かたいなか

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5/19/2024, 3:26:42 AM

「いつだったかな。先日は『愛があれば』だった」
某所在住物書きは過去投稿分の題目を辿りながら、小首をひねる。
このアプリにおいて、「恋」と「愛」は月例のお題と言っても良さそうな出題頻度であった。
「愛と平和」、「愛を叫ぶ」、「初恋の日」、「失恋」「本気の恋」。「秋恋」は何月だったか。

似たお題の頻出はネタ枯渇の危機こそあるものの、ひとつの言葉を多角的、多方向的に観察し直す練習としては丁度良さそうであった。

「続き物っぽい文章を1年以上投稿して思ったけどさ。やっぱ、『付かず離れずな日常風景の相棒もの』な物語って、ハナシ続けるのラクな気がする」
ベッタリ恋愛ものは続かねぇの。恋愛皆無の仲間ってのは俺の好物なの。
心の距離感便利。物書きはポツリ結び、今日も文章を投稿する。

――――――

昨日の猛暑から一転、今日の東京はいい具合に過ごしやすい気温に戻った――気温に関してだけは。
昨日と一昨日でろんでろんに溶けてた、雪国の田舎出身だっていう先輩も、今日は通常運転。
雨の湿度と気温の乱高下でぐったりしてる私の代わりに、先輩の故郷のソウルフードを、つまり簡単でサッパリしたお手軽冷やし麺を作ってくれた。

「なんていう料理だっけ。冷やしラーメン?」
「ざるラーメン、あるいは、ざる中華や中華ざると呼ぶ地域もある。基本的には、冷水でしめた中華麺をめんつゆで食う。今日は胡麻ダレも用意した」
「ふーん」

今朝は、去年辞めてった元新人ちゃんから、バチクソ久しぶりにDMが届いた。
去年の4月1日で左遷されたウチの本店の前係長、名前通りのオツボネ係長にいじめられた心の傷が酷くて、最終的に辞めてった。
今はすごく元気にしてますと。
ホテルのレストランで仕事をしているので、ぜひランチでもディナーでも、食べに来てほしいと。
向こうの上司や先輩と一緒に笑ってピースしてる画像を添えて、送ってきた。

元新人ちゃんは先輩に恋をしてた。
オツボネ係長にいじめられてたとき、元新人ちゃんの悩みと苦しみを聞いてくれた先輩に。
そして、それはどうやら、初恋らしかった。

暑さが落ち着いたら、近い内に、先輩のお宝情報でも持って。当時の苦労話でもしながら。

「私のお宝情報?」
お昼ごはんの最中、元新人ちゃんのハナシを「初恋さん」に渡したら、冷やし麺を突っつく手を止めて、首を傾け口をあんぐり開けた。
「何故、私の情報が要る?」

「だって元新人ちゃん、ゼッタイ恋してたし」
「こい?……だれに?」
「先輩以外いないでしょ。去年の4月4日か5日頃に1回先輩に相談して、その後も先輩に相談して、どっちも『オツボネ係長がトラウマで、今すごく弱ってます』って話だったじゃん。忘れた?」
「忘れるものか。……たまたま、係長への密告リスクの低い相談者が私だっただけだ」

「ああいう社会に出たばっかりのバンビちゃんってね。追い詰められてるときに優しくされると、キュンしちゃうんだよ」
「はぁ」
「てことで、交際決まったら呼んで。『ウチの先輩はやらん!』の頑固オヤジ役やりたいから」
「私はお前の何なんだ」

そもそも恋なんてものはだな。
所詮不勉強の付け焼き刃知識でしかないが、
前頭前野の活動鈍化とドーパミンの活発な分泌と、血中コルチゾールの上昇等々による、ただの生理現象であってだな。
照れもせず顔を赤くもせず、ただ淡々と、先輩はいつもの心理学&脳科学講義を、つらつら。

「先輩」
びしっ。私が人差し指を伸ばし、突き立てて、小さく左右に振り、
「恋の前にはね。ゼントーゼンヤは無意味なの」
恋物語は学問云々じゃなく、多分ハートから始まるんだよ、って意味でポツリ言うと、
「その通り。前頭前野は無意味だ」
なんか全然違う、ちゃんとした学問の話で意味が完璧に通じちゃったらしく、一度、深く頷いた。
ちがう。そうじゃない。

