「このアプリ、恋ネタ愛ネタは比較的多いんだわ」
先々月の「愛と平和」、去年12月の「愛を注いで」に11月の愛情、それから10月の「愛言葉」。
これに類義語の「恋」も含めれば、直近でも、もう少し増えるだろう。
某所在住物書きは過去投稿したお題を辿りながら、大きなアクビをひとつ、ふたつ。
各地で観測されたオーロラが居住地でも見えやしないかと、妙な時間に散歩に出たのだ――40分歩いて早々に挫折したが。
「オーロラ見ながら愛を、『叫ぶ』のは……」
ちょっと違うかな。物書きは首を傾ける。
いけない。頭が働かない。 寝不足 猛暑 ネタ枯渇も 太陽フレアのせいだろう。
――――――
二次創作、クソデカボイスで推しカプ推しシチュへの愛を叫ぶと、同程度のクソデカボイスで解釈違いだの地雷だののアレルギー報告が返ってくる説。
それはその辺に置いといて、昔々のおはなしです。完全に非現実的なおはなしです。
◯◯年前の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、一家で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の若狐が、前回投稿分に登場した子狐のお父さん。お嫁さんを探す時期になりました。
祭神のウカノミタマのオオカミ様が、「北に良き相手あり」とお告げをくださったので、
後のコンコン父狐、お告げに従い北上の旅です。
当時のコンコン若狐、お嫁さん探して北上の旅です。
「東京の狐のお嫁さん?私が?」
まずは近場を尋ねましょう。
緑茶の若芽がエメラルドに輝く埼玉県、狭山の静かな茶畑で、コンコン若狐、美しい瞳の狐に会いました。
このひとこそ、私のお嫁さんに違いない!若狐は力いっぱい大きな声で、愛を叫びました。
美しいあなた、私のお嫁さんになってください!
すると美しい瞳の狐、困った顔して言いました。
「私、優しい方より、広い茶畑を駆け回って悪いネズミを全部退治するような、持久力ある方が好きなの」
都内の病院で漢方内科の研修医をしている若狐、広い広い茶畑を見渡して、しょんぼり。
無理です。若狐、そこまで体力無いのです。
失意の中、コンコン若狐、また北上の旅なのです。
「私を、あなたの嫁にしたい?」
東京の真北といえばここでしょう。
風に稲穂そよぐ新潟県、庄内の一面金箔金糸な田んぼで、コンコン若狐、美しい声の狐に会いました。
このひとこそ、私のお嫁さんに違いない!若狐は頑張って綺麗そうな声で、愛を叫びました。
美しいあなた、私のお嫁さんになってください!
すると美しい声の狐、困った顔して言いました。
「私、静かな方より、ドッサリ積もる雪を軽々片付けられるような、寒さにも雪にも強い方が好きなの」
都内の神社、雪ほぼ積もらぬ地域に住む若狐、新潟の豪雪を思い浮かべて、しょんぼり。
無理です。若狐、それほど力持ちじゃありません。
意気消沈の中、コンコン若狐、更に北上の旅です。
山形のアメジストなブドウ畑を通り、秋田の真珠みたいな手延うどんを横目に白神山地に入り、サファイアの池で喉を潤して、とってって、とってって。
コンコン若狐、北上と失恋を重ねに重ねて、とうとう本州最北の県までやって来ました。
ここまで55連敗。そろそろ気持ちがキツいです。
「東京のあなたが、北国の私を、ですか」
雪降り積もる小さな霊場の山の中で、コンコン若狐、美しい毛並みの狐に会いました。
父親は、北海道と本州繋ぐトンネル伝って、長い旅してきた黒狐。母親は、小さな霊場を根城にする白狐。
親のどちらにも似てないけれど、その美しい毛並みは、雪氷まとってキラキラ光り輝いておりました。
このひとこそ、私のお嫁さんに違いない!若狐はこれを最後と、一生懸命愛を叫びました。
美しいあなた、私のお嫁さんになってください!
