「わぁ。もう、なんか、今年は分からん……」
まだ2024年始まってから40時間程度だってよ。
某所在住物書きは今日の通知を見ながら、めまぐるしく動きに動く正月2日目の状況にため息を吐いた。
「現在投稿している一連の物語を、1年でキッチリ終わらせる」のが、物書きの目標のひとつであった。
ここまで大事件が続いてしまっては、「自室の防災備品を充実させる」、「防震対策を再点検する」等々も抱負に相応しかろう。
「ひとまず、今の連載風を終わらせた2月29日以降の投稿をどうするかは、決めとかねぇと」
アプリをインストールしてから、もうすぐ366日。
367日目から何を投稿するか、投稿をやめるかを、そろそろ抱負として決める必要がある。
――――――
最近最近の都内某所、某アパート。夕暮れ。
部屋の主を藤森というが、雪国出身の生真面目で、
ニュースの音声を聴きながら、防災アプリから断続的に届く強震モニタの通知を、じっと見ていた。
「3.11」の際、実家も揺れた地域であったのに、東京に居た藤森。小さな傷が心の奥に残っていた。
よって随時、なるべくリアルタイムに、情報だけでも追い続けようと気を張っていたのだが、
「もうこんな時間か」
24時間でとうとう、集中力も底を尽いた。
「晩飯の買い出しに行かないと」
テレビの電源を切り、ニュースを黙らせる。自分がどれだけ「心」を砕いても、被災地には何ひとつ届かぬ。それより少しの現金を持って、コンビニかどこかで義援金の受付を見たら、1枚2枚突っ込もう。
藤森はマネークリップと、それからコインケースとスマホを手に、近場のスーパーマーケットを訪ねた。
独り身の夕食は、買うべきものが少ない。
特に買い物カゴも持たず、店の前のチラシをしばし見て(その下の募金箱で既に諭吉が2人招集済みであることに軽く驚き)、
野菜、カットサラダ、果物に少しのナッツ類……値引きシールの状況を確認しながら、精肉コーナーへ。
チラリ見た限り、オニオンサラダが半額で90円税込みだった。鶏肉に値引きが貼られていれば、オニオンコンソメスープで温まるのも良かろう、
と、思っていたら。
「さかな?」
店員の気配に肉の棚から目をそらした藤森。
鮮魚コーナーで値引き処理をしている者がある。
「すいません、一番美味いのは、どれですか?」
養殖ブリの柵――150g程度のブロックだ。珍しい。脂とろけるフィッシュカツ候補である。
消費期限当日ゆえの半額シールをペタペタ貼る青年に、藤森が尋ねた。
「見方を知らないので、よく分からなくて」
研修中の名札の青年は藤森の目を見ると、
「魚は全体的に、頭に近いとこが美味いですけど、」
少し考える風に視線を外して、それから、唇の片端をわずかに上げた。
「イナダとワラサ買ってたお客さんですよね?」
「えっ?」
「いわゆるマグロで言うところの大トロみたいな部分と、頭に近い部分、場所違うんですよ。だから脂と味の好みでオススメするもの変わってくるんで」
「あの、どうして」
「割引きの肉と魚買ってくれるお客さんでしょ?」
「あぁ、まぁ……」
「結構もう、ある程度どれ美味いってご存知でしょうけど、個人的にはコレとコレ、オススメですね」
今日はサーモンも安いんで、そっちも気になったら遠慮なく呼んでください。
研修中の名札を付けた店員は、濃灰な太めのブリの切り身と、白銀な薄めの脂身をサッサと選び出して、次の商品の値下げ処理作業へ。
「どこかで会った?」
あの店員への声がけは、これが初めての筈だが。
白銀の柵のパックを手に取りながら、藤森はシールをテキパキ貼り続ける青年を確認する。
「……何故私なんかの購入傾向を?」
「研修中」って、なんだっけ。藤森は首を大きく傾けて、額にシワを寄せる。
今年は値引き品以外も少し購入すべきだろうか。
小さなため息を吐き、せめてここの店員に煙たく思われたり、嫌われたりはせぬようにしようと、それをひとまずの今年の抱負とした。
「サーモン、確かに安いな。
少し多めに買って、後輩でも呼ぶか……?」
