「『ありがとう』も『ごめんね』も、双方、単品でなら昔のお題で書いた記憶があるわ」
特に「ありがとう」、バチクソ長い文章のお題だった筈だが、はてさて十何字、何十字であったか。
某所在住物書きは数ヶ月前対峙した長文を懐かしみ、天井を見上げた。
「今回は、ありがとうと、ごめんねのセットか」
同時に出てくる状況など、ソシャゲのサービス終了告知とか、軽く何か誰かに面倒事を手伝ってもらった時くらいしか、思い浮かばぬ。
物書きは「平素より」から続く文章をネット検索にかけた。 何か、ネタが出てくるかもしれない。
――――――
私の職場に、予算5:5想定の割り勘で食材やら現金やらを差し出すと、低糖質低塩分のごはんを作ってくれる先輩がいる。
「平素より、藤森食堂をご利用頂き、まことにありがとうございます」
なんなら都合と予定が合えば、防音防振の整った静かなアパートで、シェアランチだのシェアディナーだのをしてくれる。
私に金を渡すより、同額でデリバリーを頼んだ方が何倍も美味いメシが食えるものを、
なんて先輩は言うけど、だって安いし低糖質低塩分だし、美味しいんだから気にしない。
「このたび、ご好評頂いております『低糖質パスタ』に使っておりました材料、『糖質半分パスタ』が『美味しくなってリニューアル』となりまして」
食材に、一部例外を除いて、低糖質と低塩分の両方を求める先輩のニーズはニッチだ。
カリウムやらリンやらで減塩のズルをしてない、
糖質も甘味料はステビアだか、ラカン……ラカンパネラ?だか、自然由来が絶対条件。
「砂糖そのものは良いの?」って聞いたことがある。
「砂糖は、正直に『甘い』と脳に申告するから良いんだ」、って言われた。
「人工甘味料のように、『甘いものが体に入ってきたのに、血糖値が上昇しない。おかしい』と脳を混乱させないから」、だって。
ふーん(分かんない)
で、そんな先輩のニーズを全部満たす商品は、何度も言うけどニッチだから、だいたい高いか、置いてるお店があんまり多くないか、
あるいは、出てもすぐ、消えたりリニューアルしたりとかして、こうなる。
先輩が作ってくれるシェアメニューから消えるのだ。
「このリニューアルに伴い、パスタの塩分量が約5倍となったため、まことに勝手ながら、メニューの提供を在庫限りで終了させて頂くことになりました。
多大なご迷惑をおかけしますことを、深く、お詫び申し上げます」
土曜日のお昼、先輩のアパート。
先輩が平坦な表情で、それこそスンッ……て目で、
今までのパスタが「今までのパスタ」じゃなくなることを、ちょっと、他人行儀風に。
「密林に、1キロ入りのやつ売ってるよ」
「そこを頼ったところで、メーカーが切り替えてしまったのだから、いずれ無くなる」
「美味しかったのに」
「更なるリニューアルにご期待ください、だ」
ぷぅ。 頬を膨らませる私を、
先輩は平坦な、ちょっと穏やかな目で見て、
「つきましては、」
右上に「全粒粉パスタ」って書かれてる袋を、私の前に出してみせた。
某業スーで見た気がする袋だ。ギリシャの国旗マークがついてる。
「当店のパスタ、在庫無くなり次第、材料をこちらへ切り替えた新メニューに移行致します」
先輩が言った。
「安心しろ。パスタ50グラムあたりの糖質量が15増えるだけだ」
「糖質量15ってどれくらい」
「某頂点バリュブランドの、糖質半分オフなミルクチョコ2袋。あるいは青コンビニのナチュラルブランド、マカダミアナッツチョコ3袋」
「15グラムおっきい。すごくおっきい」
「もしくは某一箱26枚入りハイミルクチョコ7枚」
「やっぱ小さい……」
「随分前に、『狭い部屋』と『静寂に包まれた部屋』っつーお題なら出てた」
部屋シリーズもこれで3回目。
「部屋三部作」でも計画しておれば、かつ過去投稿分に容易にアクセス可能であったなら、
