「身に、『しみる』って、『染みる』の他に『沁』の字もあるんだな」
「沁」は常用漢字じゃないから、「しみる」で平仮名表記にする場合もあるのか。
某所在住物書きはネットの検索結果を見ながら、コンビニで購入した肉まんを温め直していた。
昨日のバラエティー番組の影響である。寒さ身にしみる時期の美味に、酢醤油をプラスする価値観は無かった。きっと、酢の酸味が幸福に肉に染み渡るだろう。
「気温の他に、『懐の寒さ』とか『心』なんかも、『身にしみる』って言ったりするか」
チン。電子レンジが加熱終了を通知する。
ラップも加水もしていなかった生地は、物書きの「これを食いたい」から随分離れた形状と水分量。
「しみるわ……」
今から霧吹きとかして、復活、するかな。
物書きは大きな、非常に大きなため息を吐いた。
――――――
東京に、最低気温0℃の冬が来た。
極寒だ。日中はなんとなく、例年より少し暖かい気がするけど、朝夕が完全に真冬だ。
通勤時間帯に見る人はだいたい厚手のコートにマフラーで、モフモフ素材の帽子を被ってる人も多い。
素足見せてるギャルのひとりは、鳥肌たってるのを隠そうと、なんか頑張ってた。
薄手のオータムコートな人は多分某コニク□のヒートなんちゃらとか着込んでるんだと思う。
冬だ。
寒さが身にしみて、街路樹の葉っぱが全部落ちて、
そして、雪国出身の先輩がバチクソ元気になる冬だ。
なんで先輩気温3℃とかでもピンピンしてるんだろ。
薄着でも平気そうだし。ズルい。
「じゃあ、私の耐寒性をくれてやるから、お前の耐暑性と交換してくれ」
朝。出勤してきてすぐ。
相変わらず私より先に席について仕事捌いてる先輩に、「今日寒かった」って、「先輩平気そうでズルい」って言ったら、先輩、「お互い様」だって。
「私からすれば、お前の方がうらやましいんだ。寒さは着込めば対処可能だが、暑さはもう、溶けるだろ」
先輩は、気温3℃でも4℃でも、なんなら道路の水たまりが凍ったって、元気にしてる。
いっそ冬の方が仕事中のスペック高いまである。
かわりに暑さに弱いのだ。
早春3月4月は20℃以上で「暑い」って言うし、
27℃近辺超えると弱り始めて、30℃で溶ける。
まるで雪女とか雪だるまとかだ。去年も7月10日あたり、でろんでろんに溶けた。
忘れもしない。当時の先輩は、完全にSAN値チェック失敗してファンブル出した人のそれだった。
「私、今日寒さに負けないで仕事やりきったら、先輩に味しみしみのおでん奢ってもらうんだ。身にしみる寒さを、おでんのスープとうどんでやっつけるんだ」
「宇曽野から聞いた。重要な仕事の開始前に未来の約束をするの、『フラグ』と言うらしいな」
「フラグじゃないもん。大丈夫だもん」
「大変申し訳ございませんが、本日、ゴマスリ係長からの当てつけにより残業確定となっております。晩飯勧誘は明日以降でご検討ください」
「けち」
「文句なら係長か課長に言ってくれ。お前も3時間4時間仕事追加コースになって、一緒の時刻の退勤でお望み通りになるかもしれない」
牛すじ。卵。がんもどき。ウィンナー巻きと餅巾着。
ぷーぷーゴネて、おでんの具材を連呼してみたけど、
先輩は我関せず、淡々と係長から押し付けられた仕事を片付けてる。
「寒い日は、おでん、おいしいと思うけどな……」
私がポツリ呟くと、
「否定はしない」
タブレットをポンポン叩きながら、先輩が言った。
「鍋、ラーメン、シチュー。中華まんもか。
……明日であれば、私のアパートの近くの茶葉屋が、新メニューで薬膳小籠包スープを出すらしいが」
「しょーろんぽー、すーぷ」
「和風ポトフも出すらしい。安いのはポトフだ」
「ぽとふ」
「身にしみるな」
「しみる。ゼッタイしみいる……」
1/12/2024, 2:04:41 AM