かたいなか

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2/24/2024, 3:43:15 AM

「先月お題として出てるのよ。1月29日。
『私が愛する、ちょっと気取ったホットミルク』みたいなハナシ書いたわ。『I LOVE…』だった」
今度は「Love you」か。某所在住物書きは今日も相変わらず、天井を見上げてため息を吐く。
このアプリにおいて出題の重複は毎度のこと。恋愛にエモに天候に空、それから年中行事。
今回は恋愛のそれだった。次は何だろう。

「AがBに対して『I love you』でひとつ、
文法変だけどAがBに、あなた自身を愛せの命令形で『Love you』、本来なら『Love yourself』。
第三者込みなら『They love you』もアリか。
太宰治なら『津軽』の序編で、『汝を愛し、汝を憎む』とか書いてたが。……他には?」
ぼっちの物書きは不得意な恋愛ネタを嘆く。
「お前自身を愛せ」とか、どんなシチュだ。

――――――

三連休の2日目、都内某所、昼。
某不思議な不思議な稲荷神社の近所、「化け猫惣菜店」なる名前の、少し小洒落た店内。
雪国出身のぼっち、藤森が、ショーケースの前で立ち尽くし、指で口元を隠して、長考の様子。
目の前には真っ赤な、小さくて丸い、
イクラではない。えびっ子でもない。

筋子である。しかも、醤油漬けではない。
比較的珍しい、塩漬けの筋子である。

「雪国の方でしょう」
ほら。買っちゃいなさいよ。
食文化知ったる惣菜屋の店主が、にゃーにゃー、商売的スマイルで藤森に話しかけた。
「新潟?北海道の方かしら」
藤森は答えず、すいませんすぐ出ます、の申し訳無さで会釈した。

かつて都内、多摩の三鷹に住んでいた雪国出身、文豪の太宰治は筋子を好んだという。
己の著作の中、具体的には『HUMAN LOST』、
太宰は筋子納豆への愛を、それがあれば「他には何も不足なかった」と綴った。
彼は故郷の味を愛していたのだろう――多分。

で、その筋子である。
太宰の故郷青森のほか、北海道や新潟、岩手等々、
納豆や青のり、各種調味料を添えるかどうかに関わらず、それは白米のオトモとして、あるいは酒のツマミとして、今もよく愛されている。
そのわりに、都内であまり見かけない。
特に塩漬けは。

藤森も筋子のおにぎりを愛する雪国の民であった。

(プリン体は、別に、気にしちゃいないんだ)
ため息ひとつ。視線を落とすと、店の子であろう、
藤森の腰くらいの背丈の少女が、とびっきりの笑顔でにゃーにゃー。こちらを見つめている。
(塩分だよ。……塩分なんだ)
WHOの提案する塩分摂取量、1日5g未満をなんとなく、それとなく意識はしている藤森。
塩分で漬け込まれた魚卵は愛する故郷の思い出であり、時折無性に食いたくなるものであり、
しかし、すなわち、要するに高塩分であった。

汝を愛し、汝を憎む。 『津軽』の序編である。
太宰はこの葛藤を指して上記を綴ったワケでは断じてないだろう。

「お客さん、おきゃくさん」
駄目だ。これ以上長考したところで、食いたいけど塩分だけど食いたいが堂々巡りなだけだ。
藤森は小さく首を振り、揚げたてのフキノトウの天ぷらを手にとって、会計のため振り返ると、
「試食だけでも」
店の子である、例の背丈の少女が、やはりとびっきりの笑顔で、スクエア型の小皿に小さなスプーンをのせ、藤森にそれを両手で差し出している。
スプーンの上には当然、小さな赤い宝石の美味。
少女の輝く瞳は藤森の心の奥の奥を、猫のそれのように、見透かしているようであった。
「愛しの愛しの、故郷の味。どうぞ」

再度ため息。藤森は小皿を受け取り、パクリ。
甘い。塩っ辛い。昔ながらの、昔から受け継がれてきた、愛しい愛しい馴染みの味だ。
礼を述べた藤森は結局敗北して、筋子のおにぎりと筋子単品のパックを手に取り、レジに出した。

