かたいなか

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「生物植物系少なめなこのアプリとしては、蝶のお題は珍しい気がするんよ」
去年の3月からアプリ入れてるが、今まで生物植物ネタは4月17日付近の「桜散る」とか2月2日の「勿忘草(わすれなぐさ)」、動物では去年11月の「子猫」くらいだし。
某所在住物書きはスマホの画面を指で流しながら、過去出題分の題目を確認している。

「どうハナシに組み込もうかねぇ」
物書きはネタ保管庫たるメモ帳アプリを開いた。
「第一印象としては無難に『あっ、蝶々』だろうが、他は蝶柄の小物とか、『バタフライ』エフェクト?」
去年は丁度東京で地震があって、モンシロチョウにプチ防災講座をさせた。
今年は同じ手は使えない。では何が良いだろう。

――――――

最近最近の東京、最高気温26℃予報の午前。
正午前の時点で既に20℃を超え、着実に夏日の気温へ向かっているものの、
都内某所の某稲荷神社は、深めの森の中に位置しており、かつ小川も泉もあるためか、
比較的ひっそりとしていて、わずかに涼しい。

くっくぅくぅ、くっくぅく〜くぅ。
木漏れ日落ちる敷地内の自然庭を、そこに整備された散歩道を、子狐が幸福に歌いながら歩いている。
首から「エキノコックス・狂犬病対策済」の木札を下げたモフモフは、この神社の在住。
敷地内に馴染みの優しい参拝客が居ることを、自慢の鼻でもって感知したのだ。
「あれ」は、己の腹を背中を頭を、心地よく撫でてくれる参拝者の匂いだ。体を優しく抱きかかえてくれる善良者の匂いであり、毎度10円以上501円未満の範囲でお賽銭してくれるお得意様の匂いだ。

果たしてコンコン子狐は、稲荷神社の森の中で片膝ついてしゃがみ込み、穏やかな表情で花にスマホを向ける雪国出身者を見つけると、
くわぁ!カカカッ、くぁ〜!
よりいっそう元気な声で鳴きながら、加速し、背中めがけて全力で突撃していく。

「わっ?!」
背後から飛び掛かられ、よじ登られ、右肩に前足をかけられた雪国出身者。バランスを崩しかけ倒れるところであった「お得意様」は、名前を藤森といった。
「なんだ、子狐、お前か」
尻尾ビタンビタン髪の毛カジカジの子狐の横を、藤森が被写体としていたモンシロチョウが、ヒラヒラ。飛んで離れていく。

「お前の母さんの茶葉屋の、テイクアウトの匂いでも嗅ぎつけてきたのか」
知らない。遊んで。コンコン。
「それとも、お前も撮ってやろうか、白いモンシロチョウや白いオダマキと一緒に?」
撮らない。お賽銭ちょーだい。コンコン。
「そうか。写真より、お前の母さんの茶か」
ちがう!遊んで!オカネ落として!ぎゃんっ!

「ノンカフェイン。麦茶だ。お前でも飲める」
子狐の要求と主張は「諸事情」によって理解しているくせに、藤森はホオガシワの葉を1枚摘んで、即席の水容器を折る。
「美味いぞ」
トプトプトプ。葉を琥珀色の氷抜きで満たし、子狐の口元に近づけると、ヒラヒラ、ひらひら。
先程離れたモンシロチョウが、葉製の水容器を羽休め場所と認識したらしく、葉先にとまり、羽を閉じた。

わん。 子狐が噛む真似をすると、蝶が飛んで、離れて、また戻ってきて羽を閉じる。
わんっ。子狐が再度噛み真似すると、また蝶が飛んで離れて、戻ってきて羽を閉じる。
段々面白くなってきたらしい。コンコン子狐は更に蝶に噛み真似して、前足でちょっかいを出し、
身を乗り出してバランス崩してポテリ。足場たる右肩から転げ落ちかけて、藤森の手に救出された。

「モンシロチョウで遊んでたつもりが、逆にモンシロチョウに遊ばれていたようだな。子狐」
救出動作の過程で完全にこぼれてしまった麦茶によって、自慢のフサフサ尻尾がビッショリの子狐を、ぎこちなくも穏やかに笑いながら、拭いてやる藤森。
「もう少しだけ、お前の神社に居させてくれ。白オダマキとガマズミと、シャクヤクを撮りたいんだ」
地面に下ろされた子狐は、ここんコンコン、ここコンコンコン!吠えて走って藤森のあとを追いかけ、
延々と、賽銭と油揚げと撫で撫でを要求しておったとさ。 おしまい、おしまい。

5/11/2024, 4:14:51 AM