「なんとなく憂鬱な、気がふさぐような、気分が晴れない、身心がすっきりしない。……ふーん」
直近では12月に「大空」、類似では1月に「冬晴れ」。「空」の字の付いたお題だけでもこれで10例目。空ネタは1ヶ月に1〜2度のペースと認識している某所在住物書きである。
今回は「物憂げな空」。6月14日の「あいまいな空」の類似であろう。……当時何を書いたか。
「疲労系の空なのな。片頭痛は今回違うのか」
つってもダルい空なんざ、「梅雨」だの「通り雨」だのの雨ネタでオーダー過多で、品切れ気味だが?
物書きは窓の外に目を向けた。東京は朝から晴れ、昼11時から降水確率すら0になる。
「……逆物憂げだが?」
人の心情を空模様に例えれば、ワンチャン……?
――――――
2月最後の週が始まった。
今週は、有給休暇の関係で、職場の先輩と私は明日までの勤務。水曜日から金曜の午前まで、お休み。
理由は雪国出身な先輩の、プチ里帰り。
3連休の混雑も終わって、年末でも年度末でもなくて、児童生徒の春休みからも離れてるから、
比較的空いた新幹線乗って、比較的空いた先輩の故郷を、特にそのグルメを、比較的、独り占めだ。
先輩は「比較的どころか完全貸し切り状態も可能」とか言ってた。なにそれスゴい。
で、その水曜日の出発に向けて、
今日は在宅申請して、先輩のアパートで、最後の荷物の確認を、一緒にする予定だったんだけど。
「せんぱーい。おはよー。あなたのカワイイ後輩がログインしましたー……なんつって。
先輩、せんぱーい?」
コロコロコロ、
当日持ってく予定のキャリーケース押してアパートに到着して、ドア開けて、先輩がいつも本読んだり在宅したりしてるリビングに顔を出すと、
コロコロコロ。
先輩当人、いわゆる粘着式テープクリーナー使って、ベッドで腕振り運動してた。
なんかたくさんゴミが取れてるみたい。何度もコロコロしては、何度もテープを剥がしてる。
表情は物憂げな空模様。ダルそう。
先輩は綺麗好きだ。朝の掃除が日課なくらいだ。
その先輩が、どうしたんだろう。物憂げな空模様の理由はすぐに、私の目と耳に飛び込んできた。
がつがつがつカチカチ、かりかりカンカンカン!
断続的に、陶器音と、咀嚼音が聞こえる。
すごく興奮した衝突音で、すごく幸福なクチャ音。
「……あぁ、おはよう」
物憂げな先輩がコロコロでコロコロしながら言った。
「すまない。今日だけ我慢してくれ」
なにも、「あいつら」に悪気は無いんだ。
先輩は陶器音と咀嚼音の発生源に目を向けた。
そこに居たのは、真っ白な器の中身に一心不乱にガっつく子狐と子イタチと子猫2匹だった。
子猫の片方は、猫又みたいに尻尾が2本。
鶏のササミとサラダとか、赤身と白身のお刺身とか、そのお隣にクリーム色したミルクとか。
先輩の物憂げに対して、逆物憂げな空模様と尻尾の振り具合で、がつがつ、カンカン。お食事してた。
すごく、晴れだ。まるで今日の東京だ。
「先輩、どしたの、コレ」
「諸事情。……昨日から泊まっている」
「なんで」
「稲荷神社近くの茶葉屋の店主に、帰省中の鉢植えの世話を依頼したら、こうなった。
嘘は言っていないが、信じるか疑うかは任せる」
「なんで……?」
にゃー、んにゃぁー。
一番乗りで赤身&白身定食を完食したらしい猫又モドキ、2本尻尾の子猫が、私に気付いて近寄って、足にスリスリしてきた。かわいい。
それを見た子狐が、多分猫又モドキを羨ましがったんだと思う、ごはんも途中で突撃してきて、足元にピッタリ。……よく見ればこの子狐、先輩のアパートの近所の、お茶っ葉屋さんの看板狐だ。かわいい。
先輩がコロコロをコロコロしてる理由が分かった。
抜け毛だ。この小さな命ぃズの、抜け毛。
物憂げな空模様の先輩は、それを掃除してたんだ。
コロコロの先輩と、ごはんにガっつく命ぃズと、
それから、物憂げとか逆物憂げとかじゃなく、どっちかというとポカンな空模様の私。
まぁまぁ、ひとまずお茶でもどうぞ。立ち尽くす私に視界の端っこから、ポテポテ。
子狸が漆塗りのお盆を器用に背負って、お茶とおまんじゅう載っけて、歩いてきた。
2/26/2024, 1:26:29 AM