しくじった。今回配信の題目に対し、テレビ視聴したニュースからネタを閃いた某所在住物書きは、瞬時に己の前回投稿分に思い至った。
流星群である。前回投稿分で、登場人物に「明後日足元に気をつけて」と言わせている。
「明後日」ではなく「明日」としていれば、星屑落ちるのを「愛が落ちてくる」などとバチクソ強引にこじつけてしまえば、
真っ暗な夜の中、星を見上げて歩いていたら「足元」が、など、ポンポンポンと楽にハナシが書けたのに。
「『愛』を、『注ぐ』って、なに……」
アレか。植物に愛情もって水でも注げってか。
物書きは自室を見渡す。視線の先には己の背丈より忌々しくも高くなりやがった植物がひとつ。
「……うらやましくねぇもん」
――――――
私の職場に、つい最近まで恋愛トラブル真っ只中だった、雪国出身の先輩がいる。
「先輩のアレ、まさしく『恋と愛』だったと思うの」
「『恋と愛』?」
「恋は下心、愛は真心」
「私が下心?」
「違う違う。加元さんが下心」
さかのぼること約10年前、先輩の初恋相手を加元っていうんだけど、語れば長いし胸くそ悪い。
ともかく、昔々加元が先輩の容姿に惚れて、だけどその加元がバチクソ性格悪くて、
自分のSNSの裏垢別垢で、「あの趣味と性格が解釈違い」だの、「低糖質料理得意は地雷」だの、
あーだこーだ、云々。
それで縁切った先輩が8年間逃げ続けて、
このほど、具体的には11月13日、
しつこく粘着して、ストーカーになりつつあった加元を、先輩がやんわり、口頭で直接フった。
あれから、丁度1ヶ月。
加元が私達の職場に押し掛けてくることも、先輩にDM送ってくることもなくなって、
先輩はようやく、「夜逃げによる突発的な家財整理を考える必要が無くなったから」って、
アパートの家具だの家電だのを、すぐ処分できる最低限最小限のやつから、部屋相応のちょっと大きいものに買い替えた。
「加元さんは、先輩の顔とスタイルに惚れて、『アクセサリーとしての恋』を欲しがったワケでしょ?」
「どうだろうな?」
「だけど先輩は、恋を欲しがった加元さんのコップなりジョッキなりに、真心なり誠意なりの、愛を注いでしまったと。……なんか、そんな気がする」
「つまり?」
「先輩が加元の恋の暴力と毒牙にかからなくて良かったと思いました。マル」
「はぁ」
恋の需要に対して愛を注いでしまった、か。
先輩は片眉を少し上げて、小さく数回頷いて、
浅い、短い、ため息をひとつ吐いた。
「なるほどな」
先輩は言った。
「加元さんもそうだったが、私自身も、解釈違いをしていたワケだ」
「いや、先輩のソレ、多分私達の世界では、『解釈違い』じゃなく『すれ違い』って言うと思う……」
「何故だ?『恋』のコップに、故意に類似の『愛』を注いでいたなら、それは解釈相違では?」
「その解釈じゃないの。それも解釈だけど、多分加元が言ってた『解釈』は、その解釈じゃないの」
「ん?」
「だから、先輩のソレは『解釈違い』っていうより『すれ違い』とか、単に『勘違い』なの」
「んん?」
「うん……」
「恋と愛で『下心と真心』、ことわざなら『魚心あれば水心』、類語なら『核心と中心』……他には?」
題目そのまま、「心と心」でネタが浮かばぬなら、言葉を少し足してしまえばよろしい。
某所在住物書きは硬い頭をネット検索でごまかしながら、アレはどうだ、コレはどうだの列挙と却下を繰り返している。
「……そういえば」
物書きは閃いた。
「心が付く食べ物あるじゃん。『点心と心太』……」
点心は容易に「テンシン」と読めるのに、「心太」と書かれても「トコロテン」に辿り着けないのは自分だけであろうか。
――――――
昨日の昼休憩中、職場の休憩室で観た情報番組で、
職場の先輩がよくお世話になってるお茶っ葉屋さんのゆず餅が紹介されてた。
稲荷神社のご近所。エキノコックスも狂犬病も気にしなくて良い看板狐がいるお店だ。
そのゆず餅、どうも冬至の期間限定品、かつ稲荷神社で収穫したゆずを使った、数量限定品らしくて、
味が気になった私は、今日のお昼休憩と時間休を使って、お茶っ葉屋さんに、行ってみることにした、
が。
「いらっしゃいませ」
結構メジャーな情報番組で取り上げられて、
そこそこ人気あるタレントさんが番組内で看板狐を撫でてたのに、
