「この時期に『君は今』とか出されたら、『ラピュ◯王の前にいるのだ』と『カントーちほう への だいいっぽを ふみだした!』の二択なんだわ……」
前者は全然2月27日関係ねぇけど、後者はもう、実機でやってた民よ。某所在住物書きは携帯ゲーム機を引っ張り出し、最初の街のBGMを部屋に響かせた。
「君」の字が付くお題はこれで11個。1月は「君と一緒に」と「君に会いたくて」で2度遭遇した。
このアプリにおいて「君」は最後に会う対象で、突然訪問してくるし音楽を奏でるし、連絡手段はLINEの一択で、目を見つめると大好きらしい。
アプリお得意のエモ&ラブか。物書きは総じた。
「……ギリギリTRPGネタも書ける?」
さて今日も投稿投稿。物書きは文章を打ち、ポケ◯ン赤緑TRPGなど閃くが、数秒で某ツボミットやミコン同様、お蔵入りとなった。
――――――
私の職場に、明日から数日、混んでない平日を利用してちょっと里帰りしてくる先輩がいる。
この暖冬でもしっかり雪が残ってるような雪国の出身で、藤森っていう名前で、
そこは、冬が終われば道端に花が、空き地に山菜が、公園に山野草が息づくキレイな場所で、
今、最低気温が氷点下らしい。
その氷点下の里帰りに、私も付いてくことにした。
本当は花と山菜と山野草に溢れる先輩の故郷を見てみたかったけど、それは数ヶ月後、数年後のお楽しみに、取っておくことにした。
雪国だ。先輩の故郷には、まだ冬と雪が残ってる。
木に咲く雪、道に積もる雪、池を覆う雪。
それら白の中で静かに、暖かく生きてるひとを、見てやろうと、思った。
あと先輩のご実家情報いわく、今あちこちで、例年より早くフキノトウが顔を出してるらしい。
開花前。出たばっかり。完全に食べ頃だそうだ。
天ぷらだ。味噌焼きだ。おひたしで高級食材だ。
明日の夜、ママ殿がご馳走してくださるらしい。
聖母かな(感涙と崇拝)
「これが、お前が明日突入する雪国だ」
有給前日の職場、昼休憩の休憩室。
ご実家が今の現地の景色を動画で撮ってくれたらしくて、先輩が私に予行練習だのイメトレだのとして、映像を見せてくれた。
「気温0℃。風は弱い。明日はもう少し積もる」
先輩は淡々と、画面の中の極寒を説明してくれる。
スマホに映ってるのは、両側に並ぶ建物、誰もいない道、それらを塗りつぶす雪、静かに降ってくる白。
撮影者の足音だけが聞こえてる。ほぼ無音だ。
非現実。非東京。
私には先輩の極寒が、冗談のように聞こえた。
それほどまでに先輩の映像は静かで暖かかった。
「これが故郷で一番賑わっている観光スポット。
お前は今、駅を出て、昔々賑わっていたメインストリートを歩いてきた状況だ」
「ひとが、いない。ひとないない……」
「そりゃ平日だからな」
「へーじつカンケーない。ひとないない……」
「画面左側にフキノトウの群生が、雪に埋もれて」
「どこどこ明日採る。先輩採り方教えて」
どうせ寒さに負けるから、私の実家のフキノトウかスーパーのパック詰め300円で我慢しとけとか、
いーや私は自分で採ってみせるんです、高級食材ゲットして東京戻ってきたら食べるんですとか、
あーだこーだ、云々おしゃべりして、昼休憩の時間が段々ジリジリ、過ぎていく。
「あのね。小さいけど、タッパー用意したの。コレいっぱいにフキノトウ詰めるの」
「だから。やめておけ。お前は今、映像で寒さが分からないから、そう言えるんだ」
「大丈夫大丈夫。世の中、最低2桁でピンピンしてる道民だって居るもん。1桁なんぼのもんじゃ」
「……一応お前用の防寒具は多めに用意しておく」
明日から有給。明日から雪国。
2月28日、私は新幹線に乗って、丁度1年前先輩が「いつかおいでよ」と言った「遠い、何もない、花と山野草ばかりの街」に、今は真っ白なそこに、先輩と一緒に旅に出る。
「なんとなく憂鬱な、気がふさぐような、気分が晴れない、身心がすっきりしない。……ふーん」
直近では12月に「大空」、類似では1月に「冬晴れ」。「空」の字の付いたお題だけでもこれで10例目。空ネタは1ヶ月に1〜2度のペースと認識している某所在住物書きである。
今回は「物憂げな空」。6月14日の「あいまいな空」の類似であろう。……当時何を書いたか。
「疲労系の空なのな。片頭痛は今回違うのか」
つってもダルい空なんざ、「梅雨」だの「通り雨」だのの雨ネタでオーダー過多で、品切れ気味だが?
