「少し違うが、『積み重ねた努力は裏切らない』に対して、『縦に積み重ねるな。平面に並べろ』っつった人なら知ってるわ」
今日も今日とて難題続き。なんなら自分は実は執筆自体が苦手じゃないか。連日の超苦戦に対し、某所在住物書きは己の得意不得意を疑い始めた。
実は俺、そもそも他人からのお題でハナシ書くの、バチクソ苦手?
「一点突破で努力を積むと、その一点が崩れたら全部やり直しだけど、意味ある努力も意味ない努力も等しくズラッと並べておけば、崩れる心配ないし、いつか『意味ない努力』が役立つ日が来るかも、だったか」
懐かしいな。あの先生、今何してるだろう。
物書きは自室の窓から、空を見上げため息をつく。
――――――
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、お餅を作って売って絶賛修行中。
子狐のお餅は不思議なお餅。狐のおまじないをたっぷり振った、神社のご利益豊かなお餅。ひとくち食べれば心の中の、痛いのも苦しいのもペッタリ絡め取って、たちまちちょっぴり、癒やしてくれます。
今日も今日とてコンコン子狐、葛のツルで編んだカゴに、つきたてホッカホカのお餅をどっさり詰めて、リンドウの明かりをよいしょと担ぎ、
たった1人のお得意様の、アパートの某階某室へ、しっかり人間に化けて行きます。
インターホンを、ピンポンピンポン。
コンコン子狐、お得意様の部屋の前で、元気な声で言いました。
「おとくいさん、こんばんは!」
「すまない。今、手が離せない」
お得意様は、名前を藤森といいました。
「代金なら、そこのテーブルの上だ。いつものやつを、いつもの個数欲しい」
代金と一緒に、昨日私の実家から届いた食用菊で、いなり寿司と天ぷらを作って置いてある。
食いたければ食って構わないし、気に入ったらくれてやる。持っていけ。
藤森は子狐にそう言って、珍しく、椅子に座りテーブルに向かって、なにやら書き物をしておりました。
なんだなんだ。お得意様、なにかお絵描き中かしら。
子狐コンコン、据え膳食わぬは狐の恥、美しい菊の天ぷらをサクサク、かわいらしい菊ごはん入りのおいなりさんをチャムチャム。
キレイにペロリンたいらげて、お得意様の作業を、見物しに行きました。
「おとくいさんも、ととさんみたいに、かかさんに反省文書かされてるの?」
「反省文ではない。来週か再来週、あるいは3週間後あたりのための、喧嘩のカンペだ」
「乾パン?」
「カンペ」
「はんぺん!」
「……意味がないことだと、思うだろう」
はんぺんの匂いを探してスンスンスン、息を吸う子狐に、小さなため息ひとつ吐いた藤森が言いました。
「仕事なら、こんな準備、要らないんだ。言葉は簡単に組めるから。なのにこういうケースに限って、どうにもうまく話せない」
テーブルの上のシンプルな便箋を、つまみ上げて、文字を視線でなぞって、またため息。
「何年も昔、好きだったひとが居たんだ。そのひとの言葉で、私はすごく傷ついてしまったんだけれど、『傷ついた』とも何とも言わず、逃げてしまって。そしたらその人が今になって私に会いに来た。
今書いているのは、そのひとに向けた、8年越しの絶交申請。言いたいことのメモなんだ」
ゼッコーシンセーって、なんだ。
子狐コンコン、子供なのでちんぷんかんぷん。
けれど子狐、不思議な不思議な狐のチカラで、実はよくよく知っていました。
可能性としての数日後、お得意様は職場の後輩と一緒に、「因縁の相手」と対峙して、
何か言おうとするけれど、そのとき指が震えてしまって「言いたいことのメモ」をポケットから出せず、アドリブで言うことになる、かもしれないのです。
つまり、事実として、お得意様のこの作業は「意味がないこと」になる、かもしれないのです。
すべては確率、可変の未来。お題次第でどうとでも。
