かたいなか

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「『届かぬ想い』ってネタなら、4月頃に1回書いてたわな……」
そろそろ、書きやすいお題、かもん。
某所在住物書きは「届けたい」の4字に苦戦して、書いた物語を消しては書き直し、消しては書き直し。
最終的に、次のネタ配信まで残り2時間をきったあたりで、ようやく無理矢理にこじつけた。

最初は職場の後輩に、先輩の実家から防寒着が届く物語。それから雪国出身者のアパートに、その親友から忘れ物が届くハナシ。
今朝の気温の高さに半袖を着たモンスターカスタマーがご来店な茶番も書いたが、20行で力尽きた。
「好意をあなたに届けたい」?ウチは恋愛ネタを書いてないのだ。
「……次回も書けねぇネタだったら、今度こそ、ホントにお題無視でひとつ投稿しちまおうかな」
物書きは頭をかかえ、暗い窓の外に目を向けた。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主を藤森といい、デスクでキーボードに指を滑らせ、翌日の仕事の準備をしている。
パタタタタ、パタタタタン。防音防振の行き届いたぼっちの室内に、打鍵の音が小さく響く。
ため息を吐いて、茶をひとくち。
後ろを振り返ると、

「おいしい。おいしい」
物言う子狐が1匹、前足で器用にマグカップを支え持って、ちうちう、ちうちう。
ジンジャーのきいたホットミルクを飲んでいる。

尻尾で床を高速ワイパーする様子は、至福の感情表現の極致。よほど好ましいのであろう。
「おかわり!」
キラキラ光る瞳で藤森を見つめ、子狐コンコン。
見つめられた方が再度、ため息を吐いている。
これで4杯目だ。何杯飲み干すつもりだろう。

物言う子狐は稲荷神社の在住。週に1〜2回、稲荷のご利益豊かな餅を作って、藤森の部屋に売りに来る。
藤森は餅売り子狐唯一のお得意様。
昨日は小さな大福餅を5個売って、テーブルの上にあったジンジャーホットミルクの匂いをかぎ、ぺろぺろ。結果、全部飲み干した。
その味をどうやら気に入ったらしい。珍しく2日連続で部屋を尋ねてきた子狐は、
部屋に入るなり開口一発、「昨日の、ちょうだい」とコンコン。目を輝かせたのである。

丁度、今月賞味期限のジンジャーパウダーの消費先に困っていた藤森。
軽い気持ちで、牛乳を火にかけ、ジンジャーを振り、シュガースティックでかき混ぜた。

はいどうぞ、いただきます、おかわり。
はいどうぞ、いただきます、おかわり。
稲荷の子狐に届けたホットミルクは計4杯。
いっそ大鍋にリットル単位で作って、それをテーブルに届けてやろうかと、思い始めたとか、さすがにそれには牛乳が足らぬとか。

タン、タン。
ノートの電源を落とし、その日の仕事を終えた藤森。
どこにこの量のホットミルクが収まっているのやら、子狐の幸福に膨れたおなかをじっと見て、小さく首を振り、3度目のため息を吐いた。

「子狐。こぎつね」
「なあに」
「作り方、教えてやろうか」
「キツネ、おうちで作った。からかった。おいしくない。おとくいさん作って。いっぱいいっぱい作って」
「多分ジンジャーの入れ過ぎだ」
「ちがうもん。おとくいさんが作らないと、おいしくないんだもん。きっとそうだやい」
「こぎつね……」

一緒に作ろう。 やだ。
お前の家にレシピ届けようか。 やだ。
子供らしいヤダヤダ問答が続いて、藤森が根負けして、仕方がないのでもう1杯だけ作ってやって。
今月賞味期限のジンジャーパウダーと冷蔵庫内の牛乳を全部使い切ったジンジャーホットミルクを、子狐はぺろり飲み干して、
満腹になったらしく、その場で電池が切れてご就寝。

最終的に、子狐は2枚合わせハーフ毛布にくるまれ、ホットミルクのレシピを書いたメモと一緒に、
子狐の実家であるところの稲荷神社、その敷地内の一軒家に、優しく届けられることとなった。
子狐のジンジャーホットミルクのトレンドは、その後3日4日続いて、パッタリ、突然終わりましたとさ。
おしまい、おしまい。

1/31/2024, 8:24:11 AM