かたいなか

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「哀愁を、『誘う』でも『漂わせる』でもなく、『そそる』って何だよって考えてたんだ」
次の題目配信まで、1時間未満。某所在住物書きは夜を窓の外に見ながら、大きなため息をひとつ吐いた。
要は、これなのだ。言葉の意味を考えて、そこからネタが出てこないか、書いて消して書いて。
そして時間が無くなる。
「サボってたワケじゃねぇよ。断じて」

昼寝してたでもねぇし、ソシャゲ周回が忙しかったでもねぇもん。
再度、ため息。窓の外の薄闇は、おそらく哀愁を、そそるなり誘うなり、していることだろう。

――――――

職場の先輩のアパートでお昼ごはん一緒に食べてたら、その先輩のスマホに、ピロン、画像付きのメッセが届いた。

「さして、見て面白くもない物さ」
先輩はスマホを見て、画像を確認して、にっこり。
「色は緑のまま、別に並木でも、何でもない」
穏やかに笑って、そのまま、私に画面を見せるでもなく、それをしまった。
「私の故郷の、……隣の隣の、そのまた隣あたりの、大きな大きなイチョウの木さ」
私の両親が見に行ったらしくて、今日の撮り下ろしを寄越してきたんだ。
先輩はそう付け足して、私に、実家から送られてきたっていう白菜を使ったミルフィーユ鍋を、野菜多めでよそってくれた。
白菜おいしいです(物価高騰の救世主:先輩の実家)

「見せて」
「なにを?」
「先輩の故郷の、イチョウの木」
「私の故郷、ではない。故郷の隣の隣の、」
「見たい。見せて」

「全然黄色くなっていないぞ」
「いいの。気にしないの」

お前も随分と、物好きなやつだな。
あきれたような、観念したようなため息を大きく吐いて、スマホを取り出して、また小さため息して。
先輩は私に、先輩のスマホを差し出して、届いた画像を見せてくれた。

「わぁ……」

表示されてたのは、青い空、少し見下ろすくらいに深くくぼんだ土地、周囲を囲む紅葉してたり葉を落としたりの木々、
それから、真ん中にどっしりと生えてる、見たことないくらい大きな、青々したイチョウの木。
それからその下にひっそり建てられた、小さな小さな祠だった。

「イチョウギツネの祠、というらしい」
地面すれすれ、というかもう地面に付いちゃってるくらいに低い枝と、
その枝を屋根かヒサシみたいにしてる祠。
先輩が、そこに伝わってるって話をしてくれた。

「昔々、イタズラ好きな狐が妖術で穴を掘って、その黒い黒い穴の中から悪霊だの化け物だの何だの、色々呼び寄せて悪さをしていたそうだ。
あんまり悪さが過ぎるんで、近所の村人は困っていたんだが、ある日自分で呼び寄せた悪霊のせいで、狐の母さんが病気になってしまった。
そこでようやく狐は、自分の行動を悔いて、泣いて、反省して、自分の全部のチカラを使って大きな大きなイチョウになり、化け物湧き出す大穴を、自分で塞いで封じたんだとさ。
11月になるとイチョウが狐の黄色になるのは、化けた狐が寒さで驚いて、変化が解けそうになるから、……と、昔話の中では、言われているな」

「なんか、ちょっとだけ、エモい」
自分のイタズラでお母さんが病気になっちゃった狐と、狐が化けたっていう大きなイチョウ。
ただの空想、フィクション、おとぎ話でしかないけど、その設定がなんだか、哀愁をそそる。
哀愁が漂ってるわけでも、その感情を誘われるでもなく、自然と湧き上がってくるから多分、「そそる」で合ってると思う。

「見頃はだいたい、例年2週間後あたりだ」
先輩が言った。
「とはいえ、来週あたり雪の可能性もあるから、ひょっとしたらそろそろ狐の尻尾ひとつ冬毛1本、出てくるかもな」

「えっ、」
「ん?」
「ゆき?」
「予報ではな」
「もう、ゆき?」
「一応、雪国だからな」
「ゆき……」

11/5/2023, 9:18:19 AM