「去年6月7日が『世界の終わりに君と』だった」
先月18日の「無色の世界」、1月15日の「この世界は」、それから去年9月の「世界に一つだけ」。
この世界(アプリ)で遭遇する世界ネタはだいたいこれくらいだっただろうかと、某所在住物書きは過去のお題をスワイプで辿る。
去年とお題が変わらなければ、来月7日に終末ネタを書くのだ――金曜日に。
「個人的にはな」
物書きは呟いた。
「第一印象はソシャゲよ。『明日コレに終了告知が来る』とか、ザラにあるじゃん……」
世は無常。課金して爆死してサ終して、世界は次のソシャゲへ流れていく。
――――――
「明日世界が終わるなら」。終わる世界は地球そのものからダムの底に沈む村、1年経たずにサ終するスマホのゲームまで、様々かと思います。
この物書きがご用意したのは、ひとつの小さなお店が終わる物語。なぜか狐と猫が登場します。
去年のだいたい今頃、都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ、化け狐の末裔が暮らしており、その内の末っ子の子狐は、キラキラキレイなものが大好き。
不思議なお餅を売って得たお金で、コロコロビー玉を買ったり、チャリチャリおはじきを買ったり。
お気に入りの小さな宝箱を、美しいものでいっぱいにして、楽しんでおりました。
で、人間たちが定める大型連休最終日、雨降るちょっと寂しい午後のこと。
「今日で閉店なの」
雨音を聴きながら家の縁側でお昼寝していた子狐を、都内の某病院で漢方医として労働し納税している父狐が、起こしてお外に連れ出しました。
「客は減ったし、最近どこもカメラの目ばかりで」
父狐が連れてきたのは、今日を限りに店を畳むという大化け猫の駄菓子屋さん。
もう歳だから、いつ防犯カメラの前でうっかり化けの皮剥げちゃうか、怖くてねぇ。
穏やかに笑う、おばあちゃんに擬態した大化け猫は、しかし少しだけ寂しそう。
「明日には静かな、福島に向かう予定よ」
防犯用、スマホの標準装備、それらの普及。今や都内は、カメラの監視で溢れています。
少し化ければ拡散され、術を使えば晒される。
この大化け猫のように、肩身の狭い都会から、僅かでも秘匿と神秘の残る田舎へ、多くの物の怪が逃れてゆきました。
「フクシマ?ヘイテン?」
コンコン子狐、まだまだ子供なので、ヘイテンの意味が分かりません。
「明日来ても、ここでお菓子もビー玉も、買えなくなってしまうんだよ」
「あさっては?来週は?」
「明後日も来週も、買えないんだ。だから今日は、お前の好きなものを、全部貰っていきなさい。ととさんが買ってあげるから」
「好きなモノもらう!全部もらう!」
父狐が説明しても、ちんぷんかんぷん。「ととさんが、欲しいものを全部買ってくれる」その一点だけ、理解して、キラキラおめめを輝かせるのでした。
明日世界が終わるなら、終わる前に、世界から遺言を受け取りましょう。
明日世界が終わるなら、終わる前に、世界が在った思い出を受け取りましょう。
「明日で、ここはもう無くなってしまうけど、」
おはじきと、ビー玉と、ビーズと飴玉と金平糖。
「お元気で。悲しまないでね。たまに、『こんな場所があった』って、思い出して」
他にもたくさんカゴに詰めて、大満足のお会計。
「向こうで落ち着いたら、桃が有名らしいから、いっぱい送ってあげるわ」
大化け猫が撫でてくれた手の優しさと温かさを、子狐はいつまでも、いつまでも多分、覚えておりました。
「明日」で終わる、小さなお店のおはなしでした。
ちなみにお店の店主さん、1年経った現在ですが、
田舎で静かに穏やかに、しかし終わらせたお店の常連さんとお手紙で交流なんかして、
幸福に、元気に、今もゴロニャン過ごしているそうです。 おしまい、おしまい。
「『君と出逢って』、何年経ったのか、何か変わったのか何も変わってないのか、そもそも『出逢ってない』って展開の方なのか。なんならこの『君』が人間でなくて物とか猫とかってパターンもあるわな」