「鍋に使えるカット野菜ありますよ」
「わっ?!」
「持ってきます?」
「は、……はぁ……」
「『どうせこのアプリの傾向から、今日のお題は「新年」とか「正月」とかなんだろ』と思って投稿の準備してたけどさ……」
うん。みなまでは言わん。某所在住物書きはテレビとアプリで情報を追いながら、今日投稿分の予定だった文章に修正を加えている。
時折手を止め「お気に入り」を確認するのは、そこに登録している面々の安否・無事を確認したいから。
さすがにまだ、投稿は少ないらしい。
「……明日投稿分どうしよう」
三ヶ日、今年の目標、初詣、初夢。年間行事ネタの多数登場するこのアプリで、新年直後のお題は予想がしやすい。が、
「今年のこの状況」で、明日、何が書けるだろう。
――――――
都内某所の某アパート、新年の朝。
部屋の主を藤森といい、近所の参拝客少ない稲荷神社で早々にお参りを済ませて、
防音防振設備の整った比較的静かな自室で、1月1日を過ごしていた。
テーブルの上のスマホからは、グループチャットアプリのメッセージ受信通知が吐き出され、
すなわち、藤森の職場の後輩が某カフェの正月限定メニュー(にランダムで添えられる非公式概念アクリルチャーム)を一緒に楽しもうと誘ってきたり、
職場の同僚が儀礼として新年の挨拶をしてきたり。
ひいきにしている茶葉屋からは、三ヶ日限定で使用できる10%引きクーポンが。
つまり、「消費税分を負担するので、急須だの湯冷まし器だの、買い替えませんか」の誘いであろう。
「……去年買い替えたばかりだが」
茶器と茶葉を置いている棚を見て、藤森がポツリ。
諸事情あって、一度部屋の家具家財のほとんどを手放したのだ。その諸事情が予想外に「解決」してしまい、藤森は再度、多くを買い直すハメになった。
去年の11月、16日頃のことである。
「宇曽野に茶香炉でもくれてやれば良いのか?」
宇曽野とは藤森の親友、既婚の野郎のことである。
戸棚から茶筒を出し、賞味期限を迎えた分を取り出して、香炉用を保存している容器へ。
空になった方の筒の中に、新しく封切ったものを――香りたかく余韻の甘い川根茶を詰める。
スンスン、すん。
鼻を近づければ確かに感じる緑茶の甘香に、その優しく穏やかな清涼感に、藤森はsh
ピンポンピンポンピンポン!!
『おとくいさん、こんにちは、こんにちは!』
「なんだ。元旦の朝っぱらから、騒々しい」
雰囲気急転。ぼっちで茶葉の詰替えをしていた藤森の部屋に、インターホンの連打が響き渡った。
「あけまして、おもち、買ってください!」
ドアを開ければ藤森の予想どおり。
去年3月からの付き合いの、稲荷神社在住な餅売りが、年齢一桁後半か10代前半あたりの子供が、
それはそれは、目をキラキラさせて、「狐の尻尾など高速でブンブン振り回して」、藤森を見上げている。
「おいしいおいしい、ウカノミタマのオオカミサマのご利益ゆたかな、正月おもち、今ならご利益ぞーりょーちゅー!」
一部非現実的なトンデモ描写が挟まったが、気にしない。どうせフィクションである。
「すまない。今日は結構だ」
藤森が訪問販売を断ろうとすると、子供は「耳と尻尾を絶大な驚愕にピンと立てて」、目を見開いた。
「お正月におもち、たべないの……?」
「『今日は』、結構だ、というだけだ。ともかく、まぁ、今年もよろしく」
「明日おしるこお持ちしますか?明後日おしるこお持ちしますか?しょっぱい方がいい?」
「あのな」
「海のおそとの、アニョハセヨな9本尻尾おばちゃんは、『ハツキムチとかレバーキムチとかと一緒に炒めてチーズ入れるのも、意外と美味しいのよ』って」
「待て。それ、『何』のハツとレバーだ」
「おばちゃん、『ただ無言でニッコリ笑って、相手を見て、相手が顔面真っ青になってから、ブーブーブヒブヒって、正解を教えてあげなさい』って」
「あのな……?」
「『良いお年をお迎えくださいの挨拶は、12月中旬から大晦日の前まで』……?」
マジ?……え、まじ?妙なマイルール・マイマナー作家さんが勝手に言いました、とかじゃなくて?