すると美しい毛並みの狐、困った顔せず言いました。
「東京からここまで来るあたり、随分辛抱強い方ですね。私は心の強さを好みます。 いいでしょう。あなたのお嫁さんになってあげましょう」
都内某所の稲荷神社在住な若狐、ここにきてようやくニッコリ。55連敗のその先で、ついに、美しいお嫁さんと巡り合ったのです!
幸福と感謝でビタンビタン。尻尾をバチクソ振って、若狐、お嫁さんと一緒に東京へ帰ってゆきました。
それから都内の若狐は某病院の漢方医として、北国の嫁狐は稲荷神社近くに茶葉屋を開いて、
酷い喧嘩も無く、双方浮気もせず、
いつまでも愛を叫んでささやき返して、穏やかに、幸せに、平和に暮らしましたとさ。
「生物植物系少なめなこのアプリとしては、蝶のお題は珍しい気がするんよ」
去年の3月からアプリ入れてるが、今まで生物植物ネタは4月17日付近の「桜散る」とか2月2日の「勿忘草(わすれなぐさ)」、動物では去年11月の「子猫」くらいだし。
某所在住物書きはスマホの画面を指で流しながら、過去出題分の題目を確認している。
「どうハナシに組み込もうかねぇ」
物書きはネタ保管庫たるメモ帳アプリを開いた。
「第一印象としては無難に『あっ、蝶々』だろうが、他は蝶柄の小物とか、『バタフライ』エフェクト?」
去年は丁度東京で地震があって、モンシロチョウにプチ防災講座をさせた。
今年は同じ手は使えない。では何が良いだろう。
――――――
最近最近の東京、最高気温26℃予報の午前。
正午前の時点で既に20℃を超え、着実に夏日の気温へ向かっているものの、
都内某所の某稲荷神社は、深めの森の中に位置しており、かつ小川も泉もあるためか、
比較的ひっそりとしていて、わずかに涼しい。
くっくぅくぅ、くっくぅく〜くぅ。
木漏れ日落ちる敷地内の自然庭を、そこに整備された散歩道を、子狐が幸福に歌いながら歩いている。
首から「エキノコックス・狂犬病対策済」の木札を下げたモフモフは、この神社の在住。
敷地内に馴染みの優しい参拝客が居ることを、自慢の鼻でもって感知したのだ。
「あれ」は、己の腹を背中を頭を、心地よく撫でてくれる参拝者の匂いだ。体を優しく抱きかかえてくれる善良者の匂いであり、毎度10円以上501円未満の範囲でお賽銭してくれるお得意様の匂いだ。
果たしてコンコン子狐は、稲荷神社の森の中で片膝ついてしゃがみ込み、穏やかな表情で花にスマホを向ける雪国出身者を見つけると、
くわぁ!カカカッ、くぁ〜!
よりいっそう元気な声で鳴きながら、加速し、背中めがけて全力で突撃していく。
「わっ?!」
背後から飛び掛かられ、よじ登られ、右肩に前足をかけられた雪国出身者。バランスを崩しかけ倒れるところであった「お得意様」は、名前を藤森といった。
「なんだ、子狐、お前か」
尻尾ビタンビタン髪の毛カジカジの子狐の横を、藤森が被写体としていたモンシロチョウが、ヒラヒラ。飛んで離れていく。
「お前の母さんの茶葉屋の、テイクアウトの匂いでも嗅ぎつけてきたのか」
知らない。遊んで。コンコン。
「それとも、お前も撮ってやろうか、白いモンシロチョウや白いオダマキと一緒に?」
撮らない。お賽銭ちょーだい。コンコン。
「そうか。写真より、お前の母さんの茶か」
ちがう!遊んで!オカネ落として!ぎゃんっ!