ネット情報だと、「逢」の字は、思いがけず逢うとか大切なものと逢うとかに使われるらしい。
某所在住物書きはネットに掲載されている「出会う」と「出逢う」の違いをスワイプで流し見ていた。
去年は「君と出逢って『から、私は…』」だった。
『 』の部分が削れたため、今年は、自由度に関しては上がったと言えよう――難度上下は別として。
「令和ちゃんと出逢ってからは、春が夏よな」
物書きが呟いた。
「あとこのアプリと出逢ってから、見たくない不快な広告の強制終了のやり方は2個覚えた」
ぶっちゃけ買い切り1000円でも2000円でも構わないから、広告削除オプションが欲しい。
――――――
最近最近の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社と、「ここ」ではない「どこか」のおはなしです。
人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で暮らすその稲荷神社は、草が花が山菜が、いつかの過去を留めて芽吹く、昔ながらの森の中。
時折妙な連中と出逢ったり、不思議なものが顔を出したり、×××な◇が■■したりしていますが、そういうのは大抵、都内で漢方医として労働し納税する父狐に見つかって、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドとブチ込まれるのです。
多分気にしちゃいけません。きっと別の世界のおはなしです。「ここ」ではないどこかのおはなしです。
ですが今日は少しだけ、神社にやってくる「妙な連中」に、目を向けてみることにしましょう。
ある時ガマズミの花が咲いた頃、稲荷神社在住の子狐が、完璧な星の模様の赤キノコと出逢いました。
そのキノコの香りを嗅ぐと、昔食べた思い出深い料理の、香りと余韻を完璧に思い出すのでした。
君と出逢ってから、すごく某店のアレが食べたい。
父狐はそれを「アジナシカオリダケ」と呼び、周囲の土ごと掘り起こして、『世界線管理局 植物・菌類担当行き』の黒穴にブチ込みました。
またある時キバナノアマナが種をつける頃、神社の庭を散歩していた子狐が、
どの黒よりも黒い前羽と、光を反射して透き通る青い後羽を持つチョウチョと出逢いました。
チョウチョは誰かの左目を隠したがり、目を隠されたモノは人も獣でも、心の中の何か恥ずかしい――カッコイイ設定を、カッコよく演じたくなるのでした。
君と出逢ってから、魂の奥底の「花」が騒ぐ?
君と出逢ってから、心の深層の「結晶」が軋む?
父狐はそれを「クロレキシジミ」と呼び、カッコ良さげな虫かごに入れて、『世界線管理局 節足動物・昆虫担当行き』の黒穴に放り込みました。
そしてある時ヤマニンジンが食べ頃な頃、お昼ごはんをたっぷり胃袋におさめてゴキゲンな子狐が、
白百合のような花を右耳の裏、首筋あたりに付けた白い狼と出逢いました。
狼は、ここではない別のおはなしの世界で、恐ろしい裂け目に落ちて、ここに来てしまったと言いました。
なんだかすごく、去年も君と出逢った気がする。
本来の姿の君と出逢っていれば、それは美しい魂を秘めた「誰か」に、似た姿をしている気がする。
父狐は彼を「ただの迷子」と呼び、『世界線管理局 密入出・難民保護担当行き』の黒穴へ案内しました。
妙なキノコ、妙なチョウチョ、それから不思議な白い狼。稲荷神社の子狐は、いろんな「なにか」と出逢って、いろんな「なにか」の名前を知って、それらすべてをバイバイさよなら、父狐と一緒に見送ります。
最近最近の都内某所。不思議な不思議な稲荷神社は、今日も「ここ」ではない「どこか」の世界と、繋がり、関わり、送り返しています。
「去年の7月30日に『澄んだ瞳』なら書いた」
「見る」と「言う」は複数個覚えてるけど、「聞く」と「耳」は1年で2〜3個程度、だったよな?