5/18/2024, 4:58:38 AM

「このアプリの文章投稿、意外と真夜中と20時21時頃と、正午付近に集中してる説」
ぶっちゃけアプリ入れてから1年と少ししか経ってねぇから、気のせいの可能性の方が大だが。
某所在住物書きは真夜中に書き終えていた文章を推敲し、結局削除しながらチョコを食べていた。
深夜テンションで書いた初稿はその大部分がカット。ほぼ全滅であった。

「かく言う俺も結構深夜テンションで書いて……」
深夜テンションで書いて、真夜中投稿してる。そう付け加えたくて己の過去投稿分をさかのぼるも、今年に入って昼投稿ばかりであることに気付き、
「寝て起きて『コレ違う』って大部分修正するわ」
ぽつり。己の深夜帯の文才を疑問視する。

――――――

真夜中は日中ほど、インスリンが働いてくれないので、夜食は潜在的に脂肪になりやすい。
そんな小ネタを観たような、実はデマなような、なんなやらを覚えている物書きです。
今回はこんなおはなしをご用意しました。

最近最近の都内某所、某アパートの一室、真夜中。
部屋の主を藤森といいまして、
小さなため息ひとつ吐いて、頬杖なんかついて、
どうやって侵入してきたとも分からない稲荷の子狐を、穏やかに見ておりました。
藤森はこの子狐のお得意様でした。子狐のお母さんが茶っ葉屋さんをしており、藤森はそのお店の大切なリピーターなのです。

「おとくいさん、再来週、たいへん」
物言う子狐はお尻と後ろ足でもって体を支え、
前足で器用にスープカップを持ち、
愛情と幸福でぽっこり膨れたおなかを、ピチャピチャ、ホットミルクで満たします。
「おとくいさんをイジメるひと、来週帰ってくる」
コン、コン。子狐は言い終えると、藤森が作ってくれたホットミルクに顔を戻しました。

「私の初恋のひとが、1ヶ月の新人研修旅行から来週の金曜日、帰ってくるハナシか」
あぁ。これは、おかわり要請コースだな。
コンコン子狐のミルクの減り具合を見て、藤森、おもむろに牛乳をぼっち鍋へ投入。
ジンジャーパウダーと、シナモンパウダーと、砂糖少々を振りまして、ひと煮立ち。
案の定、子狐コンコン、飲み終えたカップを両手で藤森に差し出しました。
「どこで聞いたんだ、子狐?お前にはそのこと、一度もひとつも、話していない筈だが?」

約10年前、初恋を経験した藤森。
この初恋さん、実は恋人厳選厨の理想押し付け厨、恋愛対象を自分のアクセサリー程度にしか思ってないタイプの執着強火さんでして、
藤森、1年で心をズッタズタに壊されたのです。
で、藤森から縁を切った筈だったのですが、執着強火な初恋さん、3月に中途採用として職場に入ってきまして。つまり藤森を追ってきたのです。
詳しくは前々回投稿分参照ですが、ぶっちゃけスワイプが面倒なので、気にしない、気にしない。

「キツネ、ぜんぶしってる。キツネうそいわない」
「そうか。で?」
「キツネわかる。おとくいさんをイジメるひと、あーなってこーなって、そーなって、泣いちゃう」
「すまないよく分からない」
「ここから先は、ベットリョーキンです」
「はぁ」
「ホットミルクとお揚げさん、モーシウケます」

「腹が減ったのか」
「ちがうもん。タクセンりょー、託宣料だもん」
「私の実家から、今年も根曲がり竹が届いている。お前の好きなホイル焼きなら、すぐ作れるが」
「たべる!タケノコ、たべる!」

ビタンビタンビタン!
まるでサーキュレーターか扇風機のように、コンコン子狐、尻尾を振り回します。
都内キロ単価3千5千オーバーの味を、なにより藤森の善き心魂を込めた料理の優しさを、コンコン子狐、ガッツリ学習済みなのです。
ビタンビタンビタン、びたんびたんびたん!
尻尾をバチクソ振り回す子狐に、藤森、2度目の小さなため息を吐いて、
雪国の実家から届いた段ボール箱から根曲がり竹を5本くらい、出してアルミホイルに包みます。

