かたいなか

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「『脳裏』は比較的ハナシに埋め込みやすい単語だと思う。ひとまず登場人物に何か考え事させりゃ良いだけだからな」
俺が時々ハナシ書くの苦手に感じる理由、自分自身がそういうネタさして好きくないにもかかわらず、自分でその、さして好きくもない「ちょっと説教っぽい作風」のハナシを書いちまってる説。
某所在住物書きは己の脳裏にひらめいた仮説に少し同意して、ゆえに途方に暮れ天井を見上げた。
自分が自分のさして好まぬ物語を書いてしまうのは、どうしろというのだ。

「豆知識ネタは、好きだけどさ。ちょっと過ぎれば問題提起ネタやら、説教ネタやらになっちまう……」
作風、難しいわな。物書きは大きなため息を吐いた。

――――――

私の職場に、「解釈」、特に「解釈違い」って言葉がトラウマな先輩がいる。
原因は、先輩の初恋のひと。
酷い解釈押し付け厨で、自分が最初に先輩のこと好きになったくせに、いざ先輩が初恋さんに惚れると、
「地雷」、「解釈違い」、「おかしい」って、呟きックスのサブ垢か裏垢か知らないけど、鍵もかけずにディスり散らして、
それが、先輩の目に止まっちゃった。

先輩の初恋さんは、名前を、加元さんと言うらしい。
散々先輩をディスったくせに、まだヨリを戻せると思ってるみたいで、先々月私達の職場に突撃訪問してきた。
「話がしたい」って。
「自分はその人の恋人だ」って。
加元さんはまず恋人の意味を検索すべきだと思う。

「最近は昔ほど、酷いアレルギー反応は、出なくなってきたがな」
昼休憩、「朝ちょっと揺れたね」ってオープニングトークを、ちらほら、あちこちで聞きながら、休憩室のテーブルでお弁当広げて、コーヒー置いて。
なにやらシンプルなデザインの便箋を、何度も何度も視線で読み返す先輩と一緒にランチ中。
「時間の経過か、お前がたまに解釈解釈言って、耳が加元さんじゃなくお前で慣れてしまったか」
何はともあれ、アナフィラキシーを起こさなくて良かった。
先輩は呟いて、スープジャーの中を突っつきながら、また便箋を目でなぞった。

「なに見てるの」
「お前が私によこした仕事を」
「私何も投げてない」
「お前だろう。今週の月曜日、11月6日、『自分自身のために、加元さんの投稿で自分が傷ついたことを、自分の気持ちをハッキリ伝えろ』」

「まさかカンペ?……先輩がカンペ?!」
「断じて乾パンでもハンペンでもないぞ」
「ごめんネタ分かんない」

ずいっ。
身を乗り出して、先輩の便箋の文章を見る。
便箋には真面目で几帳面な先輩らしく、加元さんの何の行為で心が傷ついたか、今自分が加元さんをどう思ってるか、今後どういう関係でありたいか、
淡々と、平坦に、事実だけ、加元さんを必要以上傷つけないような言葉の選び方で、まとめられてた。

仕事中はスラスラ言葉が出てくる先輩が、ただの恋愛トラブルの喧嘩でカンペを作る。
私にはそれが、すごく不思議だったけど、
同時に、ふと、脳裏にそれっぽい理由がよぎった。
きっと、本来の先輩は「カンペ作る方」なんだ。
仕事中の、「スラスラ言葉が出てくる方」は、学生が何度も何度も膨大な量の数学の問題解いて、解法を覚えちゃったようなもので、
本当はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ話をするのが得意じゃないか、
あるいは量産的な言葉を機械的に素早く出す会話より、相手をしっかり見て、オーダーメイドな言葉を渡すのが、好きなんだ。

「……。
いや多分違う。なんか違う。いや違わない?」
「は?」
「私が私の中で先輩の解釈論争」
「……、……は?」

私の後輩は今一体何を悶絶しているんだ。
先輩の目は点で、スープジャーを突っつく手も止まってて、口がちょっと開いてる。
先輩実は話をするより話を聞く方が好き説、
本当は大量生産より一点物の会話をするタイプ説、
トラウマな初恋相手との会話が緊張するだけ説、
等々、等々。
私の脳裏は某動画のコメント字幕みたいに、右から左に解釈が流れて流れて、
その私の目の前で、先輩が意識の有無の確認みたいに、右の手のひらをヒラヒラ振ってた。

11/10/2023, 4:06:56 AM