かたいなか

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「……栗の木の童謡しか思い浮かばねぇ」
大きな栗の木の下?栗拾いのハナシでも書くか?某所在住物書きは、今日も今日とて、難題に挑む受験生の心地でスマホと向き合っている。
あなたとわたし、出題者と回答者。せめてそろそろ難易度を下げた出題を、一度だけでも、可能なら二度三度、続けてほしいところ。
「まぁ頭のトレーニングにはバチクソ丁度良いけど」

つまり、物語には「あなた」と「わたし」の2名以上が必要というワケだ。物書きはガリガリ頭をかきながら、基本設定を詰めていく。
「……いや『多重人格』だったら1人で事足りる?」
物書きはふと、変わり種だの、からめ手だのを思いつき、しかしその書きづらさに結局挫折した。

――――――

食費節約等々でお世話になってる職場の先輩のアパートに、先輩の実家から、小さな小さな小包いっぱいに詰まった花が送られてきた。

「いわゆる、昔々からの、エディブルフラワーだ」
小包に鼻を近づけて、花の香りをかぐ先輩は、すごくおだやかで、優しい顔をしてた。
「お前も食ってみるか?私の故郷の、秋の味覚?」
ネット情報では、アンチエイジング効果も期待できるらしいぞ。
先輩はニヤリ笑って、私に小包を手渡した。

「何の花?タンポポ?」
「惜しい。菊だ」
「きく?!」
「カモミールの親戚。同じキク科だ。世間がサラダにスミレを入れたり、食えるバラをケーキに飾ったりする前から、私達はコレを食ってきた」
「菊って、食べられるんだ……」
「昔は珍しがられたものさ。『日本に花を食べる種族がいる』と」

「なんか、妖精かエルフか、バンパイアみたい」
「……いやバンパイアに花を食う伝承は無かったと記憶しているが?」

小包を受け取って、中を見る。
黄色、赤紫、白っぽいピンク。3種類くらいの菊の花が、パッと、箱の中に咲いてる。
匂いはすごく、説明しづらい。薬草ってカンジの、甘くない、少しだけ鼻の奥をさす和風が、まっすぐ入ってくる。
「どうやって食べるの?砂糖漬け?」
私が食べ方を聞いたら、
「実家ではよく、少し酢を入れて、細かく刻んだ刻み昆布やら、めかぶやらを入れて、和え物にしていた。他にもおひたしにして、醤油をつけたりとか」
昔は独特な味が苦手だったんだがな、
って前置いて、先輩が説明してくれた。
「天ぷらにして食う家もあるらしい。私は食ったことがない」

「おいしい?」
「味が特徴的だから、難しい。ただ冷蔵庫に丁度めかぶが2パック入っている」
「作って。食べたい。きっとお酒に合う」

お前は毎度毎度、酒とつまみ、だな。
別にあきれてるワケじゃなさそうな、大きなため息ひとつ吐いて、先輩はキッチンに消えてった。
「酒を飲むつもりなら、飲みたい分だけ買ってこい。あと一応明日はリモートワークの申請出しておけよ」

これから菊を食べるんだ、っていう謎の緊張に口が固くなる私と、
なんでもない、ただ単純に菊の花を、秋のサンマかキノコと同じような感覚で調理してるだろう先輩。
あなたと、わたし。
何年も一緒に仕事してきた筈なのに、今でも、新しい発見がある。

「『花を食べる種族』か……」
先輩の菊の天ぷら食べたら、私もその、エルフだかバンパイアだかになれるのかな。
せっかくだから天ぷら粉買ってきて、先輩に菊料理のフルコースを作ってもらおうかと思ったけど、
よくよく考えてみたら、花なんて最近、それこそ先輩が言ってた「エディブルフラワー」として、
スミレでもバラでも、食べる機会は結構あった。

「ねぇ先輩、私もエルフかバンパイアかな?」
お酒とおつまみと、天ぷら粉を買い物メモに登録しながら、キッチンに居る先輩に話しかけたら、
「は??」
先輩は別に、顔を見せるでもなく、素っ頓狂な声を私に投げた。

11/8/2023, 6:59:28 AM