「『好きな色』と『無色の世界』は、それぞれ6月頃と4月頃にお題として出てたのな」
で、今回が「色とりどり」か。
某所在住物書きはアプリの通知文を見ながら、今日も今日とて途方に暮れていた。
別段眠くないので就寝をあきらめ、自然な睡魔が来るまでの間に、今回投稿分を仕上げてしまおうとしたところ、目が冴えに冴えてこの時間帯である。
夜どうしよう。朝どうなるだろう。
「ネット検索した限りじゃ、色とりどりの意味、『それぞれ異なること』だの『種類が色々あること』だので、別に色彩関係なく使えそうに見えるけど……」
ネット検索した物書きは小さくため息を吐いた。
「まぁ、一般的には、色の多彩性を言うよな」
――――――
最近最近のおはなしです。現実と非現実がごちゃ混ぜな、人間と不思議な子狐が語らうおはなしです。
最近最近の都内某所に、木々多く花々咲き乱れる稲荷神社がありまして、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
そのうち末っ子の子狐は、不思議な不思議なお餅を作って売って、人間の世を学ぶ修行の真っ最中。
去年の春、3月頃、ようやく人間のお得意様が、ひとりだけ付きました。
名前を、藤森といいます。雪国出身のぼっちです。
今日はそのお得意様、何か思うところがあったらしく、コンコン子狐の稲荷神社にやって来まして、
完全無人な神社の庭の、石造りな階段に腰掛けて、
葉を落としたモミジだの、なぜか花粉をちっとも出さぬ御神木のヒノキだの、
それからちょっと花を咲かせている小ちゃな植物なんかも、ぼっちで、じーっと、見ておったのでした。
「おとくいさんだ!」
コンコン子狐、お金を落としてくれる気配を察知して、藤森のところへひとっ跳び!
「おとくいさん、おとくいさん。何見てるの」
尻尾をぶんぶん、高速設定のメトロノームのように振り回して、膝の上に陣取りました。
狐が喋るなんて、非現実的ですが気にしません。
童話だの物語の中だのの狐は、エキノコックスも狂犬病も全部対策済みで、誰も彼も言葉が分かるのです。
だいたい、そういうものなのです。
「なんとなく気分転換がしたくなって、な」
物言う狐を何とも思わず――まぁ子狐の餅売りのお得意様なので、そもそも見慣れているワケですが――雪国出身の藤森、言いました。
「ここの自然を少し、見に来ただけだ」
それだけだよ。
藤森はそう結んで、子狐の求めるままに、腹だの背中だの頭だのを撫でくり回してやると、
また、神社の自然に視線を戻しました。
「東京の冬は、色が多いな」
「なんで?」
「雪が降らない。正確には、あまり積もらない」
「なんで?」
「空の高いところにある寒い空気の、一番冷たいところが、ここまで届かない。だから東京の冬は、私の故郷より雪が無くて、暖かくて、草花の色が残る」
「おとくいさんのコキョー、雪いっぱい積もるの?」
「いっぱい積もる。積もって、ほぼ白一色になる。道も、山も、田んぼも湖も、時には空も。……その白がなんとなく恋しいから、2月の最後か3月の最初頃、4〜5年ぶりに帰省するつもりだ」
「テレビの優しそうなおばちゃん、白はいっぱい色があるって言ってた。だからおとくいさんのコキョーも、色、いっぱい」
「いや待て多分白を何種類集めても一般的に『色が多い』とは言いづらいと思う」
「なんで?」
ナンデナンデ? えーとつまりそれはだな。
気分転換のつもりで稲荷神社に来た藤森、コンコン子狐の本日のトレンド、質問攻めに遭いまして、気分転換どころじゃありません。
その後「色とりどり」のお題に従い、色とりどりの稲荷神社の庭を問答しつつ散歩しつつ、
『白に染まる藤森のコキョーは色とりどりか』のナンデは、結局、解決しませんでしたとさ。
おしまい、おしまい。
「雨は過去6回くらいエンカウントしたけど、雪はこれが初めてのお題だわな」
粉雪、粒雪、綿雪にドカ雪。「雪見」の名のつく某ラクトアイスは、正月期間だけ「ふく」が大きいと聞いたが、アレにエスプレッソだのコーヒーだのをかけてアフォガード云々モドキが完成するとは事実か。
某所在住物書きはテレビの降雪映像を見ながら、執筆のネタに苦悩していた。
天候ネタと年中行事ネタのお題が多く配信されるこのアプリである。降雪ネタなど、お題として配信される前から何度か書いていた。
その中で二番煎じ、三番煎じにならない物語は?
