かたいなか

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「個人的には無色透明、色彩学的には色の偏りが無いこと、仏教としては色欲が無いこと。『無色』つっても、色々あるのな……」
俺エモネタ不得意だから、「あなたが居なくなった世界には色彩が無い」とかそういうの難しいんだわ。
某所在住物書きは「無色」の検索結果を辿り、ポツリ。今回のお題で採用すべき定義を探している。

色彩学のそれは、物語に取り入れるのは簡単であろう。つまり無色イコール完全な単色なのだから。
「……でも赤一色、青一色を『無色』とは、なかなか言いづらいような、気がするわな」
では仏教いくか?物書きは首を傾ける。
「無色の世界、無色界……?」

――――――

無色界【む-しき-かい】
物質的・物質そのものに起因する欲から完全に離れ、精神のみが存在する世界のこと。
仏語で三界のひとつ。一切の衆生は下記三界、欲界・色界・無色界の中で、生死流転を繰り返す。
人間の三大欲求など、本能的な欲求に強く囚われている「欲界」の、その上に食欲や淫欲から離脱した「色界」がある。「無色界」は色界でも残っていた色欲、美しさへの執着からも離脱して、物質的な欲望から完全に開放されている。

要するに三大欲求も精神的執着も無い世界である。

「――ってことは、マッケのチキンタッター食べられないし、鶴カプに悶えることもできないの?」
「ツルカプは知らんが、チキンタッターは『不殺生』に引っかかって、そもそも食えんな」


桜の見頃が終わって、ほんの少しだけ観光客が減った気がしないでもなくて、
東京は、今日も20℃超えの4月だ。
昼休憩少し前に、珍しくウチの支店に来た「常連さんじゃないお客さん」が、なんとも「春らしい人」で、
要するにちょっとヘンで、妙な宗教の信者さんで、
殺生ヤメロだの暴食反対だの、お前たちはイロの無いムシキカイに落ちるだの、言いたい放題に言って帰ってった――数百枚の宗教勧誘のチラシ置いて。

3月にこの支店に移動してきて、初めてのヘンなお客さんだった。本店ではもっとヘンなオキャクサマと、1週間に1回くらいはエンカウントしてたのに。
……ムシキカイに落ちる、ねぇ(厨二臭を察知)

『仏教をベースにした、トンデモ新興宗教だな』
通称「教授」、昔民俗学の先生か何かをしてたっていう支店長が、チベットスナギツネの嘲笑みたいな顔して宗教勧誘のチラシをつまんだ。
『無色界は「色彩が存在しない地獄」ではない。「色欲から離脱した衆生の世界」なのだよ』

もう少しあのトンデモカスタマーが居座ってくれれば、■■年ぶりに私の特別講義が開講されたのだが。
世の中は無情、と言うほかあるまい。
ぺちん。つまんでたチラシを弾いて、午前の仕事のラストスパートをかけてた私の方を見て、
ゆらぁり、支店長は視線と顔を傾けた。
『君、「無色界」の本当の意味を知っているかね』
で、ハナシは冒頭に戻る。
つまり無色の世界はチキン食べられない、推しCPに悶えられない世界だと。


「無色界かぁ」
私と同じく3月にこの支店に来た付烏月さん、ツウキさんが、支店長に言われて例の膨大な量のチラシをばりばりシュレッダーしながら言った。
「多分、さっき来たオキャクサマーは、ガッツリ精神的執着に囚われちゃってるんだろうね〜」
どっちが「色界に落ちる」、「欲界に落ちる」やら。
付烏月さんはのんびりコーヒーを飲みながら、ばりばり、ばりばり。シュレッダーにチラシを食わせて補充して補充して、また補充してた。

教授支店長は付烏月さんの発言にも民俗学的豆知識を追加しようとしてたみたいだけど、
その前に電話が鳴って、付烏月さんが取って、すぐ保留押して支店長に回しちゃったせいで、
結局、口を塞がれた格好になっちゃった。

「ところで後輩ちゃん」
「なぁに付烏月さん」
「あの、俺附子山だよ後輩ちゃん。ブシヤマ」
「どしたのツウキさん」

「本日の自家製スイーツ、いかがなさいますか」
「また作ってきたの?」
「いわゆる『無色』、白〜いふわふわプチパンを使って、白〜いホイップクリームとバナナとリンゴとイチゴ等々を挟んだフルーツサンドの世界」
「イチゴは白じゃなくないですか附子山さん」
「白いイチゴ、あるんだよ、アルンダヨ……」

4/19/2024, 3:43:07 AM