かたいなか

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11/13/2023, 10:19:13 AM

昨日の間に今回の配信分を書き、9割完成させていた某所在住物書きは、祈る心地で19時を待った。
その日配信の題目を、物語最後に書き加えるためだ。
作業は龍の目に瞳を描き入れるようで、祈りはガチャのSSR確定演出ですり抜けに怯える心地。
どうか、無機質なエモネタだけは、来ませんように。

「来た……」
バイブが19時の到来と、今日のお題の到着を告げる。物書きが引いたSSRは――

――――――

最近最近の都内某所、某ホテルの夜景映えるレストラン、平日の夜。
自称人間嫌いの捻くれ者、藤森と、その職場の後輩が、3人用の予約席に隣り合って座っている。
約束の時刻まで、残り数分。彼等は未だ顔見せぬ「もうひとり」、加元を、理由あって待っている。

8年前、恋人同士であった藤森と加元は、
加元が藤森の気に食わぬ部分を、「地雷」、「解釈違い」とSNSで呟き倒し、
藤森が、鍵かけぬ別垢裏垢のその剥き出しを発見。
何も言わず、伝えず、ただ失踪して今まで逃げ続け、
今年の7月19日頃まで、片や隠れて片や探した。

過去散々こき下ろした藤森を、それでも執着強く見つけ出して、「もう一度話をさせて」と迫った加元。
藤森は今度こそ、2人の縁を断ち切る覚悟であった。
同席の後輩は加元の暴挙に巻き込まれた被害者。
藤森の現住所を特定するため、加元が雇った探偵に数日つきまとわれたのだ。

「緊張してる?」
藤森の後輩が隣の席から、藤森の左手に己の右手を重ね置いた。僅かに、震えている。
「分からない」
返答は平坦で、抑揚に乏しい。
だた酷く乾く舌と唇を湿らせようと、手を伸ばし、

「附子山さん!」
グラスに触れる直前、聞こえた声に背筋を凍らせた。
加元だ。「附子山」とは藤森の旧姓。加元と付き合っていた頃の名である。
「やっと会えた。突然居なくなって、心配したんだよ。会いたくて、ずっと探してた」
中性的な、低い女声にも、高い男声にも聞こえるそれは、ぬるりぬるり、藤森の心に潜り込もうとする。

私も今日、あなたに話したいことがあって。
事前に用意していたカンペを、藤森はポケットから取り出そうとするものの、ストレスの過負荷により指が言うことを聞かず、うまく紙が掴めない。
「……あの、」
トンと跳ねたのは、心臓か、声か。舌先から一気に血流の引いた藤森に、加元が、何食わぬ顔で尋ねた。

「ところで隣のひと、だれ?」

途端、藤森は理解した。
加元は、後輩のプライバシーに実害を与えておきながら、謝罪もせず、シラを切るつもりなのだ。
全部自分の知らぬこととして、埋め隠す算段なのだ。
そうか。あなたは、そうだったんだ。
藤森の震えは、ここに至って、完全に止まった。

「誰ってあんた、あんたでしょ!私に」
私に探偵ぶつけて、先輩の住所特定しようとしたの!
客多い店内でブチギレ直前の後輩を、
サッ、と左手を出し、藤森が制した。

「あなたの、8年前の投稿を見た」
加元をまっすぐ見据え、藤森が静かに声を張った。
「個人の感想なのは分かる。でも、『実は優しいとか解釈違い』、『雨好き花好きは地雷』、『あたまおかしい』、……そういうことを、公開アカウントで言う人だと、8年前気付いて傷ついた。
私だけならいざ知らず、あなたは、部外者である筈の私の後輩にまで危害を加えた」
チラリ、一度だけ横を見遣る。
視線合った後輩は、苛立ちの炎を燃やし続けていたものの、瞳が確かな力強さで、藤森に訴えている。
言ってやれ。8年前言えなかった全部を、自分の本当の気持ちをぶちまけてやれ!

