かたいなか

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3/9/2024, 5:57:00 AM

「お金より大事な、『物』なのか『者』なのか、なんなら自然保護の観点から『藻の』もアリか」
やっぱり平仮名のお題は便利よな。漢字変換でどうとでもいじれるから。某所在住物書きは「もの」の予測変換を辿りつつ、何をどう書くか思考していた。
「喪の」では少々センシティブであろう。
「Mono」はギリシア語由来の接尾辞で「ひとつの、唯一の」といった意味を持つらしい。

「『お金より大事』って、今の時代、だいたい金額で数値化できちまうもんなぁ……」
たとえば人の命だって、乗用車と競走馬輸送車とか、精密機器輸送車とか。自然の原風景だって「そこに風力発電所建てた方が金になる」とかさ。なんかな。
物書きは首筋をガリガリ。天井を見上げる。

――――――

前々回の「絆」から続く図書館のおはなしも、ようやくそろそろ、ひと区切り。
昔々のおはなしです。都内某所、某図書館、年号がまだ平成だった頃のおはなしです。
都会と田舎の違いに揉まれて擦れて、人間嫌いと寂しがり屋と少しの不信&怖がりを併発してしまった雪国出身者が、非常勤として流れ着きまして、
かわいそうに、「脳科学」に関して付け焼き刃的に物知りな正職員に、目をつけられてしまいました。
雪の人が附子山、正職員が付烏月、ツウキです。

すべての人間が敵に見えるのは、誰が怖い人で、悪い人で、危ない人か、見分け方を知らないからだ。
附子山よ、純粋で無垢で初々しい雪の人よ、図書館で人の頭を、心を、脳科学を学ぶのだ!
良いヒマつぶしを得た付烏月は、ニヨロルンとイタズラな悪い笑顔で、附子山にアレコレ吹き込みます。
「絆」の線引きを担うオキシトシンに、
「月夜」の読書で覚えた頭のブレーキ、前頭前野。
真面目で根は優しい附子山、図書館で人の心を学び続けました。ここまでが前回のおはなしです。

で、今回です。だいたい2ヶ月3ヶ月後です。
勉強熱心な附子山だから、もう怖い人間と悪い人間と距離離すべき人間の特徴を理解しただろうと、
ニヨロルン、付烏月はバチクソに悪い笑顔で、新着図書にフィルムを貼る作業中の附子山のところへ、
「ブシヤマさ〜ん、ゴキゲンいかがん」
「フィルムコート貼りの作業中です。すいませんが話は後でお願いします」
行ってみたは良いものの、附子山、人間嫌いも少しの不信も、全然、ちっとも治っていません!
唇は緊張の真一文字。視線を逸らすのは心理的不快感のあらわれ、遮断行為のひとつです。

人の見分け方、頭の覗き方を覚えても、まだ「人間は敵か、『まだ』敵ではないか」と考える。
予想外の展開に、付烏月の目が輝きました。

「俺が嫌い?仕事が怖い?給料安いのが不満?」
附子山の瞳をバチクソ熱心に観察しながら、物知り付烏月、考え得るすべてを列挙しました。
「作業中だと、言っているでしょう」
淡々。附子山は付烏月の話に知らんぷりでしたが、
「お客さんが苦手?地味な作業が、面倒……?」
付烏月の列挙が「お客さん」の札を切った途端、
附子山はまぶたを下げて視線を落とし、
札が過ぎ去ると、ようやく視線を元に戻しました。
ほほーん。そゆことね。
付烏月の悪い笑顔が、もっと悪くなりました。

「クレーマー対応が嫌。違う」
「あの、なにを、」
「特定の変な客に絡まれ、てるワケでもない」
「付烏月さん?」
「自分のストレス……そう。都会に揉まれて心に傷がいっぱいなのに、その状態で不特定多数と」
「ちがう!」

「あのね、附子山さん」

ぽふん。肩に右手を置いて、悪い笑顔のまま、付烏月がニヨロルン。言いました。
「過剰なストレスってね、ホントに、頭に悪いの」
附子山は付烏月から目が離せません。緊張とストレスで、カッチコッチに固まったままです。
「コルチゾールだよ。ストレスホルモンの一種。それの分泌に、海馬がブレーキをかけてるんだけど、ストレスが酷過ぎると、海馬が傷ついちゃうの。
コルチゾールは神経細胞を活発にさせ過ぎて過労死させちゃう。心が体を殺しちゃうんだよ。
ストレスで傷ついた脳はね、今の医療技術じゃ、どうにもならない。脳は、お金より大事なものなの」

