かたいなか

Open App
4/19/2024, 3:43:07 AM

「個人的には無色透明、色彩学的には色の偏りが無いこと、仏教としては色欲が無いこと。『無色』つっても、色々あるのな……」
俺エモネタ不得意だから、「あなたが居なくなった世界には色彩が無い」とかそういうの難しいんだわ。
某所在住物書きは「無色」の検索結果を辿り、ポツリ。今回のお題で採用すべき定義を探している。

色彩学のそれは、物語に取り入れるのは簡単であろう。つまり無色イコール完全な単色なのだから。
「……でも赤一色、青一色を『無色』とは、なかなか言いづらいような、気がするわな」
では仏教いくか?物書きは首を傾ける。
「無色の世界、無色界……?」

――――――

無色界【む-しき-かい】
物質的・物質そのものに起因する欲から完全に離れ、精神のみが存在する世界のこと。
仏語で三界のひとつ。一切の衆生は下記三界、欲界・色界・無色界の中で、生死流転を繰り返す。
人間の三大欲求など、本能的な欲求に強く囚われている「欲界」の、その上に食欲や淫欲から離脱した「色界」がある。「無色界」は色界でも残っていた色欲、美しさへの執着からも離脱して、物質的な欲望から完全に開放されている。

要するに三大欲求も精神的執着も無い世界である。

「――ってことは、マッケのチキンタッター食べられないし、鶴カプに悶えることもできないの?」
「ツルカプは知らんが、チキンタッターは『不殺生』に引っかかって、そもそも食えんな」


桜の見頃が終わって、ほんの少しだけ観光客が減った気がしないでもなくて、
東京は、今日も20℃超えの4月だ。
昼休憩少し前に、珍しくウチの支店に来た「常連さんじゃないお客さん」が、なんとも「春らしい人」で、
要するにちょっとヘンで、妙な宗教の信者さんで、
殺生ヤメロだの暴食反対だの、お前たちはイロの無いムシキカイに落ちるだの、言いたい放題に言って帰ってった――数百枚の宗教勧誘のチラシ置いて。

3月にこの支店に移動してきて、初めてのヘンなお客さんだった。本店ではもっとヘンなオキャクサマと、1週間に1回くらいはエンカウントしてたのに。
……ムシキカイに落ちる、ねぇ(厨二臭を察知)

『仏教をベースにした、トンデモ新興宗教だな』
通称「教授」、昔民俗学の先生か何かをしてたっていう支店長が、チベットスナギツネの嘲笑みたいな顔して宗教勧誘のチラシをつまんだ。
『無色界は「色彩が存在しない地獄」ではない。「色欲から離脱した衆生の世界」なのだよ』

もう少しあのトンデモカスタマーが居座ってくれれば、■■年ぶりに私の特別講義が開講されたのだが。
世の中は無情、と言うほかあるまい。
ぺちん。つまんでたチラシを弾いて、午前の仕事のラストスパートをかけてた私の方を見て、
ゆらぁり、支店長は視線と顔を傾けた。
『君、「無色界」の本当の意味を知っているかね』
で、ハナシは冒頭に戻る。
つまり無色の世界はチキン食べられない、推しCPに悶えられない世界だと。


「無色界かぁ」
私と同じく3月にこの支店に来た付烏月さん、ツウキさんが、支店長に言われて例の膨大な量のチラシをばりばりシュレッダーしながら言った。
「多分、さっき来たオキャクサマーは、ガッツリ精神的執着に囚われちゃってるんだろうね〜」
どっちが「色界に落ちる」、「欲界に落ちる」やら。
付烏月さんはのんびりコーヒーを飲みながら、ばりばり、ばりばり。シュレッダーにチラシを食わせて補充して補充して、また補充してた。

教授支店長は付烏月さんの発言にも民俗学的豆知識を追加しようとしてたみたいだけど、
その前に電話が鳴って、付烏月さんが取って、すぐ保留押して支店長に回しちゃったせいで、
結局、口を塞がれた格好になっちゃった。

「ところで後輩ちゃん」
「なぁに付烏月さん」
「あの、俺附子山だよ後輩ちゃん。ブシヤマ」
「どしたのツウキさん」

「本日の自家製スイーツ、いかがなさいますか」
「また作ってきたの?」
「いわゆる『無色』、白〜いふわふわプチパンを使って、白〜いホイップクリームとバナナとリンゴとイチゴ等々を挟んだフルーツサンドの世界」
「イチゴは白じゃなくないですか附子山さん」
「白いイチゴ、あるんだよ、アルンダヨ……」

