かたいなか

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2/4/2024, 2:59:17 AM

「5年10年はまだしも、1000年ときたら、さすがにリアル路線じゃ予測できねぇわな……」
だって、「月にソーラーパネル設置しよう」とか言っちゃう時代だぜ。その現在から1000年だぜ。
某所在住物書きは昨日のニュースを想起し、「1000年先の世界にも通用する〇〇」の物語を諦めた。

「百年後の満月なら所々キラキラ光ってるだろうさ」
物書きは言う。
「設置された大量のソーラーパネルが太陽の光を反射するから。でもって『自然のままの、美しい月を見る権利が損なわれた』とか騒ぐの。
地上はきっと、発電所より発電町が増えるぜ。田舎の広い土地を使った風力・太陽光発電事業が頭打ちになって、開拓場所が町に移るから。……その先は?」
富士山くらいは、1000年先も今のまま残っててほしいかもな。物書きはひとつ、ため息を吐いた。

――――――

1000年先まで遊んで暮らせるお金があったら、そのうち500年分くらいを課金に溶かす気がする物書きです。5割ほど不思議テイスト増し増しの、こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所、某稲荷神社でのおはなしです。
そこには人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
だいたい■■■■年くらい前から、人間の世界を見続けておったのです。

今日は立春。一応、多分、春です。不思議な狐住まう稲荷神社では、ちょいと春のおそうじです。
床を雑巾がけしたり、窓の昭和ガラスを新聞紙で拭いたり、都内の病院で漢方医として働く父狐の書斎をパンパン羽箒で叩いたり。
家族総出で、みんなで、春のおそうじです。

「あなたは、この部屋の掃除をお願いします」
「……随分、その、高価そうな物ばかりですが?」
「その分報酬は弾みます。正午になったら、昼食を用意しますので、一緒に食べましょう」

その化け狐一家のお掃除現場に、美女に化けた母狐に連れられて、人間がひとりご来訪。
母狐が神社の近くで営んでいる、茶っ葉屋さんの常連さんです。あるいは、餅売りしている末っ子子狐の唯一のお得意様です。
名前を、藤森といいます。お茶を買いに茶葉屋に行ったら、「報酬を出すので一緒に私の家の掃除をしませんか」と、店主、つまり母狐に誘われたのです。

「ひとつだけ、伺っても?」
「どうぞ」
「この部屋の中で、一番気をつけるべき物は、」
「部屋の奥にある、銀文字の黒いお札が貼られた丸瓶です。絶対に壊さないように」
「銀文字の、黒い札、」
「万が一の弁償は長期に渡ると心得てください」
「『長期』?」

「1000年先も『支払い』をすることになるでしょう。あなたの一族ではなく、あなた個人が」
「その頃私は墓の中ですが?」

なにはともあれ、頼みましたよ。うふふふふ。
穏やかな微笑を残して、藤森を担当の部屋に案内し終えた母狐、お昼ご飯の準備にお台所へ。
何やら博物館の収蔵庫か、和風な古い宝物庫のような部屋に、藤森は末っ子子狐と一緒に残されました。

「おそーじ、おそーじ!」
コンコン子狐、大好きなお得意様と一緒にお掃除できるので、尻尾をぶんぶん張り切っています。
「おとくいさんと一緒に、おそーじ!」
天井の蜘蛛の巣取って、ちょっと積もったホコリを下に落として、桐箱やら壺やら瓶やらを拭き拭き。
床に、汚れを落とし集めていきます。
「おそーじの後は、かかさんの、おいしいごはん!」

ここまで来れば、まぁまぁ、お約束。
藤森の前で、子狐のぶんぶん振るモフモフ尻尾が、
まさしく、
ピンポイントに、
銀文字の黒い御札が貼られた小さめの丸瓶に当たってグラリ、グラリ、もひとつトドメに、ぐらり……?
「あっ、落ちちゃう!ダメ!」
コンコン子狐ダメ押しに、瓶を掴もうと両手を出して、逆に瓶をバシン!はたいてしまったのです。

その様子を見る藤森、まるで時間が止まったような感覚です。アドレナリンとコルチゾールの影響です。
『1000年先も』。
母狐が言ったのを、藤森、思い出します。

舌先から、唇から、サッと血流が引きまして、
気がつけば藤森、体が反射的に動いて、ホコリいっぱいの床にダイブ。
あわやのところで、丸瓶をキャッチしたのでした。
「おとくいさん、ありがとー。ありがとー」
「どういたしまして……!」
無事「1000年先も」のお題を回収したので、その後のお掃除は何事もなく、安全に完了しましたとさ。
おしまい、おしまい。