「狭い部屋」で導入部を、「静寂に包まれた部屋」で展開部を書き、今回の「部屋の片隅で」により幕引きができたものを。
「……何書いたっけ」
某所在住物書きは頭を抱えた。「部屋」のネタのストックは存在せず、このアプリは過去作にスワイプ地獄でしか辿り着けない。
「文章にタグ埋め込んで『過去作ジャンプ実装』、ぜってー俺の他にも欲しいと思ってるヤツいる……」
それとアンケート機能と広告削除オプション。
物書きは天井を見上げ、部屋の片隅でため息を吐く。
――――――
昔々のおはなしです。まだ年号が平成だった頃、約10年ほど前のおはなしです。
都内某所、某小さな安アパートに、花と山野草いっぱいの自然豊かな雪国から、心優しい田舎者が越してきました。
名前を附子山といいます。
数年後、2023年現在から見て8年前、諸事情あって、未婚ながら改姓して、藤森になります。
詳しいことは過去作7月22日あたり投稿分参照ですが、ぶっちゃけ辿るのがバチクソ面倒。
細かいことは気にせず、おはなしを進めましょう。
「ぱいか?」
さて。当時まだまだお金が無くて、節約に節約と節約を計4枚くらい重ねて、日常1週間をコツコツ周回しておった附子山です。
「豚バラ軟骨煮込み用?」
食材の買い出しに近所のスーパーマーケットを訪ねたところ、見慣れぬお肉の半額が、ひとつ、残っておりました。
豚バラ軟骨だそうです。別名をパイカといいます。
消費期限、明日の昼だそうです。
すごく安いのに、そこの嫁様もあの夫様も、誰も一度も手に取らない、視線に入れない。
何故でしょう。 骨が固いからです。
「軟骨」など社交辞令。「煮込み用」こそ事実。
こやつは圧力鍋や炭酸水、重曹等の手助けが無ければ、普通鍋で5時間程度煮込まないと、固くて固くて骨が食えぬのです。
上京したばかりの自炊初心者な附子山、その社交辞令が分からなかった。
「なんだろう?随分、大きい」
そうです。4日前のお題、12月4日投稿分、己の未来の後輩が豚バラ軟骨の固さを知らず買ってきた、アレのいわゆる過去エピソードです。
「鶏軟骨みたいなものかな」
鶏軟骨の唐揚げイメージで、附子山パイカをお買い上げ。半額豚バラ軟骨を、200グラム入り1パック、買い物カゴに入れまして、
「良い物を手に入れた」なんて、何も知らぬまま、ちょっぴり笑顔などして。
部屋の片隅で試しに1個、小さな塊を煮込んでようやく、パイカの「パイカ」に気がついた。
「か……ッ!」
軟骨が、固いのです。鶏軟骨の比じゃないのです。
煮込めど煮込めど20分、30分、
1時間煮込み続けても崩れない。
附子山、ようやく理解しました。
長時間煮込まなければいけない強敵だから、皆半額でも手に取らなかったのだ。
「これが、『豚バラ軟骨』……」
どうしよう。この固い固い骨っコが、まだ約160グラムあるのです。
「どうする、どうすればいい……?」
骨の周囲の肉は美味いが、この骨っコはどうしよう。
自炊初心者の附子山、固い固い白を見つめて、部屋の片隅で口をパックリ。開いた口が塞がらない。
ただ途方に暮れるばかりです。
最寄りの肉屋に駆け込んで、コレコレ困ったと事情を話し、「パイカはじっくり煮込んで5時間」と攻略法を、サクサクほっこり焼きたてコロッケ2個購入で聞き出しまして、
附子山がその日晩ごはん用に買ったパイカは、翌日の昼食になりましたとさ。
おしまい、おしまい。
「上下逆って意味の『逆さま』が、多分出題者の『コレ書いて』なんだろうな」
ただ「真っ逆さま」って書けば、何か誰かが落ちるハナシもできそう。落下は既に2回出題されてっけど。
某所在住物書きは、過去のお題「落下」と「落ちていく」の投稿内容を確認しようとして挫折している。
「落ちていく」は数日前。「落下」は何ヶ月前?