4/18/2024, 2:59:51 AM

「桜が散る理由は意外と色々あるのな」
塩害、虫害、キノコ、自然な時の経過。ソメイヨシノに関しては、満開になったあたりで散るための手順が実行されて、ゆえに一斉に花が落ちるとか。
某所在住物書きは桜を書くにあたり、ネット検索の結果をスワイプで確認しながら、ぽつり。
「ソメイヨシノが一斉に咲くのは全部クローンだから、ってのは知ってたが、
そのソメイヨシノの花びらが一斉に散るの、そういう『一斉に散る仕組み』を持ってるからなのか……」

じゃあ他の桜は?
物書きはふと疑問を、持って、検索をかけようとして、面倒になって文字入力をやめる。
「散る、っていえば」
物書きは言った。
「例の桜問題、『ソメイヨシノが咲かない地域が出る』の他に、『ソメイヨシノが一斉に咲いたり、一斉に散ったりしなくなる地域がある』ってハナシも、あったような、無かったような……」

――――――

まさかまさかの前回投稿分に繋がる物語。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社は比較的深めな森の中。木々が日差しを適度にさえぎって、都内にありながら、そこそこの涼しさを保っています。
稲荷の神様のご利益か、ここに住む狐のまじないか、ともかく在来種や日本固有種の花多いそこは、今まさに、盛春の花があちこちで、顔を出し花びらを開き、ミツバチやチョウチョを待っています。

さて。
この稲荷神社、「ぼっち桜」とか「夢見桜」とか言われている、今となっては本当の品種名もそれが在る事実自体もだーれも分からなくなってしまった、「ひとまず桜の仲間」ということしか知られてない桜がありまして、ソメイヨシノ散った今が丁度花盛り。
多分遅咲き品種なのでしょう。
ソメイヨシノほどの華麗さも、シダレザクラほどの豪華さもありませんが、
ぽつぽつ5枚の花びらを、勿論ぼっちなので受粉して実を結ぶこともありませんが、
ぼっちなりに、咲かせておりました。

「……結局何の品種なんだろうな?」
そこにやって来たのが稲荷神社の参拝客。
「一斉に咲かないからソメイヨシノではないし、八重咲きっぽいのはよく見れば雄しべと雌しべだし?」
名前を藤森といいます。
花と風と雨を愛する、雪降る田舎からの上京者。
今日は在宅でリモートワークをしておりまして、休憩時間に、ちょっと花でも撮りにきたのでした。
「神主さんは『夢見桜』と言っていたが、検索をかけても該当品種が出てこない。……愛称かな」

ポン、ポン。
立派に育った幹に触れ、かわいらしく咲いた胴吹きに気付き、スマホでパシャリ。
ふと、木の下に視線が向きました。
桜の花が、花びらではなく、花そのものとして、ポトリ、いくつも落ちています。
「スズメかシジュウカラの犯行だな?」
あーあー、綺麗にこんなに、落としてしまって。
桜散る木の下、緑と薄桃色の中に片膝をつき、
藤森、根本からポトリ落ちている桜の花をひとつ、拾い上げました。
きっと、ここの桜の蜜はとっても甘くて、美味しくて、絶品なののでしょう。
それを知った小鳥たちが春の甘露を堪能して、しかしメジロやヒヨドリのように蜜を上手に吸えないスズメは、プチリ、花をこうして落としてしまうのです。
しゃーない、しゃーない。

「夢見桜か」
ぼっち桜の木を見上げて、藤森、呟きました。
「いい夢でも、見られるのか?……まさかな?」
チラリ右見て、チラリ左見て、ぐるり周囲を再確認。
参拝客が自分以外居ないのを見てから、藤森、スマホで20分のタイマーをかけます。
桜散る通称夢見桜の下で、ちょいと昼寝してやろう。

どれどれ。
藤森は比較的キレイなあたりに汗拭き用のロングタオルを敷いて、すぅすぅ、幸福に寝息をたてます。
藤森が桜散る夢見桜の下でどんな夢を見たか、そもそも20分程度じゃ何も見てないかは知りませんが、
少なくともこの十数分後、神社在住の子狐が縄張り巡回、もといお散歩で歩いてきて、
寝顔さらす藤森のドテッ腹にドンと飛び乗り咳き込ませるのは、前回投稿分の物語で明らかなのでした。

4/17/2024, 5:13:42 AM

「前々回、丁度夢オチネタ、投稿したばっかり……」
3月21日に「夢が醒める前に」を書いたわ。
某所在住物書きは今日も今日とて途方に暮れている。ちなみに去年の4月16日のお題は「ここではない、どこかで」で、同年の6月27日が句読点を取っただけの「ここではないどこかで」だった。
今年は被らない。今年はひとまず、異世界ネタを2度書く必要性は消えた。物書きはその点に関してのみ、安堵のため息を吐いた。