「……もう食い物ネタしかねぇな」
白米が雪っぽい。物書きは苦し紛れに全部を託した。
――――――
最近最近のおはなしです。正確に言えば1月7日。リアル風と非現実がごっちゃなおはなしです。
都内某所の某稲荷神社に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち美しく賢い母狐は、神社の近くで人間に化けて、お茶っ葉屋さんを営んでいるのでした。
その日のお茶っ葉屋さんの売れ筋は、1月7日ということもあって、フリーズドライの七草粥と、春の七草を詰めたハーブティー。
お得意様だけ特別に利用できる、個室タイプの飲食スペースでは、あったかい七草粥セットを食べるお客さんが3組、4組。
一番奥の個室でお粥を食べるお客さんに、コンコン、一家の末っ子子狐が、どうやらお邪魔している様子。
ちょっと、覗いてみましょう。
「スズシロって大根?!」
「知らなかったのか」
部屋に居るのは、大根と大根菜のお味噌汁片手に、口をパックリ開ける女性と、
平静な顔でカブの甘酢漬けを小鉢からピックしてポリポリつまむ、職場の先輩。こちら、藤森といいます。
「セリ以外食べたことないと思ってた」
「スズナはカブだ。食ったこと、あるんじゃないか」
いきなりの大声に子狐はびっくり、文字通りコテン!ひっくり返ってしまいましたが、
数秒で何事もなく、女性が――つまり藤森の後輩が注文してくれたペット用の七草粥を、ちゃむちゃむ、ちゃむちゃむ。幸せに食べ始めました。
真っ白小鉢に入れられた、真っ白お粥と緑の七草は、まるでこんもり積もった雪とそこから顔出す若草。
ちゃむちゃむ、ちゃむちゃむ。コンコン子狐は幸福に、あったかい雪とよくアク抜きされた野菜と、それから雪の下に隠れるササミとを楽しみました。
「カブ食べたことない」
「漬物は?千枚漬けとか、修学旅行で京都に行ったりは、しなかったのか」
「私沖縄と海外だった」
『カブを食べたことない』。コンコン子狐、自慢のお耳でしっかり、バッチリ、聞きました。
七草粥セットに含まれる甘酢漬け小鉢の他にも、稲荷の茶っ葉屋のご近所さん、大白蛇の酒屋さんとこの酒粕で漬けた、カブの漬物がメニューにあります。
化け猫の惣菜屋さんの看板商品その1です。
今ここでこの人間に宣伝したら、宣伝料、お駄賃貰えるかな。きっと、きっと、そうかなぁ。
子狐は真っ白お粥を食べながら、けれど尻尾だけは正直で、ぶんぶん、ぶんぶん。サーキュレーターのように振り回しておりました。
そのぶんぶんにすぐ気付いたのが藤森です。
こいつ、商売の匂いを嗅ぎつけたな。
お茶っ葉屋さんの常連さん、先輩の方、藤森はすぐに悟って、ジト目でこっそりコソコソと、テーブルの上のメニュー表を隠しました。
稲荷の狐は不思議な狐。五穀の狐で商売の狐で等々、云々。まるで雪の下の野ネズミを、耳と鼻とその他でピッタリ探し当てるように、人の心を見抜きます。
不要で過剰な出費を後輩にさせないように、藤森、先手を打ったのです。
コンコン子狐、小さく抗議の唸り声を上げますが、藤森は知らんぷり。
レンゲスプーンでお粥すくって、知らぬ存ぜぬの表情で、1月7日の白雪と若葉を口に入れるのでした。
「先輩。子狐が先輩のズボンの裾噛んでる」
「そうだな」
「どしたの。何あったの」
「嫌われたんじゃないか?嫌がることをしたから」
嫌ってなんかないやい!
めにゅー、めにゅー欲しいだけだやい!