「逆の『逆さま』と、落下の『真っ逆さま』と、あと他には……?」
他には、「逆さま」の3文字から引き出せるアイデアは無かろうか。物書きは首を傾け、更に傾け、
なかなかネタが降りてこず、今日も途方に暮れる。
「親より先に子供が亡くなることも『サカサマ』って言うらしいが……それはそれで、書きづらいか」
――――――
最近最近の都内某所、某アパート。
部屋の主を藤森というが、晩飯の準備のために、
コトコト、ことこと。少し大きめに切られた豚バラ肉を、トマトベースのスープで煮込んでいる。
ここにソースとバターを加えれば、なんとなくそれっぽい味のするビーフシチュー風。
肉はビーフではなくポークだし、バターも高騰につきそもそも未購入、ゆえに安売りしていたクリームチーズの代替品などで代用の予定。
まがい物だが構わない。所詮自分用。
上手くいけば食費節約レシピのひとつに、失敗してもひとりで食えばよろしい。
どんな味になるのやら。
パラパラパラ。藤森は個包装されたチーズのひとつを小さくちぎり、砕いて、鍋の中へ。
クリーム色は順次、濃い赤に真っ逆さま。
静かに煮立つ泡に当たり、底へ底へ沈んでいく。
「食えれば良いさ。食えれば」
防音防振設備完備のアパートに一人暮らしの藤森。
先月8年越しの恋愛トラブルにようやく決着がつき、心に余裕と平穏が戻ってきたところ。
8年間、ずっと己を追ってくる初恋相手を警戒して生きてきたが、今はもう夜逃げの心配をせずとも良い。
急な家具家電整理と、迅速な東京脱出が、人生設計から消えた藤森。8〜9年前の初恋を知る前より、少しだけ幸福に、楽観的に生活できるようになった。
パラパラ、パラパラ。
トマトと少しのチーズとソースを内包したとろとろスープに、今度は乱切りニンジンが真っ逆さま。
ジャガイモと追加投入のタマネギがそれに続く。
「……コショウと七味は、さすがに違うか」
はてさて、ルーを使わぬビーフシチュー風、どんな味になるのやら。
藤森は少し笑い、火を中火から弱火に切り替えて、
先ほどからピロンピロン、ダイレクトメッセージの到着を通知するスマホを手に取り、ロックを外した。
『突撃!先輩の晩ごはん!』
最初に何が送られてきたかは知らないが、ともかく藤森の目に飛び込んできた最新分は上記の一文。
職場の後輩だ。たしか今日、随分遅く残って仕事をさせられていた筈である。
藤森は瞬時に鍋を見た。
あいつに「これ」、食わせて、大丈夫か……?
『今日はやめておけ。晩飯で実験していて味の保証ができない』
『だってあのゴマスリ係長、私にもどっさり仕事押し付けてきて、さっきやっと終わったばっかり』
『なら牛丼屋でもうどん屋でも、好きなところに行け。ビーフシチューモドキの、「モドキ」にすらなっていない可能性のあるものしか作っていない』
『ハローわたし後輩。今あなたのアパートの前でビーフシチューに歓喜してるの』
『やめておけ と 言っている のだが』
「眠れないほど、痛い、空腹、忙しい、悲しい、緊張する、予定びっしり、明日が待ち遠しい、コーヒー飲んで目がバッキバキ。他には?」
そうだ、ベッドのマットレスが合わなくなってきた、とかもあるな。
某所在住物書きは、想像と己の経験との双方を列挙しながら、スマホの画面を見た。
『眠れない 対処法』の検索結果には、予想外に、飲料・食品系で有名な企業のページが並ぶ。
さして内容を確認するでもなく、物書きは彼等の健康食品業界参入を理由と推理した。
誰かが何かの理由で眠れず悶々している物語は、どうやら少々書きづらそうである。
なら何に活路を求めよう。
「眠れないほど、『うるさい』とか?」
物書きはテレビ画面のニュースに注目する。
どこかの湖の白鳥が映っている。こいつらの鳴き声の音量は?なかなかの騒音だったりしないだろうか?
