「上下逆って意味の『逆さま』が、多分出題者の『コレ書いて』なんだろうな」
ただ「真っ逆さま」って書けば、何か誰かが落ちるハナシもできそう。落下は既に2回出題されてっけど。
某所在住物書きは、過去のお題「落下」と「落ちていく」の投稿内容を確認しようとして挫折している。
「落ちていく」は数日前。「落下」は何ヶ月前?
「逆の『逆さま』と、落下の『真っ逆さま』と、あと他には……?」
他には、「逆さま」の3文字から引き出せるアイデアは無かろうか。物書きは首を傾け、更に傾け、
なかなかネタが降りてこず、今日も途方に暮れる。
「親より先に子供が亡くなることも『サカサマ』って言うらしいが……それはそれで、書きづらいか」
――――――
最近最近の都内某所、某アパート。
部屋の主を藤森というが、晩飯の準備のために、
コトコト、ことこと。少し大きめに切られた豚バラ肉を、トマトベースのスープで煮込んでいる。
ここにソースとバターを加えれば、なんとなくそれっぽい味のするビーフシチュー風。
肉はビーフではなくポークだし、バターも高騰につきそもそも未購入、ゆえに安売りしていたクリームチーズの代替品などで代用の予定。
まがい物だが構わない。所詮自分用。
上手くいけば食費節約レシピのひとつに、失敗してもひとりで食えばよろしい。
どんな味になるのやら。
パラパラパラ。藤森は個包装されたチーズのひとつを小さくちぎり、砕いて、鍋の中へ。
クリーム色は順次、濃い赤に真っ逆さま。
静かに煮立つ泡に当たり、底へ底へ沈んでいく。
「食えれば良いさ。食えれば」
防音防振設備完備のアパートに一人暮らしの藤森。
先月8年越しの恋愛トラブルにようやく決着がつき、心に余裕と平穏が戻ってきたところ。
8年間、ずっと己を追ってくる初恋相手を警戒して生きてきたが、今はもう夜逃げの心配をせずとも良い。
急な家具家電整理と、迅速な東京脱出が、人生設計から消えた藤森。8〜9年前の初恋を知る前より、少しだけ幸福に、楽観的に生活できるようになった。
パラパラ、パラパラ。
トマトと少しのチーズとソースを内包したとろとろスープに、今度は乱切りニンジンが真っ逆さま。
ジャガイモと追加投入のタマネギがそれに続く。
「……コショウと七味は、さすがに違うか」
はてさて、ルーを使わぬビーフシチュー風、どんな味になるのやら。
藤森は少し笑い、火を中火から弱火に切り替えて、
先ほどからピロンピロン、ダイレクトメッセージの到着を通知するスマホを手に取り、ロックを外した。
『突撃!先輩の晩ごはん!』
最初に何が送られてきたかは知らないが、ともかく藤森の目に飛び込んできた最新分は上記の一文。
職場の後輩だ。たしか今日、随分遅く残って仕事をさせられていた筈である。
藤森は瞬時に鍋を見た。
あいつに「これ」、食わせて、大丈夫か……?
『今日はやめておけ。晩飯で実験していて味の保証ができない』
『だってあのゴマスリ係長、私にもどっさり仕事押し付けてきて、さっきやっと終わったばっかり』
『なら牛丼屋でもうどん屋でも、好きなところに行け。ビーフシチューモドキの、「モドキ」にすらなっていない可能性のあるものしか作っていない』
『ハローわたし後輩。今あなたのアパートの前でビーフシチューに歓喜してるの』
『やめておけ と 言っている のだが』
12/7/2023, 9:41:04 AM