かたいなか

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「眠れないほど、痛い、空腹、忙しい、悲しい、緊張する、予定びっしり、明日が待ち遠しい、コーヒー飲んで目がバッキバキ。他には?」
そうだ、ベッドのマットレスが合わなくなってきた、とかもあるな。
某所在住物書きは、想像と己の経験との双方を列挙しながら、スマホの画面を見た。

『眠れない 対処法』の検索結果には、予想外に、飲料・食品系で有名な企業のページが並ぶ。
さして内容を確認するでもなく、物書きは彼等の健康食品業界参入を理由と推理した。
誰かが何かの理由で眠れず悶々している物語は、どうやら少々書きづらそうである。
なら何に活路を求めよう。

「眠れないほど、『うるさい』とか?」
物書きはテレビ画面のニュースに注目する。
どこかの湖の白鳥が映っている。こいつらの鳴き声の音量は?なかなかの騒音だったりしないだろうか?

――――――

長いこと一緒に仕事してる、私の職場の先輩が、
生あくびだか本当のあくびだか知らないあくびしながら、ハイライト消えちゃってる感のある曇り目で、
パソコンのキーボードに指滑らせつつ、某カ□リー×イトのバニラ味をポリポリしてる。

「りゆうなら、おまえも、そうぞうできるだろう」
先輩が、あくびの条件反射でにじむ涙を、人さし指でクシクシしながら言った。
「……あのゴマスリめ」
ふぁ、ふわぁ。
歯を唇を、ちゃんと閉じれてない、ちゃんとかみ殺せてない先輩の口から、
後増利係長、名前のとおりの「上司にゴマスリしてばっかりな係長」への毒がこぼれた。

オツボネ特有のパワハラ行為で昨年度の末に左遷になった、某オツボネ係長の代わりに、今年度から私達の部署に来たのが、ゴマスリ係長。
いつだったか忘れたけど、多分数ヶ月前、「部下に自分の仕事押し付けて、成果だけ横取りしてった」ってドロボウ行為が一件発覚。
職場のトップから、直々に厳重注意を食らってた。

で、そんなゴマスリ係長、
リーク情報で、来年度の降格がチラッと、その手の部署のその手の話題に出たって噂が立ちまして、
八つ当たり、最後の職権乱用とばかりに、仕事をちゃっちゃパッパと捌ける先輩に、
ドスン!大量のタスクを押し付けて、しかもそれが結構急を要する物が多かったから、
まぁ、まぁ。ごにょごにょ。昨日から。
それこそ昨晩眠れないほど。寝てられないほど。

「試しに一度、断ってはみたんだ」
おそらく「係長」の「最後」だからな。眠気覚ましにブラックの無糖をぐいっと飲む先輩が、それでも足りなかったらしくって、もう一杯貰いに席を立った。
「そうしたら向こうも、やかましいのなんの。クァークァーガーガー、田んぼの白鳥の大合唱といい勝負だ」
結果、私が折れて、今に至るというワケだ。
2杯目のコーヒーに口を近づけた先輩は、その前に、目を閉じて額にシワ寄せて、今度こそ、あくびをかみ殺した。

「『白鳥の大合唱』?田んぼ?」
「他の地域はどうか知らないが、私の故郷だと、白鳥は湖より田んぼで落穂拾いが多いんだ。
大所帯で群れてるよ。指笛だの、電車の通過音だのと同じくらいの大きさで、クァークァー鳴いて」
「でんしゃ、」
「約80デシベルクラス。つまり近くで騒がれては、とてもじゃないが眠れないほど」

「つまり慣れれば意外と平気な音量」
「そういうことだがそうじゃない」

ということで、すまないが少し、手伝ってくれ。
先輩は一生懸命唇を閉じながら、険しい顔をして、私に数冊のファイルを渡してきた。
「ゴマスリ、オヤジじゃなく白鳥だったら良いのに」
先輩がキープしてる分のファイルに、私にもできそうなやつがあったから、渡された分と一緒にザカザカ引っこ抜くと、
「約80デシベルで常時鳴き散らす存在になるが」
チラリ、先輩は私を見て、聞いてきた。
「耐えられるか?」

12/6/2023, 5:50:11 AM