「ノンカフェイン。麦茶だ。お前でも飲める」
子狐の要求と主張は「諸事情」によって理解しているくせに、藤森はホオガシワの葉を1枚摘んで、即席の水容器を折る。
「美味いぞ」
トプトプトプ。葉を琥珀色の氷抜きで満たし、子狐の口元に近づけると、ヒラヒラ、ひらひら。
先程離れたモンシロチョウが、葉製の水容器を羽休め場所と認識したらしく、葉先にとまり、羽を閉じた。
わん。 子狐が噛む真似をすると、蝶が飛んで、離れて、また戻ってきて羽を閉じる。
わんっ。子狐が再度噛み真似すると、また蝶が飛んで離れて、戻ってきて羽を閉じる。
段々面白くなってきたらしい。コンコン子狐は更に蝶に噛み真似して、前足でちょっかいを出し、
身を乗り出してバランス崩してポテリ。足場たる右肩から転げ落ちかけて、藤森の手に救出された。
「モンシロチョウで遊んでたつもりが、逆にモンシロチョウに遊ばれていたようだな。子狐」
救出動作の過程で完全にこぼれてしまった麦茶によって、自慢のフサフサ尻尾がビッショリの子狐を、ぎこちなくも穏やかに笑いながら、拭いてやる藤森。
「もう少しだけ、お前の神社に居させてくれ。白オダマキとガマズミと、シャクヤクを撮りたいんだ」
地面に下ろされた子狐は、ここんコンコン、ここコンコンコン!吠えて走って藤森のあとを追いかけ、
延々と、賽銭と油揚げと撫で撫でを要求しておったとさ。 おしまい、おしまい。
「去年の10月17日が、たしか『忘れたくても忘れられない』だったわ」
去年は「忘れる頃に『それ』が再度出てくるから、結果としていつまでも忘れられない」みたいなハナシを書いたな。某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、忘れられぬ過去を振り返った。
表示されているのは○年前の△月の課金額。
爆死であった。人権武器であった。
サ終して久しい、□□▲円であった。
「『忘れる』ことができない特性持ちの人が、実際に居るってハナシは、どっかで聞いた気がする」
物書きは更に課金の履歴を辿り、ため息。
いつまでも忘れられない記憶力が有れば、この総額【編集済】はもう少し少なかったのだろうか。
――――――
年号がまだ、平成だった頃の都内某所。14年ほど前の春から始まるおはなしです。
このおはなしの主人公、宇曽野という名前ですが、某バスターミナルのあたりを散歩していたところ、高速バスから、自分より少し若いくらいの20代が降りてくるのを見かけました。
「来た、東京だ!暖かいなぁ!」
大きなキャリーケースと、小さな地図を片手に、少々残念な曇り空を見上げて、それはそれは澄んだ瞳を、綺麗な瞳を輝かせていました。
地方出身者だ。宇曽野はすぐ気が付きました。
「すいません!物を知らないので、聞くのですが、」
地図を見せて、宇曽野に道を聞く言い回しが、抑揚が、東京のそれと違ったからです。
なにより人を疑う視線を、これっぽっちも持っていなかったからです。
「この地図の、ここに、行きたいんです。どこのどれに乗れば良いか、サッパリ分からなくて」
まるで、明るい木陰で風に揺れる花だ。山野草だ。
宇曽野はこの花の人に、澄んだ瞳の輝きに、
少しだけ、興味を持ちました。
東京に出てきたばかりの、都会の人とシステムを知らぬ花の人は、どうやら自分の新居たるアパートへの行き方と乗り方が分からない様子。
興味半分親切四半分、残りは愛する嫁への土産話程度の本心で宇曽野が案内してやると、そのひとは礼儀正しく丁寧にお辞儀して、お礼を言いました。
