かたいなか

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1/15/2024, 3:26:13 AM

「どうして、肉まん食いたい日に限って準備中か、
どうしても、キャッシュレスの残高が1円足りない、
どうしてもっと、早く気づかなかったのか。
他に『どうして』といえば、何だろうな?」
時々、「このトレンド、どうして上がってきた?」って思うワードがSNSに上がってくることはあるわな。
某所在住物書きは次々投稿される映画だのアニメだのの動画を観ながら、分かるだの、俺には刺さらねぇなだの、頷いたり首を傾けたり。
で、誰が始めたのだ。この「こういうの好きなんでしょ選手権」は。

「こういうの観てる場合じゃ、ねぇんだけどな……」
投稿分書かねぇと。残り時間6時間半じゃん。
物書きはスマホ上部の時刻を確認するものの、動画から気をそらすことができず――

――――――

日曜日の朝のハナシ。
土曜日に職場の先輩のアパートで、互いの生活費節約術としてシェアディナー食べて、丁度初雪が降って、
私は、雪道用の靴を履いてなかった。
路面凍結が怖いから、その日は先輩のアパートに宿泊避難。翌日気温が上がりきってから、自分のアパートに帰ることにした。
先輩は土曜日のうちに日曜の朝ごはんの仕込みをしてくれてて、白米より低糖質なオートミールを使った鶏雑炊風の予定。おいしそう。
雑炊だし、普通に食べられると思ってた。

で、翌朝。日曜日。
寒暖差か、ホルモンバランスだの自律神経だのの乱れか、完全に、ベッドから起きられなくて、食欲も全然無くて、バチクソなダルさとともに目が覚めた。
起きられない。 どうしても、起きられない。
気合いが足りないとか早寝早起きの習慣の崩れとか、そんなんじゃない。これはきっと分かる人にしか分からない。ともかく、どうしても、胃も体も動かない。

「なんだ、もう起きたのか」
ジャパニーズアロマポット、茶香炉に火を入れて、本棚のなんか難しそうな本を読んでた先輩が、私のウーウーなうめき声に気付いた。
「お前にしては早い。飯はどうする?もう食うか?」
サーセン先輩。今はそれどころではないです。

「からだうごかない」
「例の、突発的な酷い倦怠感か。食欲は?」
「ない。胃が、うごいてない。きのうから仕込んでくれてたのに、なんか、ごめん」

「問題無い。鶏雑炊から雑炊を抜けば良いだけだ」
「へ?」

「どうしてオートミールを選んだと思う?」
ちゃぷ、ちゃぷ。
小さなスープカップに、キッチンの小鍋から何かすくって入れて、先輩はそれを私に持ってきた。
「白米は炊いて、食わなければ余るが、オートミールは食う直前に食う量を、熱湯なりスープなり、牛乳なりを入れて混ぜるだけで良い。よって急なキャンセルに比較的強い」
ひとまずそれでも飲んで、温まっておけ。
先輩から渡されたのは、具材少なめの、コンソメみたいな琥珀色した、ぬる過ぎず熱過ぎずなスープ。
本当は、これにオートミールが入って、雑炊風になる予定だったんだろう。
ひとくち飲むと、なんとなく、ため息がもれた。
「つまり、お前の体調に合わせやすいわけだ。食えそうならそこそこの量ブチ込めば良いし、食えそうにないなら、雑炊風ではなく、スープとして出せばいい」

「おいしい」
「そりゃどうも」
「コンソメだ。ちょっと洋風だ」
「オニオンコンソメと、少しのめんつゆで味付けしている。不評であれば今後は控える」

「鶏肉入ってない」
「胃が動いていないと自己申告しなかったか?」

2杯目が必要になったら、いつでも呼べ。
言い残した先輩は定位置に戻って、また本棚の本をバラリ、ぱらり。
ダルいのはダルいし、冗談抜きでまだ動けないけど、
スープで体がちょっと温まったおかげで、心の方は、なんかほっこりできた、気がした。