(結局、何故あのひとが帰ってくることを知っていたのか、子狐に聞けずじまいだった)
魚焼きグリルにホイルを並べて、スイッチオン。
真夜中の夜食の準備、もとい、捧げ物の用意です。
(そもそも「あーなってこーなって」「そーなって」「泣いちゃう」とは?)
藤森の背後でガサゴソ、音がするので振り返ると、
食いしん坊の子狐が段ボール箱に頭を突っ込み、コリコリ。タケノコをつまみ食いしておったとさ。

「おいしい。おいしい」
「……マヨネーズ、要るか」
「いる!」

5/17/2024, 2:18:17 AM

「『私にAさんへの』愛があれば、『Aさんに私への』愛があれば、『某会社に本当に○○への』愛があれば……あとは、何だろうな?」
個人的に、「愛があれば何でもできる」より、「恋があれば何でもやってしまう」がしっくり来るんよな。某所物書きはスマホをスワイプしながら呟いた。
恋愛中は我慢と理性のブレーキが緩みに緩んで、だいたい何でも「やらかす」。前頭前野が仕事をせず、ドーパミンが暴れるせいだ――知らんけど。

「愛があれば『痛みの軽減』ができる場合がある、ってのはどこかの番組で見た」
痛覚的に「いたい」物語は、程度によってはアレルギーを起こすので、投稿できない物書きである。
「愛があっても運とカネが無けりゃ、ガチャは勝てねぇんだよなぁ……」
精神的に「いたい」物語は内容による。
なお完全に蛇足ながら、残り数日、物書きは節約が必要である――「何でも」できることだろう。
たとえば1食200円未満メシとか。

――――――

「『あいがあれば』? ふざけるな」
雪国の田舎出身な先輩が溶けた。
「あいがあれば、ひもまたすずし、か?あいがあれば、とーきょーのきおんを、さげられるか?」
東京の、今日の最高気温は27℃予報。朝の時点でもう20℃を超えた。明日は最高29℃予想らしい。
「やってみせろ。できやしない。あいがなんだ」

本店から諸事情でウチの支店を訪れた先輩が溶け、
3月からこの支店で一緒に仕事してる付烏月さん、ツウキさんが興味本位に先輩をツンツンしてて、
支店長なんかお腹抱えて「変な咳払い」してる。
今週から正式にウチの配属になった新卒ちゃんは、開いた口が塞がらない――スマホで119番しようとさえしてたけど、そこは私が止めた。

真夏もほぼ35℃以下、冬は最「高」気温氷点下。そこから上京してきた先輩は、東京に来てもう長い筈なのに、毎年毎年4月の20℃、5月6月の夏日で、暑さに負けて溶けてエアコンが効き始めるまで机に頬つけて死んでる。
「だまされるものか。あいなど、あってもなつは、すずしくできない……」
さっきから愛に恨みをぶつけてるのは、本店某部署の体育会系なタイイク課長が「お客様への愛があれば」とケアレスミス注意の朝会スピーチをしたからだと推測される。まぁ、いつものことだ。
「何でもできる」がどうとかも言ったに違いない。

いつもバリバリ仕事して、いざというとき頼りになって、真面目で感情ちょっと平坦な先輩が、でろるんと、チカラなく頬も指先も重力に任せてる。
それは本店でよく見てた風物詩。「春も終わるなぁ」と、しんみりし始める目印だった。

27℃か(夏かな)
明日29℃か(春だよ)

「あのね先輩。『愛があれば何でもできる』って、そういうハナシじゃないと思う」
「いいや。『なんでも』、できるハズだ。なんでもできるなら、あいがあれば、おんだんかだって」
「行間読むって大事だと思うよ先輩。あと新人ちゃんが持ってきた情報だけど、ウチのフロアのエアコン不具合か何かで調整入るって。動くの数時間後だって」
「おのれタイイク」
「いやタイイク課長関係無いし。……アイス買ってくるけど、先輩いつものやつ?」
「たすかる。ありがたい。たのんだ」

愛よりアイス。アイスは夏日を救う。
アイスがあれば、何でもできる?
なんか、ささやき程度の小さい声で、アイスと私への感謝を述べてる先輩。
東京の明日は、今日より暑い。
もしも先輩が先輩の幼児を終わらせて、本店に帰る道中で、数分〜十数分以内に近所で救急車が鳴ったら、その音は多分、暑さにより路上で溶けちゃった熱中症先輩のお迎えだと思う。

