「成人の日から数日遅れての出題とは、予想外だな」
とはいえ、今は18歳から成年なんだっけ?
某所在住物書きは迫る次のお題の配信時刻に苦しみながら、しかし何の物語のネタも思い浮かばないので、
ネット検索なり自室の本棚なり、せわしなく、捜索の作業を継続していた。20歳――はて何年前の話か。
「アレか?新成人に贈る言葉でも書きゃ良いのか?」
物書きの視線が、1冊の本に留まる。
「……ねぇな。何もねぇ」
強いて可能な助言は「酒と課金とクソ上司の世話は、それに病む前にスッパリ手を引け」程度である。
――――――
『I suppose
every one has some little immortal spark
concealed about him.
私はね、思うのだよ
すべてのひとが、なにか小さな不滅のかがやきを
彼等のその中に、秘め持っているのだと』
コナン・ドイル『The Sign of Four』第十章
上段シャーロック・ホームズのセリフ原文
下段かたいなか意訳(により、誤訳バチクソ注意)
1月11日の都内某所某アパート、夜。
部屋の主を藤森といい、職場の後輩と一緒に、生活費節約の手段として、シェアディナーをしている。
後輩の膝の上には、いわゆる「ヘソ天」でスピスピ寝息をたてる子狐。
アパートの近くの茶葉屋の看板狐なのだが、
藤森の言によると、実は餅売りで、今日も稲荷神社で鏡開きした餅を、それで作った様々な味のあられ菓子に仕立てて、持ってきたという。
事実かジョークかは藤森のみぞ知る。
「昨日、バチクソ久しぶりに、お母さんに会ったの」
後輩が藤森に対して、おもむろに話題を提示した。
ふたりが囲むのは、材料費と調理費が5:5想定で割り勘された、鶏手羽元メインの煮込み鍋。
粉末スープのトマトポタージュを流用して整えられたスープは手軽で、なにより原価が比較的優しい。
「何年ぶりだろう。最後に会ったの20歳の成人式だから、10年経つか経たないかかもしんない」
後輩は鍋の取り箸を手繰り、一緒に煮込まれている低糖質パスタをかき混ぜた。
鍋のシメは、オートミールとクリームチーズをブチ込んで、トマトリゾット風の予定。
鶏と野菜とチーズの旨味を吸ったクラッシュタイプは、さぞ美味であろう。
そのリゾット風とともに、後輩は自分用のビールと藤森が用意したあられ菓子で、幸福に優勝するのだ。
「お母さん、酷い更年期持ちでさ。私が家出る数年前まで、ずっとイライラして、八つ当たりみたいに毎日叱って。それが理由で私、すぐ家出たんだけどさ」
「それで?」
「今はだいぶ落ち着いて、イライラしなくなったみたいなの。で、昨日バッタリ会って、晩ごはん一緒に牛丼屋さんで食べて」
「うん」
「お母さんのスマホが『いきなり、数秒で真っ暗になるようになった』って言うから、画面消灯の設定直して画面の明るさも変えてあげたら、」
「ふむ」
「お金貰ったの。2万円」
「……ふむ?」
ことことこと。
防音防振対策完備の、外音さして届かぬ室内に、弱火設定でゆるやかに煮込まれる手羽元の音が溶ける。
「親心、子心とは、ちょっと違うんだろうけどさ」
後輩が子狐を優しく撫でながら言った。
「こういう風に、金額とか現物とか『目に見えるお駄賃』が無いと分かんないくらい、私とお母さんってバチクソ遠く離れちゃったんだなって」
なんか、うん。 後輩は付け足して、ポツリ呟くと、小さく唇を尖らせた。
「捻くれた別解釈をしてやろうか」
「別解釈?なーに?」
「ずっと、お前の母親は、お前を酷く邪険に扱っていたんだろう。にも関わらず、お前は晩飯を一緒に食って、スマホの設定まで戻してくれた」
「まぁね」
「その優しさに対する感謝と、今までの謝罪としての、2万だったんじゃないか」
「ない。ゼッッッタイない」
「分からないぞ?『人は誰もが心に不滅の火花を秘めている』という言葉もある。意外と、親としての責任だの倫理観だの、愛情だのの火が、歳をとってようやく心に灯り始めたとか」
どうせ、別解釈の話だ。母親の中の可能性だよ。
冗談的に笑う藤森は淡々と鍋をよそって、小さくナイナイナイと首振る後輩にスープカップを手渡した。
1/11/2024, 6:55:47 AM