2/23/2024, 4:34:17 AM

「『太陽』ってお題を8月6日に書いたわ」
当時はタロット「太陽」の意味だの、「太陽」が比較的苦手な花の有無だの、アレコレ調べて、
結局、サンキャッチャーのハナシ書いたわ。「太陽のような輝き」ってことで。
某所在住物書きは過去投稿分を確認して、呟いた。
今回は「太陽『のような』」に限定されている。
花ではヒマワリが筆頭であろう。あるいは太陽の光を反射して花びらの中に光の輪をつくるキンポウゲ科、フクジュソウか。

「……ただ、フクジュソウで書くっつったら、結構時期が過ぎてる、場所が多い、気がするんよ……」
だって俺、主に東京舞台にして連載風書いてるけど、見頃たしか2月中旬だぜ。
物書きは部屋のカーテンを開けた。今頃太陽のような花が見頃、あるいは咲き始めって、どこだ。

――――――

数日前まで、東京は初夏だった。
美味しいアイス、美味しいビール、美味しい冷やし麺に美味しい冷しゃぶ。あとビール(二度目)
職場の雪国出身な先輩は溶けてて、見頃終えるフクジュソウは夏のフライングを恨むように、太陽のような花びらを、最後に精一杯開いて輝いてた。
日光反射の関係で花の中にできた光の輪は、それこそ、太陽が日傘さしてる時のそれだった。

ところで太陽が日傘をさすと天気崩れるらしいね。

「寝坊助。昼飯は食えるか」
「めにゅー」
「生姜入りのポトフ。もう少し食えるなら、少し炙ったパンにバターでも、チーズでも」
「ばたー」

「食後に、昨日職場で話した付烏月、ツウキからの差し入れで、クッキーが届いている」
「大丈夫すぐ起きるちょっと待って」

数日前まで、東京は初夏。
今の東京は真冬だ。雪国出身の先輩がバチクソ元気になるくらいの厳冬だ。
ホルモンバランスか寒暖差か、血圧の問題か知らないけど、ともかく私は寒いと体がガチで動かない。
気合い云々じゃない。理屈でも理性でもない。本能で、本当に、動けないのだ。
そこで昨日の晩から雪国出身の先輩に、つまり極寒平気な最終兵器に事前にアポとって、
一番酷く気温が下がる今日だけ、先輩のアパートに泊めてもらって、ご飯を作ってもらっているのだ。

予算5:5想定で、お金と食材持ち寄って、
本来個々で作ってる料理をまとめて作って、本来個々で使用してる照明とガスをまとめて使って。
防音防振完璧な先輩の部屋の毛布に包まって、1日、長くても2〜3日程度の事実上シェアハウス。
結果として私と先輩は、お互いにお互いの生活費と食材をシェアすることで、お金を節約できてる。
なによりこういう寒い日に、私の性質知った上で、暖かい部屋と温かいごはんを文句も言わず用意してくれるから、先輩にはホントに感謝しかない。

「クッキー、バター効いてて、美味しい……」
「ハーブバターだそうだ。何が入っているかは聞いた筈だが、忘れた」
「多分色々。ローズマリーは分かる……」

ガラスの器にキレイに積まれたクッキーをかじりながら、その甘さを、ジンジャーポトフで胃袋に流す。
弱火で保温されたポトフは、お鍋の底から壁に向かって、私が持ってきたキャベツが敷き並べられてる。
コンソメと生姜を吸って、くったり美味しそうだ。
でも私は自分で持ってきたキャベツより、先輩がドラッグストアで見つけてきたB級鶏手羽元を食うのです。100g50円とか、最の高なのです。

「幸せそうだ」
「幸せだもん。甘→塩→甘だもん」
「晩飯の後は、どうするつもりだ。すぐ帰るのか」
「お昼寝してから考える。……全然関係ないけどフクジュソウって美味しい?ハーブバターに入る?」
「もしかして:フキノトウ。ところで:誤採取誤食」

「どゆこと」
「フキノトウなら、萼……葉が開いて太陽のような形になる前、手まりや肉まんの形の頃が一番美味い」
「どゆこと……?」

2/22/2024, 4:41:05 AM

「……『リトライだよ』しか思いつかねぇ」
初出から今年12月で20年だってさ。アレの影響でサ□ゲッチュ3買ったわ。
某所在住物書きは今回配信分のお題に対し、ほぼそっちのけで、昔々の隠れんぼゲーと猿捕獲ゲーをスマホで検索しては、当時を懐かしんでいる。
買い切りソフトと月額数百円のガラケーゲームが主流だった時代である。後に基本無料のガチャゲーが台頭するなど、誰が想像しただろう。