5/16/2024, 4:04:38 AM

「お題の連想ゲームは、結構心がけてるわ」
人生ぶっちゃけ後悔の連続だと思うがどうだろう。某所在住物書きは去年の今頃購入した某グミ付属のソードピック数本を眺めて、呟いた。
金のピックは無かった。しかし青は残り1本でコンプリートだったのだ。
何故その残り1本を当時追わなかったのか。

「『後悔』、だろう。後悔『する』のか『しない』のか、そもそも『何に対する』後悔か。
『後悔』が花言葉の花は複数あるが、その中のカンパニュラ、後悔の他に『抱負』や『誠実』なんて花言葉もあるぞ?――って具合に」
買って後悔せよ。買わず後悔するより良い。
「……ガチャは得てして『後悔』多しよな」
結局コレなのだ。物書きは大きなため息を吐き、再度青いソードピックを眺める。

――――――

ガチャと人生と恋愛は、神引きと爆死と後悔の連続。のめり込み過ぎると痛い目を見る気がする物書きです。今回はこんなおはなしをご用意しました。
だいたい8〜9年前。まだ年号が平成だった頃。
都内某所で、とある雪国出身者が、初恋のひとの前から突然姿を消しました。
雪国出身者は名前を附子山といいました。

同じ職場で前日まで、普通に一緒に働いていたのに、まるでコインをひっくり返したように、あるいは長々書いていた文章を全選択して一括削除したように。
附子山は、電話番号もグループチャットのアカウントも、住み慣れたアパートの一室さえ、
すべて、ごっそり、さっぱり。消して絶って引き払ってしまっておりました。

これに一時パニクって、ガッツリ後悔しまくったのが「初恋」側。思い当たる節が多過ぎたのです。
失踪当日から1週間程度、急きょ有休を申請して、行方を探し続けました。
初恋側は名前を加元といいました。

(別垢で、愚痴ってたのがバレた?)
加元にとって附子山は人生二度目の恋人。顔に惚れ、性格に解釈違いを起こし、趣味が地雷でした。
(皆愚痴るでしょ?あれでも我慢した方だよ?)
「地雷」、「解釈不一致」、「話合わない」、「頭おかしい」、等々。
吐き出せる場所が呟きアプリの鍵無し別垢しか無くて、毒を数度、ポロリしました。
前の恋人と比較して愚痴って、それでも附子山を捨てられなかったのは、「恋」のステータスを手放したくなかったから。

恋に恋するタイプの加元にとって、恋人は己を飾るジュエリー、あるいは自分を映すミラーでした。

(まだ間に合う?まだ元に戻せる?)
ごめんなさい。言葉が人をこんなに傷つけることを、ちゃんと理解してなかっただけなの。
せめて目の前から消える前にこっちの言い分を聞いて、話をさせて。勝手に逃げて一人勝ちしないで。
弁明と抗議を伝えたくて、区内は勿論、近隣も日夜探し続けましたが、手がかりひとつ見つからず。
珍しい名字のひとだから簡単に足がつくだろうと、依頼料の金額に目をつぶって頼った探偵も、「都内にこの名字は居ませんね」と空振りでした。

そりゃそうです。
附子山、加元が自分を追ってくることを見越して、既に合法的に手を打っておったのです。
詳細は過去作5月4日&3日投稿分あたりで紹介してますが、スワイプがバチクソに面倒なので、気にしない、気にしない。

「会いたい」
それから何度か誰かと恋をして、誰かを振って誰かに振られて、また別の誰かと恋をして。
結局「あの二度目の恋人」が、トークも性格も解釈不一致で地雷だったけど、一番優しくて誠実なひとだったと、気付いて再度行方を追って。
「どこにいるの、附子山さん……」

ちなみに執着と所有欲の強い加元、今年になってようやく附子山の勤務先を突き止めまして、そこへの就職にも成功したのですが、
先月から始まった1ヶ月新人研修のせいで未だに本人と会えてないようで、
相変わらず、8〜9年前に附子山を「解釈違い」としてディスったことを、後悔し続けているとか、むしろ姿を隠し続ける附子山に毒を吐き続けているとか。
どっちでしょう。ほっときましょう。

