かたいなか

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「風に身を、『任せる』なら多分人間、『蒔かせる』なら植物の種子、『巻かせる』なら葉っぱか紙切れ、『撒かせる』なら水か……尾行を撒くとか?」
まぁ、漢字の変換先によっちゃ、色々書けそうではあるわな。某所在住物書きは外を見ながら呟く。
相変わらず書きやすいネタが思い浮かばないのだ。そろそろネタの新規開拓を兼ねて、何かどこか、フラリ外出も良いかもしれない――たとえば居酒屋とか。

「お題の前に名詞つけて、『イタリア風に身をまかせ』とか、『チョコ風に身をまかせ』とか、
……いや、書けねぇ。なんだチョコ風って」
駄目だ。本当に最近、加齢で頭が働かなくなった。
物書きはガリガリ頭をかく。
「無難に『任せる』で書くのがイチバンかなぁ」

――――――

昔々のおはなしです。まだ年号が平成だった頃、だいたい2010年頃のおはなしです。
真面目で優しい田舎者が、雪降る静かな故郷から、春風に身をまかせるような清純さで、ふわり、ふらり、東京にやって来ました。
今は諸事情あって、名前を藤森といいますが、当時は附子山といいました。
人間嫌いか厭世家の捻くれ者になりそうな名字ですが、気にしません、気にしません。

「すいません。ご丁寧に、道案内までして頂いて」
これからの住まいとなるアパートへの、行き方がサッパリ分からぬ附子山。
たまたま近くに居た都民に助けを求めたところ、「なんなら一緒に行ってやる」との返答。
後に、附子山の親友となるこの都民、宇曽野は、ウソつきそうな名字ですが、とても良心的な男でした。

「地下鉄の乗り方は」
興味半分、退屈しのぎ四半分に、親切残り四半分で、ナビを引き受けた宇曽野。
ふわり、ふらり、春風に身をまかれる花のようにアッチコッチ視線を向ける附子山に尋ねます。
「大丈夫か、それとも、説明した方が?」
宇曽野は婿入りの新婚さん。この日も愛する嫁のため、外回りの用事やら手続きやら、なんなら重い物の買い出しなど、しに行く最中でありました。

「ちかてつ……」
途端、附子山の表情が、不安なバンビに曇ります。
「地下鉄は、迷路だの、迷宮だのと聞きました。私でも、乗れるものでしょうか」
ぷるぷる。あわあわ。バンビな附子山がはぐれて、迷わぬよう、宇曽野が手を引き、地下鉄の駅へ。
初めて無記名電子マネーカードを購入し、初めてカードにチャージして、初めてキャッシュレスで改札を通る附子山は、宇曽野には完全に興味の対象で、なにより嫁への土産話のネタでした。

「これが、都会の改札か……!」
購入したばかりの無記名カードを掲げ、キラリ好奇の瞳で、それを見上げ眺める附子山。
「便利だなぁ。私の故郷の鉄道に導入されるのは、何年後だろう」
このまま放っておいては、附子山、フワフワ好奇の風にのって迷子になりかねませんので、
飛んでってしまわないように……もとい、正しい道を辿れるように、宇曽野はしっかり、目を離さず、時折声をかけてやったりしていたのですが、

「あの、あれは、何ですか?」
「ただの商業ビルだ」
「あれは?あれは、何をしているのですか?」
「慈善活動。炊き出しと募金だ」

「あのたくさんの露店は?」
「別に祭りでも何でもない」
「あのにぎわいで、まつりじゃない……?」
「おい。行くな。多分お前は迷子になる」

ふわり、ふらり。ふわり、ふらり。
地下鉄から地上に出た途端、やっぱり春風に身をまかせる花か若葉のように、キラリ澄んだ瞳の附子山、あれそれ、コレドレなのでした。
「茶香炉の良い香りがします。あそこの店だ」
「『チャコーロ』?」
「お茶の露店なんて、私の故郷では見たことがない。本店はどこだろう?どの産地と品種かな」
「こら待て。待……ステイ!」

ふわりふらりな附子山を、なんとか目的地まで連れていった宇曽野。
礼儀正しく深々と、丁寧にお礼のお辞儀をする附子山は、至極幸福そう。
宇曽野はほんの少し疲れ気味ながら、愛する嫁への土産話ができたので、悪い気はしてない様子。
今から約10年前の当時、附子山も宇曽野も双方、互いが互いに別の場所で再度巡り合い、親友の絆を結ぶことなど、知るよしも、なかったのでした。
春風に身をまかせる花の人と、花を導く保護者のおはなしでした。 おしまい、おしまい。

5/15/2024, 5:24:15 AM