某所在住物書きは「良いお年を」の、そもそもの意味をネットで検索していたところ、サジェストキーワードから衝撃的な記事に辿り着いた。
「良いお年を」を言うタイミングである。某ページによると、それは大晦日当日に言うべき挨拶ではないという。 事実かどうかは分からない。
「……大晦日当日の挨拶は?」
思い浮かばねぇから、結局「良いお年を」って言うだろうな、と物書き。
所詮その大晦日も残り数時間。日付が変われば「あけまして」である。
――――――
大晦日の昼少し前、都内某所、某オープンテラスのカフェ。ホールスタッフが己の年末の数時間を、平日同様、さして変わりなく提供している。
今もひとりのアルバイトが、コーヒーと紅茶、ピザ風オープンサンドとクロックムッシュをトレーにのせて、所定のテーブルへ。
良いお年を、良いお年を。待てその挨拶は「今日」じゃない。他の客の会話を聞き流しながら、愛想よく笑って会釈して、飲み物と料理をそれぞれ置き、キッチンへ戻っていく。
「『良いお年を』は『今日じゃない』?」
コーヒーとオープンサンドを頼んでいた男性、宇曽野が客の声を拾い、驚きとともに、チラリ振り返った。
「相変わらず耳が良いな。うらやましい」
宇曽野の親友、紅茶とクロックムッシュを頼んだ方、藤森は構わず紅茶をひとくち。
好ましい後味と余韻が鼻を抜けたのだろう。穏やかに、唇の両端を上げた。
「で、わざわざ私をここに呼んだ理由は?嫁に愛想でも尽かされたのか」
「そうなったら俺も改姓改名して、遠くにバックレてみるかな。どこかの誰かみたいに」
「嫁がお前を置いて帰省した?」
「婿取りだから、『帰省』するとすれば俺だ。お前も知ってるだろう」
「じゃあ何だ」
「別に。何も」
理由が無けりゃメシが食えない間柄でもないだろう。浮気相手でもあるまいし。
宇曽野の表情はただ淡々としている。ジト目でカップに口をつける藤森とは対象的だ。
「本当に何でもないよ」
宇曽野は言った。
「ただ……先月お前の例の恋愛トラブルが解決して、お前自身やっと吹っ切れて、夜逃げの計画も白紙撤回になっただろう。そのハナシをしたくなってな」
それを「理由」と言うんじゃないのか とは、ジト目継続中な藤森の胸中である。
「そこから、改めて『来年もよろしく』、と言うのも何だし。ならメシでも一緒に食えばいい」
「よく分からない」
「少しは『特に理由の無いメシ』を覚えろよ。お前のところの後輩に飽きられるぞ」
「何故彼女の話題が出てくる。無関係だろう」
お前は相変わらず堅物だなぁ。宇曽野は小さく息を吐き、藤森を見る。
憐れんでいるのか、呆れているのか、
ともかく何か子供を見る親のような視線を感じた藤森は、やはり目が細い。
「で、私の既に解決済みなトラブルの、特に何の話をしたいって?」
紅茶の2杯目をポットから注ぐ藤森の斜め向かい側で、食事を終えた男女がまた、
良いお年を、良いお年を
と、定番の挨拶を繰り返した。
「この1年で変わったことと言えば、アプリの『♥』に対する価値観よな」
最初は1投稿に1個来るだけで舞い上がってたわ。某所在住物書きは1年を振り返って、ぽつり。
「1投稿に1反応で嬉しかったのが、段々3個欲しくなって、5個来なけりゃ不安になって。それが『自分の好きなように書けばそれで良いや』になるまで、10ヶ月かかったわ」
ところで約1年間、ずっと思ってきたけど、広告スキップオプションはいつ実装されるの?
