「リセマラって、きっとある程度、理想と妥協が向かい合わせになってんだろね」
俺は結局絶対条件のSSR1枚だけと、十分条件にギリギリかすってるSR1枚の大妥協で折れました。
某所在住物書きは敗北のため息を吐き、それでも絶対落としたくない1枚を起点とした最低限の統一パは組めたのだと言い訳を呟いた。
「理想の方ばっかり向いてちゃ、チュートリアルが終わらねぇの。
妥協の方ばっかり向いてちゃ、『あの時せめてアイツとアイツを揃えておけば』って後悔すんの。
理想は恋しくなるし、妥協でリタイアしたくもなる。両端比べての、落とし所が一番難しいわな」
いいもん。単色統一パは組めたもん。物書きは強引に己を納得させようとして、しかし女々しくも未練がましくスマホを見る。
――――――
降水確率40%の都内某所。
防音防振対策のよく施されたアパートに、常時60デシベル以上とも、70超ともされる屋外の賑やかさは届かず、ただ静かに朝が過ぎてゆく。
室内には部屋の主であるところのぼっち、藤森と、職場で長い付き合いの後輩。
昨日の昼休憩でしみじみ、やるせない雑談に別段花は咲かずとも、
落ち込んだ心を物理的・脳科学的にブチ上げるため、後輩が夜の食い歩き飲み歩きを敢行。
終電を逃がし、ベロンベロンのぐでんぐでんにウィーヒックした後輩は、あきれ千万の藤森に、事務的かつ淡々とこの部屋へ運ばれた。
毎度の光景である。珍しいことではない。
一切のラブロマンス無く、夜は過ぎ、日が昇り、
「あたまいたい……」
藤森のベッドで爆睡した後輩が頭を抱えて起きる。
「先輩、せんぱい……3軒目から記憶無い……」
「だろうな」
そんな後輩に対して藤森が用意したのは、しじみの味噌汁と湯豆腐、それからカレーの少し効いた枝豆と鶏肉の雑炊。
「残して構わない。少しでも胃に入れておけ」
飲むならお前の分も淹れると、藤森が口をつけるカップには、ミルクティーが入っていた。
「みるくてぃー、」
「アルコールに対しては、不勉強だから、分からない。でも痛風対策に牛乳やヨーグルトは有用だった筈だ。随分魚卵食ったろう」
「だって美味しいもん」
「だろうよ。美味いものと健康食は、しばしば向かい合わせになりがちだから」
「向かい合わせ?」
「ラーメン。ケーキ。アヒージョ。美味いものの方を向いてちゃ減塩低糖質適量脂質がおろそかになる。
逆に出汁等の例外を除いて、減塩等々の方を向いてちゃ美味いというより味が薄いし、量も少ない」
「先輩のごはんはおいしい」
「そりゃどうも」
雑炊を突っつき、湯豆腐と味噌汁で胃袋を温めて、ミルクティーを要請する後輩は、頭痛と少々の胸焼けに悩まされながらも幸福そうである。
「あー……。生き返る」
おかわりの味噌汁を堪能し、長く深いため息で感情を示すと、
向かい合ってミルクティーを飲む藤森は、小さく、ただ小さく笑って、穏やかに目を細めた。
「丁度某ソシャゲの、リセマラしてる最中なんよ」
やはり8月は高難度お題月間らしい。今月何度目になるか分からぬ手強い題目を見ながら、某所在住物書きはため息を吐いた。
「5分弱で11連。特定のSSR2枚に、可能ならSSRもう1枚またはSR1枚。必要条件のSSR2枚のうち、片方出ても残りの1枚が毎度毎度出ねぇの」
多分コレが俺の、最近の「やるせない」かな。
いつになったらチュートリアルの先行けるんだろな。
物書きは再度息を吐き、首を小さく横に振る。
「で。『やるせない気持ち』で何書けって?」
――――――
職場の長い付き合いの先輩が、今日はちょっとだけ、ホントにちょっとだけ、浮かない顔をしてる。
「お前は、私の『旧姓』を知っていたな」
昼休憩のランチ中、同じテーブルでお弁当広げて、一緒に食べるついでに理由を聞いたら、
「それを踏まえて、まぁ、うん」
スマホ取り出して、ちょっといじって、その画面を私に見せてきた。
「……ちょっとな」
表示されてたのは、最近の事件のニュース記事。
園芸用のトリカブトをネットで仕入れて、その葉っぱを故意に同僚に食べさせたっていう殺人未遂。
すごく毒性の弱いトリカブトだったおかげで、被害者さんは軽い中毒程度で済んだらしい。
「トリカブトは普通に山に生えてるし、昔は治療にも使われたけど、扱い方を間違えると危険」って、専門家からのコメントで記事は締めくくられてた。