コンコン子狐、カブの粕漬けを宣伝したくて、子狐なりに奮闘します。
その後藤森と子狐の静かなバトルは、後輩の知らないところで数分続きまして、
最終的に、藤森側の勝利で終わりましたとさ。
おしまい、おしまい。
「君と一緒に『するな』なのか、君と一緒に『◯◯したい』なのか。君と一緒に『された』とかもあるな」
個人的には、クリスマス前に足腰を捻挫だか肉離れだかして、おかげで正月までコレと一緒だったわ。
某所在住物書きは非常食としてのバランス栄養食品を、そのブロックタイプをポリポリ食べながら、スマホの通知画面を見ていた。
防災用非常食としての備蓄が、よもや2週間の傷病療養食になろうとは、考えもせず。
君と一緒で良かった。物書きはポリポリ、バニラ味をコーラで胃袋に流した。
「クリスマスから正月まで運動不足で、おかげで正月太り、まぁ仕方無い、しかたない……」
ダイエットを面倒に思う物書き。脂肪と一緒に歩む数年が、脂肪を減らす数年に変わる日は来るだろうか。
――――――
2024年が始まって、1週間。
「まだ」1週間なのか、「もう」1週間なのか、サッパリ分かんない状況が続いてるけど、ひとまず私は久しぶりに小銭をジャラジャラ持って、
それが原因で、1円玉を10枚くらいスられた。
まぁ、盗んだ人も、たった10円だし、地震の募金箱に突っ込んでくれてるんじゃないかな。
で。3連休の真ん中、ごはん作る気力がなんか突然消失しちゃったから、減塩低糖質料理が得意な職場の先輩のアパートにご厄介になりに行こうと思ったら、
アパート近くの茶っ葉屋さんで、そこの常連さんであるところの先輩と会った。
「たしかに私も、現金を持つ機会は昔より減ったな」
「募金とか、義援金とか、なんか理由無かったら、私今日現金持たなかっただろうし、10円スられたりもしなかったと思う」
常連さん専用の飲食スペースな個室で、先輩と一緒に今日限定の七草粥セットなるものを食べてたら、
個室のふすまを器用に開けて、看板猫ならぬ看板子狐が背中に、これまた器用に今月のイベントのチラシをくくりつけて、持ってきた。
こやーん(訳:おなか見せるのかわいいです)
「……話は変わるが、」
少しのお塩と、多分鶏ガラと、それから生姜とで味付けされたお粥をスプーンですくいながら、
子狐のおなかを撫で撫でしてた手を拭く私に、先輩が聞いてきた。
「宇曽野が、お前に私の故郷の隠れ観光スポットと隠れグルメを聞かれたと言っていた。事実か」
宇曽野とは、先輩の親友だ。隣部署の主任さんだ。
「だって、宇曽野主任、何回か先輩の帰省にくっついてったんでしょ?」
「まぁな」
「真冬の先輩の故郷で、いっぱい積もった雪にダイブして、本物の吹雪見たんでしょ?」
「そうだな」
「夏くっついてったとき、野生のナマの山椒とかマルベリーとか採って食べたって」
「うん」
「私も先輩と一緒に先輩の故郷ついてって、吹雪でアイタイカラーごっこしたい」
「冬はよせ。お前が凍る」
いいじゃんケチー。
七草粥の白と緑と、薬味な生姜の薄黄色を混ぜながら、ジト目で、口を尖らせて。
先輩はそんな私を見てため息なんか吐いてる。
「世辞でも付き合いでもなく、事実として行きたいというなら、私からも情報は出せるが」
先輩が言った。
「ともかく、雪に慣れていないなら、せめてホワイトアウトが少なくなる3月まで、待った方が良い」
「違うの。先輩の案内で、先輩と一緒に行くの」
だって先輩、何回か私のこと、誘ってくれたじゃん。
反論しながら私もお粥を、
食べようとして、ふと子狐の方を見たら、
どこから持ってきたのか、前足で器用に、ドッキリみたいな横看板を持って、私に見せてきた。
【3月1日でアカウント設立から1年!