「先輩おかわり。鶏肉多めで」
「無理をするな。後で苦しむのはお前だぞ」
「無理じゃないもん。多分大丈夫だもん」
「あのな……?」

1/14/2024, 6:53:36 AM

「夢……?」
『夢を見ていたい』。アレか。冬の毛布の中とか二度寝とかか。某所在住物書きは今日も今日とて、前日配信されたお題に20時間程度悩み続けた。
最近、自分の不得意が多いのだ。

「まぁ、『見てたい夢』にも、種類はあるわな」
物書きはポツリポツリ、ネタを並べた。
「将来の夢を夢のままにしてたいとか。
誰かに騙されてるけど、まだ騙され続けてたいとか。
それこそ、今見てる夢をそのまま見続けたいとか。
何か理想を追い続けていたいってのも、あるわな」
はぁ。 大きなため息を、ひとつ吐く。
で、書きやすいのはどれ……?

――――――

東京で初雪が降った日の夜、つまり土曜日、「自分は雪国在住だ」って名乗る垢の人が、呟きックスの東京雪降りました投稿に写真付きでマウントとってた。
これが本当の積雪、これが本当の吹雪、これが本当の真冬の景色。自分で撮影した画像をバラまいてたけど、すぐ出火して、鍵垢になって、魚拓撮られて、
最終的に、ものの1〜2時間で鎮火した。

丁度、雪国出身っていう職場の先輩のアパートに居たときの炎上だったから、ハナシのネタに先輩にマウント画像を見せたんだけど、
先輩は、数秒画像をじっと見て、小さく首を傾けて、
静かに、スマホを私に返してポツリ。
「まぁ、雪国と言っても、色々あるから」
私からの批評は控えるよ。先輩はそう付け足して、キッチンに戻った。明日の朝ごはんの仕込みだ。

「先輩、この画像よりスゴいの、見たことある?」
「……積雪量だけで、何々と言うのは難しい。私の故郷より雪が少なくても寒い地域など、たくさんある。そういう場所からの投稿かもしれない」
「『先輩にとって』、一番の吹雪な画像ってどれ?」
「撮れない。撮ったところで画面が白いだけだ」

「それ吹雪じゃなくてホワイトアウト」
「たしかに。ごもっとも」

トントントン。さくさくさく。
何かの野菜を切ってる音が、キッチンから聞こえる。
「明日はオートミールで鶏雑炊風の予定だが、お前、食欲は?もう少し軽い方が良いか?」
「多分だいじょーぶー」
長いこと一緒に仕事して、節約術としてシェアランチしたりシェアディナーしたりして、生活の時間をそこそこ重ねてきた私と先輩。
別に恋仲でもないし、先輩をそういう目で見たこともないけど、
まるで覚めない夢を見てるみたいな、それか長編の物語を読んでるみたいな、ともかく他人と他人の穏やかな関係が、長ーく続いてる。

「昼飯は食っていく予定か?」
「明日の路面状況による。最低気温0℃らしいし、なんか凍りそうだし」
「雪靴じゃないなら、滑るのが怖ければ食っていけ。昼飯とスイーツくらいは準備できる」
「スイーツ助かります」

私が今の、ブラックに限りなく近いグレーな職場を辞めたり、逆に先輩が辞めたりしたら、すぐ覚めちゃう夢だけど、
私としては金銭的にすごく助かってるし、なにより、ごはんを一緒に食べる人がいるのがちょっと嬉しい。
いつ覚めるか知らないけど、
可能ならもうちょっと、夢を見てたい気は、しないでもない、かもしれない。

「先輩フラペチーノとか飲まない?私買ってくるよ」
「凍結の可能性がある道路を歩いて?」
「あっ。あ……」
「低糖質アイスなら冷凍室だ。それにコーヒーでも混ぜて我慢しろ。アフォガードモドキ程度にはなる」
「あふぉがーど、もどき……?」

1/13/2024, 6:37:58 AM

「『ずっと』シリーズ、たしかこれで5回目よな」
「ずっと隣で」、「これからも、ずっと」、「誰よりも、ずっと」、「これまでずっと」。
さすがに6回目は来ないだろうな。某所在住物書きはため息ひとつ吐き、フラグめいた呟きをポツリ。
だいぶ書き尽くした感のある「ずっと」の、今回掲載分にでき得るネタを探した。
商品棚のド定番な陳列順、クソな職場で継続勤務するリスク、長いことそこに住み続けている家族、職場の先輩の過去話……他に「ずっと」で書けるハナシは?