「あなたと、ヨリを戻す気は無い。私にとって、あなたはもう『平然と他者を害する人』でしかない。
それでも私と話をしたいなら、どうぞ。恋人でも友達でもなく、『附子山』でもなく、
『地雷で解釈違いな赤の他人』として、いつか、どこかで。また会いましょう」

11/12/2023, 1:10:04 PM

「『次回のお題が何であれ、次のハナシはこんな展開にします』って、決めて今回のハナシ書くのは、まぁまぁ、スリルあるわな」
某所在住物書きは某国民的探偵アニメの、某昔々のスリルでショックで云々なオープニングを久々に聞きながら、下手をすれば明日「スリル」どころでは済まないような物語を、コツコツ、組んでいる。
題目によっては、大コケし得る。場合によっては初めての奥の手、「お題無視」をきる必要性に迫られる。
それはいわば、ギャンブルに近い采配であった。
この物書きの、今まで通してきた執筆スタイルが、つまり3月1日の初投稿から続く、連載風だったから。

「爆死しませんように、しませんように……」
物書きは今日の投稿分を書き終え、天井を見上げた。ソシャゲのガチャの爆死は得意分野だが、このアプリではどうだろう。

――――――

先輩のアパートで、生活費節約術なシェアランチを一緒に食べてたら、
ポツリ、先輩が珍しく、自分のことを話してくれた。
「『藤森』は、私の父方の実家の姓なんだ」

藤森。藤森 礼(ふじもり あき)。
先輩の今の名前。
8年前までの先輩は、附子山 礼(ぶしやま れい)。
名前は「礼」の読み仮名を、「れい」から「あき」に変更しただけ、
名字は説明がすごく長くなるけど、法律に則した、公的に認められてる手続きを踏んだ。
7月19日だったか20日だったか、先輩は一度、私に先輩の「名前」のからくりを、教えてくれたことがあった。

先輩には8年前、加元っていう初恋相手がいた。
加元は自分から先に先輩に惚れたくせに、いざ先輩が惚れ返した途端、解釈押し付け厨の本性を出した。
鍵もかけてないSNSの別垢で、「コレ解釈違い」、「ソレ地雷」って、先輩をディスり倒して、
先輩はそれがつらくて、悲しくて、心がすごく傷ついたけど、加元を傷つけ返したくはなくて。
だから、名前も、住所も、仕事もスマホも全部変えて、加元の前から姿を消して、この区に来た。
加元に何も言わず。何も伝えず。
先輩には、そんな昔話があった。

「改姓改名のことは、勿論両親に話した。何日も、何日も説明して、相談して。
父は私のUターン含めて他の道も探してくれて、母はなんだかんだで最初から私を許してくれていた。『まるでスパイ映画みたい』と私を茶化して。
『藤森 礼』になって最初の1ヶ月はスリルそのものだったよ。なにより私自身が、自分の『名前』に慣れていなくて、何度も『旧姓旧名』を名乗りそうになったから。
……けれど、お前も知ってのとおり、8年前『何も』伝えなかったせいで、加元さんが今年の夏職場に何度も押し掛けたり、色々、お前にも職場にも、酷い迷惑をかけてしまったワケだ」

「なんでその話を私に?」
「何故だろう。私もよく、分からない」
「明日その、8年前先輩の心をズッタズタにした人と会うから?会って、全部話しても、もし先輩を諦めなかったら、加元さん道連れにして故郷の雪国に帰るつもりだから?」
「そうだな。……そうかもしれない」

安心しろ。お前にも職場にも今後一切危害を加えないように、加元さんにはしっかり釘をさすから。
先輩はそう付け足して、私を安心させるための、ちょっと形式的な笑顔を見せた。
「じゃあ明日、加元さんが無事先輩のこと諦めてくれたら、お祝いになんか奢って」
私はそんな形式的を、知らんぷり。
先輩がよそってくれたランチを、激安手羽元がゴロッと入ったオニオンコンソメスープを受け取って、
ぱくり、まず手羽元の1個にかぶりついた。

11/12/2023, 2:20:15 AM

「ススキお題にしてハナシ書いた日に、北海道だの北日本だので降雪だとさ」
11月だもんな。寒くもなるよな。某所在住物書きは題目配信の通知画面を見ながら、テレビ画面から流れるニュースの音声を、それとなく、聞くでもなく。