お題の重複は執筆の訓練に、特にひとつのネタを多角的に見るトレーニングになり得る。
『前回はこれを書いた』『次はこれの他を書く必要がある』『では前回と別の切り口で文章を用意しよう』
今回のお題変更は単純にその機会の喪失を意味するものの、去年を参考に言えば、重複お題は「ここではない〜」だけではない。

「夢オチ以外。あとエモネタ苦手だから『夢見る乙女心』みたいなハナシは書けねぇ。豆知識系も無理」
物書きは呟いた。重複のお題にせよ何にせよ、ひとつの単語を多角的に見る目は大切である。

――――――

夢を見ている「心」のおはなし、
夢見る「乙女、あるいは少年の」心のおはなし、
「夢見る心」の豆知識、ないしプチ講義、
ところで「桜」の異名が『「夢見」草』。
「夢見る」だけでも、色々ありそうですね。
そんなこんなの今回のお題ですが、こんなおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷神社のご利益豊かなお餅をペッタン作って売ったり、餅売りの唯一のお得意様相手に郵便屋さんごっこをしたり、お母さん狐がいとなむお茶っ葉屋さんの看板狐をしたり。
最近はポカポカ暖かいので、神社のお庭と参道のお散歩……もとい、警備巡回もはかどります。
ニリンソウ、フデリンドウ、ヒメウイキョウにキツネノチョウチン。春の花咲く神社のお庭を、子狐、よくよく念入りに、警備巡回します。

「おとくいさん!」
今日もコンコン子狐は、神社の敷地をトテトテチテチテ、至極幸福に歩きます。
「おとくいさんだ!」
やがて子狐は神社の中で、一番大きな「夢見草」の木、つまり桜の下にやって来ました。
ソメイヨシノより遅咲きで、ソメイヨシノほどの見ごたえも華やかさも無い、けれど確実に桜の仲間ではある筈の木の下で、餅売り子狐唯一のお得意様が、お昼休憩に仮眠など、どうやらとっているようです。

夢のように儚く散るためにその異名がついた桜。
神社で一番大きい桜は、日本で一番ぼっちの桜。
見ごたえも美しさも育てやすさもなく、同種は全部切られて掘り起こされて、次々ソメイヨシノやシダレザクラと入れ替わり、
今となってはその木の存在や、本当の品種名を知る人は、だーれも居ません。
付いた愛称が夢見桜。いつか受粉して実を結ぶことを夢見ながら、でも毎年叶わず花を落とす、完全ぼっちの桜なのでした。

で、その夢見る夢見草の下で、見知った人間がスマホの20分タイマーなど設定して、すぅすぅ、穏やかに昼寝などしておったのです。
コンコン子狐、しめたとばかりにこの人間に、びゅーん!突撃してドテっ腹に飛び乗って、
「げほっ、ごほっ! ……な、なんだ?!」
いきなり全力で腹を押された人間が咳き込みバチクソ驚くのも一切気にせず、
居心地の良いリネンとコットンの服の上で、くるくる、狐団子をつくり、お昼寝を始めてしまいました。

「あの、子狐。すまないがそろそろ、戻らないと」
そろそろ戻らないといけない時間なんだが。
タイマーをかけていたスマホを確認して、残り数分のアラームを解除したお得意様。全力で飛び乗られたおなかをさすりさすり、子狐団子を抱きかかえます。
コンコン子狐は優しい人間の腕のゆりかごで夢の中。
「こぎつね……?」

このまま子狐を桜の下に放置するにもしのびなく、
しかしそろそろ休憩を切り上げてリモートの仕事に戻る必要がありまして、
コンコン子狐のお得意様、ため息など吐いています。
そんなお得意様の葛藤を、善良な困惑とその心を、夢見る子狐が知る筈もなく、
くぅくぅ、くぅくぅ。幸福に寝言を歌って、更にお得意様を困らせましたとさ。

4/16/2024, 3:15:32 AM

「想いを詰め込んだDMが未読か送信不可、
バチクソ怒ってる相手に何度も謝罪と説明を繰り返すが全然伝わってない、つまり心に届いてない、
何時間も前から行列に並んだけど、自分の購入の番まであと2人ってところで届かなかったケーキ。
……『届かぬ』にも『想い』にも、色々あるわな」