「ソシャゲの画面が『通信中』とか『Loading』とかから次に移らなくて、それこそ『ずっとこのまま?』と思ったことは何度かあったわな」
ただそれを物語にできるかというと、微妙である。

――――――

最近最近、都内某所某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、一家で仲良く暮らしておりまして、
その内美しく賢い母狐は、神社近くで茶っ葉屋さんを開き、そこそこじゃんじゃかお金を稼、もとい、心魂すさみがちな現代人に寄り添い続けておりました。

今日は、お得意様だけが利用できる個室の飲食スペースに、数量限定の季節メニューが加わる日。
「新春の薬膳小籠包スープ」といいます。
フードロス削減活動の一環に、ご近所のスーパーや八百屋さんから、売れ残った春の七草パックをまとめて受け入れて、稲荷神社の薬草園で育った生姜だの牛蒡だのと混ぜ混ぜミックス。
稲荷のご利益と狐のおまじないをちょっと振って、おいしいスープでいただきます。

運が良ければ看板狐の、末っ子子狐が個室にお邪魔するので、コンコンのモフモフを眺めたりパシャパシャしたりしながらお食事が可能。
ちょっと、その光景を覗いてみましょう。

「おまえ、随分気に入られているな」
一番奥の個室では、藤森という雪国出身のお得意様と、藤森の職場の後輩が、ふたりして小籠包を楽しんでおりました。
「ちゅーるか何かでも、仕込んできたのか?」

後輩の膝の上には、薄手のひざ掛け毛布がのっかって、更にその毛布の上で、コンコン子狐がまんまる狐団子になったり、おなか出してヘソ天したり。
ずーっとそこから、動きません。
ずーっとこのまま、藤森の方へ行きません。
たまに後輩が藤森を気遣って、膝から子狐を降ろしますが、コンコン、すぐさま後輩の膝によじ登り、定位置で丸くなるのです。

「毛布に好きな匂いとか付いてるのかも」
コンコンにせよ、ワンワンにせよ、勿論ニャンニャンも、ともかくモフモフはことごとく好きな後輩です。
エキノコックスやら狂犬病やらを気にせず、思う存分子狐をモフり倒せるのは、願ったりかなったり。
「それとも、アレかな」
子狐のおなかを撫でつつ、米粉生地と小麦生地の小籠包を交互に楽しみながら、後輩が言いました。
「前回今月の8日頃ここに来たとき、私が子狐ちゃんにペット用七草粥頼んであげたの、覚えてるのかな」

「そういえば、そんなこともあった」
「私のとこに来れば美味しいもの頼んでもらえるって学習したとすれば、子狐ちゃん、おそろしい子……」
「どうだろうな?」
「きっとそうだよ。かわいーな、もう……」

ほらほら、今日は何食べたいの、お姉さんが頼んであげるから言ってごらん。
後輩はそれはそれは嬉しそうに、注文用のタッチパネルをトントン。ペット用メニューなど開きます。
藤森がジト目で後輩を見ていると、頭を上げた子狐と目が合いまして、そのキラキラお目々は、なんとなく、気のせい程度になんとなく、
何かを、藤森に伝えようとしてるように、見えなくもありませんでした……

1/12/2024, 2:04:41 AM

「身に、『しみる』って、『染みる』の他に『沁』の字もあるんだな」
「沁」は常用漢字じゃないから、「しみる」で平仮名表記にする場合もあるのか。
某所在住物書きはネットの検索結果を見ながら、コンビニで購入した肉まんを温め直していた。
昨日のバラエティー番組の影響である。寒さ身にしみる時期の美味に、酢醤油をプラスする価値観は無かった。きっと、酢の酸味が幸福に肉に染み渡るだろう。