2/3/2024, 4:48:42 AM

「3月から6月頃の開花とされる花らしいが……?」
6月上旬「あじさい」、12月に「イブの夜」、
季節ごと、年中行事ごとのお題配信に定評のあるアプリとしては、少々季節を先取った印象。
あるいは温暖な九州等なら、咲いているのだろうか。某所在住物書きは誕生花検索サイトを確認しながら、同名カタカナ表記のフリーBGMを試聴している。

花言葉を持つ花ならば、それに絡めて物語をひとつ、想像することは可能である。
たとえば前回投稿分登場、謎の子供が勿忘草の精霊だったとか。誰かに忘れられてしまったのが悲しくて泣いていたのだとか。 あら少しエモい。
「どうしたもんかね……」
物書きは今日もため息を吐く。

――――――

勿忘草【ワスレナグサ・ワスルナグサ】
ムラサキ科 ワスレナグサ属

ムラサキ科ワスレナグサ属の総称。または、ワスレナグサ属の中の一種、シンワスレナグサをさす。
国内自生のエゾワスレナグサを除き、外来種。
耐寒性に優れるが、暑さに弱いため、日本は冷涼地でのみ、夏を越すことができる。
日本において、薬用の利用は確認されていないが、ヨーロッパではかつて、ワスレナグサは喘息や慢性気管支炎等、呼吸器疾患に効くとされ、
民間療法としてシロップ、鎮咳去痰薬に加工された。

後に肝障害・発がん性があるとされる、ピロリジンアルカロイドが含まれていることが判明し、
薬効利用については、忘れ去られていった。

主な花言葉:友情 思い出 私を忘れないで
参考:コンフリー(類似の背景を持つ。かつて日本で食用にされていた)
   ムラサキ(ピロリジンアルカロイドを持つが、生薬、化粧品、美容、石鹸等々現在も活躍の場多数)


――「先輩食べたことある?」
「なにを」
「どっちでも。ワスレナグサでもコンフリーでも」
「食べたことはない」

「食べたこと『は』?」

土曜のお昼、長いこと一緒に仕事してる職場の先輩の、アパートの一室。
お互いの生活費節約術として、私が食材やら現金やらを5:5の割り勘想定で先輩の部屋に持ち込んで、
それを受け取った先輩が、2人分のランチだのディナーだのを、まとめて作ってシェアしてくれる。
今日はフリーズドライスープを流用した、半額カット野菜と鶏手羽元のB級品のコンソメ鍋。
お肉食べて、スイーツに甘酒生チョコ貰って、お茶を飲みながら先輩の部屋の、お花の辞典を読んでた。

ワスレナグサだって。コンフリーだって。
昔々食べられたり、使われたりしてた、でも今は食べたり使われたりすることがなくなった、
なんならそういう過去すら忘れられちゃっただろう、花のハナシだってさ。

「忘れるものか。コンフリーの花の蜜」
ランチで使って、洗い終わった鍋とかオタマとかを拭きながら、先輩が言った。
「まだガキの頃、故郷の雪国。
コンフリーも、ワスレナグサと同じムラサキ科だ。春から夏にかけて、あちこちで花を咲かせて。散歩の途中に花を摘んで蜜を吸ったのが、昔々の思い出だ」

それをいつぞや、親友の宇曽野のやつに話したら、「俺も吸ってみたい」だとさ。
厚労省のページにも、「肝障害報告アリ」、「摂取は控えるように」とあるのに。
忘れるものか。先輩はそう付け足すと、どこか遠い所に視線を置いて、穏やかなため息をひとつ吐いた。
花と山野草溢れる雪国。優しい風吹く青空の下で花を摘むのは、きっと、美しい思い出だと思う。
……。 ん?