某所在住物書きは過去投稿文をスワイプしながら、お題の傾向を追いかけていた。
先々月の「見つめられると」、先月の「もしも未来を見れるなら」、それから去年10月の「鋭い眼差し」等々。視覚に関するお題は比較的多いが、「聞く」にフォーカスしたものは今年初、通年でもこれを含めて2〜3個程度ではなかろうか。
「モスキート音とかは、あれ、『耳を澄まして聞こえる』ってジャンルには入るのか?」
そういえば。物書きはふと、「30〜40代以降は聞こえなくなる周波数帯」の話題を思い出した。
ネット情報によると、かつて携帯電話を学校に持ち込み、モスキート音を鳴らした猛者が居たとか、実は作り話のフィクションだとか。
――――――
昨日も昨日だったけど、今日も今日で、東京は真夏日一歩手前。晴れた絶好のゴールデンウィーク後半なのに、雪国出身の先輩はアパートの自室でエアコンつけて、デロンデロン、溶けて床に落ちてる。
冬は最強の先輩だ。
最低気温がマイナスでも、最高と最低が15℃以上離れても、眉ひとつ動かさず、温度差と寒さのせいでガチで動けない私の代わりに、おいしくて温かくて食べやすい料理を作って、シェアしてくれる。
なのに春は例年5月の20℃で弱って、夏は毎年30℃で溶けるのだ。去年なんか熱失神で倒れた。
そんな先輩だから、どうせ今日も「そう」なってるんだろうなと思って、
お昼に先輩の行きつけのお茶っ葉屋さんで山椒ほうじ茶のアイスティーをテイクアウトして、店主さんから夏用の水出しティーバッグ5種類の試供品を受け取って、先輩のアパートを尋ねたら、
まぁ、まぁ。案の定。デロンデロン。
目を閉じて床に伏せて、先輩の故郷の冬みたいな甚平を着て、エアコンの真下で冷風に髪をそよがせてる。
最近似た光景を見た気がする。多分4月28日頃。
耳を澄ますと、 すぅ、すぴぃ、 静かで少し苦しそうな吐息が聞こえる。
先月と違うところといえば、うつ伏せてる先輩の背中の上に、例のお茶っ葉屋さんの看板猫ならぬ看板子狐が乗っかって、かじかじ、カジカジ。先輩の髪の毛で遊んでるところくらいだ。
こやーん(コンコンかわいいです)
「雪だるま先輩、雪女先輩、生きてる?」
「とけている」
「それは見れば分かる。無事?ごはん食べた?」
「めし、すまない、このザマだ、よーいできない」
「食べてないのね了解」
先輩の手の届くところにテイクアウトのお茶置いて、エアコンの冷風が直接当たらないように先輩にタオルケットかければ、
先輩の背中を占領してた子狐ちゃんが、タオルケットの中でモゾモゾ秘密基地ごっこ。
すごく楽しそうだけど、すごく困ってそう。
先輩つよく生きて(コンコンかわ以下略)
「冷やし中華で良き?」
「それなら、なんとか、つくれる」
「私が作るから聞いてるんだって。よき?」
「よき、……よき?」
「ごめんそれどっち?」
「○×◆※……」
「おっけ。分かんないから勝手に作るね」
冬の寒さなら、へっちゃらなのにね。15℃以上の寒暖差だって、平坦にケロッとしてるのにね。
私は小さなため息ひとつ吐いて、手を洗って先輩の冷蔵庫と自分の買ってきた食材を漁って、それから、まな板と包丁を出す。
「……、………」
先輩が落ちてるエアコンの下に視線を向けると、
子狐ちゃんに抗議してるのか、私にランチを作らせることに「すまない」とでも言ってるのか、
ぽそぽそ、すごく小さな声で、何かささやいてる。
耳を澄ましても、先輩の口元に近づいても、きっと言葉は聞きとれない。
それほど先輩は弱ってたし、溶けてた。
先輩が復活したのは、約20分くらい後だった。
「3ヶ月前、2月7日に『どこにも書けないこと』ってお題なら来てたな」
あと去年の6月5日が「誰にも言えない秘密」だったわ。某所在住物書きは過去のお題を辿りながら、秘密系のネタの物語展開を、なんとか絞り出していた。
二人だけの秘密を、ずっと守り続けて数十年。
二人だけの秘密が、ワケあって今は「一人」。
二人だけの秘密の、暴露や漏洩。 他には?