「ケンカ、勝てればいいね」
コンコン子狐、ひとまずコンコン言いまして、お得意様に真っ白なお餅を差し出しました。
「必勝祈願おもち、ぜーこみ200円です」
「……栗の木の童謡しか思い浮かばねぇ」
大きな栗の木の下?栗拾いのハナシでも書くか?某所在住物書きは、今日も今日とて、難題に挑む受験生の心地でスマホと向き合っている。
あなたとわたし、出題者と回答者。せめてそろそろ難易度を下げた出題を、一度だけでも、可能なら二度三度、続けてほしいところ。
「まぁ頭のトレーニングにはバチクソ丁度良いけど」
つまり、物語には「あなた」と「わたし」の2名以上が必要というワケだ。物書きはガリガリ頭をかきながら、基本設定を詰めていく。
「……いや『多重人格』だったら1人で事足りる?」
物書きはふと、変わり種だの、からめ手だのを思いつき、しかしその書きづらさに結局挫折した。
――――――
食費節約等々でお世話になってる職場の先輩のアパートに、先輩の実家から、小さな小さな小包いっぱいに詰まった花が送られてきた。
「いわゆる、昔々からの、エディブルフラワーだ」
小包に鼻を近づけて、花の香りをかぐ先輩は、すごくおだやかで、優しい顔をしてた。
「お前も食ってみるか?私の故郷の、秋の味覚?」
ネット情報では、アンチエイジング効果も期待できるらしいぞ。
先輩はニヤリ笑って、私に小包を手渡した。
「何の花?タンポポ?」
「惜しい。菊だ」
「きく?!」
「カモミールの親戚。同じキク科だ。世間がサラダにスミレを入れたり、食えるバラをケーキに飾ったりする前から、私達はコレを食ってきた」
「菊って、食べられるんだ……」
「昔は珍しがられたものさ。『日本に花を食べる種族がいる』と」
「なんか、妖精かエルフか、バンパイアみたい」
「……いやバンパイアに花を食う伝承は無かったと記憶しているが?」
小包を受け取って、中を見る。
黄色、赤紫、白っぽいピンク。3種類くらいの菊の花が、パッと、箱の中に咲いてる。
匂いはすごく、説明しづらい。薬草ってカンジの、甘くない、少しだけ鼻の奥をさす和風が、まっすぐ入ってくる。
「どうやって食べるの?砂糖漬け?」
私が食べ方を聞いたら、
「実家ではよく、少し酢を入れて、細かく刻んだ刻み昆布やら、めかぶやらを入れて、和え物にしていた。他にもおひたしにして、醤油をつけたりとか」
昔は独特な味が苦手だったんだがな、
って前置いて、先輩が説明してくれた。
「天ぷらにして食う家もあるらしい。私は食ったことがない」
「おいしい?」
「味が特徴的だから、難しい。ただ冷蔵庫に丁度めかぶが2パック入っている」
「作って。食べたい。きっとお酒に合う」
お前は毎度毎度、酒とつまみ、だな。
別にあきれてるワケじゃなさそうな、大きなため息ひとつ吐いて、先輩はキッチンに消えてった。
「酒を飲むつもりなら、飲みたい分だけ買ってこい。あと一応明日はリモートワークの申請出しておけよ」
これから菊を食べるんだ、っていう謎の緊張に口が固くなる私と、
なんでもない、ただ単純に菊の花を、秋のサンマかキノコと同じような感覚で調理してるだろう先輩。
あなたと、わたし。
何年も一緒に仕事してきた筈なのに、今でも、新しい発見がある。
「『花を食べる種族』か……」
先輩の菊の天ぷら食べたら、私もその、エルフだかバンパイアだかになれるのかな。
せっかくだから天ぷら粉買ってきて、先輩に菊料理のフルコースを作ってもらおうかと思ったけど、
よくよく考えてみたら、花なんて最近、それこそ先輩が言ってた「エディブルフラワー」として、
スミレでもバラでも、食べる機会は結構あった。
「ねぇ先輩、私もエルフかバンパイアかな?」
お酒とおつまみと、天ぷら粉を買い物メモに登録しながら、キッチンに居る先輩に話しかけたら、
「は??」