数ヶ月後の晩夏、宇曽野は自分の職場の窓口で、再度花の人と出会いました。
「あなたは、あのときの」
花の人は、ブシヤマ、「附子山」と名乗りました。
「騎士道」のトリカブトだな。宇曽野は納得しました。やはり花の人は、「花の人」だったようです――有害無害、生薬利用はさておいて。
春に輝き澄んでいた瞳は、早速「東京」と「田舎」の違いに揉まれ、擦られ、疲れてしまったようで、ほんの少し、くすみ曇って見えました。
「ここに勤めていらしたんですね。あのときは、お世話になりました」
用事を済ませて帰ろうとする附子山に、宇曽野は「まぁ元気出せ」の意味で、ノベルティを2個ほどくれてやりました。
二度あることは三度ある、とはよく言ったもので、
数ヶ月後の冬の頃、宇曽野は自宅近くの喫茶店で花の人を、附子山を見つけました。
「宇曽野さん……?」
テーブルの上には転職雑誌。附子山の瞳は最初に比べて、ずっと、ずっとくすんで曇ってしまって、光は僅かに残るばかり。
あぁ。「染まってきた」な。宇曽野は悟りました。
そして少し話を聞いてやり、ついでにほんのちょっとだけ、附子山を気にかけてやることにしました。
連絡先を交換して、無理矢理その日のうちに昼メシの約束を取り付けて。これが宇曽野と附子山の、親友としての最初の日となりました。
宇曽野はその日を、一緒に飲んだコーヒーの味を、
いつまでも。いつまでも忘れられませんでした。
都民と地方民が出会ってからの、都民がいつまでも忘れられない日のおはなしでした。
附子山はそれから前回投稿分の経緯で初恋して、失恋して、諸事情で「藤森」と名字を変え、なんやかんやで宇曽野の職場に転職し、
宇曽野はそんな「藤森」と、時に語り合い、時に笑い合い、時にたかが冷蔵庫のプリンひとつでポコポコ大喧嘩をしたりしました。
おかげで藤森、東京の歩き方を学習し、「人間嫌い」もちょっと治って、曇った瞳がだいぶ輝きを取り戻してきておりまして、
現在は昨今の高温でデロンデロンに溶けたり、行きつけの店の看板子狐に髪の毛をカジカジされたり、
そこそこ幸福に毎日を、多分楽しんでるとか、意外とドタバタも多いとか。 おしまい、おしまい。
「去年6月16日のお題が『1年前』で、同月24日が一年後ならぬ『1年後』だったな」
某所在住物書きは100均のマグカップにスティックコーヒーを落とし、湯を入れながら呟いた。
数日前の猛暑に対して、今日は随分肌寒い。
去年は何℃だったか。一年後の今日との気温差は?
「去年がアレで、今年が今年の真夏だったけどさ」
ちびちびコーヒーを飲む物書き。実は猫舌である。
「まさか一年後『4月の猛暑日』とか無いよな?」
一年後だろうと十年後だろうと、物書きの舌のステータスは「猫舌」のままに違いない。
――――――
昔々、まだ年号が平成だった頃、約10年くらい前のおはなしです。出逢って約一年後に縁切れた、トリカブトと元カレ・元カノのおはなしです。
都内某所、約4年前上京してきた珍しい名字の雪国出身者がおりまして、つまり附子山というのですが、
田舎と都会の違いに揉まれ、打たれ、擦り切れて、ゆえに厭世家と人間嫌いを発症しておりました。
異文化適応曲線なるカーブに、ショック期というものがあります。
上京や海外留学なんかした初期はハネムーン期。全部が全部、美しく、良いものに見えます。
その次がショック期。段々悪い部分や自分と違う部分が見えてきて、混乱したり、落ち込んだりします。
