かたいなか

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「いつだったかな。先日は『愛があれば』だった」
某所在住物書きは過去投稿分の題目を辿りながら、小首をひねる。
このアプリにおいて、「恋」と「愛」は月例のお題と言っても良さそうな出題頻度であった。
「愛と平和」、「愛を叫ぶ」、「初恋の日」、「失恋」「本気の恋」。「秋恋」は何月だったか。

似たお題の頻出はネタ枯渇の危機こそあるものの、ひとつの言葉を多角的、多方向的に観察し直す練習としては丁度良さそうであった。

「続き物っぽい文章を1年以上投稿して思ったけどさ。やっぱ、『付かず離れずな日常風景の相棒もの』な物語って、ハナシ続けるのラクな気がする」
ベッタリ恋愛ものは続かねぇの。恋愛皆無の仲間ってのは俺の好物なの。
心の距離感便利。物書きはポツリ結び、今日も文章を投稿する。

――――――

昨日の猛暑から一転、今日の東京はいい具合に過ごしやすい気温に戻った――気温に関してだけは。
昨日と一昨日でろんでろんに溶けてた、雪国の田舎出身だっていう先輩も、今日は通常運転。
雨の湿度と気温の乱高下でぐったりしてる私の代わりに、先輩の故郷のソウルフードを、つまり簡単でサッパリしたお手軽冷やし麺を作ってくれた。

「なんていう料理だっけ。冷やしラーメン?」
「ざるラーメン、あるいは、ざる中華や中華ざると呼ぶ地域もある。基本的には、冷水でしめた中華麺をめんつゆで食う。今日は胡麻ダレも用意した」
「ふーん」

今朝は、去年辞めてった元新人ちゃんから、バチクソ久しぶりにDMが届いた。
去年の4月1日で左遷されたウチの本店の前係長、名前通りのオツボネ係長にいじめられた心の傷が酷くて、最終的に辞めてった。
今はすごく元気にしてますと。
ホテルのレストランで仕事をしているので、ぜひランチでもディナーでも、食べに来てほしいと。
向こうの上司や先輩と一緒に笑ってピースしてる画像を添えて、送ってきた。

元新人ちゃんは先輩に恋をしてた。
オツボネ係長にいじめられてたとき、元新人ちゃんの悩みと苦しみを聞いてくれた先輩に。
そして、それはどうやら、初恋らしかった。

暑さが落ち着いたら、近い内に、先輩のお宝情報でも持って。当時の苦労話でもしながら。

「私のお宝情報?」
お昼ごはんの最中、元新人ちゃんのハナシを「初恋さん」に渡したら、冷やし麺を突っつく手を止めて、首を傾け口をあんぐり開けた。
「何故、私の情報が要る?」

「だって元新人ちゃん、ゼッタイ恋してたし」
「こい?……だれに?」
「先輩以外いないでしょ。去年の4月4日か5日頃に1回先輩に相談して、その後も先輩に相談して、どっちも『オツボネ係長がトラウマで、今すごく弱ってます』って話だったじゃん。忘れた?」
「忘れるものか。……たまたま、係長への密告リスクの低い相談者が私だっただけだ」

「ああいう社会に出たばっかりのバンビちゃんってね。追い詰められてるときに優しくされると、キュンしちゃうんだよ」
「はぁ」
「てことで、交際決まったら呼んで。『ウチの先輩はやらん!』の頑固オヤジ役やりたいから」
「私はお前の何なんだ」

そもそも恋なんてものはだな。
所詮不勉強の付け焼き刃知識でしかないが、
前頭前野の活動鈍化とドーパミンの活発な分泌と、血中コルチゾールの上昇等々による、ただの生理現象であってだな。
照れもせず顔を赤くもせず、ただ淡々と、先輩はいつもの心理学&脳科学講義を、つらつら。

「先輩」
びしっ。私が人差し指を伸ばし、突き立てて、小さく左右に振り、
「恋の前にはね。ゼントーゼンヤは無意味なの」
恋物語は学問云々じゃなく、多分ハートから始まるんだよ、って意味でポツリ言うと、
「その通り。前頭前野は無意味だ」
なんか全然違う、ちゃんとした学問の話で意味が完璧に通じちゃったらしく、一度、深く頷いた。
ちがう。そうじゃない。

5/19/2024, 3:26:42 AM