かたいなか

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「『良いお年をお迎えくださいの挨拶は、12月中旬から大晦日の前まで』……?」
マジ?……え、まじ?妙なマイルール・マイマナー作家さんが勝手に言いました、とかじゃなくて?
某所在住物書きは「良いお年を」の、そもそもの意味をネットで検索していたところ、サジェストキーワードから衝撃的な記事に辿り着いた。
「良いお年を」を言うタイミングである。某ページによると、それは大晦日当日に言うべき挨拶ではないという。 事実かどうかは分からない。

「……大晦日当日の挨拶は?」
思い浮かばねぇから、結局「良いお年を」って言うだろうな、と物書き。
所詮その大晦日も残り数時間。日付が変われば「あけまして」である。

――――――

大晦日の昼少し前、都内某所、某オープンテラスのカフェ。ホールスタッフが己の年末の数時間を、平日同様、さして変わりなく提供している。
今もひとりのアルバイトが、コーヒーと紅茶、ピザ風オープンサンドとクロックムッシュをトレーにのせて、所定のテーブルへ。
良いお年を、良いお年を。待てその挨拶は「今日」じゃない。他の客の会話を聞き流しながら、愛想よく笑って会釈して、飲み物と料理をそれぞれ置き、キッチンへ戻っていく。

「『良いお年を』は『今日じゃない』?」
コーヒーとオープンサンドを頼んでいた男性、宇曽野が客の声を拾い、驚きとともに、チラリ振り返った。

「相変わらず耳が良いな。うらやましい」
宇曽野の親友、紅茶とクロックムッシュを頼んだ方、藤森は構わず紅茶をひとくち。
好ましい後味と余韻が鼻を抜けたのだろう。穏やかに、唇の両端を上げた。
「で、わざわざ私をここに呼んだ理由は?嫁に愛想でも尽かされたのか」

「そうなったら俺も改姓改名して、遠くにバックレてみるかな。どこかの誰かみたいに」
「嫁がお前を置いて帰省した?」
「婿取りだから、『帰省』するとすれば俺だ。お前も知ってるだろう」

「じゃあ何だ」
「別に。何も」

理由が無けりゃメシが食えない間柄でもないだろう。浮気相手でもあるまいし。
宇曽野の表情はただ淡々としている。ジト目でカップに口をつける藤森とは対象的だ。
「本当に何でもないよ」
宇曽野は言った。
「ただ……先月お前の例の恋愛トラブルが解決して、お前自身やっと吹っ切れて、夜逃げの計画も白紙撤回になっただろう。そのハナシをしたくなってな」
それを「理由」と言うんじゃないのか とは、ジト目継続中な藤森の胸中である。

「そこから、改めて『来年もよろしく』、と言うのも何だし。ならメシでも一緒に食えばいい」
「よく分からない」
「少しは『特に理由の無いメシ』を覚えろよ。お前のところの後輩に飽きられるぞ」
「何故彼女の話題が出てくる。無関係だろう」

お前は相変わらず堅物だなぁ。宇曽野は小さく息を吐き、藤森を見る。
憐れんでいるのか、呆れているのか、
ともかく何か子供を見る親のような視線を感じた藤森は、やはり目が細い。
「で、私の既に解決済みなトラブルの、特に何の話をしたいって?」
紅茶の2杯目をポットから注ぐ藤森の斜め向かい側で、食事を終えた男女がまた、
良いお年を、良いお年を
と、定番の挨拶を繰り返した。

12/31/2023, 2:25:56 PM