「先輩、肝障害の報告がある花の蜜、いっぱい?」
「それはもう。どっさり。大量に」
「ぶじ? なんともない? 脂肪肝?」
「私の肝機能はいたって正常だし、脂肪肝とワスレナグサやコンフリーは多分関係無い」

「先輩死んじゃヤダ」
「勝手に私を病弱にするな」

あーだこーだ、云々。 あれこれ話して、私がその都度心配して、今日のお昼がゆっくり過ぎていく。
食べ方使い方を忘れられた「忘れないで」の花の話。
最終的に、豆知識をひとつ覚えて、それで終わった。
ワスレナグサと同じムラサキ科の中には、「オイスターリーフ」なんていう美味しそうな名前の花があるとか、ないとか。 ちゃんちゃん。

2/2/2024, 3:39:31 AM

「第一印象は『思い出の◯◯』、例のカードだけど、振り子モンスターなカードもあるのな……コブラ?」
9月23日頃に「ジャングルジム」ならお題に出てたわ。某所在住物書きは某カードゲームのデータをスワイプで確認しつつ、今回投稿分のネタを探していた。

何年乗っていないか分からぬブランコ。振り子運動を比喩として使えば、暖寒暖な昨今の気温差、気温の乱高下を物語として落とし込めるかもしれない。
あるいはソシャゲのブランコ乗りキャラか、もうすぐ公開から2年の某映画、宇宙人2名の公園会談か。
「ぶらんこ……?」
ポツリ。物書きがお手上げよろしくお題を呟く。
何を書けと。 どのように書けと。

――――――

都内某所、某茶葉屋近くの静かな公園、夜。
近所のアパートに住む、名前を藤森というのだが、
ブランコにひとり腰掛け、子狐1匹抱きしめて、その子狐に頬だの鼻だのをベロンベロン舐め倒されている子供を、近くもなく遠くもない距離から見ている。

子狐は藤森と目が合うたび、
ぎゃっ、ぎゃん、ぎゃん!
二声三声威嚇して、また子供を慈しむように舐める。
ランドセルを背負った、小学校低学年と思しき少女だか少年だかは、泣いているらしい。
時計を確認すれば、もうすぐ22時。ブランコから一歩も動こうとせず、肩を震わせている。

「藤森です。子狐、見つけました」
スマホを取り出し、電話をかける。
「ただ、連れて帰れそうにないので、『無事で、安全な場所に居ます』とだけ」
失礼します。 言って通話を切ろうとした藤森が、あらためて子狐の方を見ると、
どこから取り出したやら、器用に前足でドッキリ風の横看板を持ち、こちらに向けている。
看板にはただ5文字。
【あと5ふん】

「……あと5分したら帰るそうです」
藤森は小さなため息を吐いた。

――時は少々さかのぼる。
公園近くの某茶葉屋は、女店主が近所の稲荷神社に住まう神職の家族。看板猫ならぬ看板子狐が、たびたび店内を巡回している。藤森は茶葉屋の常連である。
その日の仕事帰り、茶葉屋へ寄ったところ、
店主から、「夜のお散歩から帰ってこない子狐を、ちょっと探してきてほしい」との依頼。
報酬は稲荷の米麹で作られた甘酒と、その甘酒を使用した生チョコ2箱。しめて税込み5555円。
日頃世話になっている店からの要請である。断る理由も無く、藤森は子狐の捜索を始めた。

子狐が毎度毎度姿を見せる藤森の部屋にはおらず、
では子狐の実家の稲荷神社の森の中で、長い昼寝の続きでもしているかと思えば、外の寝床は空っぽ。
「猫又の雑貨屋」なる雑貨屋にも、「本物の魔女が店主」という噂の暖かいカフェにも居ない。
心当たりをあちこち探して、気がつけば、1時間以上歩き回ってもうすぐ22時。

向こうの公園に、ブランコに座っている者がある。
ふと見た光景が気になった。
よくよく見れば、子狐を抱えている。

『こぎつね、』
いつもであれば、呼べば尻尾を振り常連たる藤森に突撃してくる子狐が、その日に限ってひと目見るなり、
ぎゃん、ぎゃん!
子狐なりの精一杯で、藤森を威嚇するのである。
児童の保護要請のため、110番しようとすれば、よりいっそう、子狐ギャンギャン。大声で吠えた。
『子狐。分からないのか、私だ』
ぎゃん!ぎゃん、ぎゃん!
『店主が心配している。一緒に帰ろう』
ぎゃぎゃっ!ぎゃぎゃぎゃん!