後輩が先輩と一緒に、先輩の故郷の雪国に行ってフィナーレにしたいが、結末やいかに?!】
くるり。看板が裏返った。
【※配信お題により物語は変わる可能性があります】
「凍て晴れ、風花、……冬日和、………寒凪……」
いてばれ、かざばな、ふゆびより、かんなぎ。
冬晴れって4種類あんねんな。某所在住物書きはネット検索を辿りながら、そもそもの「冬晴れ」を理解しようと努力した。
凍てつく寒さの快晴、青空の中の雪、穏やかな晴天、それから無風。共通しているのは、冬であることと、空が青いことくらい。書き手の想像力に多くが委ねられる題目と言えよう。
「……『凍てつく寒さ』ってどこまで?」
物書きはスマホ閲覧の指を止める。
最低気温3℃予報の東京は凍て晴れか、冬日和か。
――――――
まず、昨日の仕事終了間際のハナシ。
私の職場の先輩が、雪国出身なんだけど、
他の仲間とか上司とか同様、一緒に「当然のごとく」残業してて、もうすぐ今日係長から押し付けられた分が終わるって頃に、なんか実家からDMが来てた。
しれっと流れ作業でスマホ見て、なんでもない風にスワイプしてって、
『は?』
数秒、指が止まったと思ったら、小さく驚きの声を上げて二度見三度見。
先輩の驚き方が尋常じゃなかったから、首と体を伸ばして私も画面を見てみたら、
表示されてたのは、バチクソ綺麗な青空。たくさんの木が生えてる山。それから一面に広がる田んぼ。
所々に見える白は、きっと雪。
冬晴れだ。まるで、奥多摩のちょっと開けた絶景みたいな、つまりきっと先輩の故郷の風景だった。
『雪キレイ』
単純に感想呟いたら、
『ゆきがない』
先輩が呆然と私に返してきた。
『1月なのに、雪が、無い……』
『あるじゃん』
『違う。これでは晩秋か初冬だ』
『ナンデ?』
『雪が、無い。積もっていない』
そのまま、金曜日の先輩は始終唖然。
バチクソに衝撃を食らった様子で、帰ってった。
そこからの今日。土曜日の昼。
「『今年は暖冬だから、春来る前にちょっと戻ってきたら』、だとさ」
先輩は正月明けの某オープンテラスなカフェで、コーヒーと一緒にアップルパイ食べてた。
膝の上には、リードとハーネスと、「エキノコックス・狂犬病対策済」の木札を付けた子狐。ひいきにしてるお茶っ葉屋さんから、どうやら看板狐の散歩をまた頼まれたみたい。
きっと報酬はちょっと高めのティーバッグセットだ。
「例年なら、もっと寒くて、雪が積もっていて、今頃は公園の池が雪原になっている時期だ」
ほら、このとおり。
先輩はそう言って、勝手に相席してタルトタタンセットとか頼んじゃってる私にスマホを見せてくれた。
表示されてたのは、昨晩のとは別ジャンルの冬晴れ。
青と白だ。他にはほとんど色が無い。
雪かぶった森の木々、ちょっと遠くの吊り橋、
何かウサギかタヌキか、それこそキツネかもしれないけど、ともかく手前から奥に続いてる足跡。
それから、白。無人の雪景色。
きっと、都会の騒音の全部から完全に離れて、何の音もしてないだろう、静かな白がそこにあった。
「誰もいない」
「そうだな」
「バチクソ晴れてる」
「凍て晴れだ。あるいは寒凪かな」
「『冬晴れって2種類あんねん』みたい」
「あと2個くらいは追加できる。
で?この何も無い、地元の誰も来ないような冬の公園を、お前間近で見て、体験したいんだって?」
「見たい。行きたい」
物好きだな。本当に。
呆れてるんだか、別にそうでもないんだか、先輩は穏やかにため息を吐いて、コーヒーをひとくち。
私に見せた画像を、自分でも見返してる。
この中に珍しいものとか、気を引くものとかは、何も無いだろうって。でもその景色をすごく好いて、誇りに思ってる目だ。
「連れてってよ」
先輩の膝の上で昼寝してる子狐を、私の膝上にのっけ直して、撫で撫でしながら言った。
「先輩の故郷、連れてって」
子狐ちゃんだか、子狐くんだか知らないけど、ともかく一瞬ビクッて驚いて、私のことクリクリおめめで見てたけど、
数秒ですぐ電池切れて、コテン、目を閉じちゃった。
「この時期にこのお題は、なかなか、根源的……」
たしか3月31日頃に、「幸せに」ってお題で書いた記憶があるわ。某所在住物書きはスマホに届いた通知文を見ながら、何をどう書くべきか悩んでいた。