――――――
長いこと一緒に仕事してる、私の職場の先輩が、
生あくびだか本当のあくびだか知らないあくびしながら、ハイライト消えちゃってる感のある曇り目で、
パソコンのキーボードに指滑らせつつ、某カ□リー×イトのバニラ味をポリポリしてる。
「りゆうなら、おまえも、そうぞうできるだろう」
先輩が、あくびの条件反射でにじむ涙を、人さし指でクシクシしながら言った。
「……あのゴマスリめ」
ふぁ、ふわぁ。
歯を唇を、ちゃんと閉じれてない、ちゃんとかみ殺せてない先輩の口から、
後増利係長、名前のとおりの「上司にゴマスリしてばっかりな係長」への毒がこぼれた。
オツボネ特有のパワハラ行為で昨年度の末に左遷になった、某オツボネ係長の代わりに、今年度から私達の部署に来たのが、ゴマスリ係長。
いつだったか忘れたけど、多分数ヶ月前、「部下に自分の仕事押し付けて、成果だけ横取りしてった」ってドロボウ行為が一件発覚。
職場のトップから、直々に厳重注意を食らってた。
で、そんなゴマスリ係長、
リーク情報で、来年度の降格がチラッと、その手の部署のその手の話題に出たって噂が立ちまして、
八つ当たり、最後の職権乱用とばかりに、仕事をちゃっちゃパッパと捌ける先輩に、
ドスン!大量のタスクを押し付けて、しかもそれが結構急を要する物が多かったから、
まぁ、まぁ。ごにょごにょ。昨日から。
それこそ昨晩眠れないほど。寝てられないほど。
「試しに一度、断ってはみたんだ」
おそらく「係長」の「最後」だからな。眠気覚ましにブラックの無糖をぐいっと飲む先輩が、それでも足りなかったらしくって、もう一杯貰いに席を立った。
「そうしたら向こうも、やかましいのなんの。クァークァーガーガー、田んぼの白鳥の大合唱といい勝負だ」
結果、私が折れて、今に至るというワケだ。
2杯目のコーヒーに口を近づけた先輩は、その前に、目を閉じて額にシワ寄せて、今度こそ、あくびをかみ殺した。
「『白鳥の大合唱』?田んぼ?」
「他の地域はどうか知らないが、私の故郷だと、白鳥は湖より田んぼで落穂拾いが多いんだ。
大所帯で群れてるよ。指笛だの、電車の通過音だのと同じくらいの大きさで、クァークァー鳴いて」
「でんしゃ、」
「約80デシベルクラス。つまり近くで騒がれては、とてもじゃないが眠れないほど」
「つまり慣れれば意外と平気な音量」
「そういうことだがそうじゃない」
ということで、すまないが少し、手伝ってくれ。
先輩は一生懸命唇を閉じながら、険しい顔をして、私に数冊のファイルを渡してきた。
「ゴマスリ、オヤジじゃなく白鳥だったら良いのに」
先輩がキープしてる分のファイルに、私にもできそうなやつがあったから、渡された分と一緒にザカザカ引っこ抜くと、
「約80デシベルで常時鳴き散らす存在になるが」
チラリ、先輩は私を見て、聞いてきた。
「耐えられるか?」
「4個前のお題が、『泣かないで』だったんよ」
物語の妙案のひとつも浮かばなかった某所在住物書きは、天井見上げて大きなため息を吐いた。
「当時最初に浮かんだのが夢のハナシだったの。バチクソ書きたかったけど、読む方は確実に重過ぎて胃もたれするハナシ。結果『その夢を見た後』のハナシ書いて投稿したわ」
もちょっと柔らかい、引き出し多い頭が欲しい。
物書きは再度ため息を吐き、ぽつり。
「たとえその日書かなくても『こういうネタ閃いた』ってメモしとくの、大事よな」
――――――
過去投稿分に繋がるか気のせいかのおはなし。
9割以上のフィクションに、1割どころか5分も無いであろうリアルを混ぜた程度の苦し紛れ。