あのね。附子山さん。
付烏月は附子山に視線を合わせました。
附子山は相変わらず、緊張に唇が真一文字。あらゆる人間を嫌って、疑って、恐れていましたが、
それでも、初めて目を合わせた日に比べれば、付烏月に絆を、少しくらいは感じてそうな気がしないでもありませんでした。

3/8/2024, 1:13:02 AM

「『天の川観測には満月の光でさえ強過ぎる』ってハナシをどこかで聞いた気がする」
逆に皆既月食なら、天の川が見える場合もあるとか。
某所在住物書きは過去投稿分を確認しながら、ポツリ。去年は稲荷神社の子狐が月夜に餅つきする物語を書いた様子。二番煎じには不向きなネタであろう。

月夜ねぇ。物書きは再度ポツリ。数十年後の夜の月には、探査ロボットが居るだろうから、太陽光パネルが十数枚百数枚、敷き詰められているに違いない。

――――――

まさかまさかの続き物。昔々のおはなしです。
まだ年号が平成だった頃、だいたい10年くらい前、都内某所某図書館に、いわゆる「脳科学」について、悪い意味で付け焼き刃かつ物知りな社会科学担当者がおりまして、名前を付烏月、ツウキといいました。

ある日、付烏月が勤めている図書館に、寂しがり屋と人間嫌いと、それから少しの不信と怖がりも併発した雪国出身者が、非常勤として流れ着きまして、
どうやら都会の悪意と忙しさと、その他諸々に揉まれて擦れて、全部の人間が怖くなってしまった様子。
東京の荒波の、泳ぎ方を知らないのです。都民と上京民の距離の測り方も、離し方も知らないのです。
おまけに誰が善い人で誰が悪い人か、その見分け方も、分からないのです。

付け焼き刃の物知り付烏月、無垢で純粋で初々しい雪国の人を見つけて、ニヨリニヨリ、悪い笑顔。
この雪の人に、都会の泳ぎ方を授けよう。
「人間の見方」を、「頭の見方」を仕込むのだ。
バチクソ良いヒマつぶしになるに違いない!
雪の人よ、「脳科学」を、「人の心」を学べ!
ニヨロルン、悪い笑顔で付烏月が言って、そこまでが、前回のおはなしでした。

で、今回です。
その日の図書館が閉まりまして、満月昇る月夜です。
正職員はその日汚破損した本を直したり、あるいは寄贈された本を仕分けたり。
例の雪の非常勤は、名前を附子山といいまして、
いわゆる「4類」、「490番台」、医学の書籍が集まる本棚で、数冊本を取り出して、
月がパトカーだの救急車だの工事の轟音だのに顔をしかめて曇る下で、それらを読んだり、ルーズリーフノートにメモしたりなど、しておったのでした。

「前頭前野は略称PFC。頭のブレーキ。理性」
雪の人附子山、『少し語弊があるザックリ脳科学』なる本を、まるで明日その範囲を再テストか追試でもする学生のように、熟読します。
「一般的に20歳ではまだ未熟、25歳頃ようやく完成し、40代には萎縮が始まっていることが多い。
よって10代20代は我慢が難しい。40以降は、統計的に女性より男性に、比較的怒りやすい人が多い」

東京に来てから、財布スられて置き引き食らって、田舎の距離のとり方も近過ぎて、
ゆえに、誰も彼もが怖くなってしまった附子山。
人の心を、行動の傾向を、頭の成長と結びつけるその本は、青天の霹靂、目からウロコでした。
「いわゆる『オヤジギャグ』も、統計的に中年男性の方が、PFCの整理整頓により『言わない方が良い』のブレーキが緩くなりやすい人が多いため……」

人の心は、怖さは、ある程度説明が可能なのだ。
これをよくよく勉強すれば、怖い人間、離れるべき人間を知り、他人と適正な距離を保てるかもしれない。
他者から傷つけられることも、減るかもしれない。
雪の人附子山、小さく頷いて、深呼吸です。
窓の外に浮かぶ月を眺めようと、視線を上げて、
「勉強熱心だねぇブシヤマさん」
「わっ!?」
目が合ったのはお月様ではなく物知り付烏月。相変わらずニヨロルン、イタズラな悪い笑顔をしています。

「PFCの他にも、ドーパミンに焦点当てて人を説明してる本もあるよん。『Not Moral, MORE!』って原題、『モラルを知らないドーパミン』ってタイトルで日本語訳されてる。面白いよ」
「は、……はぁ、」
「『絆』のオキシトシンに対して、ドーパミンは『もっと』。覚えると便利だよ、ベンリダヨ……」