物書きは窓の外に目を向けた。東京は朝から晴れ、昼11時から降水確率すら0になる。
「……逆物憂げだが?」
人の心情を空模様に例えれば、ワンチャン……?
――――――
2月最後の週が始まった。
今週は、有給休暇の関係で、職場の先輩と私は明日までの勤務。水曜日から金曜の午前まで、お休み。
理由は雪国出身な先輩の、プチ里帰り。
3連休の混雑も終わって、年末でも年度末でもなくて、児童生徒の春休みからも離れてるから、
比較的空いた新幹線乗って、比較的空いた先輩の故郷を、特にそのグルメを、比較的、独り占めだ。
先輩は「比較的どころか完全貸し切り状態も可能」とか言ってた。なにそれスゴい。
で、その水曜日の出発に向けて、
今日は在宅申請して、先輩のアパートで、最後の荷物の確認を、一緒にする予定だったんだけど。
「せんぱーい。おはよー。あなたのカワイイ後輩がログインしましたー……なんつって。
先輩、せんぱーい?」
コロコロコロ、
当日持ってく予定のキャリーケース押してアパートに到着して、ドア開けて、先輩がいつも本読んだり在宅したりしてるリビングに顔を出すと、
コロコロコロ。
先輩当人、いわゆる粘着式テープクリーナー使って、ベッドで腕振り運動してた。
なんかたくさんゴミが取れてるみたい。何度もコロコロしては、何度もテープを剥がしてる。
表情は物憂げな空模様。ダルそう。
先輩は綺麗好きだ。朝の掃除が日課なくらいだ。
その先輩が、どうしたんだろう。物憂げな空模様の理由はすぐに、私の目と耳に飛び込んできた。
がつがつがつカチカチ、かりかりカンカンカン!
断続的に、陶器音と、咀嚼音が聞こえる。
すごく興奮した衝突音で、すごく幸福なクチャ音。
「……あぁ、おはよう」
物憂げな先輩がコロコロでコロコロしながら言った。
「すまない。今日だけ我慢してくれ」
なにも、「あいつら」に悪気は無いんだ。
先輩は陶器音と咀嚼音の発生源に目を向けた。
そこに居たのは、真っ白な器の中身に一心不乱にガっつく子狐と子イタチと子猫2匹だった。
子猫の片方は、猫又みたいに尻尾が2本。
鶏のササミとサラダとか、赤身と白身のお刺身とか、そのお隣にクリーム色したミルクとか。
先輩の物憂げに対して、逆物憂げな空模様と尻尾の振り具合で、がつがつ、カンカン。お食事してた。
すごく、晴れだ。まるで今日の東京だ。
「先輩、どしたの、コレ」
「諸事情。……昨日から泊まっている」
「なんで」
「稲荷神社近くの茶葉屋の店主に、帰省中の鉢植えの世話を依頼したら、こうなった。
嘘は言っていないが、信じるか疑うかは任せる」
「なんで……?」
にゃー、んにゃぁー。
一番乗りで赤身&白身定食を完食したらしい猫又モドキ、2本尻尾の子猫が、私に気付いて近寄って、足にスリスリしてきた。かわいい。
それを見た子狐が、多分猫又モドキを羨ましがったんだと思う、ごはんも途中で突撃してきて、足元にピッタリ。……よく見ればこの子狐、先輩のアパートの近所の、お茶っ葉屋さんの看板狐だ。かわいい。
先輩がコロコロをコロコロしてる理由が分かった。
抜け毛だ。この小さな命ぃズの、抜け毛。
物憂げな空模様の先輩は、それを掃除してたんだ。
コロコロの先輩と、ごはんにガっつく命ぃズと、
それから、物憂げとか逆物憂げとかじゃなく、どっちかというとポカンな空模様の私。
まぁまぁ、ひとまずお茶でもどうぞ。立ち尽くす私に視界の端っこから、ポテポテ。
子狸が漆塗りのお盆を器用に背負って、お茶とおまんじゅう載っけて、歩いてきた。
「『命が燃え尽きるまで』と『心の灯火』なら9月に書いた。双方完全にリアル路線から外れたネタで」
前回が「愛」で今回は「命」か。小さな命とはよく聞くけど、あんまり大きな命は聞かねぇな。
某所在住物書きはぼっち用の小さな鍋で、激安豚バラ軟骨をコトコト煮込みながら、それの味付けをどうしようと思案していた。