「そういや『飛べない』っつーより、『飛ばない』翼かもだが、ネットの某質問箱で『北海道にペンギンいますか』ってのを見つけたわ」
まぁ、水族館にはいるだろうな。野生に関してはアレだけど。物書きはポツリ呟いた。
「他に飛べない翼っつったらダチョウにヤンバルクイナに?機械部品のファンとかフィンとか言うのは『翼』やら『羽』やらって訳して良いの?」

――――――

職場の先輩のアパートで、シェアランチの準備を丁度してたところで、
先輩のスマホがピロン、DM到着の通知をして、
画面見た先輩が緊張したように、何か決心したように、固く、小さく、唇の片端を吊り上げた。
「お前が言い出しっぺのイベント、場所と日時が決まったぞ」

「『私言い出しっぺのイベント』?」
物価高騰やら実質賃金低下やら、色々お金がかかる昨今、「どうせ1人分作るのも2人分作るのも一緒だから」の節約術は、すごく助かってる。
私が5:5想定で半額分の食材と現金差し出して、
先輩が残り半分の食材と電気代と等々使って、コスパよく料理を作ってくれる。
今日のシェアランチは、半額オニオンレタスと手羽元を使った、オートミール入りのコンソメスープ。
ちょい足しに、黒胡椒入れるって言ってた。

「明日の夜。このホテルの中のレストランだ」
先輩が、届いたDMの画面を私に見せてくれた。
「失敗したら、おそらく今日か明日が、私とお前の『節約食堂』最後の営業日になる」
表示されてたホテルは、隣の隣の、そのまた隣の隣あたりの区の、朝食ビュッフェがすごく美味って口コミの所だった。

「けっこう、おたかい、ホテルのようですが」
「私の前職だ。といっても、居たのはせいぜい1年半程度、担当も客目につかない雑用だったが」
「ファッ?!」
「ここで、加元さんに会った」

加元。かもと。
8年前、先輩に惚れて、先輩の初恋を奪って、先輩が惚れ返したら「解釈違い」だの「地雷」だのイチャモンつけてこき下ろして、先輩の心を壊したひと。
先輩はこのひとを傷つけ返したくなくて、なんにも言わずに縁切って、自分から遠くへ飛んで逃げた。
そしたら図々しく先輩を追ってきて、「もう一度話をさせて」、「ヨリを戻して」って粘着してきた。
先輩の現住所特定のために、後輩の私に探偵までくっつけてきた。

地雷で解釈違いなら、先輩のこと、放っといて遠くで自由に飛ばせてあげれば良いのに。
先輩が何も言わないのを良いことに、先輩が優しくて、お人好しなのを良いことに、
加元は先輩を、8年間、ずっとぐるぐる巻きに縛りつけてる。
飛べない翼にしちゃって、どこにも行けなくしてる。

で、私は先輩に言ったわけだ。
「先輩自身のためにも、加元さんに自分の気持ちをハッキリ言って」って。
……そしたらそこそこリッチなリッチホテルのレストランで先輩が因縁の相手と別れ話の最終決戦することになったでござる。
どうしてこうなった(私が言い出しっぺです)

「明日、加元さんに、ここで会ってくる。
会ってハッキリ、8年前傷ついたことと、もうヨリを戻す気も無いことを、伝えてくる」

「私も行く」
シェアランチの手伝いをしながら、つまりコトコト弱火のコンソメスープをぐるぐるかき混ぜながら、
私はイベントの元凶として、先輩に言った。
「来ても面白くないぞ。気分が悪くなるだけだ」
先輩が答えた。多分、事実だと思った。
恋愛トラブルの終点、決戦場にエントリーして、きっと大乱闘するわけだから。

「先輩のこと焚きつけたの、私だもん。私も行く」
でも、なんとなく、私もその大乱闘に立ち会って、結果を見届けなきゃいけないような気がした。
断じておいしいビュッフェ食べたいからじゃない。
「もの好きだな……」
先輩はそんな私を見て、深い深いため息を吐いた。

11/11/2023, 1:43:49 AM

「ススキ、……すすき……?」
そういやススキの見頃って、もう終わったの、ピークなの。某所在住物書きは、題目の通知画面を見てハッとした。身近な植物だが、それゆえに詳細を知らぬ。
盲点であった。青天の霹靂であった。
ひとまずルーチンワークとして、「ススキ」をネット検索してみるに、ススキはイネ科の植物だという。
世にはススキに似たオギとアシがあるらしい。