じゃーね、お先。おつかれさま〜。
言うだけ言って、付烏月、附子山から離れます。
なんなんだ。あのひと……。
いきなり話しかけられた附子山は緊張まじりの困惑顔。まだ心臓がドキドキです。
まんまるお月様は夜空の上から、それらすべてを、静かに見ておりましたとさ。

3/7/2024, 5:01:52 AM

「へぇ。絆って、元ネタ、綱……」
ぶっちゃけ「絆ってなにそれ。仕入れ値いくら」って思うことは多々ある。
某所在住物書きはお題1字を見てポツリ、呟いた。

ネット検索によれば、もともと「きずな」とは、犬や馬等々を、通りがかりの立木に繋いでおくための綱であるという。
「……しがらみとか呪縛とかの意味で使われたのか」
何かエモい物語に使えそうだと閃くが、ネタの引き出しが少ないせいで発展していかない。
もちょっと本とか読まなきゃダメかねぇ。
物書きはひとつ、ため息を吐いた。

――――――

昔々のおはなしです。まだ年号が平成だった頃、だいたい10年くらい前のおはなしです。
都内某所、某図書館に、附子山という雪国出身の上京者が、非常勤として流れ着いてきました。
『人間は、敵か、「まだ」敵じゃないか』。
田舎と都会の違い、スリや置き引きの悪意なんかに揉まれて擦れて、寂しがり屋と人間嫌いと、それから少しの不信も、一緒にこじらせておったのでした。

なお現在は図書館と違う職場で、諸事情で名字も「藤森」に変えて、のんびり生活しています。
良い後輩と善い親友に恵まれて、お茶など飲んで、まったりしておるのです。

で、図書館に非常勤として流れ着いた、寂しがり屋と人間嫌いを併発している附子山ですが、
こいつにキラリ目をつけた、変わり者がおりまして、
いわゆる「3類」、社会科学の担当の正職員。
名前を付烏月、ツウキといいました。
『人間は、敵も味方も「頭」で説明できる』。
変わり者付烏月、淡々とぼっちで仕事をさばく附子山を見て、ニヨリ。イタズラに笑いました。

『人が嫌いっていうより、優し過ぎて、信じ過ぎて、何度も傷つけられてきたタイプなんだろうなぁ』
付烏月は附子山を観察して推測しました。
『この怖がりさんに「頭の見方」を教えるのは、きっと良いヒマつぶしになるに違いない!』
なんということでしょう。
変わり者付烏月、社会科学の担当のくせに、自然科学の担当以上に自然科学の「ある1点」、脳科学に、悪い意味で詳しい変わり者だったのです!

そんなことなど知らぬ犠牲者附子山、非常勤としてせっせとお仕事。新しい本にブックコートフィルムを貼ったり、貸し出しのためのバーコードを付けたり。
教わった仕事はなんでも覚えて、ぼっちで、誰とも話さず、淡々と作業します。

「ブシヤマさん、脳科学、キョーミなぁい?」
附子山にニヨロルンと近づく付烏月。すごく悪い笑顔です。すごく、すごーく、悪い笑顔です。
「この表情はその感情、その感情は脳のココ、脳のココは人の心のアレソレ。覚えとくとベンリダヨー」
対する附子山は相変わらず、淡々。唇はチカラが入って一直線、時折首筋など触っています。
怖いのです。不安なのです。また自分は他人に傷つけられるのだと、附子山、付烏月を恐れておるのです。

テキパキ、テキパキ。淡々と仕事だけする附子山。
その附子山に、 ずいっ!
付烏月、一気に顔を寄せて、視線を合わせました!
「なっ、……いきなり、なにを」
附子山、カッチカチに固まって目の下が少し震えています。緊張して、不安で、やっぱり怖いのです。
教科書レベルの、典型的なストレスの表出。
「敵」から視線を離せない附子山に、付烏月、ニヨリ楽しそうに笑いました。

「オキシトシン、ってゆーの」
「おきしとしん?」
「一般的に愛情ホルモンって言われてるけど、どっちかっていうと、絆のホルモン」
「きずな?」
「こーやって目と目を合わせたりすると、脳の深いところから出てくるの。『この人間は敵』、『この人間は味方』っていう線引きに関わってるんだよ。
目と目が合って、相手を心地よく思うのもオキシトシン、相手を排除したくなるのもオキシトシン。
絆を、心を、他人を説明できるのが、脳科学」