「ガキが二人して『秘密だよ!』で、高校まで内に秘めて秘密自体を忘れてる、とか書きやすそう」
物書きは言った。
「あとは、なんか稲荷神社の不思議な狐とかから、『二人だけの秘密』って、何か授かるとか?」
――――――
当時「二人だけ」から始まって、去年共有者が一人増え、今年になって四人の秘密になったハナシ。
昔々、まだ年号が平成だった頃、だいたい8〜9年くらい前のことになりますが、
都内某所に附子山という雪国出身者がおりまして、
近々、藤森になる予定でした。
結婚して藤森姓になるのではありません。
養子として藤森姓に迎えられるのでもありません。
でも、附子山は合法的に、藤森に改姓するのです。
「よぅ。附子山」
舞台は秋の某深夜営業対応カフェ。客が比較的少なくなった店内の端っこ、テーブル席。
附子山はぼっちで座っていて、頼んだホットコーヒーはすっかり冷え切っており、
「またこの時間に来てたのか」
その元ホットコーヒーを、少し年上の宇曽野という男がフラリ相席して、一気飲みして、
再度、同じものをふたつ、頼み直しました。
「加元から食らった心の傷は?まだ致命傷か?」
附子山の親友で、長い付き合いの宇曽野。
附子山が最近初恋を経験したのも、その恋人の名前を「加元」というのも、この加元がリアルで附子山に愛と好きを囁きながらSNSで附子山をディスり倒していたのも、そのくせ附子山への執着が強火なのも、
全部、ぜんぶ、附子山から聞いておりました。
そして附子山の心と魂をズッタズタに壊した執着強火な「元恋人」、加元から逃げるために、目立ち過ぎる「附子山」の名字を捨てることも。
二人だけの秘密として、聞いておったのでした。
「宇曽野。私の改姓手続きのことは、時が来るまで、本当に二人だけの秘密にしておいてくれ」
「お前、あんなに『附子山姓は私の宝物』って」
「その『宝物』を持ち続けたまま東京に居続ければ、どこに私が逃げようと、加元さんは私を探し当てる。あの人との『すべて』を切るには、どうしても」
「本当に変えるのか。よくも、まぁ」
「手続きは前々からしていた。申し立てが通れば、今までの『私』と、私の世界はそれで終わり。……終わったら、お前の職場にでも、世話になろうかな」
なんともないよ。もう私の心は平坦。正常さ。
ただこの秘密だけ、お前が守り通してくれれば。
附子山はそんなことを、ポツリ、ぽつり。
新しく運ばれてきたホットコーヒーで喉を湿らせて、深い深い心の傷に曇りかげった瞳で言いました。
宇曽野もコーヒーカップに口をつけて、離して、
この清く真面目で根は優しい雪国出身者の魂の傷が癒えるのはいったい何年後になるだろうと、
長い静かなため息を、ひとつ、吐きました。
その後「附子山」は「藤森」となり、長い間二人だけの秘密は「二人だけの秘密」であり続け、
2023年7月の20日頃に、ひょんなことから藤森の職場の後輩に附子山姓がバレて、今年に入ってもう一人、付烏月という男に秘密が開示され、
先々月から、附子山の「元恋人」が附子山を追って職場に乗り込んできておるのですが、
ぶっちゃけ、過去投稿文参照のスワイプがただただ面倒で仕方ないので、
「現在藤森の心魂はだいぶ元気になりましたが、昨今の高温のせいでデロンデロンに溶けています」とだけ結んで、このおはなしを終わろうと思います。
しゃーない、しゃーない。
「『何』に対する失恋か、失恋に至る『前』を書くのか失恋したその『後』を書くのか。いっそ失恋『した際に役立つかも知れない情報』でも公開するのか。今回もアレンジ要素豊富よな。ありがてぇ」
