かたいなか

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「恋と愛で『下心と真心』、ことわざなら『魚心あれば水心』、類語なら『核心と中心』……他には?」
題目そのまま、「心と心」でネタが浮かばぬなら、言葉を少し足してしまえばよろしい。
某所在住物書きは硬い頭をネット検索でごまかしながら、アレはどうだ、コレはどうだの列挙と却下を繰り返している。

「……そういえば」
物書きは閃いた。
「心が付く食べ物あるじゃん。『点心と心太』……」
点心は容易に「テンシン」と読めるのに、「心太」と書かれても「トコロテン」に辿り着けないのは自分だけであろうか。

――――――

昨日の昼休憩中、職場の休憩室で観た情報番組で、
職場の先輩がよくお世話になってるお茶っ葉屋さんのゆず餅が紹介されてた。
稲荷神社のご近所。エキノコックスも狂犬病も気にしなくて良い看板狐がいるお店だ。
そのゆず餅、どうも冬至の期間限定品、かつ稲荷神社で収穫したゆずを使った、数量限定品らしくて、
味が気になった私は、今日のお昼休憩と時間休を使って、お茶っ葉屋さんに、行ってみることにした、
が。

「いらっしゃいませ」
結構メジャーな情報番組で取り上げられて、
そこそこ人気あるタレントさんが番組内で看板狐を撫でてたのに、
店舗は放送前と全然変わらず、お客さんが居ない。
「お得意様の、後輩さんですね。存じております」
よくある「番組で紹介されました!」みたいなポップのひとつも無ければ、ロケ中に撮った写真が飾ってあるわけでもない。
「なにか、お探しですか?」

店内には、いつもの女店主さんと、店主さんに抱えられて尻尾ブンブンお目々キラキラの子狐だけ。
放送前後で、何も、ひとつも、変わってない。
それが、私にはすごく不思議に見えたし、
なにより店主さんの言葉が不思議だった。

「昨日のテレビ、観たんですけど、」
「それはそれは。ありがとうございます」
「そのわりに、お客さんが、なんというか」
「『少ない』?ごもっとも。
『狐に化かされて』辿り着けないのでしょう。なにせここは稲荷の茶葉屋。狐は会う人間を選びます」
「はぁ」

「子狐が言うております。『点心お餅と心太風わらび餅買って』と。『今朝頑張って作った』と」
「狐、しゃべるんですか」
「勿論。ほら、言うております。『点心と心太、心の傷と心の疲れに効くから買って』と」
「はぁ……」

稲荷神社のひとが経営してる茶っ葉屋さんだから、不思議系神秘系がコンセプトなのかな。
ハテナマークがポンポン湧いてくる私は、だけど時間休のタイムリミットもあったから、
ひとまず勧められた小さい点心セットと心太風わらび餅と、それから例のゆず餅を貰って、ひととおり看板狐の子狐を撫でくり回して、お会計。
得意先である先輩の後輩、ってことで、オマケに心太風わらび餅の試食を店内で食べさせてもらった。

(……普通にわらび餅、おいしい)
番組に取り上げられるだけあって、それから先輩がヒイキにしてるだけあって、
きな粉と黒蜜付属のわらび餅は美味しいし、
たしかに、日頃の疲れがよく抜ける心地もする。

「お買い上げ、ありがとうございます。またのご来店お待ちしております」
わらび餅を食べ終えて、お店から出ようとしたら、
「あぁ――それから、ひとつだけ」
茶っ葉屋の店主さんが、また不思議なことを言った。
「明後日は、どうぞ『足元にお気をつけて』」
やっぱり不思議系、神秘系がコンセプトなのかな。
私は一応会釈だけして、お店から離れた。

その後、仕事終わって夜になってから、点心と心太風わらび餅の追加が欲しくなって、再度茶っ葉屋さんに行こうとしたけど、
どういうわけか、うまくお店を見つけられなかった。

12/13/2023, 6:58:18 AM