トリカブト。
諸事情で改姓した先輩の、前の名字が「『附子』山」だった。
あー……(察し)
はい(把握)
わかる(だいたい理解)
「当てにいっていい?『こういうヤツが居るから全体の評判だの印象だのが悪くなる』じゃない?」
「当たらずも、遠からず。むしろ近い」
「『事件を起こした◯◯さんはゲーマーだった』、『凶行に及んだ◯◯さんはミリオタだった』、『友達居なくて漫画書いてた腐女子が隠し撮りした』」
「……花自体に罪は無いんだ」
「それね」
「こういう形で表に出てくるたび、やるせなくて」
「それね……」
先輩は自分の名字で、私は自分の趣味で。
それぞれちょっと違うけど、「全部が全部、悪いんじゃないのにね」ってやるせなさは、お互い共有できる、気がする。
「それだけだ。辛気くさい話になって、すまない」
「大丈夫。私ちょっと分かる」
それ自体に、罪は無いのにね。一部のやつが悪く使うから、それ全体が悪く見られちゃうってね。
私と先輩は一緒のタイミングでお互いを見て、
一緒のタイミングで、デカい、長いため息を吐いた。
「先輩、私今日美味しいもの食べたくなってきた」
「気分を害したか」
「違うの。でも食べたいの。先輩付き合って」
「んん……?」
「先週15日あたりのお題が『夜の海』だった」
前回のお題もお題だったが、今回のお題も相変わらず、手強いわな。某所在住物書きは己の記憶を辿りながら、困り果てて頭をガリガリ掻いた。
これといって海の思い出が無いのである。
「『海へ行ってボーッとする』、『海へ行くより俺はインドア派』、『ゴミ拾いと環境整備で海へ恩返し』、『台風接近中は海へ行くな』、『ソシャゲの夏イベは大抵海へ行って水着』。他は……?」
そういや、海での海難事故より、川での水難事故の発生数が云々って聞いた気がするが、デマだったかな。
物書きはふと気になり、ネット検索を始めた。
――――――
まさかの前回投稿分からの続き物。最近最近の都内某所、対岸に高層ビルのLED照明溢れる海浜公園で、
エキノコックスも狂犬病もしっかり駆虫予防済みの子狐1匹にリードとハーネスをつけた若者、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、
親友ひとりと一緒に、夜の散歩をしておりました。
「こぎつね?!子狐って、おまえ、何がどうした」
「こいつが『黒歴史をこれ以上暴露されたくなければ海へ連れて行け』と」
「は?」
「信じる信じないは任せる」
「はぁ」
捻くれ者は名前を藤森といい、親友は宇曽野といいました。同じ職場の隣部署同士、時に笑い合い、時に語り合い、たまに冷蔵庫の中のプリンひとつでドッタンバッタン喧嘩したりして、
それはそれは、仲良くしておったのでした。
「ところで藤森」
くっくぅーくぅー、くっくぅーくぅーくぅ。
夜の海へ来て、散歩して、コンコン子狐はご機嫌。
鼻歌かわいらしく、尻尾もびたんびたん。前のめりになってトテトテ、ちてちて。
元気な子犬のそれと、ちっとも変わりません。
時折ピッタリ止まっては、砂浜スレスレに鼻を近づけ、何か匂いをかいでいます。
「先日無断欠勤した例の中途採用、進展があったぞ」
「『例の中途採用』、」
「突然『辞める』とダイレクトメッセージよこして、既読無視に通話不通のだんまりだった、例の」
「覚えている。何かの未遂でもしたか」
「総務課の尾壺根が動いた。持ち前のオツボネスキルで、根気強く『手続きだけはしに来い』と」
「それで?」
「終業時刻丁度に来て、離職のために必要な書類を尾壺根とふたりで整えて、課長の机に提出して帰った」
「オツボネの言うことは素直に聞くのか」
「なんだかんだ言って、中途に話しかけていたのはオツボネひとりだったからな。『こいつは味方だ』とでも思ったんだろうう」
あとは中途の部署で処理して、やることやって、中途が正式に辞めてそれで終わり。
何も特別なことは無い。いつも通り、ブラックに限りなく近いグレー企業の通常営業だ。
宇曽野はため息ひとつ吐き、ちょっと笑って、散歩を楽しむ子狐を見ました。
コンコン子狐はブラックだの、離職だのは全然知らない風に、浜辺で見つけたカニにちょっかいを出し、海へ帰ろうとする進路を塞いで鼻をくっつけ、
ぎゃぎゃぎゃっ!きゃんきゃん!