「個人的なハナシとしてはな」
基本0、無料からのガチャゲーが一番怖い。物書きは呟いた――凝り性なのだ。皆までは言わぬ。
「このアプリの♡の数に自惚れそうになったら、某ポイに置いてる二次創作垢見るの。全部リプ0だから」
自分を過信しないこと。「もっと」が欲しくなり始めたら、まず手元の力量を確認すること。0からの今までを確認できる方法を、可能なら作っておくこと。
物書きは全課金額を、試しに計算してみようと――

――――――

私の職場の先輩は、物知りで、謎が多い。
淡々と仕事をこなす比較的平坦な人、と思えば
自宅のアパート近くの神社に咲く花を撮るし、
無駄より効率を好む比較的無機質な人、と思えば
無害な冷やかしおばーちゃんに「お茶淹れるの上手ね」って褒められて長話を聞かされてるし。

一番の謎は、先輩の自称「独学の付け焼き刃」。
先輩は相手の年齢と性別からだいたいの性格と性質を予測して、少しの表情の変化から相手の心を読む。
「50代男性はPFCが」とか、「人が感情を偽っていると表情の対象性が崩れる」とか。
まるで警察か探偵とか、心理学者とかだけど、先輩いわく、そういう仕事をしたことはないらしい。

先輩はいったい、どこで勉強したんだろう。
アパートにはたくさん難しい本があるけど、本読むだけで、そこまで身につくものなのかな。
それとも大学でそういう卒論書いたとか?

――「……いや、完全に上京してからだ」
ニャンニャンニャン、猫の日の職場の、いつものお昼、いつもの休憩室、いつものテーブル。
先輩に「付け焼き刃」の心理学を聞いたら、「心理学というより脳科学だ」って。
ドーパミンやオキシトシン云々、脳のブレーキの利き具合云々。そういう視点だって。
「前の前の、もうひとつ前の職場だったか。図書館の臨時職員をしていて、その時の3類……社会科学の担当に仕込まれたんだ。0からの叩き上げだよ」

「ゼロからの、たたきあげ、」
「付烏月、ツウキという男だ。私以上の変わり者さ。哲学や自然科学の担当ではないのに、心理学と脳科学の蔵書に関して、ともかく詳しかった」
「そのツーキってひとが、先輩の0からの先生?」
「そうだな。……そう言われると、そうだ」

「『そう言われると』?」
「向こうが一方的に詰め込んできた。『覚えとくとベンリダヨ〜』と。それはもう悪い笑顔で」
「悪い笑顔、」
「最近数年ぶりに会ったが、『面白そうだったからヒマつぶしにやった』『反省はしてない』だとさ」
「はぁ」

まぁ、今思えば実際に、ノルマの消化やら何やらに役立っているから、少し感謝はしても良いな。
先輩はそう言って、コーヒー飲んで、ため息。
先輩の前々職だか前前々職だかが図書館で、
その図書館の社会科学担当さんが変わり者で、
その変わり者さんが、ヒマつぶしで、先輩に。
そんな過去を辿って今に至った先輩について、少し分かったような、逆に分からなくなったような、
でも結局先輩は先輩であって、花が好きでお茶淹れるのが上手で、そこは何も変わらないような。

「ツーキさん、付烏月さんねぇ……」
どんな人だろう。私はただお弁当突っついて、ミートボールかじって、見たこともない「先輩の心理学の先生」を、低解像度で想像した。

「最近菓子作りにハマっているそうだ」
「マジ?!」
「コロナ禍を機に、それこそ0からの独学で。
クッキーを貰ったが、なかなか美味かった」
「マジ……?!」

2/21/2024, 3:19:43 AM

「他人の、特に苦悩を、自分のことのように親身になって『共に感じること』が『同情』なら、
まさしく真の意味で同情できるのって、実は酷い花粉症なんじゃねぇかな、とか考えたのよ」
ネットに溢れる、事実とも虚構とも、あるいは販売促進を意図するだけとも認識可能な情報に、某所在住物書きは目を細め、ティッシュを1〜2枚。
北海道には天国があるという。スギとヒノキの自生しない、5月に少しシラカバが飛ぶ程度の天国が。

