かたいなか

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昨日の間に今回の配信分を書き、9割完成させていた某所在住物書きは、祈る心地で19時を待った。
その日配信の題目を、物語最後に書き加えるためだ。
作業は龍の目に瞳を描き入れるようで、祈りはガチャのSSR確定演出ですり抜けに怯える心地。
どうか、無機質なエモネタだけは、来ませんように。

「来た……」
バイブが19時の到来と、今日のお題の到着を告げる。物書きが引いたSSRは――

――――――

最近最近の都内某所、某ホテルの夜景映えるレストラン、平日の夜。
自称人間嫌いの捻くれ者、藤森と、その職場の後輩が、3人用の予約席に隣り合って座っている。
約束の時刻まで、残り数分。彼等は未だ顔見せぬ「もうひとり」、加元を、理由あって待っている。

8年前、恋人同士であった藤森と加元は、
加元が藤森の気に食わぬ部分を、「地雷」、「解釈違い」とSNSで呟き倒し、
藤森が、鍵かけぬ別垢裏垢のその剥き出しを発見。
何も言わず、伝えず、ただ失踪して今まで逃げ続け、
今年の7月19日頃まで、片や隠れて片や探した。

過去散々こき下ろした藤森を、それでも執着強く見つけ出して、「もう一度話をさせて」と迫った加元。
藤森は今度こそ、2人の縁を断ち切る覚悟であった。
同席の後輩は加元の暴挙に巻き込まれた被害者。
藤森の現住所を特定するため、加元が雇った探偵に数日つきまとわれたのだ。

「緊張してる?」
藤森の後輩が隣の席から、藤森の左手に己の右手を重ね置いた。僅かに、震えている。
「分からない」
返答は平坦で、抑揚に乏しい。
だた酷く乾く舌と唇を湿らせようと、手を伸ばし、

「附子山さん!」
グラスに触れる直前、聞こえた声に背筋を凍らせた。
加元だ。「附子山」とは藤森の旧姓。加元と付き合っていた頃の名である。
「やっと会えた。突然居なくなって、心配したんだよ。会いたくて、ずっと探してた」
中性的な、低い女声にも、高い男声にも聞こえるそれは、ぬるりぬるり、藤森の心に潜り込もうとする。

私も今日、あなたに話したいことがあって。
事前に用意していたカンペを、藤森はポケットから取り出そうとするものの、ストレスの過負荷により指が言うことを聞かず、うまく紙が掴めない。
「……あの、」
トンと跳ねたのは、心臓か、声か。舌先から一気に血流の引いた藤森に、加元が、何食わぬ顔で尋ねた。

「ところで隣のひと、だれ?」

途端、藤森は理解した。
加元は、後輩のプライバシーに実害を与えておきながら、謝罪もせず、シラを切るつもりなのだ。
全部自分の知らぬこととして、埋め隠す算段なのだ。
そうか。あなたは、そうだったんだ。
藤森の震えは、ここに至って、完全に止まった。

「誰ってあんた、あんたでしょ!私に」
私に探偵ぶつけて、先輩の住所特定しようとしたの!
客多い店内でブチギレ直前の後輩を、
サッ、と左手を出し、藤森が制した。

「あなたの、8年前の投稿を見た」
加元をまっすぐ見据え、藤森が静かに声を張った。
「個人の感想なのは分かる。でも、『実は優しいとか解釈違い』、『雨好き花好きは地雷』、『あたまおかしい』、……そういうことを、公開アカウントで言う人だと、8年前気付いて傷ついた。
私だけならいざ知らず、あなたは、部外者である筈の私の後輩にまで危害を加えた」
チラリ、一度だけ横を見遣る。
視線合った後輩は、苛立ちの炎を燃やし続けていたものの、瞳が確かな力強さで、藤森に訴えている。
言ってやれ。8年前言えなかった全部を、自分の本当の気持ちをぶちまけてやれ!

「あなたと、ヨリを戻す気は無い。私にとって、あなたはもう『平然と他者を害する人』でしかない。
それでも私と話をしたいなら、どうぞ。恋人でも友達でもなく、『附子山』でもなく、
『地雷で解釈違いな赤の他人』として、いつか、どこかで。また会いましょう」

11/13/2023, 10:19:13 AM