「気温の他に、『懐の寒さ』とか『心』なんかも、『身にしみる』って言ったりするか」
チン。電子レンジが加熱終了を通知する。
ラップも加水もしていなかった生地は、物書きの「これを食いたい」から随分離れた形状と水分量。
「しみるわ……」
今から霧吹きとかして、復活、するかな。
物書きは大きな、非常に大きなため息を吐いた。

――――――

東京に、最低気温0℃の冬が来た。
極寒だ。日中はなんとなく、例年より少し暖かい気がするけど、朝夕が完全に真冬だ。
通勤時間帯に見る人はだいたい厚手のコートにマフラーで、モフモフ素材の帽子を被ってる人も多い。
素足見せてるギャルのひとりは、鳥肌たってるのを隠そうと、なんか頑張ってた。
薄手のオータムコートな人は多分某コニク□のヒートなんちゃらとか着込んでるんだと思う。
冬だ。
寒さが身にしみて、街路樹の葉っぱが全部落ちて、
そして、雪国出身の先輩がバチクソ元気になる冬だ。

なんで先輩気温3℃とかでもピンピンしてるんだろ。
薄着でも平気そうだし。ズルい。

「じゃあ、私の耐寒性をくれてやるから、お前の耐暑性と交換してくれ」
朝。出勤してきてすぐ。
相変わらず私より先に席について仕事捌いてる先輩に、「今日寒かった」って、「先輩平気そうでズルい」って言ったら、先輩、「お互い様」だって。
「私からすれば、お前の方がうらやましいんだ。寒さは着込めば対処可能だが、暑さはもう、溶けるだろ」

先輩は、気温3℃でも4℃でも、なんなら道路の水たまりが凍ったって、元気にしてる。
いっそ冬の方が仕事中のスペック高いまである。
かわりに暑さに弱いのだ。
早春3月4月は20℃以上で「暑い」って言うし、
27℃近辺超えると弱り始めて、30℃で溶ける。
まるで雪女とか雪だるまとかだ。去年も7月10日あたり、でろんでろんに溶けた。
忘れもしない。当時の先輩は、完全にSAN値チェック失敗してファンブル出した人のそれだった。

「私、今日寒さに負けないで仕事やりきったら、先輩に味しみしみのおでん奢ってもらうんだ。身にしみる寒さを、おでんのスープとうどんでやっつけるんだ」
「宇曽野から聞いた。重要な仕事の開始前に未来の約束をするの、『フラグ』と言うらしいな」
「フラグじゃないもん。大丈夫だもん」
「大変申し訳ございませんが、本日、ゴマスリ係長からの当てつけにより残業確定となっております。晩飯勧誘は明日以降でご検討ください」

「けち」
「文句なら係長か課長に言ってくれ。お前も3時間4時間仕事追加コースになって、一緒の時刻の退勤でお望み通りになるかもしれない」

牛すじ。卵。がんもどき。ウィンナー巻きと餅巾着。
ぷーぷーゴネて、おでんの具材を連呼してみたけど、
先輩は我関せず、淡々と係長から押し付けられた仕事を片付けてる。
「寒い日は、おでん、おいしいと思うけどな……」
私がポツリ呟くと、
「否定はしない」
タブレットをポンポン叩きながら、先輩が言った。
「鍋、ラーメン、シチュー。中華まんもか。
……明日であれば、私のアパートの近くの茶葉屋が、新メニューで薬膳小籠包スープを出すらしいが」

「しょーろんぽー、すーぷ」
「和風ポトフも出すらしい。安いのはポトフだ」
「ぽとふ」
「身にしみるな」
「しみる。ゼッタイしみいる……」

1/11/2024, 6:55:47 AM

「成人の日から数日遅れての出題とは、予想外だな」
とはいえ、今は18歳から成年なんだっけ?
某所在住物書きは迫る次のお題の配信時刻に苦しみながら、しかし何の物語のネタも思い浮かばないので、
ネット検索なり自室の本棚なり、せわしなく、捜索の作業を継続していた。20歳――はて何年前の話か。

「アレか?新成人に贈る言葉でも書きゃ良いのか?」
物書きの視線が、1冊の本に留まる。
「……ねぇな。何もねぇ」
強いて可能な助言は「酒と課金とクソ上司の世話は、それに病む前にスッパリ手を引け」程度である。

――――――

『I suppose
 every one has some little immortal spark
 concealed about him. 