『こぎつね……』
ため息を吐き、どうすべきか途方に暮れて、
そして、物語冒頭へ至るのである。

店主に子狐発見の一報と、「あと5分」の意向を伝え、公園から離れた藤森。
結局あの子供は誰で、何がどうで、何故ブランコに座っていて、いかにして子狐が彼/彼女の頬なり鼻なりをベロンベロン舐め倒すことになったのか、
藤森が知ることは、ついぞ無かった。

2/1/2024, 5:10:49 AM

「約340日程度アプリ続けてきて、それを旅路と想定するなら、『果て』に習得したのって、見てて不快に感じる広告動画の強制終了方法よな」
Bluetooth機器の接続ないし切断、音量調節ボタンを押してそこから設定画面に入りアプリを終了、いっそ一旦スマホの再起動。
文章投稿アプリで得た一番の有用技能が、よもや広告動画を誤タップせず、安全に終了させる方法とは。
約1年前の自分など、考えもしなかっただろう。
ため息ひとつ吐き、某所在住物書きはスマホを見た。

カウントダウンとともに映し出されているのは、ありふれたゲームアプリの下手くそプレイ映像。
この程度なら我慢できる。30秒待てる。
何故12歳以上対象アプリで20歳以下アウト系を見せられているのか。
「買い切りの広告削除オプション、はよ、はよ……」
再度、ため息。物書きはポツリ呟いた。

――――――

2月だ。2月の東京は、明日から冬の寒さだ。
ウチの職場の、ゴマスリしか特技の無い、面倒な仕事を全部部下に丸投げしてたゴマスリ係長が、突然2月いっぱいで退職することになった。
理由は簡単で、自業自得。
自分の仕事を自分でやってないことがバレて、「次にお前、不当に部下に仕事丸投げしたら、ヒラに戻すからな」ってお叱り食らって、
1月末からちゃんと、自分の仕事を自分でやるようになったんだけど、結局、全然続かなかった。

去年の3月にオツボネ前係長の新人イジメがバレて、4月からオツボネの代わりにゴマスリが来て、
今年は、そのゴマスリのサボりがバレる。
激動だ。私の職場の、私の部署の、係長人事に関しては、確実にこの1年間、山あり谷ありの旅路だった。

「そういえば先輩も今年、結構激動だったよね」
「激動?私の例の、元恋人とのトラブルのことか?」
「それ。ふぁっきん元恋人さん」

2月最初の昼休憩。誰が電源入れたか分からないテレビモニターは、情報番組のなんか美味しそうなグルメ映像を流してる。
いつも通りのテーブルに、いつも通り職場の先輩と座って、いつも通りお弁当広げて。
別に理由も目的も意図も無いおしゃべりをして、
いつもは缶コーヒーのところ、今日はペットボトルの紅茶を飲む。

「だって7月に再会して、8年越しだったんでしょ?先輩は会いたくないのに、向こうが粘着してきて?」
「9月に職場にまで押し掛けてきて、お前にも職場にも直接的な迷惑がかかって。
そこで私が10月末、アパートを畳んで実家に引っ込もうとしたとら、お前が『行くな』とゴネた」
「結果11月にスッパリ縁切れて、良かったじゃん」

他にいつもと違うのは、先輩が私に、米麹甘酒入りのレアチーズケーキをシェアしてくれたこと。
なんでも昨晩、近所の稲荷神社の子狐にジンジャーホットミルクをご馳走したら、親御さんから同額相当のお礼として貰ったとか。
ふーん(同額のチーズケーキというパワーワード)
……「親御さん」?(もしかして:飼い主さん)

「たしかに、激動といえば激動な旅路の、1年だったような気もする」
チーズケーキ食べて、紅茶に口をつけて。ぽつり、ぽつり。先輩は遠いどこかに視線を置いて呟いた。
「『いつも通り』がテンプレートの日常なのにな。
係長が2度も変わって、8年前に私をSNSでこき下ろしていたあの人とバッタリ会って、追われて」

はぁ。 先輩は小さなため息ひとつ吐いて、また紅茶に口をつける。
「その旅路の果てが『コレ』だと、もう少し早く、なんなら最初から、分かっていればなぁ」
で、再度ぽつり。先輩はどこかを見続けて、でも表情は多分、穏やかだった。

