かたいなか

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「4月最初か3月の終わりあたりに書いたのが『何気ないふり』ってお題だったわ」
3月4月、どっちだったかな。某所在住物書きは大きく口を開けて、右アゴが地味に痛むのを、それこそ「何でもないフリ」のようにしていた。
4日前と8日前に物語に登場させた豚バラ軟骨、ネット情報で「5時間煮込まねば固い」と豪語されていたものを、先日精肉店で見つけたのだ。
試しに食ったが納得の歯ごたえ。久方ぶりのアゴの酷使で満足にあくびもできぬ。
日頃の不摂生露呈の瞬間であった。

「当時もたしか書いたと思うが、何でもない、『フリ』ってどんなフリだろうな」
おお、いたいいたい。気にしない。
物書きは右アゴをさすり、今日もネタに苦心する。

――――――

いつもの職場、いつもの火曜日、いつものお昼。
休憩室のテーブルに、お弁当広げてコーヒー置いて、誰が電源入れたとも知らないテレビモニタの情報番組をBGMにして、長いこと一緒に仕事してる先輩と一緒に昼ごはん食べてたら、
その先輩が、コーヒー飲みながらテレビに視線をやった瞬間、
ポカンと目を点にして、
テレビを二度見三度見して、
四度見あたりで、コーヒーを吹きかけて、むせた。

「ごふっ、ごほっ!っッぐ、」
「どしたの先輩」
「くっ、……ぅ、ぐ……!」
「ねぇ大丈夫、救急車呼ぶ?ハイムリック?」

とんとん、とんとん。
左手で口を押さえて額にシワ寄せてる先輩の肩を、なんとなく叩く。
生理現象で顔赤くして、少しだけ涙にじんでる先輩が、ちょっとカワイイ。
大丈夫、もう大丈夫。
先輩は険しい顔のまま、右手を挙げて、ヒラヒラ。
やっぱカワイイ。

「ねぇねぇ。どしたのって」
「別に、何でも、……ごほっ」
「何でもって、何でもないワケないでしょって。テレビ三度見くらいしたでしょって」
「……、……げほっげほっ」

先輩、一体何を見たんだろう。
テレビに視線を向けてみると、お昼の情報番組は、
先輩のアパート近所の稲荷神社の、そこの家族が近くで開いてるお茶っ葉屋さんが映ってて、
お散歩ロケっていう名目のタレントさん数名が、女店主さんの抱えてる子狐をワシャワシャ撫でてた。
テロップには「神秘!オキツネ様がいる稲荷神社とお茶屋さん」。先輩がヒイキにしてるお店だ。

で、
よく見ると、タレントさんに撫でられてる子狐が、
ドッキリみたいな小さい横看板前足で持ってて、
そこに、店主さんの書く綺麗な字で、こう書いてた。
【イエーイ おとくいさん みてるー?】
くるり。横看板が裏返る。
【冬至のゆず餅セット、追加ご購入待ってます】

子狐と、目が合う。
正しくは、事前収録された映像の中の子狐が、カメラ目線になってるだけ。
でもなんとなく、リアルで目が合ってる気がする。
子狐ちゃん宣伝上手ですねぇなんて、タレントさんが言ってるけど、あんまり耳に入ってこなかった。

「別に、あそこの常連など、私の他にも」
げっほげっほ、まだ少しむせてる感のある先輩が、喉をさすりさすりして、口元をハンカチで拭いてる。
「それに、もうすぐ冬至だ。季節商品の宣伝には丁度良いだろうさ」
何でもない。本当に、これは何でもない。
そもそもアレは子狐の字じゃない。店主の字だ。
繰り返す先輩だけど、フリってのがすぐ分かる程度には、なんかアワアワしてそうだった。

「この子狐、たまに先輩のアパートに来るよね」
「そうだな」
「夏に稲荷神社のおみくじ引きに行ったとき、先輩の顔めがけて両手両足広げてダイブしてきたね」
「そうだな」

「冬至のゆず餅セット?」
「神社で収穫したゆずを使っているらしい。数量限定だとさ。先週の日曜日、ゆず茶と一緒に買った」
「私も食べたい」
「……『ご新規さんも待ってます』だとさ」

こほっ。
小さく咳をした先輩が、コーヒーをひとくち。
再度テレビを見たら、女店主さんのかかえる子狐が、新しい看板を掲げてた。
【ご新規さんも、ゆず餅ご購入待ってます】
【数量限定のため、品切れにご注意ください】

12/12/2023, 4:31:57 AM