かたいなか

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「凍て晴れ、風花、……冬日和、………寒凪……」
いてばれ、かざばな、ふゆびより、かんなぎ。
冬晴れって4種類あんねんな。某所在住物書きはネット検索を辿りながら、そもそもの「冬晴れ」を理解しようと努力した。
凍てつく寒さの快晴、青空の中の雪、穏やかな晴天、それから無風。共通しているのは、冬であることと、空が青いことくらい。書き手の想像力に多くが委ねられる題目と言えよう。

「……『凍てつく寒さ』ってどこまで?」
物書きはスマホ閲覧の指を止める。
最低気温3℃予報の東京は凍て晴れか、冬日和か。

――――――

まず、昨日の仕事終了間際のハナシ。
私の職場の先輩が、雪国出身なんだけど、
他の仲間とか上司とか同様、一緒に「当然のごとく」残業してて、もうすぐ今日係長から押し付けられた分が終わるって頃に、なんか実家からDMが来てた。

しれっと流れ作業でスマホ見て、なんでもない風にスワイプしてって、
『は?』
数秒、指が止まったと思ったら、小さく驚きの声を上げて二度見三度見。
先輩の驚き方が尋常じゃなかったから、首と体を伸ばして私も画面を見てみたら、
表示されてたのは、バチクソ綺麗な青空。たくさんの木が生えてる山。それから一面に広がる田んぼ。
所々に見える白は、きっと雪。
冬晴れだ。まるで、奥多摩のちょっと開けた絶景みたいな、つまりきっと先輩の故郷の風景だった。

『雪キレイ』
単純に感想呟いたら、
『ゆきがない』
先輩が呆然と私に返してきた。
『1月なのに、雪が、無い……』

『あるじゃん』
『違う。これでは晩秋か初冬だ』
『ナンデ?』
『雪が、無い。積もっていない』

そのまま、金曜日の先輩は始終唖然。
バチクソに衝撃を食らった様子で、帰ってった。
そこからの今日。土曜日の昼。

「『今年は暖冬だから、春来る前にちょっと戻ってきたら』、だとさ」
先輩は正月明けの某オープンテラスなカフェで、コーヒーと一緒にアップルパイ食べてた。
膝の上には、リードとハーネスと、「エキノコックス・狂犬病対策済」の木札を付けた子狐。ひいきにしてるお茶っ葉屋さんから、どうやら看板狐の散歩をまた頼まれたみたい。
きっと報酬はちょっと高めのティーバッグセットだ。
「例年なら、もっと寒くて、雪が積もっていて、今頃は公園の池が雪原になっている時期だ」

ほら、このとおり。
先輩はそう言って、勝手に相席してタルトタタンセットとか頼んじゃってる私にスマホを見せてくれた。
表示されてたのは、昨晩のとは別ジャンルの冬晴れ。
青と白だ。他にはほとんど色が無い。
雪かぶった森の木々、ちょっと遠くの吊り橋、
何かウサギかタヌキか、それこそキツネかもしれないけど、ともかく手前から奥に続いてる足跡。
それから、白。無人の雪景色。
きっと、都会の騒音の全部から完全に離れて、何の音もしてないだろう、静かな白がそこにあった。

「誰もいない」
「そうだな」
「バチクソ晴れてる」
「凍て晴れだ。あるいは寒凪かな」
「『冬晴れって2種類あんねん』みたい」
「あと2個くらいは追加できる。
で?この何も無い、地元の誰も来ないような冬の公園を、お前間近で見て、体験したいんだって?」
「見たい。行きたい」

物好きだな。本当に。
呆れてるんだか、別にそうでもないんだか、先輩は穏やかにため息を吐いて、コーヒーをひとくち。
私に見せた画像を、自分でも見返してる。
この中に珍しいものとか、気を引くものとかは、何も無いだろうって。でもその景色をすごく好いて、誇りに思ってる目だ。

「連れてってよ」
先輩の膝の上で昼寝してる子狐を、私の膝上にのっけ直して、撫で撫でしながら言った。
「先輩の故郷、連れてって」
子狐ちゃんだか、子狐くんだか知らないけど、ともかく一瞬ビクッて驚いて、私のことクリクリおめめで見てたけど、
数秒ですぐ電池切れて、コテン、目を閉じちゃった。

1/6/2024, 5:04:14 AM