「『旅路の果てが「コレ」』 is 何」
「別に。『コレ』は『コレ』だ。『いつも通り』さ」
「どしたの。しんみりしちゃったの。エモなの」

「チーズケーキ、もう1個食うか」
「たべる……」

1/31/2024, 8:24:11 AM

「『届かぬ想い』ってネタなら、4月頃に1回書いてたわな……」
そろそろ、書きやすいお題、かもん。
某所在住物書きは「届けたい」の4字に苦戦して、書いた物語を消しては書き直し、消しては書き直し。
最終的に、次のネタ配信まで残り2時間をきったあたりで、ようやく無理矢理にこじつけた。

最初は職場の後輩に、先輩の実家から防寒着が届く物語。それから雪国出身者のアパートに、その親友から忘れ物が届くハナシ。
今朝の気温の高さに半袖を着たモンスターカスタマーがご来店な茶番も書いたが、20行で力尽きた。
「好意をあなたに届けたい」?ウチは恋愛ネタを書いてないのだ。
「……次回も書けねぇネタだったら、今度こそ、ホントにお題無視でひとつ投稿しちまおうかな」
物書きは頭をかかえ、暗い窓の外に目を向けた。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主を藤森といい、デスクでキーボードに指を滑らせ、翌日の仕事の準備をしている。
パタタタタ、パタタタタン。防音防振の行き届いたぼっちの室内に、打鍵の音が小さく響く。
ため息を吐いて、茶をひとくち。
後ろを振り返ると、

「おいしい。おいしい」
物言う子狐が1匹、前足で器用にマグカップを支え持って、ちうちう、ちうちう。
ジンジャーのきいたホットミルクを飲んでいる。

尻尾で床を高速ワイパーする様子は、至福の感情表現の極致。よほど好ましいのであろう。
「おかわり!」
キラキラ光る瞳で藤森を見つめ、子狐コンコン。
見つめられた方が再度、ため息を吐いている。
これで4杯目だ。何杯飲み干すつもりだろう。

物言う子狐は稲荷神社の在住。週に1〜2回、稲荷のご利益豊かな餅を作って、藤森の部屋に売りに来る。
藤森は餅売り子狐唯一のお得意様。
昨日は小さな大福餅を5個売って、テーブルの上にあったジンジャーホットミルクの匂いをかぎ、ぺろぺろ。結果、全部飲み干した。
その味をどうやら気に入ったらしい。珍しく2日連続で部屋を尋ねてきた子狐は、
部屋に入るなり開口一発、「昨日の、ちょうだい」とコンコン。目を輝かせたのである。

丁度、今月賞味期限のジンジャーパウダーの消費先に困っていた藤森。
軽い気持ちで、牛乳を火にかけ、ジンジャーを振り、シュガースティックでかき混ぜた。

はいどうぞ、いただきます、おかわり。
はいどうぞ、いただきます、おかわり。
稲荷の子狐に届けたホットミルクは計4杯。
いっそ大鍋にリットル単位で作って、それをテーブルに届けてやろうかと、思い始めたとか、さすがにそれには牛乳が足らぬとか。

タン、タン。
ノートの電源を落とし、その日の仕事を終えた藤森。
どこにこの量のホットミルクが収まっているのやら、子狐の幸福に膨れたおなかをじっと見て、小さく首を振り、3度目のため息を吐いた。

「子狐。こぎつね」
「なあに」
「作り方、教えてやろうか」
「キツネ、おうちで作った。からかった。おいしくない。おとくいさん作って。いっぱいいっぱい作って」
「多分ジンジャーの入れ過ぎだ」
「ちがうもん。おとくいさんが作らないと、おいしくないんだもん。きっとそうだやい」
「こぎつね……」

一緒に作ろう。 やだ。
お前の家にレシピ届けようか。 やだ。
子供らしいヤダヤダ問答が続いて、藤森が根負けして、仕方がないのでもう1杯だけ作ってやって。
今月賞味期限のジンジャーパウダーと冷蔵庫内の牛乳を全部使い切ったジンジャーホットミルクを、子狐はぺろり飲み干して、
満腹になったらしく、その場で電池が切れてご就寝。

最終的に、子狐は2枚合わせハーフ毛布にくるまれ、ホットミルクのレシピを書いたメモと一緒に、
子狐の実家であるところの稲荷神社、その敷地内の一軒家に、優しく届けられることとなった。
子狐のジンジャーホットミルクのトレンドは、その後3日4日続いて、パッタリ、突然終わりましたとさ。
おしまい、おしまい。

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