物書きはポテチをかじりながら、アプリ内の成人向け広告がただ煩わしいので――
――――――
今年も残り数時間。
今回のお題が「1年を振り返る」でしたので、
今年3月1日から始まったこの現代軸連載風アカウント、305日のダイジェストでも、
振り返って、ご覧に入れたいと思います。
3月、2022年度末の東京某所、某アパートの一室に、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者がぼっちで住んでおりまして、
このぼっちには、職場の後輩がおりました。
後輩に、「遠くの街へ」のお題にのっとって、自分の故郷、雪国の田舎のハナシをするところから、連載投稿は始まりました。
『私の故郷はね。雪が酷くて、4月直前にならなければ、クロッカスも咲かなくて』
『いつか、おいでよ。遠い、何も無い、花と山野草ばかりの街だけど』
その後3月3日「ひなまつり」のお題で、
何がどうトチ狂いましたか、ぼっちのアパートに不思議なお餅を売る子狐が押しかけまして。
『このゴジセーなの、誰もドア開てくれないし、おもち買ってくれないの』
『1個でもいいから、おねがい、おねがい』
ここから妙な子狐とぼっちの交流が、300日にわたって、ゆるゆる、始まってしまうのです。
4月、2023年度が始まりまして、それから7月あたりまで、例のぼっちと後輩のタッグは、職場の上司が持ってくる困難に立ち向かっておりました。
というのも、このふたりの職場、ブラックに限りなく近いグレー企業だったのです!
オツボネ係長が仕事のチェックを怠って、その結果出てきたミスを後輩に全部押し付けたり、
ゴマスリ係長が課長にゴマスリばっかりして、自分の仕事を全部ぼっちに押し付けて、その結果ぼっちが体調不良を起こしたり。
まぁまぁ、いろいろありましたが、ぼっちとその後輩は、ふたりして全部乗り越えてきたのです。
7月。「私だけ」→「視線の先には」→「私の名前」の連続したお題で、物語が動きます。
なんと、人間嫌いで寂しがり屋なぼっちに、「私の名前」のお題がくっついて、旧姓旧名持ちの設定が爆誕したのです!
未婚のぼっちが旧姓持ち。随分ぶっ飛んでますが気にしない。だいたいお題の影響です。
『ブシヤマさん!ブシヤマさんでしょ?!』
ある日ぼっちは道端で、旧姓で呼び止められまして、それに驚いたのがぼっちと一緒に歩いていた後輩。
『人違いだよ、先輩ブシヤマじゃないもん』
ぼっちは名前を、藤森といいました。
悪しき理想押しつけ厨、藤森の心をズッタズタに壊した元恋人、加元から逃げるために、名前を「附子山」から「藤森」に8年前、変えておったのです。
8月と9月は、ぼっちの名前がようやく「藤森」と判明して、元恋人の加元から逃げる期間となりました。
藤森の現住所を特定したくて、一時期加元が探偵を雇ったり、藤森が住所特定を警戒して、親友の宇曽野という既婚な親友の一軒家に転がり込んだり、
その一軒家に転がり込んだのを、例の餅売り子狐が、「お得意様が家を持った」と勘違いして新築祝いしたり、新婚旅行のパンフレットを持ってきたり。
なんやかんやありまして、藤森と元恋人の恋愛トラブルは、11月に決着を迎えるのです。
『あなたと、ヨリを戻す気は無い』
7月からの不穏を終わらせたお題は「また会いましょう」でした。
『それでも私と話をしたいなら、どうぞ。恋人でも友達でもなく、「附子山」でもなく、 赤の他人として、いつか、どこかで。また会いましょう』
10月頃、元恋人から逃げるために、夜逃げの準備までしていたぼっち。もとい藤森。
後輩の説得で、逃げるのではなく、はっきりバッサリ……とはいきませんでしたが、
元恋人をフッて、縁をようやく断ち切ったのでした。
そんなこんなで、約10ヶ月が過ぎまして、
投稿した文章は300以上、消えていったキャラクターも数知れず。
