かたいなか

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「前々回、丁度夢オチネタ、投稿したばっかり……」
3月21日に「夢が醒める前に」を書いたわ。
某所在住物書きは今日も今日とて途方に暮れている。ちなみに去年の4月16日のお題は「ここではない、どこかで」で、同年の6月27日が句読点を取っただけの「ここではないどこかで」だった。
今年は被らない。今年はひとまず、異世界ネタを2度書く必要性は消えた。物書きはその点に関してのみ、安堵のため息を吐いた。

お題の重複は執筆の訓練に、特にひとつのネタを多角的に見るトレーニングになり得る。
『前回はこれを書いた』『次はこれの他を書く必要がある』『では前回と別の切り口で文章を用意しよう』
今回のお題変更は単純にその機会の喪失を意味するものの、去年を参考に言えば、重複お題は「ここではない〜」だけではない。

「夢オチ以外。あとエモネタ苦手だから『夢見る乙女心』みたいなハナシは書けねぇ。豆知識系も無理」
物書きは呟いた。重複のお題にせよ何にせよ、ひとつの単語を多角的に見る目は大切である。

――――――

夢を見ている「心」のおはなし、
夢見る「乙女、あるいは少年の」心のおはなし、
「夢見る心」の豆知識、ないしプチ講義、
ところで「桜」の異名が『「夢見」草』。
「夢見る」だけでも、色々ありそうですね。
そんなこんなの今回のお題ですが、こんなおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷神社のご利益豊かなお餅をペッタン作って売ったり、餅売りの唯一のお得意様相手に郵便屋さんごっこをしたり、お母さん狐がいとなむお茶っ葉屋さんの看板狐をしたり。
最近はポカポカ暖かいので、神社のお庭と参道のお散歩……もとい、警備巡回もはかどります。
ニリンソウ、フデリンドウ、ヒメウイキョウにキツネノチョウチン。春の花咲く神社のお庭を、子狐、よくよく念入りに、警備巡回します。

「おとくいさん!」
今日もコンコン子狐は、神社の敷地をトテトテチテチテ、至極幸福に歩きます。
「おとくいさんだ!」
やがて子狐は神社の中で、一番大きな「夢見草」の木、つまり桜の下にやって来ました。
ソメイヨシノより遅咲きで、ソメイヨシノほどの見ごたえも華やかさも無い、けれど確実に桜の仲間ではある筈の木の下で、餅売り子狐唯一のお得意様が、お昼休憩に仮眠など、どうやらとっているようです。

夢のように儚く散るためにその異名がついた桜。
神社で一番大きい桜は、日本で一番ぼっちの桜。
見ごたえも美しさも育てやすさもなく、同種は全部切られて掘り起こされて、次々ソメイヨシノやシダレザクラと入れ替わり、
今となってはその木の存在や、本当の品種名を知る人は、だーれも居ません。
付いた愛称が夢見桜。いつか受粉して実を結ぶことを夢見ながら、でも毎年叶わず花を落とす、完全ぼっちの桜なのでした。

で、その夢見る夢見草の下で、見知った人間がスマホの20分タイマーなど設定して、すぅすぅ、穏やかに昼寝などしておったのです。
コンコン子狐、しめたとばかりにこの人間に、びゅーん!突撃してドテっ腹に飛び乗って、
「げほっ、ごほっ! ……な、なんだ?!」
いきなり全力で腹を押された人間が咳き込みバチクソ驚くのも一切気にせず、
居心地の良いリネンとコットンの服の上で、くるくる、狐団子をつくり、お昼寝を始めてしまいました。

「あの、子狐。すまないがそろそろ、戻らないと」
そろそろ戻らないといけない時間なんだが。
タイマーをかけていたスマホを確認して、残り数分のアラームを解除したお得意様。全力で飛び乗られたおなかをさすりさすり、子狐団子を抱きかかえます。
コンコン子狐は優しい人間の腕のゆりかごで夢の中。
「こぎつね……?」

このまま子狐を桜の下に放置するにもしのびなく、
しかしそろそろ休憩を切り上げてリモートの仕事に戻る必要がありまして、
コンコン子狐のお得意様、ため息など吐いています。
そんなお得意様の葛藤を、善良な困惑とその心を、夢見る子狐が知る筈もなく、
くぅくぅ、くぅくぅ。幸福に寝言を歌って、更にお得意様を困らせましたとさ。

4/17/2024, 5:13:42 AM