「心を、説明……」
「俺の印象、最悪でしょ?それも『絆』の線引き」

4類の書架、490番台だよ。たのしーよ。
脳科学に少し興味を持ち始めた附子山に、付烏月、役に立つ本棚の場所を教えてバイバイ。
手を振り、立ち去ります。
ポツン、ひとり残された附子山、付烏月の「絆」の講義が頭にずっと、ずっと残り続けておりました。

「人の心」を学んだ附子山は、それをきっかけに遠回りしつつ、少しずつ他人との距離のとり方を覚えて、
今では人間不信も怖がりも、十分寛解しましたとさ。

3/5/2024, 2:22:34 PM

「たまには贅沢、たまに花見でも、多摩には多摩地方と奥多摩地方、白玉には黒蜜かみたらしか。
いやぁ、全部ひらがなのお題はいじりやすいなぁ」

他にも「『偶々(たまたま)』には少々出来過ぎた偶然」とかも、「たまには」だからアリよな。
某所在住物書きは今回配信分の4字を見てポツリ。他にどう変わり種を作れるか思考に思考を重ねた。
個人的に白玉にはつぶあん・こしあん派であるが、蛇足に過ぎないので捨て置く。

「……そういや、あの『多摩川の土手のロケ』、どこの土手だったんだろう」
たま、玉、弾、多摩。変換候補を辿って物書きが脱線した着地点は某ホラーゲーム第1作目の実写映像。
懐かしさゆえに、物書きは執筆そっちのけで……

――――――

都内某所、某職場の某支店、1日に10人も来れば「今日は忙しかったね」のそこ、昼休憩。
スマホが伝えてくる天気予報を見て、口をパックリ開き、愕然とする者がある。
降雪予報である。金曜日である。
気温も酷く、最低など氷点下に迫る。
その絶望を見て、固まっているのである。

「後輩ちゃん。無事?」
カタン。そんな絶望者のデスクに、3月から支店配属となった男が、小さな湯呑みを置いた。
自称、旧姓附子山。本名は付烏月、ツウキという。
「お茶飲みなよ。多分落ち着くよ」
支店長もお茶、どーぞ。
付烏月は他の2席3席にも茶を配り、絶望者の向かい側であるところの自分のデスクに戻った。

「お茶飲んだって、金曜の雪は変わんないもん」
付烏月に「後輩」と呼ばれた彼女は両手で湯呑みをつつみ、茶の甘香をいっぱいに吸い込んで、深く、長いため息を吐く。
「……ふぁっきん突然の低温」
3月だよ。春だよ。酷いよね。
後輩はひととおり呟き倒すと、湯呑みの中の約80℃を口に含み、喉に通して、再度息を吐いた。

「付け焼き刃附子山の〜、付け焼き〜Tipsぅー」
「突然どしたの付烏月さん」
「附子山だよ後輩ちゃん。俺、ブシヤマ」
「で?」
「東京にもお茶農家さんが居るらしいよん。埼玉との県境な多摩には、埼玉県産と区別して、『東京狭山茶』って呼ばれてるお茶を作ってる人が居るんだって。今淹れたお茶っ葉のパックの裏に書いてた」
「で?」
「注意関心が天気予報から離れれば、後輩ちゃんのゼツボーも、ちょっと軽減するかなって」
「はぁ……」

たまには、こういう有益な情報も良いでしょ?
旧姓附子山を自称する付烏月が、湯呑みを片手に、にっこり。後輩に少しの達成感と満足感を投げる。
対する後輩はただジト目で、スマホのディスプレイから天気予報を退かし、「東京狭山茶」のファクトチェックを開始して、
すぐ、それが事実だと理解し、ヘェのため息。
「ヘイ付烏月さん、オッケー付烏月さん」
「附子山だよん」
「突然下がる気温に対処する方法」
「一般的な方法しか知らないから、ひとまず気持ちを上げるためにお菓子食べると良いよ。俺、今日はジンジャークッキー作ってきたよ」
「ありがと附子山さん感謝してる」

温かい茶と、茶菓子のクッキーと、それから役に立つやら立たぬやらの雑学的雑談。
その日も某支店の昼は平和に、平穏に過ぎていった。

「ところでさ後輩ちゃん」
「なに付烏月さん」
「金曜もだけど、今日も夜、雪の可能性」
「あーあー、聞こえない、聞こえませぇーん」
「クッキーおかわり?」
「いただきます附子山さん」

