻した。

先々月の「ところにより雨」、去年11月の「柔らかい雨」、それから9月の「通り雨」。
このアプリにおいて「雨」は遭遇率が比較的高く、ゆえに物書きはネタの枯渇を少し気にしている。
去年6月の「梅雨」は茶葉の品種「あさ『つゆ』」にかけた。「通り雨」はそれそのものではなく、雨で濡れた後のドライヤー云々をネタにした。
では、今回の「降り止まない雨」は?
「去年は職場で大量に降りかかってくるストレスを『降り止まない雨』ってことにしたな……」

――――――

最近最近の都内某所、某稲荷神社近くの茶葉屋にある完全個室なお得意様専用飲食スペース、夜。
べろんべろんに酔っ払った後輩の話を、先輩が彼女のツマミの世話をしながら聞いており、
先輩側の親友は己の愛する妻と娘宛てに美味のデリバリーを注文。後輩側の同僚は後輩が追加注文した小鉢を狐型の配膳ロボットから受け取っている。
先輩は名を藤森、同僚は付烏月、ツウキといった。

「あのね、しぇんぱい」
後輩はテーブルにほぼほぼ突っ伏しかけていた。
「あたし、せんぱい去年いったこと、覚えぇるぅ」
酒で火照った体温が心地良いのであろう、後輩の膝の上では看板子狐が、狐団子でリラックス。
時折くしゃみなどしているのは、後輩の呼気に含まれるアルコールのせいだろう。

「『止まない雨はある』」
キリッ。突如シラフに、戻ったような気のせいなような、しかし相変わらずの後輩は、
3杯目のラムネ割りを飲もうとして、付烏月にこっそり水入りのコップを掴まされた――気付かない。
「『仕事の向き不向き。人付き合いの得意不得意。時代。運。他人の悪意。……どこでも雨は降る――降って体温と体力を削ってくる』」

あぁ、はい。そうだな。藤森は本日この話を聞くのが2回目。要するに後輩は藤森を祝いたいのだ。
9年ほどの長期間に渡って続いた藤森と元恋人との恋愛トラブルが、ようやく完全に解決したから。
後輩の提案により、元恋人の呪縛から自由になれた藤森と、その友人達とでお疲れ様パーティーを開くことになったのだが、その結果がこれなのだ。

「せんぱいの雨は、やっと、止んだんだよ。せんぱいの長い長い雨は、やっと、にゃんにゃんだよ」
詳細は前回、前々回投稿分付近参照だが、ぶっちゃけスワイプが非常に面倒である。
細かいことは、気にしてはいけない。
「しぇんぱいの、削れたたいおんとたいりょく、もどってくると、いいね」
よかったにぇ。
後輩はにっこり笑い、コップの中身を飲み干した。

「藤森、後輩ちゃんの言ってる『降り止まない雨はある』って、なに?何のハナシ?」
「宇曽野の受け売りだ。去年ウチの新人が上司のいびりで離職することになって、たしかその時」
「どういう状況?」
「黙秘」

「覚えてるよせんぱい。『止まない雨はある』」
べろんべろんに酔っ払った後輩の「止まない雨」エピソードは、堂々3巡目に突入。
「せんぱいの雨は、やっと止んだんだよ。もう、元恋人を怖がらなくていいんだよ」
よかったね。よかったにぇ。
べろんべろんは再度笑って、膝の上の子狐を撫でくりまわし、でろんでろん、ぐでんぐでん。
「でもね、せんぱいの指輪は、指輪なんだよ……」
テーブルに突っ伏す彼女の最後の言葉は、完全に意味と意図が行方不明であった。

「なんだ。私の指輪って」
「知らなぁい」

藤森の後輩が幸福にぐーぐー寝落ちてしまったので、その日のパーティーはこれでおしまい。
終電もとうに過ぎた時間帯のため、寝落ちた後輩は、店の店主の好意と厚意により、稲荷神社の宿泊スペースで一時保護することに。
「雨ねぇ」
後輩に付き添い、大きなため息をひとつ吐く藤森。
降り止まない雨やら止む雨やらは置いといて、
この後輩が豪雨ほど浴びた酒が抜けるのはいつになるだろうと、二日酔いに利く薬を探しにドラッグストアへ向かうのだった。

5/26/2024, 4:57:18 AM