まぁぶっちゃけ俺ぼっちなので。恋とはちょっと縁遠いので。某所在住物書きは自慢でも自虐でもない、フラットなため息を吐き、長考に天井を見上げた。
チラリ見たのは己の財布。じっと見つめ、息を吐く。
「福沢諭吉に熱烈ラブコール送ってるが、物価高でフられ続けて全然貯まりゃしねぇ、ってのはベタ?」
――――――
星の数だけ「優しい」があり、「優しさ」があり、その受け取り方も多々あろうかと思います。
苦しい人に寄り添い言葉に耳を傾けるだけの優しさもあれば、傷ついた人の声を代わりに叫んでやるのも、心の冷え切ってしまった人をあっちこっちに連れ回して、強制的に温め直してやるのもあるでしょう。
これからご紹介するのは昔々の失恋話。
人間嫌いで寂しがり屋だった捻くれ者の、若気の至りなおはなしです。
「珍しいな。こんな時間に会うとは」
年号がまだ平成だった頃の都内某所。宇曽野という男がおりまして、捻くれ者の親友でありました。
捻くれ者は、今は合法的に改姓して藤森という名字ですが、当時は旧姓で、附子山といいました。
「何かあったのか。俺が聞いても構わん話か」
それは日付が変わって間もない時間帯。場所は自宅近所の深夜営業対応カフェ。
大きなキャリートランクと一緒に、頼んだコーヒーに口もつけず、額に組んだ手を当て深くうつむく附子山を、宇曽野は見つけて、相席しました。
「宇曽野」
泣き出しそうな声で、附子山がぽつり聞きます。
「お前も裏で、私を指さして、笑っているのか」
ただ事じゃない。宇曽野はすぐ気付きました。
どうやら重傷のようです。致命傷かもしれません。
「そう疑った経緯は?」
ひとまず、話を聞こう。宇曽野はテーブルの上の冷えきったコーヒーを一気にゴクリ飲み干して、同じものを2個、頼み直しました。
「分からなくなった」
「何が。俺が?」
「お前も。加元さんも。皆。みんな」
「『加元』ってあいつか。お前に一目惚れして、お前自身も惚れた初恋の。どうした」
「本心を見つけたんだ。呟きの、別アカウントを。
私に笑顔をくれた、『好き』と言ってくれた裏で、正反対の呟きをしていた。……『頭おかしい』だとさ」
「そうか」
「『地雷』って、なんだ。『解釈違い』って何に対する解釈だ。どうして、本心では嫌いなのに、私を好きな演技などするんだ」
「そうだな」
「もう、疲れた。もう恋などしない。もう……人の心など、良心など信じない。人間など……」
「疲れたか。だろうな」
要するに、失恋か。
新しく届いた、湯気たつコーヒーに口をつけて、宇曽野は理解しました。どうやら附子山は、この真面目で根の優しい雪国出身者は、遅い初恋の相手に心をズッタズタのボロッボロにされてしまったようです。
きっとアパートも職場も全部「清算」して、トランクひとつで区を越えて、夜逃げしてきたのでしょう。
「新しい部屋は?もう決めてあるのか?」
やめろ。優しくするな。
宇曽野の気遣いの申し出に、附子山は小さな小さな、悲しい声で懇願します。あんまり心の傷が深過ぎて、あんまり魂の炎症が酷過ぎて、優しさを「優しさ」として受け取ることができないのです。
失恋が相当響いたのでしょう。少し触れば、すぐ割れ砕けそうな気配でした。
「苦しいなら、一度ウチに寄れ。温かいメシと飲み物と、話し相手くらいは出してやれる」
優しくするな。優しいふりをするな。
附子山は泣きそうな震え声で、そう繰り返しました。
その後なんやかんやあって、捻くれ者は新しい職場と新しい部屋で再スタートをきり、後輩とカラフルアイスティーだのカラフルマカロンだの食ったり飲んだりなんかして、そこそこ穏やかな失恋後ライフを送ることになるのですが、
その辺に関しては、過去投稿分参照ということで。
おしまい、おしまい。