6月27日投稿分にポンと出てきて、それから8月13日の「君の奏でる音楽」だの9月15日の「命が燃え尽きるまで」だのにリピート出演してたウサギ、今頃どうしてるんでしょうね。忘れられていますね。
物語の区切りになるであろう2月末まで、約2ヶ月。
ざっと1年を振り返って思うのは、
このアプリ、1年前を振り返るには、バチクソにスワイプしなきゃいけないから、クッソ面倒というハナシでした。
しゃーない、しゃーない。
「みかんといえば、『陳皮(ちんぴ)』とかいうミカンの皮を乾かした生薬と、『オレンジフラワー』だの『オレンジピール』だののハーブティーか?」
昔スーパーで試食配ってたねーちゃんが、カマンベールにオレンジマーマレードのせて渡してくれて、それは美味かったわ。
某所在住物書きは賞味期限間近なマーマレードの瓶を眺めながら、これをどう処理すべきか思考していた。
「『ミカン科』のグループで言えば、レモンもミカンで山椒もミカン。カレーリーフもミカン科だとさ」
意外と仲間は多いようだが、で、その「みかん」で何書けっていうんだろう。物書きは相変わらず途方に暮れて、ため息を吐く。
「『マーマレード 活用法』で調べたら、照り焼きとかマーマレード焼きとか出てきたわ。……パンだのチーズだのに使うだけじゃねぇのな」
――――――
今年も残すところあと少し。皆様、大掃除等々、進んでいますでしょうか、そうですか、失礼致しました。
今回は「みかん」のお題に苦戦した物書きが、こんな苦し紛れをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち賢く美しい母狐は近所の茶葉屋で店主として、優しく穏やかな父狐は某病院で漢方医として、
それぞれ労働して、納税して、コンコン、人の世を見続けてきたのでした。
今日は漢方医の父狐、自宅の庭に作っているハーブガーデンだか、薬草園だか、ともかく不思議な不思議な「狐の薬」の材料をどっさり植えている場所に、
ひとつ、病院のお給料で買った苗を、それはそれは大事そうに植える作業をしておりました。
ミカン科ミカン属、ウンシュウミカンです。
冬の寒さに負けぬよう、ちょっと大きめの苗木です。
それは漢方「陳皮」を実らせる木であり、ハーブティーに用いられるオレンジピールとオレンジフラワーの木でもあり、
すなわち、これが元気に育って実をつければ、茶葉屋の母狐もきっと喜んでくれるのです。
温暖化により、ミカン栽培の北限が段々変化してきて、今では宮城県なんかでも栽培されている、なんて言われている昨今。
都内でも何件か知りませんが、それでもミカン園があるというウワサ。
宮城や都内で育つのです。なんなら父狐が育てられぬ道理は無いのです。
『まぁ、なんて素晴らしい!』
コンコン父狐、母狐が喜んで自分をグルーミングしてくれるのを、想像してひとりニッコリ。
『さすが私の夫です。花が付いたら花を摘んで、実が付いたら皮を丁寧に干しましょう』
わぁ、わぁ。君がそんなに喜んでくれると、私もお小遣い、頑張って奮発した甲斐があるよ。
みかんの実がどっさり付いたら、あまずっぱい果汁で鶏肉を焼いて、照り焼きたくさん作ろうね。
ぶんぶんぶん、ぶんぶんぶん。コンコン父狐は嬉しくって嬉しくって、頭の中が幸福で、化けて隠してた尻尾がコンニチハ。
猛烈な勢いで、わんこのように振っています。
だってコンコン父狐、1■■■年に母狐と結婚してから■■年、ずっと母狐を愛しているのです。
まさしくこの、みかんの花言葉のひとつのように、純粋に、ただただ純粋に、家族の幸せと平和を願っているのです。
「何やってらっしゃるの?」
ほら、尻尾をビッタンビッタン振りながら苗木を植えている父狐のところに、母狐が音を聞きつけて、やってきました。
「あら、みかん?」
とうとうペッタン狐耳まで幸福に畳んでしまった父狐に、母狐、冷静に言いました。
「植え付け時期確認なさった?」
一般的に、みかんの植え付けは、3月中旬から4月中旬が適期とされているそうです。