換気口のあたりからは、チーチー、お題どおりに「小さな命」の鳴き声が、時折羽音をたててダイレクトに聞こえてくる。暖をとりに来ているのだろう。
スズメかシジュウカラか、ツバメか。鳥類にうとい物書きには、その種類までは分からなかった。
「『小さな』が抽象的だから、下は微生物から上はヘタすりゃ人間まで、何でも書けらぁな」
ところで。物書きはふと天井を見上げる。
「ウイルスって、……『命』?」
ネット情報では、どうも意見が割れているらしい。
――――――
今日も今日とて、どうやら各地、そこそこの寒さが続いている様子。西多摩や奥多摩のあたりは、一応予報上では、雪など降っている様子。
そんな冬の終わりごろ、物書きがこんなおはなしをご用意しました。
都内某所、某アパートの一室、昼。
部屋の主を藤森といいまして、3連休の最後の今日、月末の帰省に向けて荷造りをしておりました。
往復の新幹線のチケットよし、実家に行くので着替えは無し、向こうで使うためのクレジットもQRコード決済用の残高も十分。
東京からのお土産も、美味しいものを選びました。
ただ藤森の故郷は雪国の、現金オンリーが少し残る、昔ながらの田舎町。しっかり現ナマも約10枚、
「……あいつ、ちゃんと現金用意してくるかな」
ふと藤森、一緒に雪国観光する予定の、ネイティブ都民な職場の後輩を思い出します。
ひょっとしたら、キャッシュレスオンリーの現ナマゼロで、「QR使えないの?」かもしれません。
万が一のため、あとで後輩に確認のメッセージを送っておくことにしました。
未だフクジュソウも咲かない、早咲きの桜すら顔を見せない藤森の故郷。春は遅く、暖冬の今年でさえ、道に雪が残っています。
今年こそ一緒に連れてってと、函館のカニとか奥日光の湯葉まんじゅうとか、観光地としての雪国しか知らぬ後輩が言いました。
去年の11月頃、後輩にバチクソ大きい借りを作ってしまった藤森は、ぶっちゃけその借りのおかげで、過去のドチャクソな恋愛トラブルが解決しました。お礼のためにも、今年は少sh
「わぁー!広い広い!ここまでいらっしゃい!」
「狐だってそれくらい、ジャンプできるやい!」
「ねぇホントにボーオンボーシン?ホントにかけっこしてダイジョウブ?ねぇダイジョウブ?」
「うるさいわねぇ。私このふかふかベッドで昼寝したいの。ちょっと黙って」
雰囲気急転。お題回収。細かいことは気にしない。
防音防振設備完備なアパートの一室に、つまり帰省の荷造り中の藤森の部屋に、
雑貨屋の猫又子猫と、稲荷神社の子狐と、薬局の子カマイタチと、惣菜屋の化け子猫が、すなわち東京に住まう不思議で小さな命ぃズたちが、
室内で全力疾走するわ、それを追いかけるわ、
なんなら藤森のベッドを占領してゴロゴロ毛づくろいだのヘソ天だのしてるわ。
それはそれは、もう、それは。マイペースにゴーイングマイウェイしておるのでした。
「……おかしい」
藤森、目の前を駆け抜ける2本尻尾の子猫をチベットスナギツネの視線でジト目して、ため息をひとつ。
「帰省中の鉢植えの世話を、茶屋の店主に依頼しただけ、の筈なんだが」
なぁ。何がどうなってると思う?藤森、キンポウゲ科の小さな芽を出し始めた鉢植えに呟きました。
「そのお茶屋さんの店主さんが、稲荷神社のお住まいで、あの子狐のお母さんなんです」
小さな命ぃズの中で一番真面目そうで、大人しそうな、和菓子屋の化け子狸が、ポテポテポテ、藤森の目の前にやって来ました。
「月末の鉢植えは、僕たちでお世話します」
ひとまずお茶どうぞ。おまんじゅうどうぞ。
ポンポコ子狸、漆塗りの小盆を差し出します。
彼等が鉢植えをひっくり返したりしないだろうかと、藤森は内心、ちょっとだけ不安なのでした……
「……まんじゅう、美味いな」