附子山はこの頃、丁度ショック期真っ只中。
うまく都会の波に乗れず、悪意に深く傷つき、善意を過度に恐れ、相違に酷く疲れ果ててしまったのです。
大抵、大半の上京者が、大なり小なり経験します。
しゃーない、しゃーない。
「附子山さん!」
さて。
「ケーキが美味しいカフェ見つけたの。行こうよ」
そんなトリカブトの花言葉発症中の附子山の職場に、ハネムーン期真っ最中な者がおりました。
加元といいます。元カレ・元カノの、かもと。未来が予測しやすいネーミングですね。
「何故いつも私なんかに声をかける?」
絶賛トリカブト中の附子山は「人間は皆、敵か、まだ敵じゃないか」の境地。無条件に突っぱねます。
「あなた独りか、他のもっと仲の良い方と一緒に行けばいい。何度誘われようと私は行かない」
加元は附子山の、威嚇するヤマアラシのような、傷負った野犬のような、誰も寄せ付けぬ孤高と危うさと痛ましさが大好き。
附子山の顔と性質が、加元の心に火を付けました。
このひとが、欲しい。 このひとを身につけたい。
きっと美しいミラーピアスになるだろう。
恋に恋するタイプの加元にとって、この所有欲・独占欲の大業火こそが、すなわち恋のカタチでした。
「だって、附子山さん、いっつも何か寂しそうな、疲れてそうな顔してるんだもん」
己の声、言葉、表情それら全部を使って、附子山の傷ついた心に、炎症を起こした魂に、
ぬるり、ぬるり、加元は潜り降りていきます。
「美味しいもの食べれば、元気になるよ」
それは、表面的には附子山をいたわり、寄り添う言葉に聞こえますが、
その心の奥の奥には、清く尊いジェムの原石に手をかける、不遜な収集家の欲望がありました。
そして悲しいかな、附子山は加元の言葉の、奥の奥に気付くことが、まったく、できなかったのです。
「……あなたが分からない」
何度突っぱねても、どれだけ拒絶の対応をとっても、こりずに優しく言葉の手を伸ばしてくる加元に、
ぽつり、怯えるように、少し懐いてきたように、でもまだ相手を威嚇するように、附子山は呟きました。
とくん。附子山の絶賛トリカブト中な筈の心が小さく揺れます。それはひょっとしたら、もしかしたら、附子山の「初恋の日」だったかも、しれませんでした。
この数ヶ月後、加元は望み通り附子山を手に入れ、
しかし「実は附子山、心の傷が癒えてみたら、自然を愛する真面目で心優しいひとでした」の新事実発覚で地雷級の解釈違い。ショック期が堂々到来します。
「人間嫌い」と「厭世家」のトリカブトには、礼儀正しく義理深い「騎士道」の花言葉もある。それを加元、知らなかったのです。
そもそも「花」に「宝石」を求めていたのですから、そりゃ齟齬も相違も発生するのです。
「アレが解釈違い」、「これが地雷」、「頭おかしい」と旧呟きアプリに愚痴を投下していたら、
あれや、これや、なんやかんや。
初めて附子山に会って約一年後、元カレ・元カノの加元の名前どおり、プッツリ、附子山の方から縁切られましたとさ。 しゃーない、しゃーない。
「10月30日が『初恋の日』らしい」
島崎藤村、リンゴの木がどうのこうのだとさ。
某所在住物書きはネットの検索結果をスワイプしながら、「10月30日」の他のネタを探している。
尾崎紅葉の紅葉忌、たまごかけごはんの日、海外に目を向ければ宇宙戦争の日。香りの日でもあるとか。
「紅葉が見れるTKGレストランでアロマポット商談の予約を入れるハナシ?……無理だが?」
記念日ネタが難しいなら、誕生花は?