店舗は放送前と全然変わらず、お客さんが居ない。
「お得意様の、後輩さんですね。存じております」
よくある「番組で紹介されました!」みたいなポップのひとつも無ければ、ロケ中に撮った写真が飾ってあるわけでもない。
「なにか、お探しですか?」
店内には、いつもの女店主さんと、店主さんに抱えられて尻尾ブンブンお目々キラキラの子狐だけ。
放送前後で、何も、ひとつも、変わってない。
それが、私にはすごく不思議に見えたし、
なにより店主さんの言葉が不思議だった。
「昨日のテレビ、観たんですけど、」
「それはそれは。ありがとうございます」
「そのわりに、お客さんが、なんというか」
「『少ない』?ごもっとも。
『狐に化かされて』辿り着けないのでしょう。なにせここは稲荷の茶葉屋。狐は会う人間を選びます」
「はぁ」
「子狐が言うております。『点心お餅と心太風わらび餅買って』と。『今朝頑張って作った』と」
「狐、しゃべるんですか」
「勿論。ほら、言うております。『点心と心太、心の傷と心の疲れに効くから買って』と」
「はぁ……」
稲荷神社のひとが経営してる茶っ葉屋さんだから、不思議系神秘系がコンセプトなのかな。
ハテナマークがポンポン湧いてくる私は、だけど時間休のタイムリミットもあったから、
ひとまず勧められた小さい点心セットと心太風わらび餅と、それから例のゆず餅を貰って、ひととおり看板狐の子狐を撫でくり回して、お会計。
得意先である先輩の後輩、ってことで、オマケに心太風わらび餅の試食を店内で食べさせてもらった。
(……普通にわらび餅、おいしい)
番組に取り上げられるだけあって、それから先輩がヒイキにしてるだけあって、
きな粉と黒蜜付属のわらび餅は美味しいし、
たしかに、日頃の疲れがよく抜ける心地もする。
「お買い上げ、ありがとうございます。またのご来店お待ちしております」
わらび餅を食べ終えて、お店から出ようとしたら、
「あぁ――それから、ひとつだけ」
茶っ葉屋の店主さんが、また不思議なことを言った。
「明後日は、どうぞ『足元にお気をつけて』」
やっぱり不思議系、神秘系がコンセプトなのかな。
私は一応会釈だけして、お店から離れた。
その後、仕事終わって夜になってから、点心と心太風わらび餅の追加が欲しくなって、再度茶っ葉屋さんに行こうとしたけど、
どういうわけか、うまくお店を見つけられなかった。
「4月最初か3月の終わりあたりに書いたのが『何気ないふり』ってお題だったわ」
3月4月、どっちだったかな。某所在住物書きは大きく口を開けて、右アゴが地味に痛むのを、それこそ「何でもないフリ」のようにしていた。
4日前と8日前に物語に登場させた豚バラ軟骨、ネット情報で「5時間煮込まねば固い」と豪語されていたものを、先日精肉店で見つけたのだ。
試しに食ったが納得の歯ごたえ。久方ぶりのアゴの酷使で満足にあくびもできぬ。
日頃の不摂生露呈の瞬間であった。
「当時もたしか書いたと思うが、何でもない、『フリ』ってどんなフリだろうな」
おお、いたいいたい。気にしない。
物書きは右アゴをさすり、今日もネタに苦心する。
――――――
いつもの職場、いつもの火曜日、いつものお昼。
休憩室のテーブルに、お弁当広げてコーヒー置いて、誰が電源入れたとも知らないテレビモニタの情報番組をBGMにして、長いこと一緒に仕事してる先輩と一緒に昼ごはん食べてたら、
その先輩が、コーヒー飲みながらテレビに視線をやった瞬間、
ポカンと目を点にして、
テレビを二度見三度見して、
四度見あたりで、コーヒーを吹きかけて、むせた。
「ごふっ、ごほっ!っッぐ、」
「どしたの先輩」
「くっ、……ぅ、ぐ……!」
「ねぇ大丈夫、救急車呼ぶ?ハイムリック?」
とんとん、とんとん。
左手で口を押さえて額にシワ寄せてる先輩の肩を、なんとなく叩く。
生理現象で顔赤くして、少しだけ涙にじんでる先輩が、ちょっとカワイイ。
大丈夫、もう大丈夫。
先輩は険しい顔のまま、右手を挙げて、ヒラヒラ。
やっぱカワイイ。
「ねぇねぇ。どしたのって」
「別に、何でも、……ごほっ」
「何でもって、何でもないワケないでしょって。テレビ三度見くらいしたでしょって」
「……、……げほっげほっ」
先輩、一体何を見たんだろう。