先輩は別に、顔を見せるでもなく、素っ頓狂な声を私に投げた。
「ああ、うん、降ってるらしいな。『柔らかい』どころか強風暴風気味な荒れ模様の雨が。どこぞで」
なお、このアカウントで連載風の舞台にしている東京は夏日の曇天あるいは強風です。
某所在住物書きはアプリの通知画面を見ながら、今日も今日とて途方に暮れている。
まさしく、これである。リアルタイムネタ、現代時間軸の連載風、「最近のフェイクな東京」を描くにあたり、時に題目と「現在」がズレる場合がある。
たとえば「雨」のお題の日に東京は快晴、とか。
「まぁ、しゃーねぇわ。このアプリ、雨ネタと空ネタが結構エンカウント率高いから……」
だって「雨」の字が確実に入ってるってだけでも、これで6回目の雨なお題だぜ。物書きは小さく首を振り、観念したように物語を組む。
――――――
最近最近の都内某所、木と草と花が静かに冬を待つ自然公園、雨天。
季節に合わず、秋の肌寒さなど、どこ吹く風。
湿気と暖気をはらんで温かく、柔らかい雨の降るベンチチェアに、
遠くの花を景色を鳥を眺めて、自称人間嫌いの捻くれ者が、傘をさし座っている。
名前を藤森という。
膝の上には、何故かご機嫌子狐が一匹。
首に「エキノコックス・狂犬病対策済」の木札をさげ、毛づくろいのつもりであろう、藤森の本来であれば季節外れに違いないサマーコートを、くしくし、ぺろぺろ。舐めるなり甘噛みするなり。
時折鼻を押し付け匂いをかいでは、くしゅん、小さなくしゃみなどしている。
「相変わらず雨が好きだな」
その藤森に、背後から声をかけた者がある。
藤森の親友で、職場の隣部署同士。宇曽野という。
「『あのひと』は私が雨を好むのを嫌った」
振り返るでもなく、藤森が応じた。
「あのひとにとって私は人間嫌いで、優しさどころか感情の欠片も無くて、仕事以外に興味が無くて……」
それから、何だったかな。ため息ひとつ吐く藤森を、子狐が膝の上から見上げ、目を合わせようとして首を動かし、結局失敗して頭を尻尾の枕に下ろしている。
「あのひと」とは、藤森の8年前の初恋相手であり、名前を加元といった。
元カレ・元カノの、かもと。ネーミングの安直さはご容赦願いたい。
雪国出身の上京組、東京と田舎の違いに揉まれて擦れて捻くれていた、無機質な頃の藤森に惚れて、
都会に慣れて心を開いた藤森が加元に惚れ返したところ、SNSの鍵無し別アカウントで、「地雷」、「解釈違い」の批判まつり。無論バレぬ筈がない。
藤森は区を越え職を変え、合法的手段で名字を「藤森」に改めて、加元の前から姿を消した。
何も言わず、何も伝えず、さよならも告げず。
「そしたら後輩から、『先輩自身のためにもハッキリ言ったら』と言われた。『ちゃんと、もう愛していないと言え』と」
「まぁ、ひとつの手だな」
「私自身のため、と言われたんだ。……考えたこともなかった。ただ衝突を避けて、逃げ続けていたから」
「それが『お前』だ。自分より相手が大事で、無感情どころか優しさの塊で、仕事より花と雨が好きで」
「どうだか。……いずれにせよ、私はつまり、『解釈違い』だったんだ」
バタリ。
木から雨粒が傘に落ち、比較的大きな音をたてて、
驚いた子狐が目を見開き、耳をピンと立てて、やがて藤森に庇護を求めた。
「一度だけ、逃げるのをやめてみようと思う」
さらさらさら。季節外れの温かい雨は、止まず絶えず降り続けている。
「自分のために。正面向いて。前に進んでみようと」
一度だけだ。
失敗したら今度こそ、逃げに徹する。
決心の視線と抑揚で呟く藤森の肩を、宇曽野が強く、優しく叩き、
柔雨はそれらをただ、温かく包み濡らした。
場違いな子狐は誰に見せるでもなく、藤森の膝の上で小さな横長看板を支え持ち、それには
【近日!7月17〜18日頃からチマチマ続いてきた「藤森」と加元の恋愛トラブルが、ついに決着!?