 私はね、思うのだよ
 すべてのひとが、なにか小さな不滅のかがやきを
 彼等のその中に、秘め持っているのだと』

コナン・ドイル『The Sign of Four』第十章
上段シャーロック・ホームズのセリフ原文
下段かたいなか意訳(により、誤訳バチクソ注意)


1月11日の都内某所某アパート、夜。
部屋の主を藤森といい、職場の後輩と一緒に、生活費節約の手段として、シェアディナーをしている。
後輩の膝の上には、いわゆる「ヘソ天」でスピスピ寝息をたてる子狐。
アパートの近くの茶葉屋の看板狐なのだが、
藤森の言によると、実は餅売りで、今日も稲荷神社で鏡開きした餅を、それで作った様々な味のあられ菓子に仕立てて、持ってきたという。
事実かジョークかは藤森のみぞ知る。

「昨日、バチクソ久しぶりに、お母さんに会ったの」
後輩が藤森に対して、おもむろに話題を提示した。
ふたりが囲むのは、材料費と調理費が5:5想定で割り勘された、鶏手羽元メインの煮込み鍋。
粉末スープのトマトポタージュを流用して整えられたスープは手軽で、なにより原価が比較的優しい。
「何年ぶりだろう。最後に会ったの20歳の成人式だから、10年経つか経たないかかもしんない」
後輩は鍋の取り箸を手繰り、一緒に煮込まれている低糖質パスタをかき混ぜた。

鍋のシメは、オートミールとクリームチーズをブチ込んで、トマトリゾット風の予定。
鶏と野菜とチーズの旨味を吸ったクラッシュタイプは、さぞ美味であろう。
そのリゾット風とともに、後輩は自分用のビールと藤森が用意したあられ菓子で、幸福に優勝するのだ。

「お母さん、酷い更年期持ちでさ。私が家出る数年前まで、ずっとイライラして、八つ当たりみたいに毎日叱って。それが理由で私、すぐ家出たんだけどさ」
「それで?」
「今はだいぶ落ち着いて、イライラしなくなったみたいなの。で、昨日バッタリ会って、晩ごはん一緒に牛丼屋さんで食べて」
「うん」

「お母さんのスマホが『いきなり、数秒で真っ暗になるようになった』って言うから、画面消灯の設定直して画面の明るさも変えてあげたら、」
「ふむ」
「お金貰ったの。2万円」
「……ふむ?」

ことことこと。
防音防振対策完備の、外音さして届かぬ室内に、弱火設定でゆるやかに煮込まれる手羽元の音が溶ける。
「親心、子心とは、ちょっと違うんだろうけどさ」
後輩が子狐を優しく撫でながら言った。
「こういう風に、金額とか現物とか『目に見えるお駄賃』が無いと分かんないくらい、私とお母さんってバチクソ遠く離れちゃったんだなって」
なんか、うん。 後輩は付け足して、ポツリ呟くと、小さく唇を尖らせた。

「捻くれた別解釈をしてやろうか」
「別解釈?なーに?」
「ずっと、お前の母親は、お前を酷く邪険に扱っていたんだろう。にも関わらず、お前は晩飯を一緒に食って、スマホの設定まで戻してくれた」
「まぁね」
「その優しさに対する感謝と、今までの謝罪としての、2万だったんじゃないか」

「ない。ゼッッッタイない」
「分からないぞ?『人は誰もが心に不滅の火花を秘めている』という言葉もある。意外と、親としての責任だの倫理観だの、愛情だのの火が、歳をとってようやく心に灯り始めたとか」

どうせ、別解釈の話だ。母親の中の可能性だよ。
冗談的に笑う藤森は淡々と鍋をよそって、小さくナイナイナイと首振る後輩にスープカップを手渡した。

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