5/15/2024, 5:24:15 AM

「風に身を、『任せる』なら多分人間、『蒔かせる』なら植物の種子、『巻かせる』なら葉っぱか紙切れ、『撒かせる』なら水か……尾行を撒くとか?」
まぁ、漢字の変換先によっちゃ、色々書けそうではあるわな。某所在住物書きは外を見ながら呟く。
相変わらず書きやすいネタが思い浮かばないのだ。そろそろネタの新規開拓を兼ねて、何かどこか、フラリ外出も良いかもしれない――たとえば居酒屋とか。

「お題の前に名詞つけて、『イタリア風に身をまかせ』とか、『チョコ風に身をまかせ』とか、
……いや、書けねぇ。なんだチョコ風って」
駄目だ。本当に最近、加齢で頭が働かなくなった。
物書きはガリガリ頭をかく。
「無難に『任せる』で書くのがイチバンかなぁ」

――――――

昔々のおはなしです。まだ年号が平成だった頃、だいたい2010年頃のおはなしです。
真面目で優しい田舎者が、雪降る静かな故郷から、春風に身をまかせるような清純さで、ふわり、ふらり、東京にやって来ました。
今は諸事情あって、名前を藤森といいますが、当時は附子山といいました。
人間嫌いか厭世家の捻くれ者になりそうな名字ですが、気にしません、気にしません。

「すいません。ご丁寧に、道案内までして頂いて」
これからの住まいとなるアパートへの、行き方がサッパリ分からぬ附子山。
たまたま近くに居た都民に助けを求めたところ、「なんなら一緒に行ってやる」との返答。
後に、附子山の親友となるこの都民、宇曽野は、ウソつきそうな名字ですが、とても良心的な男でした。

「地下鉄の乗り方は」
興味半分、退屈しのぎ四半分に、親切残り四半分で、ナビを引き受けた宇曽野。
ふわり、ふらり、春風に身をまかれる花のようにアッチコッチ視線を向ける附子山に尋ねます。
「大丈夫か、それとも、説明した方が?」
宇曽野は婿入りの新婚さん。この日も愛する嫁のため、外回りの用事やら手続きやら、なんなら重い物の買い出しなど、しに行く最中でありました。

「ちかてつ……」
途端、附子山の表情が、不安なバンビに曇ります。
「地下鉄は、迷路だの、迷宮だのと聞きました。私でも、乗れるものでしょうか」
ぷるぷる。あわあわ。バンビな附子山がはぐれて、迷わぬよう、宇曽野が手を引き、地下鉄の駅へ。
初めて無記名電子マネーカードを購入し、初めてカードにチャージして、初めてキャッシュレスで改札を通る附子山は、宇曽野には完全に興味の対象で、なにより嫁への土産話のネタでした。

「これが、都会の改札か……!」
購入したばかりの無記名カードを掲げ、キラリ好奇の瞳で、それを見上げ眺める附子山。
「便利だなぁ。私の故郷の鉄道に導入されるのは、何年後だろう」
このまま放っておいては、附子山、フワフワ好奇の風にのって迷子になりかねませんので、
飛んでってしまわないように……もとい、正しい道を辿れるように、宇曽野はしっかり、目を離さず、時折声をかけてやったりしていたのですが、

「あの、あれは、何ですか?」
「ただの商業ビルだ」
「あれは?あれは、何をしているのですか?」
「慈善活動。炊き出しと募金だ」

「あのたくさんの露店は?」
「別に祭りでも何でもない」
「あのにぎわいで、まつりじゃない……?」
「おい。行くな。多分お前は迷子になる」

ふわり、ふらり。ふわり、ふらり。
地下鉄から地上に出た途端、やっぱり春風に身をまかせる花か若葉のように、キラリ澄んだ瞳の附子山、あれそれ、コレドレなのでした。
「茶香炉の良い香りがします。あそこの店だ」
「『チャコーロ』?」
「お茶の露店なんて、私の故郷では見たことがない。本店はどこだろう?どの産地と品種かな」
「こら待て。待……ステイ!」

ふわりふらりな附子山を、なんとか目的地まで連れていった宇曽野。
礼儀正しく深々と、丁寧にお礼のお辞儀をする附子山は、至極幸福そう。
宇曽野はほんの少し疲れ気味ながら、愛する嫁への土産話ができたので、悪い気はしてない様子。
今から約10年前の当時、附子山も宇曽野も双方、互いが互いに別の場所で再度巡り合い、親友の絆を結ぶことなど、知るよしも、なかったのでした。
春風に身をまかせる花の人と、花を導く保護者のおはなしでした。 おしまい、おしまい。

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