3/5/2024, 2:35:07 AM

「自分が、『君』のことを大好きなのか、
たとえば『お菓子が大好きな君』がいて、その君に向けて『チョコが大好きな君』へのプレゼンか。
『君』だから、捻くれれば『大好きな君主に』も、書けるっちゃ書けるわな」
某所在住物書きは今日も通知文をざっと見て、いじり倒し、最終的に面倒になって努力を放棄した。
お題の「大好きな君に」の前後に、少し言葉を付け足す。物書きの常套手段である。

「……恋愛ネタも君主もムズい」
ぽつり。物書きは本音を呟く。
唯一の救いは「『◯◯が大好き』な君に」か。

――――――

年度末、残り1ヶ月だけど、
突然支店異動を食らって、長年一緒に仕事してきた先輩とも離れ離れになっちゃって、
その先輩から届いた手紙を、部屋で読んでる。

届けてくれたのは子狐の郵便屋さん。
比喩でも冗談でもなく、先輩がヒイキにしてるお茶っ葉屋さんの看板狐、稲荷神社在住のコンコンが、
頭に郵便屋さんキャップな飾りをつけて、郵便屋さんユニフォームなポンチョ羽織って。
ポンチョのおなか部分にはマジックテープで、郵便屋さんバッグなナイロン製がくっついてる。
撫でて、とばかりにおなか見せると、丁度そこに封筒入りバッグが有る設計になってた。

どうやって私の部屋知ったんだろう。
狐だよ。子どものおつかいバイトじゃないよ。
どうやって私の部屋知ったんだろう。

「『付烏月さんには、お前の寒暖差等々による体調の酷い崩れのことは、ある程度話してある』」
封筒を切って、シンプルな便箋を引き上げる。
いつもの明朝体な綺麗さで書かれた真面目な文章は、手紙って言うより、引き継ぎ書だ。
「『付烏月さん自身も、お前ほどではないが、体調に少し波がある。サポートは惜しまないと言っていたので、安心して頼ってほしい』。……あのさぁ……」
手紙に書かれてる「サポート」とは、多分先輩とのシェアランチ、シェアディナー、それから先輩の部屋でのお泊りのことだ。

私と先輩は、別に恋人同士でもないし、お互いにそういう目でお互いを見てるワケでもない。
でも生活費節約術として、それから主にお人好しで優しい先輩の自称お節介で、私はたまに先輩のアパートに行くし、一緒にごはん食べるし、寒暖差とかで体が本当に動かないときは泊めてもらったりする。
今、先輩の部屋に先輩は居ない。
居るのは、先輩の旧姓「附子山」を名乗る、お菓子作りがバチクソ上手な「謎の男」。付烏月さんだ。

別に大好きだからってハナシでもないし、付き合ってるワケでも全然ないけどさ。……だけどさ。
「私、先輩だったから先輩を頼ってたんだけど」

ねー。 なんなんだろねー。
悶々々。悶々悶々。このモヤモヤをグルチャで先輩にぶつけたけど、ごはんの準備でもしてるのか、既読は1分経っても5分経っても付かなかった。
「なんなんだろね。なんだんだろうねぇー」
私の心が分かるのか、子狐の郵便屋さんは私の膝に飛び乗って、コテン。おなかを見せた。
「よーしゃしゃしゃ。待っててね。お返事書くから」

読み終えてない先輩の「引き継ぎ書」を机に置いて、100均で買ってきたばっかりの便箋1枚出して、
久しぶりに、なんなら十数年ぶり以上かもしれない、手書きで長文の文章を書く。
「……なに書こう」
十数字、多くても百数字くらいの短文なら、グルチャでポンポン送れるのに、
ボールペン持って便箋を前にして書く百数字千数字は、最初の1字も出てこない。
手紙って、不思議。 先輩は何を書いてたっけ。

ふと「引き継ぎ書」に目を戻したら、最後に
『私などが作る簡素な飯が大好きなお前に』
って題して、先輩がよく作ってくれた粉スープ活用オートミールとか、ホットミルクとかのレシピが、
相変わらずの真面目さと見やすさで、書いてた。
「ホットミルク飲みながら考えよっと」

子狐抱っこして、牛乳温めて、ジンジャーと砂糖とシナモン入れてたら、5分経っても既読が付かなかったグルチャにピロン、返信。 先輩のお返事は、
『文句なら附子山に言ってくれ』

「……ん?」
手紙では「付烏月さん」って本名を書いてたのに、グルチャでは、付烏月さんを「附子山」って呼ぶ先輩。
「女の勘」でもないけど、なんか、ピンときた。
『拝啓 先輩』
メモ帳アプリで、私は手紙の下書きを打ち始めた。
『もしかして:グルチャ誰かに読まれてる説?』

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