いくつかネット等で集めたネタはある。「幸せは相対的」とか、「幸せは解釈次第」とか。
それをどう物語にしろというのだ。
「前回の『幸せに』では何書いたんだっけ」
過去投稿分確認用に、新しく入れたアプリを――ウェブ文章リーダーを見る。
どうやら、職場でチョコを食べる小さな幸せをハナシに落とし込んだらしい。
――――――
正月三ヶ日が終わって、1日過ぎて、今日の1日が終われば3連休という方も多かろうと思います。
今日は2024年最初の週末ということで、こんなおはなしをご用意しました。
都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家には、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
なんと、父狐も母狐も、東京都民として(年齢等々でいくつか嘘っぱちが書かれている)戸籍を持ち、労働し納税しておるのです。
昨日から、某病院で漢方医をしている父狐、2024年の初夜勤。今朝仕事を終えまして、午前10時頃、ヘトヘトになって帰ってきました。
仕方無いっちゃ仕方無い。父狐の勤める病院は土日も祝日も対応する病院ですが、それでも年末年始は人が混むのです。
「いま、かえった、よ……」
くぅー、くぅー。コンコン父狐、弱々しく一軒家の玄関で鳴いて、お靴を脱いで台所までトボトボ。
夜勤から帰ってくる父狐のために、茶葉屋を営む母狐が、ハーブティーを作り置きしてくれているのです。
おなかを空かせて帰ってくる父狐のために、おばあちゃん狐が、お正月のお餅を使ってリメイクおはぎ風を作り置きしてくれている――
筈なのですが、それはそれで、どうやら食いしん坊な末っ子子狐が、ぺろんちょ食べてしまったようです。
「あぁ。生き返る……」
温めたハーブティーから、少しだけ、ミントとベルガモットのスッキリした香りが咲きます。
ひとくち、ふたくち。母狐の気遣いを口に含んで、父狐に少しだけ、幸せが戻ってきました。
ちょっと回復した幸せを消費して、次は父狐、家事と家事と家事なのです。
コンコン父狐、料理スキルが絶望的で、お肉をことごとく炭に一括変換してしまう錬炭術師。
そのかわり、掃除洗濯、買い出しにゴミ出し、消耗品の補充まで、名の有る家事も、名も無い家事も、全部ぜんぶ、率先してテキパキな狐なのです。
狐の子育ては共同作業。母狐に任せっきりになんか、絶対、ゼッタイ、しません。
お賽銭箱の中身を整理して、硬貨を母狐の茶葉屋のお釣り用にまとめて、洗濯物を取り込んで畳んでしまって、ちょっと廊下と居間のお掃除なんかもして……
「がんばった。うん。がんばった」
コンコン父狐、正午前までにハーブティーで回復した幸せを、全部使い切ってしまいました。
「かかさん、私、頑張ったよ。褒めておくれ」
なんてったって夜勤明けからの家事三昧。コンコン父狐、眠くて眠くておなかが空いて、バッタンです。
すぐ補給できる幸せは、すぐ消費してしまうから、しゃーないですね。
「かかさん……」
くぅー、くぅー。コンコン父狐、弱々しく、愛しい愛しい母狐を呼びます。
居間のフカフカソファーの上に、父狐、倒れて横になって、ぐてん。目を閉じてしまいました。
と、その時。
ちょっと早いお昼寝から起きてきた末っ子子狐が、父狐の帰宅に気付いて走ってきました。
「ととさん、おかえりなさい」
小ちゃなお手々に白と小豆色。1個だけ、おばあちゃん狐が作り置きしてくれたスイーツを、おはぎ風を、父狐のために残していたのです。
「ととさん、おはぎもち、どーぞ」
コンコン子狐、自分が食べたいのを我慢して、1個残したおはぎ風を、つまり粒あんで包んだ焼き餅を、父狐の口元に近づけました。
わぁ。かかさん、かかさん。私達の末っ子は、こんなに優しく育ったよ。
父狐は一気に嬉しくなって、幸せになって、なんなら涙もちょっと出てくる心地です!
コンコン父狐、ほっこりじんわり、幸福にお礼を言って、子狐からおはぎ風を受け取りました。
一気にドカンと来る幸せは、じんわり、長〜く残りましたとさ。 おしまい、おしまい。