「やっぱさ、目鼻のつらさを知る同志だからこそ、花粉への怒りと怨嗟を燃やす同類だからこそ、『自分のこと』として、同情……」
同類だからこそ、上から目線でも下から目線でもなく、同じ位置から共感できるんじゃねぇかな。
物書きはため息を吐いた――釧路か。寒いかな。

――――――

前回の「枯葉」の投稿分から、まさかまさかの続き物。雨降る都内某所、某森深めの稲荷神社に、物言う不思議な子狐が、家族と一緒に住んでおりました。
昨日は子狐のお得意様、稲荷神社の参拝者さんから、おいしい雪中リンゴ約20個の差し入れ。
子狐には赤と黄色のリンゴの2種類にしか見えませんが、差し入れてくれた雪国出身いわく、赤3種類と黄色2種類、計5種類とのこと。
要するに都内価格4桁後半から5桁前半。コンコン子狐、よくよく覚えました。

なかなか美味しかったので、コンコン子狐、ご近所のガキんちょ呼びまして、つまり遊び仲間の化け猫と猫又と化け狸なのですが、
雨のしとしと歌う中、お茶会……もとい、緊急の極秘会談を開催したのでした。

「丁度良い茶飲み話、私仕入れてきたの」
猫又の雑貨屋の子が言いました。最近、「窓に貼るマスク」なる花粉症対策グッズが新入荷したそうです。
「私も途中から見たから、最初の方はよく知らないんだけどね。ともかく悪いお客さんのハナシ」

悪いお客さん。モンスターカスタマー。
和菓子屋の化け子狸と、惣菜屋の化け子猫、思い当たるところがあるらしく、身を乗り出します。
なんなら自分が遭遇したこと、対応したこともあるのです。その目は少し、同情に似ていました。

「私がお店に出た時には、もうアレだったの」
雑貨屋の子猫、ニャンニャン言いました。
「新入りのバイトさんが、チーフと一緒に対応してたわ。お店の中には、年配の常連さん3人と中年の良い冷やかしさんと、同じく中年のお得意さん」
で、初めて来たっぽいモンスターカスタマーさんが、値段が高過ぎるだの接客態度がおかしいだのって文句つけてたの。 子猫は付け足して、惣菜屋の化け子猫が持ってきた南国豚の焼き豚に、雪国の雪中リンゴのアップルソースを添えました。

「悪いお客さん、きっと自分の身の上話をしてたんだと思う。お金が無いとか、仕事が無いとか」
「うん」
「すっごく怒鳴ってて、すっごく大きい声だった」
「うん」
「悪いお客さん以外、全員シーンとしてた。みんなピリピリして。で、お金とか仕事とか無いっぽいその悪いお客さん、早口でバイトさんに怒鳴ったの。

『同情するより金よこせ』って。
バイトさん、◯◯よこせしか、聞き取れなかったんだと思う。きっと商品購入と勘違いしたのね。
『カードでしょうか現金でしょうか』だって。

……途端に年配の常連さんも中年のお得意さんも爆笑しちゃって、『名台詞が台無し!』って。
居心地悪くなった悪いお客さん、『SNSで叩いてやる』って、スゴスゴ帰ってった」
「ゴメンよく分かんない」
「大丈夫私も分かんない。でも帰ってった理由をクイズにすれば、そこそこ良い茶飲み話になるでしょ」

なんでだろう。雑貨屋の子猫が焼き豚をかじります。
なんでだろうね。惣菜屋の子猫が焼き豚に、アップルソースを追加してやります。
コンコン子狐、和菓子屋の子狸が淹れてくれるお茶のおかわりが欲しくて、子狸を見ますと、
ポンポコ子狸、クイズの答えを知ってるようで、モンカスさんへの哀れむ同情とも、常連客への笑う共感ともとれる顔して、数度、頷いておったのでした。
「うん。……うん」
ポンポコ子狸、子狐にだけ聞こえる声で言いました。
「『同情するなら』『カードですか』。現代的……」