「僕作りました」
「そうか」
「僕、鉢植えのお世話、責任持ってやります」
「多分、お前だけが頼りだ。よろしくな……」
「先月お題として出てるのよ。1月29日。
『私が愛する、ちょっと気取ったホットミルク』みたいなハナシ書いたわ。『I LOVE…』だった」
今度は「Love you」か。某所在住物書きは今日も相変わらず、天井を見上げてため息を吐く。
このアプリにおいて出題の重複は毎度のこと。恋愛にエモに天候に空、それから年中行事。
今回は恋愛のそれだった。次は何だろう。
「AがBに対して『I love you』でひとつ、
文法変だけどAがBに、あなた自身を愛せの命令形で『Love you』、本来なら『Love yourself』。
第三者込みなら『They love you』もアリか。
太宰治なら『津軽』の序編で、『汝を愛し、汝を憎む』とか書いてたが。……他には?」
ぼっちの物書きは不得意な恋愛ネタを嘆く。
「お前自身を愛せ」とか、どんなシチュだ。
――――――
三連休の2日目、都内某所、昼。
某不思議な不思議な稲荷神社の近所、「化け猫惣菜店」なる名前の、少し小洒落た店内。
雪国出身のぼっち、藤森が、ショーケースの前で立ち尽くし、指で口元を隠して、長考の様子。
目の前には真っ赤な、小さくて丸い、
イクラではない。えびっ子でもない。
筋子である。しかも、醤油漬けではない。
比較的珍しい、塩漬けの筋子である。
「雪国の方でしょう」
ほら。買っちゃいなさいよ。
食文化知ったる惣菜屋の店主が、にゃーにゃー、商売的スマイルで藤森に話しかけた。
「新潟?北海道の方かしら」
藤森は答えず、すいませんすぐ出ます、の申し訳無さで会釈した。
かつて都内、多摩の三鷹に住んでいた雪国出身、文豪の太宰治は筋子を好んだという。
己の著作の中、具体的には『HUMAN LOST』、
太宰は筋子納豆への愛を、それがあれば「他には何も不足なかった」と綴った。
彼は故郷の味を愛していたのだろう――多分。
で、その筋子である。
太宰の故郷青森のほか、北海道や新潟、岩手等々、
納豆や青のり、各種調味料を添えるかどうかに関わらず、それは白米のオトモとして、あるいは酒のツマミとして、今もよく愛されている。
そのわりに、都内であまり見かけない。
特に塩漬けは。
藤森も筋子のおにぎりを愛する雪国の民であった。
(プリン体は、別に、気にしちゃいないんだ)
ため息ひとつ。視線を落とすと、店の子であろう、
藤森の腰くらいの背丈の少女が、とびっきりの笑顔でにゃーにゃー。こちらを見つめている。
(塩分だよ。……塩分なんだ)
WHOの提案する塩分摂取量、1日5g未満をなんとなく、それとなく意識はしている藤森。
塩分で漬け込まれた魚卵は愛する故郷の思い出であり、時折無性に食いたくなるものであり、
しかし、すなわち、要するに高塩分であった。
汝を愛し、汝を憎む。 『津軽』の序編である。
太宰はこの葛藤を指して上記を綴ったワケでは断じてないだろう。
「お客さん、おきゃくさん」
駄目だ。これ以上長考したところで、食いたいけど塩分だけど食いたいが堂々巡りなだけだ。
藤森は小さく首を振り、揚げたてのフキノトウの天ぷらを手にとって、会計のため振り返ると、
「試食だけでも」
店の子である、例の背丈の少女が、やはりとびっきりの笑顔で、スクエア型の小皿に小さなスプーンをのせ、藤森にそれを両手で差し出している。
スプーンの上には当然、小さな赤い宝石の美味。
少女の輝く瞳は藤森の心の奥の奥を、猫のそれのように、見透かしているようであった。
「愛しの愛しの、故郷の味。どうぞ」
再度ため息。藤森は小皿を受け取り、パクリ。
甘い。塩っ辛い。昔ながらの、昔から受け継がれてきた、愛しい愛しい馴染みの味だ。