個人的な実体験としては、「『こういうハナシを書ける物書きになりたい』って目標の同業は居たが、『目標にしてます』って想い、メッセージは、届けるつもりも予定も無い」ってとこかな。
某所在住物書きは今回配信のお題をネット検索しながら、ヒットした同名の歌の歌詞とサムネイルを見て呟いた――サジェストによればドラマもあるらしい。
観たことはない。

「電波の関係でDMが届かない、ってシチュは、なかなか書きやすそうだな」
物書きはひとり小さく頷いた。
「来年用に、ネタとしてストックしとくか……」
なお大抵そのストックは忘れられ、記憶から消えるらしい。「未来に届かぬ」ということで、今回のお題に少しは合致しているかもしれない。

――――――

早朝にトレンドが荒ぶった火曜日だった。
某キャリアの3G終了を見届ける投稿の横で、大っ量の「寝る前」がどうの、「助けが必要」がこうの。
投稿アカウントが、全員全部漢字ばっかり、っていうワードもあった。ブロックリスト提供あざすです(どうせブロックしてもすぐ次のゾンビさんが来る)

……呟きックス、今からでも遅くないから元の呟きアプリに戻らないかな(届かぬ想い)

で、そんなこんなの火曜日のお昼前。
ウチの支店は普段、あまりお客さんが来ないけど、
その日に限って、いつもに比べれば、チラホラ来客の姿があって、常連さんは支店長と一緒にお茶飲んだりお菓子食べたり。
そのお菓子が絶品だ。ウチの従業員の付烏月さん、ツウキさんお手製のプチまんじゅうだ。
あんバターに、あんホイップに、あんチーズ。勿論普通のあんこ味もある。
全部に1枚ずつ、桜の花びらが乗っかってる。桜の塩漬けっていうらしい。

東京の桜はもう結構散っちゃったし、最近春らしくない20℃超えばっかりの日々だけど、
桜の花びらを1枚くっつけたおまんじゅうは、確実にお客さんの目と舌を楽しませてた。

「ぶっちゃけ、作るの『は』、好きなんだよねぇ〜」
私のデスクに茶托と湯呑みをコトリ置いて、少しだけ申し訳無さそうな付烏月さんが言った。
「作るじゃん、作り過ぎるじゃん、独りじゃ全部は食べられないじゃん。……おすそ分けで持ってきて『美味い』って言ってもらえるからまた作るじゃん」
湯呑みの中にはアイスな緑茶。2個の氷が涼しい。
「堂々巡りだけど、まぁまぁ、この裏事情はお客さんにも支店長にも届かなくてイイよね」
一緒にバチクソ小さいけど、高級うな重に乗っかってる飾りの葉っぱみたいなのが浮いてる。ナニコレ?

「付烏月さん、湯呑みに浮いてるコレ、うな重の葉っぱみたいなの何」
「附子山だよ後輩ちゃん。俺、ブシヤマ」
「で?ツウキさん」
「木の芽だよん。山椒の葉っぱ。春の味覚と香り」
「ふーん」

「天ぷらにしてお塩振ると美味しい」
「マジ?!」
「山椒味噌も美味しい。今日お弁当に入れてきたから、ちょっとおすそ分けしたげる」
「あざすです附子山さん!」

スーパーで買うと少し高いし量が多いけどね。
お茶に入れると簡単にフレーバーティーになるから、余っちゃったら、丁度良いよね。
付烏月さんは追加情報を提示しながら、自分のデスクでノートのスリープを解除して、カタカタパチパチ。
自分で淹れた山椒入りのアイス緑茶を飲みながら、
昼休憩まで残り数十分のラストスパートをしてる。

(天ぷらと、味噌か)
湯呑みに口をつけ、日本茶の若葉色を喉に通すと、山椒の若葉のジャパニーズシトラスが鼻に抜けた。
湯呑みの中の氷が動いて、涼しげで、耳に心地良い。
(……チューハイよりはビールかな)
付烏月さんお手製の桜プチおまんじゅうを1個貰って、桜と山椒を一緒に楽しみながら、
だけど氷の音と「天ぷら」と「味噌」のせいでどうしてもお酒が頭から離れなくなっちゃって、
まぁ、まぁ。
そういう食欲、そういう勤務時間外のリクエスト、そういう想いは、誰にも届かない方が良い、と思った。

4/15/2024, 2:29:50 AM

「神様、来たな、かみさま……」
神様はこのアプリ、3部作になるのよ。今月の「神様へ」と7月あたりの「神様だけが知っている」、それから「神様が舞い降りてきて、こう言った」なんよ。
某所在住物書きは過去の投稿分を辿りながら、今回はどのネタで行くべきか途方に暮れていた。
前回はそのまま、丁度自分の持ちネタに「稲荷神社に住む子狐」というキャラが居たため、文字通り「神様」を登場させた。
「神様だけが」に関しては、同設定を利用して、「御神木だけが知っている」とした。
今回は、どうすべきか。

