かたいなか

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「先週15日あたりのお題が『夜の海』だった」
前回のお題もお題だったが、今回のお題も相変わらず、手強いわな。某所在住物書きは己の記憶を辿りながら、困り果てて頭をガリガリ掻いた。
これといって海の思い出が無いのである。
「『海へ行ってボーッとする』、『海へ行くより俺はインドア派』、『ゴミ拾いと環境整備で海へ恩返し』、『台風接近中は海へ行くな』、『ソシャゲの夏イベは大抵海へ行って水着』。他は……?」
そういや、海での海難事故より、川での水難事故の発生数が云々って聞いた気がするが、デマだったかな。
物書きはふと気になり、ネット検索を始めた。

――――――

まさかの前回投稿分からの続き物。最近最近の都内某所、対岸に高層ビルのLED照明溢れる海浜公園で、
エキノコックスも狂犬病もしっかり駆虫予防済みの子狐1匹にリードとハーネスをつけた若者、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、
親友ひとりと一緒に、夜の散歩をしておりました。

「こぎつね?!子狐って、おまえ、何がどうした」
「こいつが『黒歴史をこれ以上暴露されたくなければ海へ連れて行け』と」
「は?」
「信じる信じないは任せる」
「はぁ」

捻くれ者は名前を藤森といい、親友は宇曽野といいました。同じ職場の隣部署同士、時に笑い合い、時に語り合い、たまに冷蔵庫の中のプリンひとつでドッタンバッタン喧嘩したりして、
それはそれは、仲良くしておったのでした。

「ところで藤森」
くっくぅーくぅー、くっくぅーくぅーくぅ。
夜の海へ来て、散歩して、コンコン子狐はご機嫌。
鼻歌かわいらしく、尻尾もびたんびたん。前のめりになってトテトテ、ちてちて。
元気な子犬のそれと、ちっとも変わりません。
時折ピッタリ止まっては、砂浜スレスレに鼻を近づけ、何か匂いをかいでいます。
「先日無断欠勤した例の中途採用、進展があったぞ」

「『例の中途採用』、」
「突然『辞める』とダイレクトメッセージよこして、既読無視に通話不通のだんまりだった、例の」
「覚えている。何かの未遂でもしたか」
「総務課の尾壺根が動いた。持ち前のオツボネスキルで、根気強く『手続きだけはしに来い』と」
「それで?」
「終業時刻丁度に来て、離職のために必要な書類を尾壺根とふたりで整えて、課長の机に提出して帰った」

「オツボネの言うことは素直に聞くのか」
「なんだかんだ言って、中途に話しかけていたのはオツボネひとりだったからな。『こいつは味方だ』とでも思ったんだろうう」

あとは中途の部署で処理して、やることやって、中途が正式に辞めてそれで終わり。
何も特別なことは無い。いつも通り、ブラックに限りなく近いグレー企業の通常営業だ。
宇曽野はため息ひとつ吐き、ちょっと笑って、散歩を楽しむ子狐を見ました。

コンコン子狐はブラックだの、離職だのは全然知らない風に、浜辺で見つけたカニにちょっかいを出し、海へ帰ろうとする進路を塞いで鼻をくっつけ、
ぎゃぎゃぎゃっ!きゃんきゃん!
案の定鼻をハサミでバッチン。はさまれて十数秒、ドッタンバッタン暴れまわっておりました。

海へ行った人間ふたりと子狐1匹が、お散歩するだけのおはなしでした。
その後子狐は藤森に抱かれてヨシヨシされ、カニは無事、奇跡的に無傷で海に帰っていきましたとさ。
おしまい、おしまい。

8/24/2023, 5:57:32 AM