2/20/2024, 2:56:04 AM

「枯葉に落ち葉、断然秋のイメージ強いけど、俳句の世界じゃ『冬』なのな……」
へぇ。調べてみるもんだ。某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、季節外れの高温に顔をしかめた。
東京、23℃だそうである。しかしながら気象庁によると、今から90年程度昔の1930年2月、東京で25℃に迫る最高気温が観測されたらしい。

「初夏の気温の日に、秋を思わせる『枯葉』のお題が来て、実はそれが冬の季語……」
春だけが迷子。物書きは上手いこと言った気だが――

――――――

2月と思えぬ高温到来のこの頃、体調等、お変わりなくお過ごしでしょうか。季節外れにアイスなど食す物書きが、こんなおはなしをご用意しました。

都内某所、都内にしてはそこそこ深めの某森の中に、不思議な不思議な稲荷神社がありまして、
敷地内の一軒家には、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
末っ子の子狐は、お花とお星様が大好きな食いしん坊。美味しいお肉、美味しい山菜、美味しいお菓子、それから美味しい果物に目がありません。

そんなコンコン子狐、最近楽しみにしているのは、神社の近所、某アパートに住んでいる、藤森という名前の雪国出身者。去年、ひとつ約束をしたのです。
『実家が自家製雪中リンゴを始めたらしいから、
暖かくなって雪溶ける頃、子狐にも少し贈る』
それは青森をはじめとして、秋田や山形、長野等々でも作られている、豪雪を利用したスイーツでした。
メタいハナシでは、12月15日付近投稿分参照。
スワイプが面倒なので、気にしてはなりません。

昨今の暖冬で、例年より早く雪の中から掘り起こすことになったという、藤森の実家の雪中リンゴ。
今日ようやく、子狐の住む稲荷神社に、約20個入りの箱に詰めて、藤森の手により届けられました。
重さにしてだいたい5kg。都内価格やハウマッチ。
赤くツヤある1個と、黄色く美しい1個を、それぞれ母狐が6等分、スライスしてくれました。

「あまい、あまい!」
コンコン子狐、人生ならぬコン生初、雪中リンゴをご賞味です。シャクシャク、シャクシャク。藤森の故郷の冬の終わりを、子狐、幸福にご賞味です。
「セッチューリンゴ、あまい!」
東京から出たことがない子狐、ジューシーなスイーティーに、おくちいっぱい、かじりつきました。

冷たい雪が酸味を抑え、甘味を増やすその仕組みを知らぬ子狐、見知らぬ雪国を思い浮かべます。
きっとそこには、魔法の雪があるのです。食べ物をうんと美味しくする、不思議な雪があるのです。
藤森の故郷はきっと、それがたんと積もって、リンゴもブドウもダイコンもタケノコも、すべて、美味しくするのです。そうに違いないのです。

「雪に埋めれば、甘くなるなら、」
コンコン子狐、子供なので、閃きました。
「枯葉のお布団に埋めても、甘くなるかな」
なりません。土に還って、良き肥料になるだけです。
でも子狐、子供なので知らぬのです。

子狐の神社の住所は東京。遠い寒い藤森の故郷のように、魔法の雪はありません。
だけど子狐の神社には、稲荷のご加護、ウカノミタマのオオカミ様のご利益深き、水と草花と木とキノコと、もちろん枯葉も、あらゆる場所にあるのです。
魔法の雪には、ご加護とご利益の葉っぱで勝負!
コンコン子狐、残った18個のリンゴの中から、イチバン大きい、赤いリンゴを選び出して、パックリ!
小ちゃなおくちをしっかり開けて、小ちゃな牙でしっかり噛み持って、
神社の庭の、こんもりフッカフカに積もった枯葉のお布団へ、トテトテチテチテ、持っていきまして――

「あがっ、あがが……」
なんということでしょう。せっかく枯葉のお布団を、前足使って一生懸命掘ったのに、
リンゴをあんまりしっかり噛み持っていたせいで、
子狐の口から丸いリンゴが、ちっとも、少しも、たったの1ミリも、外れてくれないのです。
「がが、ぎゃぎゃぎゃ……」
どうしよう。助けてかかさん、助けてととさん。
コンコン子狐、枯葉の穴の前で少々困り果てますが、
丁度通りかかった「雪中リンゴの送り主」、藤森に無事救出されて、事なきを得ましたとさ。
おしまい、おしまい。

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