「いっそ二番煎じも可能なんよ」
物書きは言った。
「だって約360個前の、長文の投稿だぜ。スワイプなんか面倒で面倒で、できやしねぇ。
……ただ俺自身も過去記事参照クソ面倒だがな」

――――――

すごくリアルな夢を見た。
私は自分のアパートで寝てて、そこに、職場で長い付き合いの先輩がいつの間にかお邪魔してる。
その先輩は今どの部署で仕事してるか、どこに住んでるかも分からない、藤森っていう名前の先輩で、
今月の2月まで一緒に仕事してた筈の、雪国出身の花好きなひとだった。

『起きろ。寝坊助』
夢の中だから、先輩が自分の部屋に居るのも、全然変に思わない。
『私の故郷の、桜のイベントに行きたいと言っていたな。支度しろ。新幹線の始発に乗るぞ』

私がおととい、13日頃に先輩に、「先輩の故郷の桜を見たい」とか手紙を書いて、
その手紙を、先輩の居場所を知る稲荷神社の子狐ちゃん(子狐くんかも)に持たせたのを、
ひょっとしたら、神社の神様が見てて、「願いを叶えてやろう」って、そういうシチュエーションの夢を見せてくれてるのかも知れない、
と、「夢の中の私は」、考えた。

『昨今のインバウンドだの、5類移行だのの影響で、あそこに関しては観光客が激増してしまった』
夢の中の先輩は言った。
『平日、かつ桜のまだ満開でない今、行ったほうが人は少ないし、ゆっくりもできる。
有給休暇は既に申請済みだ。急げ』
実際に先輩の故郷の桜が、まだ満開じゃないか、そもそも咲いてないか、いっそ既に見頃のピークかは知らない。ニュースの桜前線見てない。

神様へ。そのへん、どんなモンですか。
先輩の口調も、仕草も、バチクソにリアルで、ほぼほぼ4K8Kの高解像度な夢だけど、
神様へ、その辺の設定は、反映されてるモンですか。


――『私の実家の一番近く、お前が先々月行った「あの公園」に関しては、最近の高温でようやく開花宣言、あるいは1〜2分咲きの頃だと思うが、』
夢の場面が変わる。
舞台は私のアパートから、新幹線の車内に移る。
『お前が行きたいと行った方に関しては、既にある程度、咲いて桜を楽しめる程度にはなっている』
新幹線の中で私は、冷たいお茶と駅弁を楽しんで、先輩からイベントの場所の予備知識をご教授頂いて、

なんでだろう、稲荷神社がご実家の、漢方医な旦那さんとお茶っ葉屋さんな奥さんが、
私達の座席の、通路越しの隣で、
膝に例の子狐が入ったキャリーケースを載せ抱えて、
すっごく穏やかな顔して稲荷弁当食べてる。
くぅくぅ、くっくぅくぅ。
子狐の幸せそうに歌う声が、先輩の解像度同様、バチクソリアルに聞こえた。

『早咲き、ソメイヨシノより先に咲く桜に関しては、だいぶ開いている筈だ。胴吹き桜も咲いている筈だから、桜の木の幹を、よく見てみるといい』
お隣さんのことなんて、夢の中の先輩は気にしない。
『どーぶき?どーぶきって、何?』
夢の中の私も、お隣さんのことを気にも止めない。

『年齢を重ねた桜は、枝ではなく、幹から花を咲かせることがある。私の故郷の桜では、よく見られる』
『キレイ?可愛い?』
『どちらかというと、ちょこんと咲いているから、可愛いに分類されるだろう』
夢の中の私と先輩は、ただふたりして、駅弁とお茶を楽しんで穏やかにおしゃべりをして、

『さぁ、そろそろ――』
そろそろ、降りるべき駅に着くぞ、
ってところで、
案の定、夢から覚めた。

――「……知ってた」
気がつくと、最高気温夏日の朝、ベッドの上。
「うん。夢だよね。知ってた」
丁度スマホのアラームが鳴って、それを解除して、
バッタン。再度ベッドに倒れ込む。
もう少しだった。たとえ夢の中だけど、もう少しで、桜のイベントに行った気分になれた。

「あのさぁ〜……」
神様へ。せっかくあそこまで、夢を見せてくれたなら、力尽きずに最後まで夢見させてください。
私は大きなため息ひとつ吐いて、
仕方無いから、その日の出勤の準備にとりかかった。

Next