※スワイプがバチクソ面倒なので過去作参照はオススメしません】
と書かれていた。
「そろそろ、書きやすいネタが、欲しい!」
次の題目配信まで、残り約10分。とうとう遅出しの新記録を樹立してしまったと、某所在住物書きは懸命に指を動かし続けた。
ブルートゥース接続のキーボードを所持していたのは、物書きには幸運であった。
昔々の人間である、スマホ画面のフリックよりキーボードのブラインドタッチの方が早い物書きが、
現代の若者同様にスマホで文章を素早く的確に打てるものか。
打てないのだ。しゃーない。
「若い子、バチクソにフリック入力早いやつ居るじゃん。憧れはするが、多分俺には無理よな……」
キーを叩いて、叩いて、叩いて、変換してエンター。ようやく書き終えた文章はサッパリ納得のいかない仕上がり。
「まぁ、なんなら後で書き直せるし」
物書きは投稿後のサイレント編集、サイレント再投稿に一筋の光を……
――――――
曇り空の都内某所、某稲荷神社。
不思議な餅売り子狐が、昼寝をしようと外に出て、
くるくるまわり、尻尾を枕にあごを乗せ、
ふわわ。大きく口を開けあくびを、
「あのね」
している最中、見慣れたふたりが神社に参拝に来たのを感知した。
「やっぱり、先輩自身のためにも、加元さんにハッキリ伝えるべきだと思うの」
話をしているのは、たしか子狐の餅売り商売のお得意様の、お連れ様。
「コーハイ」、後輩なる身分である。
なんだなんだ。なんのおはなしだ。
子狐コンコン、眠い目を開け、寝たい耳を上げて、人間ふたりの問答を聞いた。
どうやら、おみくじ売り場でおみくじを買っている最中のようである。
「『加元さんに』、『ハッキリ伝える』?」
よく知る声、藤森という名前であるところの、子狐のお得意様の声が届いた。
「私が故郷に帰ることを?『追いかけてくるほど私が欲しいなら、ここまで来てみろ』と?」
子狐は「加元」なる単語を知らなかったが、すなわち、こういうことであった。
加元は藤森の初恋相手。
なんやかんや諸事情で、加元が藤森の恋を傷つけ、心を壊したのだが、
藤森が加元から行方をくらまして逃げ続けて8年、最近になって突然、加元が「勝手に逃げるな」と「もう一度話をしよう」と、何度も何度も、出禁勧告を出されるほど、
職場を突き止め、何度も。押し掛けてきたのだ。
と、いう背景など、勿論子狐は知らない。
何か難しい、人間同士の縄張り争いであろうと、ひとり勝手に推測して、小首を傾けるのであった。
相変わらず人間の世は難しいなぁ。
「先輩の今の気持ちを、加元さんに伝えるの」
「『これ以上迷惑をかけるな』と?加元さんが素直に聞くとでも?」
「違う違う。先輩の、『今』の気持を、伝えるの。ぶっちゃけ加元さんのこと、愛してないでしょ?」
「……つまり?」
「粘着してくる人って、『向こうも自分をまだ愛してる』って、勘違いしてるパターンが多いらしいの」
後輩がまた、藤森に物申した。
抑揚は確信的で、自信にあふれ、なにより藤森を第一に思いやる力強さであった。
「先輩、誰も傷つけたくなくて、何にも話さず別れたんじゃない?