物書きは早々にターゲットを変更して、某サイトを検索。「初恋の日」10月30日の誕生花は、リンゴやサザンカ、カエデにパセリ、スイレン等々。
「ここでも『リンゴ』か」
物書きは頭をガリガリ掻いた。
「初恋の日とリンゴの花を結びつけたネタ、去年もう書いてるんだわ……」
――――――
最近最近の都内某所、某ブラックに限りなく近いグレー企業の某部署、朝。
室内には、藤森という雪国出身者だけが1人居て、消耗品であるところの茶葉やコーヒーのポーション等々を補充している。
それが終われば観葉植物の枯れ葉を整理して、掃除機をかけて、ゴミ箱の中身を整理して。
来客用のテーブルの上、チープな個包装の少し盛られたクリスタルガラスは手を出さない。
その菓子器の中身を勝手に追加すると、部屋のトップが目ざとく気づくのだ。
『新作はどれだ』『これを食ったことがない』『ボサっとするな茶を淹れろ一緒に食え』と。
「……さすが『オテント様はお見通し』」
ぽつり、ひとりごと。
その部屋のトップは名前を緒天戸という。
「俺がどうしたって?」
途端、予想外の人の声。噂をすれば影である。
今年の3月から藤森の「上司」となった緒天戸だ。
「そうそう、聞いてきたぞ。お前の『初恋の日』」
先月25日から進行中の1ヶ月新人研修に、1週間だけ同行しており、昨晩東京に帰ってきたのだ。
「随分今のお前とかけ離れてたが、アレは事実か?あいつ、お前の前々職バーテンって言ってたぞ?」
緒天戸が同行した新人研修には、今年の3月就職してきた藤森の「初恋のひと」が混じっていた。
藤森を一方的にディスり、ゆえに藤森からやんわり縁を切られたのに、強い執着でもって藤森の職場を探し当てて、潜り込んできた。
藤森の初恋は名前を加元といった。
「多分、『加元の』初恋の日ですね。私は加元の、たしか2番目。それに前々職は図書館です」
「『ぼくの初恋の日は「初恋の日」に立ち寄ったダイニングバーでした』、『客に優しく笑い、でも心を完全に閉ざしてるバーテンでした』ってのは」
「私ではありません」
「なんだ。お前が美味い酒を出せるワケじゃねぇのか。1杯作らせようと思ったのに」
「『シンデレラ』なら、お出しできますが」
「レモンとオレンジとパイナップルのミックスジュースじゃねぇか。休肝日かよ」
ぽい、ぽい、ぽい。
自分のデスクにつくなり、緒天戸はバッグを開けて、大小複数の紙舗装の箱を取り出している。
「ちぇっ。お前の過去と初恋の日をチラ見したと思って、面白がって聞いてたのによ」
これは誰々の分、それは何処其処の分、あれは孫とひ孫と孫嫁の分、ついでのオマケを藤森へ。
1週間同行した新人研修を随分堪能してきたらしく、デスクの上は各所への土産でいっぱい。
「俺が聞いたのは、『お前の』初恋じゃなくて、『お前の初恋の』初恋の日のハナシか」
ちょいちょい。
緒天戸は藤森を手招きで呼ぶと、寄ってきたところにリンゴの花の形をしたパイの小箱を提示した。
「私への土産、ですか?」
「いんや」
「……『コレを今食いたいから、ピッタリな茶かコーヒーを淹れるように』?」
「久しぶりにお前の美味い茶が飲みてぇ。淹れろ」
「はぁ。……はい」
ちなみにリンゴの花といえば、10月30日が「初恋の日」で、元ネタにリンゴの木が出てきてだな。
そいつと全然関係無いが、その日は紅葉もなか、もとい紅葉忌とかいう日でもあってだな。
藤森が湯冷ましと湯呑みを用意して、急須に茶葉を落とす間、緒天戸によるトリビアタイム。
リンゴの花が紅葉になり、紅葉美しい旅亭のハナシから名物の裏メニューのたまごかけごはんの味、それから藤森自身の「初恋の日」の催促へ。
(こんなにあちこち食い歩いて、美味を知っているのに、何故私なんかが淹れる茶が好きなんだ)
藤森は上司のアレコレを聞き流しながら、静かなため息をひとつ、小さく吐いた。