「ススキと、オギと、アシ……?」
画像検索してみるも、どれがどれだか分からぬ。
「ススキに似た別の植物」のネタは、自分で説明できないから、やめておこう。
物書きはそっと検索結果を閉じた。

――――――

最近最近の都内某所、某稲荷神社お庭の一角は、稲の仲間のススキがこんもり。ちょっとした大所帯です。
見頃はピークか、少し過ぎた頃。ふわふわ、稲穂のように風に揺れる揺れる。
敷地内の一軒家には、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐が、たまにこの小さく大きなススキ野原に潜り、コンコン、走り回るのです。

何度も踏み倒したススキは、小さな獣道になります。
何度も踏み倒したススキは小さな部屋にもなります。
コンコン子狐、ススキ野原の奥の奥に、ススキを倒して部屋を作って、今年も秘密基地を開設しました。

ひとりじめしても楽しいけれど、仲間を呼んだほうがもっと楽しい。
コンコン子狐、雑貨屋さんの猫又子猫と、和菓子屋さんの化け子狸を誘って、ふわふわごろ寝座布団とぬっくぬく毛布を持ち込み、あったかいお茶を飲みながら極秘会談ごっこを始めました。

「春にお店畳んで福島に行っちゃった、大化け猫の駄菓子屋のおばあちゃん、いるでしょ?」
にゃーにゃーにゃー。猫又子猫が雑貨屋の、新商品の蓄熱クッションをふみふみしながら、言いました。
「お手紙貰ったんだけどね、嬉しいことがあったって。『学校時代に駄菓子屋で食べた、ランチクレープの味を今でも思い出します』って、昔の常連さんがわざわざお礼のお手紙書いてくれたらしいの」

「先月だ」
コンコン子狐、子狸が練習で作ったという練り切りを、お茶と一緒に楽しみながら頷きました。
「10月13日だ。どうなったの?」
子狐は子猫の話の背景を知っていました。だって先月の過去作が、そういうおはなしだったから。
子猫の言う「わざわざお手紙書いてくれた」という「大化け猫の昔の常連さん」の、お手紙を大化け猫に届けたのが、子狐のお母さんだったのです。

話に全然ついて行けないのが、せっせとお茶のおかわり用のお湯を沸かすポンポコ子狸。
駄菓子屋さんがお店畳んだのは、知ってるけどなぁ。

「おばあちゃん、嬉しくて嬉しくて、ランチクレープのレシピ、お返事のお手紙で教えてあげたって」
「それで?」
「そしたらまたお礼のお手紙が来て、職場の先輩と隣部署の主任さんと一緒にクレープ食べてる写真、コンビニでプリントして数枚入れてくれたって」

「トナリブショノセンパイ?」
「隣部署の『主任さん』」
「知らない」
「大丈夫。わたしも言葉しか知らない」
「キツネ、言葉も知らない」

「……人間と、化け猫の、文通だって」
子狸が淹れたほうじ茶2杯目を受け取って、猫又子猫、ほっこりため息吐きながら、呟きます。
「人間、おばあちゃんが化け猫だって知ったら、どうするのかしら」

「べつに、どうにも、ならないんじゃない?」
だってキツネも、修行で人間のおとくいさんに、お餅売りに行ってるもん。コンコン子狐平然と、なんの疑問も無く答えました。
多分それは「稲荷神社の子狐」だからで、他の猫とか狸とかは、少し対応変わってくるんじゃないかな。
ポンポコ子狸は茶がらを捨てて、新しい茶っ葉を急須に淹れながら、ポンポン、胸中で思います。

さらさらさら、サラサラサラ。
子猫と子狐と子狸の密会を、ススキ野原のススキはただ見守り、聞き流し、
こっそり綿毛を吹いて、子猫と子狐と子狸の毛にくっつけ、イタズラをしておるのでした。
おしまい、おしまい。

