かたいなか

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「約340日程度アプリ続けてきて、それを旅路と想定するなら、『果て』に習得したのって、見てて不快に感じる広告動画の強制終了方法よな」
Bluetooth機器の接続ないし切断、音量調節ボタンを押してそこから設定画面に入りアプリを終了、いっそ一旦スマホの再起動。
文章投稿アプリで得た一番の有用技能が、よもや広告動画を誤タップせず、安全に終了させる方法とは。
約1年前の自分など、考えもしなかっただろう。
ため息ひとつ吐き、某所在住物書きはスマホを見た。

カウントダウンとともに映し出されているのは、ありふれたゲームアプリの下手くそプレイ映像。
この程度なら我慢できる。30秒待てる。
何故12歳以上対象アプリで20歳以下アウト系を見せられているのか。
「買い切りの広告削除オプション、はよ、はよ……」
再度、ため息。物書きはポツリ呟いた。

――――――

2月だ。2月の東京は、明日から冬の寒さだ。
ウチの職場の、ゴマスリしか特技の無い、面倒な仕事を全部部下に丸投げしてたゴマスリ係長が、突然2月いっぱいで退職することになった。
理由は簡単で、自業自得。
自分の仕事を自分でやってないことがバレて、「次にお前、不当に部下に仕事丸投げしたら、ヒラに戻すからな」ってお叱り食らって、
1月末からちゃんと、自分の仕事を自分でやるようになったんだけど、結局、全然続かなかった。

去年の3月にオツボネ前係長の新人イジメがバレて、4月からオツボネの代わりにゴマスリが来て、
今年は、そのゴマスリのサボりがバレる。
激動だ。私の職場の、私の部署の、係長人事に関しては、確実にこの1年間、山あり谷ありの旅路だった。

「そういえば先輩も今年、結構激動だったよね」
「激動?私の例の、元恋人とのトラブルのことか?」
「それ。ふぁっきん元恋人さん」

2月最初の昼休憩。誰が電源入れたか分からないテレビモニターは、情報番組のなんか美味しそうなグルメ映像を流してる。
いつも通りのテーブルに、いつも通り職場の先輩と座って、いつも通りお弁当広げて。
別に理由も目的も意図も無いおしゃべりをして、
いつもは缶コーヒーのところ、今日はペットボトルの紅茶を飲む。

「だって7月に再会して、8年越しだったんでしょ?先輩は会いたくないのに、向こうが粘着してきて?」
「9月に職場にまで押し掛けてきて、お前にも職場にも直接的な迷惑がかかって。
そこで私が10月末、アパートを畳んで実家に引っ込もうとしたとら、お前が『行くな』とゴネた」
「結果11月にスッパリ縁切れて、良かったじゃん」

他にいつもと違うのは、先輩が私に、米麹甘酒入りのレアチーズケーキをシェアしてくれたこと。
なんでも昨晩、近所の稲荷神社の子狐にジンジャーホットミルクをご馳走したら、親御さんから同額相当のお礼として貰ったとか。
ふーん(同額のチーズケーキというパワーワード)
……「親御さん」?(もしかして:飼い主さん)

「たしかに、激動といえば激動な旅路の、1年だったような気もする」
チーズケーキ食べて、紅茶に口をつけて。ぽつり、ぽつり。先輩は遠いどこかに視線を置いて呟いた。
「『いつも通り』がテンプレートの日常なのにな。
係長が2度も変わって、8年前に私をSNSでこき下ろしていたあの人とバッタリ会って、追われて」

はぁ。 先輩は小さなため息ひとつ吐いて、また紅茶に口をつける。
「その旅路の果てが『コレ』だと、もう少し早く、なんなら最初から、分かっていればなぁ」
で、再度ぽつり。先輩はどこかを見続けて、でも表情は多分、穏やかだった。

「『旅路の果てが「コレ」』 is 何」
「別に。『コレ』は『コレ』だ。『いつも通り』さ」
「どしたの。しんみりしちゃったの。エモなの」

「チーズケーキ、もう1個食うか」
「たべる……」

2/1/2024, 5:10:49 AM