かたいなか

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「4個前のお題が、『泣かないで』だったんよ」
物語の妙案のひとつも浮かばなかった某所在住物書きは、天井見上げて大きなため息を吐いた。
「当時最初に浮かんだのが夢のハナシだったの。バチクソ書きたかったけど、読む方は確実に重過ぎて胃もたれするハナシ。結果『その夢を見た後』のハナシ書いて投稿したわ」

もちょっと柔らかい、引き出し多い頭が欲しい。
物書きは再度ため息を吐き、ぽつり。
「たとえその日書かなくても『こういうネタ閃いた』ってメモしとくの、大事よな」

――――――

過去投稿分に繋がるか気のせいかのおはなし。
9割以上のフィクションに、1割どころか5分も無いであろうリアルを混ぜた程度の苦し紛れ。
都内某所、某アパートの一室。部屋の主であるところの雪国出身者、藤森は、その日妙な夢を見ていた。

舞台は白い空の故郷。風雪に曇る雪原。
見覚えのある、数年数ヶ月前までは、ただ田んぼや小川だけが穏やかに広がっていたであろうそこ。
田を縫う道路に従う電柱程度が、「近所で最も高い人工物」に分類されていたに違いない。
ごうごう叫ぶ風に背中を叩かれる藤森は、ぽつん、ひとり雪原に立ち尽くして、
遠くに見える「新参者」、夢ゆえに吹雪の中でもかすむことなく、ハッキリ見えている十数機、百数機、
すなわち大型の風力発電機を、じっと見ている。

『万歳!万歳!』
藤森から離れたところに居るのは、ハゲとバーコードと部分白髪と、それから若い黒髪の男。
『風車が建った!これでわが町も金が増える!』
両手を上げるなり、手を握り合うなり、相手の背中に手を置くなり。歓喜と達成感を分かち合っている。
『子育てと福祉に回す金が、増えるぞ!』

よく見ればハゲは涙を流し、肩を震わせている。
それは藤森の故郷の隣町。藤森の故郷とふたつして、ながく仲良く生活圏を共にしていながら、
「金が少ない」の一点で、平成大合併の際、理不尽につまはじきにされた町の町長。
未開発、田んぼだらけの平原の活用は、山を開き野を黒灰のパネルで埋め尽くすより批判が向きづらく、自然と動植物への負担も比較的少なく、
なにより、雇用を生みやすい。
風力発電機の大量展開は彼の悲願だった。
……と、いう設定らしい。
現実の「隣町の町長」は別人だ。このハゲではない。

(分かっている)
夢のトンデモ設定と現実の事実とがごっちゃ。
しかし藤森は夢の中ゆえに気づかず、背中打つ風と雪の嘆くような音に耳を傾ける。
(田舎には金が無い。豊富な自然だけで観光客が来るわけでもない。若者は出ていき故郷に帰らない。
町を町として「生かし続ける」には、どうしても、たとえ景観や自然を少し犠牲にしようと)
金が必要なんだ。藤森はうつむき、涙を一粒。
……夢の中の藤森は風車に親でも殺されたのか。

いつの間にか、夢の中ゆえの突発性として、藤森の腕の中に子狐が抱かれ、おさまっている。
子狐の手には絶滅危惧種、一部地域では完全に姿を消した、春告げる黄色いキバナノアマナが一輪。
双方、利益を追求する人間の所業により、野生としての個体数を劇的に減らした。
ぺろんぺろん、べろんべろん。子狐は首をうんと伸ばし、藤森をあやすように、頬伝う涙を舐めた。
……エキノコックス等は夢補正により不問らしい。

『金が必要なのは、よく、分かる』
トンデモ設定とトンデモ設定でごった返し、ツッコミどころが行方不明なのも、夢ならでは。
『脱炭素が緊急課題なのも、事実だ』
藤森は顔を上げ、十数機百数機の風車を見る。
地平線を埋め尽くす発電機を。かつて冬ならば雪原と空と少しの住宅の気配ばかりであった筈の、そこに数十メートルの巨体で割り込み無条件に居座る巨人を。
『それでも』
藤森は再度涙を流し、
『それでも――』
ぽつり呟き、そして、

「…――どうして、

……ん?………んん?」
『どうしてあの、尊く美しかった風景をもっと守ろうと思えなかったのか』と、嘆く自分の声で、つまり寝言でパチクリ目を覚ました。
起きて気付くのは夢の中のアレとコレとソレ。おかしな設定に現実から離れた状況、等々、等々。
なんだ今日の夢。なんだあの設定と状況。
そして夢から覚めた視界を占拠する子狐の毛。
「子狐??」
おかしいな。藤森は混乱した。
何故己の頬を、今、子狐が舐めているのだろう。

12/5/2023, 4:58:44 AM