テレビに視線を向けてみると、お昼の情報番組は、
先輩のアパート近所の稲荷神社の、そこの家族が近くで開いてるお茶っ葉屋さんが映ってて、
お散歩ロケっていう名目のタレントさん数名が、女店主さんの抱えてる子狐をワシャワシャ撫でてた。
テロップには「神秘!オキツネ様がいる稲荷神社とお茶屋さん」。先輩がヒイキにしてるお店だ。
で、
よく見ると、タレントさんに撫でられてる子狐が、
ドッキリみたいな小さい横看板前足で持ってて、
そこに、店主さんの書く綺麗な字で、こう書いてた。
【イエーイ おとくいさん みてるー?】
くるり。横看板が裏返る。
【冬至のゆず餅セット、追加ご購入待ってます】
子狐と、目が合う。
正しくは、事前収録された映像の中の子狐が、カメラ目線になってるだけ。
でもなんとなく、リアルで目が合ってる気がする。
子狐ちゃん宣伝上手ですねぇなんて、タレントさんが言ってるけど、あんまり耳に入ってこなかった。
「別に、あそこの常連など、私の他にも」
げっほげっほ、まだ少しむせてる感のある先輩が、喉をさすりさすりして、口元をハンカチで拭いてる。
「それに、もうすぐ冬至だ。季節商品の宣伝には丁度良いだろうさ」
何でもない。本当に、これは何でもない。
そもそもアレは子狐の字じゃない。店主の字だ。
繰り返す先輩だけど、フリってのがすぐ分かる程度には、なんかアワアワしてそうだった。
「この子狐、たまに先輩のアパートに来るよね」
「そうだな」
「夏に稲荷神社のおみくじ引きに行ったとき、先輩の顔めがけて両手両足広げてダイブしてきたね」
「そうだな」
「冬至のゆず餅セット?」
「神社で収穫したゆずを使っているらしい。数量限定だとさ。先週の日曜日、ゆず茶と一緒に買った」
「私も食べたい」
「……『ご新規さんも待ってます』だとさ」
こほっ。
小さく咳をした先輩が、コーヒーをひとくち。
再度テレビを見たら、女店主さんのかかえる子狐が、新しい看板を掲げてた。
【ご新規さんも、ゆず餅ご購入待ってます】
【数量限定のため、品切れにご注意ください】
「某ポケモ◯の、第2世代だったかな、『あなたにとってポケ◯ンは友達?仲間?道具?』みたいな3択答えさせるイベントがあったんだわ」
7月に「友情」と「友だちの思い出」、10月に「友達」がお題に出て、次は仲間か。
某所在住物書きは相変わらず、ため息を吐いて小さな絶望を呟く。わぁ。今回も簡単そうで高難度。
「当時はガキだったから、普通に『仲間』選んだけど、今思えばさ、道具だってバチクソ大事なら手入れもするし長い付き合いになるし、定期メンテもするじゃん。意外と、意外と……」
考えてみろよ、職場の仕事道具と入れ替わり激しい仕事仲間、どっちが大事にされてるよ。道具だろ。
再度ため息を吐き、物書きがぽつり。
「まぁ屁理屈だけどさ」
――――――
今日も今日とて職場に行ったら、隣の隣部署で、「お世話になりました」とか「短かったね」とか、なんかしみじみしてた。
「去年入ってきた新人だそうだ」
デスクで先にキーボートパチパチしてた先輩が、モニター見つめたまま私に教えてくれた。
「これで何人減ったやら」
私達の職場は、限りなくブラックに近いグレー企業。知ってる人は知ってる。
知らない人は私同様何も知らずに入って、あの隣の隣部署の誰かみたいに、1年2年で体だの心だの壊して辞めてくことが多い。
年度ごとの営業ノルマは毎年キツいし、いわゆる自腹自爆は当たり前。
私の仕事仲間、同期、後輩も、今何人残ってるか全然分かんない。
これでも、職場環境は改善してきた方だ。
私達より長く勤務してる隣部署の宇曽野主任、つまり私の先輩の親友さんは言う。
今の緒天戸ってイケオジがトップになる前、十数年昔は、ちょっとセンシティブなことも実際あったって。
……今でも十分パワハラだのノルマ強要だの、おセンシだと思うけどな。どうなんだろな。
「つまり、昔は今以上に人材が『消耗品』だった、ということだ」
仕事「仲間」でも仕事「道具」でもなく、な。
先輩が付け加えて言った。
「道具の方がまだ、大事に扱われていたかもしれない。人間は壊しても次を入れるだけだが、備品は壊すとダイレクトに、買い替え費だの修理費だのとして、職場の損失になるからな」
お前だって、覚えがあるだろう?