都内某所、某アパートの一室。部屋の主であるところの雪国出身者、藤森は、その日妙な夢を見ていた。
舞台は白い空の故郷。風雪に曇る雪原。
見覚えのある、数年数ヶ月前までは、ただ田んぼや小川だけが穏やかに広がっていたであろうそこ。
田を縫う道路に従う電柱程度が、「近所で最も高い人工物」に分類されていたに違いない。
ごうごう叫ぶ風に背中を叩かれる藤森は、ぽつん、ひとり雪原に立ち尽くして、
遠くに見える「新参者」、夢ゆえに吹雪の中でもかすむことなく、ハッキリ見えている十数機、百数機、
すなわち大型の風力発電機を、じっと見ている。
『万歳!万歳!』
藤森から離れたところに居るのは、ハゲとバーコードと部分白髪と、それから若い黒髪の男。
『風車が建った!これでわが町も金が増える!』
両手を上げるなり、手を握り合うなり、相手の背中に手を置くなり。歓喜と達成感を分かち合っている。
『子育てと福祉に回す金が、増えるぞ!』
よく見ればハゲは涙を流し、肩を震わせている。
それは藤森の故郷の隣町。藤森の故郷とふたつして、ながく仲良く生活圏を共にしていながら、
「金が少ない」の一点で、平成大合併の際、理不尽につまはじきにされた町の町長。
未開発、田んぼだらけの平原の活用は、山を開き野を黒灰のパネルで埋め尽くすより批判が向きづらく、自然と動植物への負担も比較的少なく、
なにより、雇用を生みやすい。
風力発電機の大量展開は彼の悲願だった。
……と、いう設定らしい。
現実の「隣町の町長」は別人だ。このハゲではない。
(分かっている)
夢のトンデモ設定と現実の事実とがごっちゃ。
しかし藤森は夢の中ゆえに気づかず、背中打つ風と雪の嘆くような音に耳を傾ける。
(田舎には金が無い。豊富な自然だけで観光客が来るわけでもない。若者は出ていき故郷に帰らない。
町を町として「生かし続ける」には、どうしても、たとえ景観や自然を少し犠牲にしようと)
金が必要なんだ。藤森はうつむき、涙を一粒。
……夢の中の藤森は風車に親でも殺されたのか。
いつの間にか、夢の中ゆえの突発性として、藤森の腕の中に子狐が抱かれ、おさまっている。
子狐の手には絶滅危惧種、一部地域では完全に姿を消した、春告げる黄色いキバナノアマナが一輪。
双方、利益を追求する人間の所業により、野生としての個体数を劇的に減らした。
ぺろんぺろん、べろんべろん。子狐は首をうんと伸ばし、藤森をあやすように、頬伝う涙を舐めた。
……エキノコックス等は夢補正により不問らしい。
『金が必要なのは、よく、分かる』
トンデモ設定とトンデモ設定でごった返し、ツッコミどころが行方不明なのも、夢ならでは。
『脱炭素が緊急課題なのも、事実だ』
藤森は顔を上げ、十数機百数機の風車を見る。
地平線を埋め尽くす発電機を。かつて冬ならば雪原と空と少しの住宅の気配ばかりであった筈の、そこに数十メートルの巨体で割り込み無条件に居座る巨人を。
『それでも』
藤森は再度涙を流し、
『それでも――』
ぽつり呟き、そして、
「…――どうして、
……ん?………んん?」
『どうしてあの、尊く美しかった風景をもっと守ろうと思えなかったのか』と、嘆く自分の声で、つまり寝言でパチクリ目を覚ました。
起きて気付くのは夢の中のアレとコレとソレ。おかしな設定に現実から離れた状況、等々、等々。
なんだ今日の夢。なんだあの設定と状況。
そして夢から覚めた視界を占拠する子狐の毛。
「子狐??」
おかしいな。藤森は混乱した。
何故己の頬を、今、子狐が舐めているのだろう。