怖いかもしれないけど、言っちゃえばいいよ。『あなたのSNSの投稿で心が傷つきました』って。『もう、あなたのこと愛してません』って」
言ってみなよ。
きっと、少しは心が軽くなるよ。
後輩は付け足して、それから黙った。
「『傷つきました』、……『愛していません』」
後輩の言葉を繰り返す藤森の声は、加元へのトラウマがチクリ心を刺しつつも、
しかし、何か、一筋の光を見出した様子。
「たしかに、」
ところでお得意様、今日はお賽銭、いくら入れてくれるんだろう。
子狐は段々、ふたりの難解な会話から興味を失って、再度、ふわわ、大きなあくび。
「ただ当たり障りなく、誰にも角を立てたくなくて、加元さんが自分自身を責めないように、……私が、悪いのだと思うように」
何も話さず、ただ逃げ続けてきたのは、確かだ。
藤森が小さく頷くのも、そうだなと納得し呟くのも構わず、目を閉じて眠りに落ちてしまった。
「哀愁を、『誘う』でも『漂わせる』でもなく、『そそる』って何だよって考えてたんだ」
次の題目配信まで、1時間未満。某所在住物書きは夜を窓の外に見ながら、大きなため息をひとつ吐いた。
要は、これなのだ。言葉の意味を考えて、そこからネタが出てこないか、書いて消して書いて。
そして時間が無くなる。
「サボってたワケじゃねぇよ。断じて」
昼寝してたでもねぇし、ソシャゲ周回が忙しかったでもねぇもん。
再度、ため息。窓の外の薄闇は、おそらく哀愁を、そそるなり誘うなり、していることだろう。
――――――
職場の先輩のアパートでお昼ごはん一緒に食べてたら、その先輩のスマホに、ピロン、画像付きのメッセが届いた。
「さして、見て面白くもない物さ」
先輩はスマホを見て、画像を確認して、にっこり。
「色は緑のまま、別に並木でも、何でもない」
穏やかに笑って、そのまま、私に画面を見せるでもなく、それをしまった。
「私の故郷の、……隣の隣の、そのまた隣あたりの、大きな大きなイチョウの木さ」
私の両親が見に行ったらしくて、今日の撮り下ろしを寄越してきたんだ。
先輩はそう付け足して、私に、実家から送られてきたっていう白菜を使ったミルフィーユ鍋を、野菜多めでよそってくれた。
白菜おいしいです(物価高騰の救世主:先輩の実家)
「見せて」
「なにを?」
「先輩の故郷の、イチョウの木」
「私の故郷、ではない。故郷の隣の隣の、」
「見たい。見せて」
「全然黄色くなっていないぞ」
「いいの。気にしないの」
お前も随分と、物好きなやつだな。
あきれたような、観念したようなため息を大きく吐いて、スマホを取り出して、また小さため息して。
先輩は私に、先輩のスマホを差し出して、届いた画像を見せてくれた。
「わぁ……」
表示されてたのは、青い空、少し見下ろすくらいに深くくぼんだ土地、周囲を囲む紅葉してたり葉を落としたりの木々、
それから、真ん中にどっしりと生えてる、見たことないくらい大きな、青々したイチョウの木。
それからその下にひっそり建てられた、小さな小さな祠だった。
「イチョウギツネの祠、というらしい」
地面すれすれ、というかもう地面に付いちゃってるくらいに低い枝と、
その枝を屋根かヒサシみたいにしてる祠。
先輩が、そこに伝わってるって話をしてくれた。
「昔々、イタズラ好きな狐が妖術で穴を掘って、その黒い黒い穴の中から悪霊だの化け物だの何だの、色々呼び寄せて悪さをしていたそうだ。
あんまり悪さが過ぎるんで、近所の村人は困っていたんだが、ある日自分で呼び寄せた悪霊のせいで、狐の母さんが病気になってしまった。
そこでようやく狐は、自分の行動を悔いて、泣いて、反省して、自分の全部のチカラを使って大きな大きなイチョウになり、化け物湧き出す大穴を、自分で塞いで封じたんだとさ。
11月になるとイチョウが狐の黄色になるのは、化けた狐が寒さで驚いて、変化が解けそうになるから、……と、昔話の中では、言われているな」
「なんか、ちょっとだけ、エモい」
自分のイタズラでお母さんが病気になっちゃった狐と、狐が化けたっていう大きなイチョウ。
ただの空想、フィクション、おとぎ話でしかないけど、その設定がなんだか、哀愁をそそる。
哀愁が漂ってるわけでも、その感情を誘われるでもなく、自然と湧き上がってくるから多分、「そそる」で合ってると思う。
「見頃はだいたい、例年2週間後あたりだ」
先輩が言った。
「とはいえ、来週あたり雪の可能性もあるから、ひょっとしたらそろそろ狐の尻尾ひとつ冬毛1本、出てくるかもな」
「えっ、」
「ん?」
「ゆき?」
「予報ではな」
「もう、ゆき?」
「一応、雪国だからな」
「ゆき……」