かたいなか

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「雨は過去6回くらいエンカウントしたけど、雪はこれが初めてのお題だわな」
粉雪、粒雪、綿雪にドカ雪。「雪見」の名のつく某ラクトアイスは、正月期間だけ「ふく」が大きいと聞いたが、アレにエスプレッソだのコーヒーだのをかけてアフォガード云々モドキが完成するとは事実か。
某所在住物書きはテレビの降雪映像を見ながら、執筆のネタに苦悩していた。
天候ネタと年中行事ネタのお題が多く配信されるこのアプリである。降雪ネタなど、お題として配信される前から何度か書いていた。
その中で二番煎じ、三番煎じにならない物語は?

「……もう食い物ネタしかねぇな」
白米が雪っぽい。物書きは苦し紛れに全部を託した。

――――――

最近最近のおはなしです。正確に言えば1月7日。リアル風と非現実がごっちゃなおはなしです。
都内某所の某稲荷神社に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち美しく賢い母狐は、神社の近くで人間に化けて、お茶っ葉屋さんを営んでいるのでした。

その日のお茶っ葉屋さんの売れ筋は、1月7日ということもあって、フリーズドライの七草粥と、春の七草を詰めたハーブティー。
お得意様だけ特別に利用できる、個室タイプの飲食スペースでは、あったかい七草粥セットを食べるお客さんが3組、4組。
一番奥の個室でお粥を食べるお客さんに、コンコン、一家の末っ子子狐が、どうやらお邪魔している様子。
ちょっと、覗いてみましょう。

「スズシロって大根?!」
「知らなかったのか」
部屋に居るのは、大根と大根菜のお味噌汁片手に、口をパックリ開ける女性と、
平静な顔でカブの甘酢漬けを小鉢からピックしてポリポリつまむ、職場の先輩。こちら、藤森といいます。
「セリ以外食べたことないと思ってた」
「スズナはカブだ。食ったこと、あるんじゃないか」

いきなりの大声に子狐はびっくり、文字通りコテン!ひっくり返ってしまいましたが、
数秒で何事もなく、女性が――つまり藤森の後輩が注文してくれたペット用の七草粥を、ちゃむちゃむ、ちゃむちゃむ。幸せに食べ始めました。
真っ白小鉢に入れられた、真っ白お粥と緑の七草は、まるでこんもり積もった雪とそこから顔出す若草。
ちゃむちゃむ、ちゃむちゃむ。コンコン子狐は幸福に、あったかい雪とよくアク抜きされた野菜と、それから雪の下に隠れるササミとを楽しみました。

「カブ食べたことない」
「漬物は?千枚漬けとか、修学旅行で京都に行ったりは、しなかったのか」
「私沖縄と海外だった」

『カブを食べたことない』。コンコン子狐、自慢のお耳でしっかり、バッチリ、聞きました。
七草粥セットに含まれる甘酢漬け小鉢の他にも、稲荷の茶っ葉屋のご近所さん、大白蛇の酒屋さんとこの酒粕で漬けた、カブの漬物がメニューにあります。
化け猫の惣菜屋さんの看板商品その1です。
今ここでこの人間に宣伝したら、宣伝料、お駄賃貰えるかな。きっと、きっと、そうかなぁ。
子狐は真っ白お粥を食べながら、けれど尻尾だけは正直で、ぶんぶん、ぶんぶん。サーキュレーターのように振り回しておりました。

そのぶんぶんにすぐ気付いたのが藤森です。
こいつ、商売の匂いを嗅ぎつけたな。
お茶っ葉屋さんの常連さん、先輩の方、藤森はすぐに悟って、ジト目でこっそりコソコソと、テーブルの上のメニュー表を隠しました。
稲荷の狐は不思議な狐。五穀の狐で商売の狐で等々、云々。まるで雪の下の野ネズミを、耳と鼻とその他でピッタリ探し当てるように、人の心を見抜きます。
不要で過剰な出費を後輩にさせないように、藤森、先手を打ったのです。

コンコン子狐、小さく抗議の唸り声を上げますが、藤森は知らんぷり。
レンゲスプーンでお粥すくって、知らぬ存ぜぬの表情で、1月7日の白雪と若葉を口に入れるのでした。

「先輩。子狐が先輩のズボンの裾噛んでる」
「そうだな」
「どしたの。何あったの」
「嫌われたんじゃないか?嫌がることをしたから」

嫌ってなんかないやい!
めにゅー、めにゅー欲しいだけだやい!
コンコン子狐、カブの粕漬けを宣伝したくて、子狐なりに奮闘します。
その後藤森と子狐の静かなバトルは、後輩の知らないところで数分続きまして、
最終的に、藤森側の勝利で終わりましたとさ。
おしまい、おしまい。

1/8/2024, 7:47:48 AM