礼を述べた藤森は結局敗北して、筋子のおにぎりと筋子単品のパックを手に取り、レジに出した。
「『太陽』ってお題を8月6日に書いたわ」
当時はタロット「太陽」の意味だの、「太陽」が比較的苦手な花の有無だの、アレコレ調べて、
結局、サンキャッチャーのハナシ書いたわ。「太陽のような輝き」ってことで。
某所在住物書きは過去投稿分を確認して、呟いた。
今回は「太陽『のような』」に限定されている。
花ではヒマワリが筆頭であろう。あるいは太陽の光を反射して花びらの中に光の輪をつくるキンポウゲ科、フクジュソウか。
「……ただ、フクジュソウで書くっつったら、結構時期が過ぎてる、場所が多い、気がするんよ……」
だって俺、主に東京舞台にして連載風書いてるけど、見頃たしか2月中旬だぜ。
物書きは部屋のカーテンを開けた。今頃太陽のような花が見頃、あるいは咲き始めって、どこだ。
――――――
数日前まで、東京は初夏だった。
美味しいアイス、美味しいビール、美味しい冷やし麺に美味しい冷しゃぶ。あとビール(二度目)
職場の雪国出身な先輩は溶けてて、見頃終えるフクジュソウは夏のフライングを恨むように、太陽のような花びらを、最後に精一杯開いて輝いてた。
日光反射の関係で花の中にできた光の輪は、それこそ、太陽が日傘さしてる時のそれだった。
ところで太陽が日傘をさすと天気崩れるらしいね。
「寝坊助。昼飯は食えるか」
「めにゅー」
「生姜入りのポトフ。もう少し食えるなら、少し炙ったパンにバターでも、チーズでも」
「ばたー」
「食後に、昨日職場で話した付烏月、ツウキからの差し入れで、クッキーが届いている」
「大丈夫すぐ起きるちょっと待って」
数日前まで、東京は初夏。
今の東京は真冬だ。雪国出身の先輩がバチクソ元気になるくらいの厳冬だ。
ホルモンバランスか寒暖差か、血圧の問題か知らないけど、ともかく私は寒いと体がガチで動かない。
気合い云々じゃない。理屈でも理性でもない。本能で、本当に、動けないのだ。
そこで昨日の晩から雪国出身の先輩に、つまり極寒平気な最終兵器に事前にアポとって、
一番酷く気温が下がる今日だけ、先輩のアパートに泊めてもらって、ご飯を作ってもらっているのだ。
予算5:5想定で、お金と食材持ち寄って、
本来個々で作ってる料理をまとめて作って、本来個々で使用してる照明とガスをまとめて使って。
防音防振完璧な先輩の部屋の毛布に包まって、1日、長くても2〜3日程度の事実上シェアハウス。
結果として私と先輩は、お互いにお互いの生活費と食材をシェアすることで、お金を節約できてる。
なによりこういう寒い日に、私の性質知った上で、暖かい部屋と温かいごはんを文句も言わず用意してくれるから、先輩にはホントに感謝しかない。
「クッキー、バター効いてて、美味しい……」
「ハーブバターだそうだ。何が入っているかは聞いた筈だが、忘れた」
「多分色々。ローズマリーは分かる……」
ガラスの器にキレイに積まれたクッキーをかじりながら、その甘さを、ジンジャーポトフで胃袋に流す。
弱火で保温されたポトフは、お鍋の底から壁に向かって、私が持ってきたキャベツが敷き並べられてる。
コンソメと生姜を吸って、くったり美味しそうだ。
でも私は自分で持ってきたキャベツより、先輩がドラッグストアで見つけてきたB級鶏手羽元を食うのです。100g50円とか、最の高なのです。
「幸せそうだ」
「幸せだもん。甘→塩→甘だもん」
「晩飯の後は、どうするつもりだ。すぐ帰るのか」
「お昼寝してから考える。……全然関係ないけどフクジュソウって美味しい?ハーブバターに入る?」
「もしかして:フキノトウ。ところで:誤採取誤食」
「どゆこと」
「フキノトウなら、萼……葉が開いて太陽のような形になる前、手まりや肉まんの形の頃が一番美味い」
「どゆこと……?」