先輩の偽悪的な、少し自嘲的なチラリ目は、昨年度末の某オツボネ係長のことを言いたそうに見えた。
それ言ったら先輩だって、4月、ゴマスリ係長に大量に仕事押し付けられて、それで体調崩して倒れかけたくせに。
「今でも十分、私達消耗品扱いされてる気がする」
「ごもっとも」
「私、多分ここより条件良い仕事見つけたらすぐそっちに移ると思う」
「だろうな」
「そのときは先輩も一緒に来て」
「何故そうなる?」
「だって先輩料理うまいもん。先輩とのシェアランチ、なんだかんだで結構生活費の節約にバチクソ貢献してるもん」
「それと私達の仕事事情は関係無い筈では?」
「私より宇曽野主任選ぶ説?」
「何故そうなる……?」
あーだこーだ。云々。
真面目な先輩を茶化してる間に、隣の隣部署の誰かさんは深々お辞儀して、自分の少ない荷物持って、
歩いてドア開けて、職場から消えてった。
それをじっと見てる奥の部署の多分中途採用さんが、
次は俺かなぁ
みたいな目をしてたけど、
他の人はそれほど、誰も、「隣の隣部署の誰かさん」のことなんて、気にしてないみたいだった。
「手を、繋いで欲ほしい要望なのか、既に繋いでる状態を言ってるのか。どっちだろうな」
往年の「お手々繋いでお通夜に行けば」、元ネタの童謡があって、その替え歌大喜利だったのな。
某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、今日の題目をどう書くか、相変わらず途方に暮れていた。
おそらく類語に、手を「握って」、「掴んで」等があると思われる。それらではなく、敢えて「繋いで」とする狙いはどこだろう。
物書きは頭をかき、天井を見上げて、
「『手錠で柱に』手を繋いで、とかなら、刑事ネタ行けるだろうけど、まぁ、俺の頭じゃ無理」
ひとつ変わり種を閃くも、物語を書く前に却下した。
「……そもそも『人間の手』である必要性は?」
――――――
もうすぐクリスマスとお正月。
東京も、あっちこっち年末商戦真っ只中で、液晶看板に雪が描写されてたり、いっそ本物の小さなモミの木とか店頭に飾ってあったり。
気の早い店員さんが、サンタコスでチラシ配布等々。
たまに見かけるのは、クリスマスプレゼントを親にせがんでる子供だ。
大抵はゲーム機とかスマホとかなんだろうけど、
今の時代にも、ショーケースにディスプレイされた大きなぬいぐるみを見て、「パパこれ買って」って、繋いでる手をぐいぐい引っ張る子もいるみたい。
ひとりだけ、猛烈に欲しい物があったらしくて、
親を一生懸命ゲーム屋さんまで、手を繋いで、強引に誘導してる子を見かけた。
イカかなぁ。それとも某RPGかなぁ。
「先輩、クリスマスプレゼントの思い出何かある?」
美味しいオートミール粥の専門店を見つけたから、って名目で、相変わらず日曜日も仕事の準備なんかしてる先輩をアパートから引っ張り出して、
最高気温19℃、体感気温21℃くらいの外に連れ出した正午近辺。
「そういうお前はどうなんだ?」
雪国出身の先輩には、12月の19℃は暑いくらいらしいけど、だからって引きこもってちゃ体に悪い。
「私全っ然記憶に無い。サンタさんそもそも信じてなかった気がする」
「私も子供の頃に関しては、覚えていないなぁ……」
途中先輩のアパート近所の、パンダ焼きならぬキツネ焼き、生地にお餅を使った外カリ中モチの小さいデフォルメ狐を買って、
もっちゃもっちゃ食べながら、専門店まで。
「子供の頃『に関しては』 is 何」
「お前も被害者だろう。去年のイブ。某オツボネ係長。新人いびりの被害に遭った新人が突然の退職。クリスマス当日に真っ白なままの当日期限なタスク」
「あっ。はい」
「最近やっと、次の職場に馴染めてきたそうだぞ。迷惑かけた詫びに、店舗に寄ってくれればLサイズのパンダ焼きを1個サービスすると」
「よし先輩今からちょっとそのお店行こうか」
「糖質過多。後日にしておけ」
今日くらい良いじゃん、チートデイ、チートデイ
体重増えて「先輩また低糖質ダイエットメニュー作って」、までが目に見えている。やめておけ
あーだこーだ、云々。
お餅生地のキツネ焼きをもっちゃもっちゃしながら、不服にほっぺた膨らませて、
私と先輩は、そのままオートミール粥専門店まで、別に手を繋ぐでもなく2人して歩いた。