案の定鼻をハサミでバッチン。はさまれて十数秒、ドッタンバッタン暴れまわっておりました。
海へ行った人間ふたりと子狐1匹が、お散歩するだけのおはなしでした。
その後子狐は藤森に抱かれてヨシヨシされ、カニは無事、奇跡的に無傷で海に帰っていきましたとさ。
おしまい、おしまい。
「俺の投稿スタイルなら簡単なお題だと思ったんよ」
それがまさか、16時までかかるとはな。某所在住物書きはため息をつき、スマホを見つめた。
「『裏返し』だ。俺は前半の『ここ』で300字程度の無難な話題入れて、『――――――』の下に長々連載風の小話書いてるからさ。これを単純に、裏返しにすりゃ良いと思ったわけよ。
つまり前半でバチクソ短い小話書いて、後半で長々『ここ』で書いてるような話題1000字程度」
試した結果が酷かったワケ。
物書きは再度息を吐いた。
「300字程度の短い小話は普通に読めるが、後半で長々校長のスピーチレベルのハナシされるとか、何の拷問だよっていう」
――――――
最近最近の都内某所、某アパートでのおはなしです。
人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、家具最低限の寂しい部屋に、ぼっちで住んでおりまして、
そこには何故か、リアリティーガン無視の子狐が、時に二足歩行で、時にしっかり人間に化けて、1週間に1〜2回、不思議なお餅を売りに来るのでした。
ファーストコンタクトは3月3日のひな祭り。
1個たったの200円。主食から主菜、低糖質、甘味までなんでもござれのラインナップ。おまけに食べると少しだけ、心の毒を抜いてくれる、現代人の懐にも精神衛生にも優しいお餅なのです。
今日もコンコン子狐が、防犯意識強化の叫ばれる昨今、唯一扉を開けてくれる捻くれ者の、子狐にとってのお得意様の部屋にやって来ます。
右手に透かしホオズキの明かりを、左手に葛のツルで編んだカゴを持ち、
ドアを開けて、狐を部屋の中に招き、お餅を売って買ってそれでおしまい、
だった、筈なのですが。
「お花さん、こんばんは」
鼻の良い子狐、捻くれ者がその毒性ゆえに隠していた花の底面給水鉢を、くんくん見つけ出し、引っ張り出して、コンコン、おしゃべりを始めたのでした。
「お花さん、なんていう名前ですか」
それはそろそろ見頃を終える、捻くれ者の故郷の花。
毒にも薬にもなる、白いキンポウゲ科の花でした。
「子狐、こぎつね」
「おとくいさんとは、長いの? そっか。お花さん、ずっとずっと、おとくいさんと一緒に居るんだねぇ」
「何をしてる、花が喋るのか」
「たまに、お部屋が暑くなる?光が無くなってから?きっと深夜エアコン切ってるんだよ。『暑いからエアコンつけて』って、伝えてあげる」
「エアコン?」
「そろそろ窮屈?根っこ?うん分かった。伝える」
「おい、まさか本当に、」
「おとくいさん、昔々初恋のニンゲンの毒にやられて、一晩だけお花さんを抱えて泣いたことがある?」
「待て、何が望みだ、取り引きしようこれ以上私の黒歴史暴露するのやめてくれ頼む」
「『自称人間嫌い』は優しさの裏返しで、『自称捻くれ者』も実は真面目の裏返し?」
「こ ぎ つ ね」
コンコンコン、コンコンコン。
今回のお題が「裏返し」なばっかりに、藤森の部屋ではその後10分程度、捻くれ者の「捻くれ者」である由縁と、その裏返しの大暴露大会が、続いたとか、いくらかの賄賂で穏便に収まったとか。