11/10/2023, 4:06:56 AM

「『脳裏』は比較的ハナシに埋め込みやすい単語だと思う。ひとまず登場人物に何か考え事させりゃ良いだけだからな」
俺が時々ハナシ書くの苦手に感じる理由、自分自身がそういうネタさして好きくないにもかかわらず、自分でその、さして好きくもない「ちょっと説教っぽい作風」のハナシを書いちまってる説。
某所在住物書きは己の脳裏にひらめいた仮説に少し同意して、ゆえに途方に暮れ天井を見上げた。
自分が自分のさして好まぬ物語を書いてしまうのは、どうしろというのだ。

「豆知識ネタは、好きだけどさ。ちょっと過ぎれば問題提起ネタやら、説教ネタやらになっちまう……」
作風、難しいわな。物書きは大きなため息を吐いた。

――――――

私の職場に、「解釈」、特に「解釈違い」って言葉がトラウマな先輩がいる。
原因は、先輩の初恋のひと。
酷い解釈押し付け厨で、自分が最初に先輩のこと好きになったくせに、いざ先輩が初恋さんに惚れると、
「地雷」、「解釈違い」、「おかしい」って、呟きックスのサブ垢か裏垢か知らないけど、鍵もかけずにディスり散らして、
それが、先輩の目に止まっちゃった。

先輩の初恋さんは、名前を、加元さんと言うらしい。
散々先輩をディスったくせに、まだヨリを戻せると思ってるみたいで、先々月私達の職場に突撃訪問してきた。
「話がしたい」って。
「自分はその人の恋人だ」って。
加元さんはまず恋人の意味を検索すべきだと思う。

「最近は昔ほど、酷いアレルギー反応は、出なくなってきたがな」
昼休憩、「朝ちょっと揺れたね」ってオープニングトークを、ちらほら、あちこちで聞きながら、休憩室のテーブルでお弁当広げて、コーヒー置いて。
なにやらシンプルなデザインの便箋を、何度も何度も視線で読み返す先輩と一緒にランチ中。
「時間の経過か、お前がたまに解釈解釈言って、耳が加元さんじゃなくお前で慣れてしまったか」
何はともあれ、アナフィラキシーを起こさなくて良かった。
先輩は呟いて、スープジャーの中を突っつきながら、また便箋を目でなぞった。

「なに見てるの」
「お前が私によこした仕事を」
「私何も投げてない」
「お前だろう。今週の月曜日、11月6日、『自分自身のために、加元さんの投稿で自分が傷ついたことを、自分の気持ちをハッキリ伝えろ』」

「まさかカンペ?……先輩がカンペ?!」
「断じて乾パンでもハンペンでもないぞ」
「ごめんネタ分かんない」

ずいっ。
身を乗り出して、先輩の便箋の文章を見る。
便箋には真面目で几帳面な先輩らしく、加元さんの何の行為で心が傷ついたか、今自分が加元さんをどう思ってるか、今後どういう関係でありたいか、
淡々と、平坦に、事実だけ、加元さんを必要以上傷つけないような言葉の選び方で、まとめられてた。

仕事中はスラスラ言葉が出てくる先輩が、ただの恋愛トラブルの喧嘩でカンペを作る。
私にはそれが、すごく不思議だったけど、
同時に、ふと、脳裏にそれっぽい理由がよぎった。
きっと、本来の先輩は「カンペ作る方」なんだ。
仕事中の、「スラスラ言葉が出てくる方」は、学生が何度も何度も膨大な量の数学の問題解いて、解法を覚えちゃったようなもので、
本当はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ話をするのが得意じゃないか、
あるいは量産的な言葉を機械的に素早く出す会話より、相手をしっかり見て、オーダーメイドな言葉を渡すのが、好きなんだ。

「……。
いや多分違う。なんか違う。いや違わない?」
「は?」
「私が私の中で先輩の解釈論争」
「……、……は?」

私の後輩は今一体何を悶絶しているんだ。
先輩の目は点で、スープジャーを突っつく手も止まってて、口がちょっと開いてる。
先輩実は話をするより話を聞く方が好き説、
本当は大量生産より一点物の会話をするタイプ説、
トラウマな初恋相手との会話が緊張するだけ説、
等々、等々。
私の脳裏は某動画のコメント字幕みたいに、右から左に解釈が流れて流れて、
その私の目の前で、先輩が意識の有無の確認みたいに、右の手のひらをヒラヒラ振ってた。

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