不思議な子狐と捻くれ者による、「裏返し」をお題にした苦し紛れのおはなしでした。
おしまい、おしまい。
「基本、生き物系のお題、少ない気がする」
猫だの犬だの兎だの、これまで約5ヶ月、お題で見た記憶無いもんな。
某所在住物書きは今回配信分の題目の、ちょっとした珍しさに数度小さく頷いた。
「『鳥かご』ってお題は有った。『鳥かごの中の鳥は、大抵かごから出されて、最終的に自由になるのが物語のお約束な気がする』ってネタ書いた気がする」
鳥のように。……とりのように、ねぇ。
物書きは長考して、ふと某呟きの青鳥を思い出し……
――――――
雨降って、空が灰色で、ジメジメして、最高気温が猛暑手前予報。今日も相変わらず東京は残暑が酷い。
「晩夏」っていつだっけ、どんな気温の頃のことだっけって、思う程度には暑さがバグってる。
きっと職場の、長い付き合いの先輩の、故郷だっていう雪国は、もう涼しくて快適なんだろうな、
って北海道とか東北とかの気温調べたけど、今日の札幌市の予想最高気温が東京と同じ34℃だって分かって、心の中で道民さんに猛烈に土下座した。
十分雪国の筈の秋田県も、今日35℃超えだって。
なにそれ季節感ホントに仕事して(嘆願)
そんな今日の、私の職場の朝は一部騒がしかった。
「中途採用の、若いのがいただろう」
職場に来たら、私の隣の隣の部署が、朝から少しだけ慌ただしくて、
係長か主任か知らないけど、数人が課長の席に集まってたし、他の人はスマホで連絡取ったりしてたし。
「無断欠勤のうえ、電話もグループチャットも、全部連絡つかずの既読無視、だとさ」
どしたの、何があったの。
隣部署の宇曽野主任と話し込んでるウチの先輩に、会話の横槍で聞いたら、「実はな」って、情報提供してくれた。
「始業時刻丁度にダイレクトメッセージで、『辞めます』の4文字だけ、送ってきたそうだ」
先輩が言って、
「部署内で、『例の突然解雇された青鳥のようだ』と騒いでる最中さ」
宇曽野主任が補足した。
「『突然の告知で、何の事前相談も無く消えた』。『向こうは解雇でこっちは離職。正反対だけど青鳥のように消えた』と」
突然辞めるのはどうかと思うけど、そうしたくなった理由は、だいたい把握してた。
先日の「デカいミス未遂」だ。
メタいハナシをすると、詳しくは今月の18日。
中途採用君は、書類をファイルから抜いて整理する仕事を任されたんだけど、
中途採用君の上司が「この書類は抜かないで」って、伝えるべき「例外」を伝えなかったせいで、抜いちゃいけない書類まで抜いちゃった。
情報伝達の不備。それによる仕事のミス。なのに責任は全部自分が被るっていう理不尽。
私も5ヶ月前、3月18日頃に、似た状況で上司から責任を押し付けられて、心をちょっと病んだ。
私には先輩がいて、先輩が私の話を聞いて寄り添ってくれたから、乗り越えられた。
中途採用君には誰も居なかったのかもしれない。
「まぁ、鳥なら鳥として、鳥のように、自由に今頃次の就職先でも探してるんじゃないか?」
運が悪かった、場所が良くなかった。それだけさ。
宇曽野主任はそう付け足して、先輩と一言二言会話して、自分の部署に戻ってった。
「うん……」
場所が悪かったら、鳥もうまく、飛べないもんね。そうだよね。
隣の隣の部署の、まだ静まってない騒動をちょっと見てから、
私もそろそろ自分の鳥かごの中で飛ばなきゃ、鳴かなきゃって、自分の止まり木であるところのデスクに戻った。