「当たり前の話だが、お題の後ろに言葉を少し足せば、『最後に会った日』の当日、以外の日も書けるな。最後に会った日『の、前日』とか。最後に会った日『から数日後』とか」
あとはなんだ、後ろじゃなく前に言葉を付けて、「学校卒業前の君」と、最後に会った日とか?
某所在住物書きはスマホの通知画面を凝視して、ガリガリ頭をかきながらため息を吐いた。固い頭と、かたより過ぎた知識の引き出しのせいで、ともかくエモい題目が不得意なのである。
物書きの所持するセンサーでは、今回のお題はその「エモい題目」に少々抵触していた。
「まぁエモを狙い過ぎて、『最期』に会った日とか、最後に『逢った』日とかの漢字セレクトになってないだけ、比較的書きやすいっちゃ書きやすい……?」
なワケねぇよな、そうだよな。物書きは再度ため息を、深く、長く吐く。
――――――
雪国の田舎出身っていう職場の先輩が、珍しく、スマホの画面見て笑ってた。
あんまり穏やかに笑ってるから、何だろうって後ろからニョキリ覗き見たら、真っ暗な中に白い点が4、5個表示されてる程度。
「実家の母が送ってきた画像だ」
先輩が私のチラ見に気付いて、説明してくれた。
「今年の、私の故郷のホタルだとさ。ギリギリ白い点がホタルだとは分かるが、何が何だかサッパリだ」
それが、妙におかしくてな。先輩はまた笑って、少し照れくさそうに、スマホをポケットに戻した。
「先輩の故郷、今頃ホタル飛ぶんだ」
「らしいな。いつの間に復活したやら」
「『復活』?」
「よくあることだと思うぞ。農薬の影響や河川の汚れ等で、昔いた筈のホタルが消える。いい具合の自然が残る片田舎なのに、そういう経緯でホタルがいない」
「先輩の田舎も、そうだったの?」
「虫は詳しくないから、何とも、断言できない。ただ、そうだな、コイツと最後に会ったのは、ガキもガキの、年齢一桁の頃だったか」
「ふーん」
見たいな。もう一度。
遠くを見ながら、寂しそうに呟く先輩。
きっとその、「最後に会った日」のことを、覚えてるんだと思う。それを思い出してるんだと思う。
私も先輩の故郷のことは知らないけど、その風景はきっと、日が沈んで月が子供の先輩を照らしてて、
河原か、田んぼか知らないけど、水の音流れる中、たくさんの小さな小さなホタルが飛び交う光景なんだと思う。多分そうだと思う。
「行こうよ」
突発的に、私がポツリ提案すると、先輩は私の方を見て、ハテナマークを頭に浮かべながら頭を傾けた。
「今年は、もう無理かもしれないけど、東京でだってホタルは見れるよ。一緒に見ようよ。ホタル」
来年でも。上手く行けば、今年の滑り込みセーフ狙いでも。付け加えて言う私に、先輩の角度は更に傾いたけど、最終的に酷く寂しそうな、心のどこかが痛いのを一生懸命隠してるような笑顔をして、
「遠慮させて頂く。……蚊に刺されたくない」
何か含みのありそうな理由で、首を小さく、優しく、横に振った。
「大丈夫だよ。ムヒー塗ったら治るよ」
「それでも、かゆいものはかゆいだろう」
「ウーナ派?」
「そういう話ではない、と思うが?」
「最近じゃ『かゆみ止めペン』なんて有るらしいよ」
「待てなんだそれ。知らないぞ」
「来たよエモ率高めのお題……」
どの部分が繊細な花か、どう扱う条件下で繊細になる花なのか、いっそ「花」が何かの比喩表現であるか。
某所在住物書きはため息を吐き、久しぶりの難題を前に途方に暮れた。
「繊細な、って。俺、素人だからそういうの、園芸植物でしか見たことねぇのよ。水のやり方で根腐れする系の繊細さとか、日光のあたり具合で土の温度上がっちゃう系の繊細さとかさ……」
もうコレは、「繊細な花」の「花」が「別の何か・誰か」っていうトリックに助けてもらうしかねぇわい。物書きは両手を挙げ、降参の意を示して……
――――――
某列車で、不審者が出た。乗客が刃物を持ってた。
その列車に、車両は違うけど私も乗ってた。
何が何だかサッパリで、ただ皆すごくパニクって、
私は、「はもの!」って叫んだ男のひとの、自分と同じ色のタンクトップと、すごく張ったかすれ声だけ、
妙に、ハッキリ、鮮明に頭に焼き付いた。
あとで、その不審者が車内で誰かを刺したワケじゃないって分かったけど、
その時の私は心臓がバクバクして何も考えられなくて、手が、指が、歯が震えて、
恋してるわけでも、パートナー志望でもないのに、
とっとと自分のアパートに帰れば良いのに、
自分でも、ホントによく分からないけど、真っ先に電話したのが、職場の長い付き合いの、雪国の田舎出身っていう先輩だった。
「明日の仕事は無理をするな。必要なら休め」
茶香炉とかいう焙じ茶製造器に火を入れて、ホットミルクと落ち着けるピアノのBGM用意して、先輩は、突然押し掛けた私のことを部屋に入れてくれた。
「口裏なら私が合わせる。落ち着くまで、ひとまずここに居るといい――カタブツで捻くれ者で、娯楽皆無なこの部屋でも良ければ」
ただし。この部屋にひとつだけ置いている、あの底面給水鉢の葉や茎にだけは触れるなよ。
先輩はそう付け足して、私に温かいマグカップを手渡してくれた。
「あの鉢、何植えてるの」
先輩が貸してくれたタオルケットにくるまって、先輩から貰ったカップに口をつけて、ホットミルクを喉に通すと、ほんの少しだけ心臓が落ち着いた気がした。
「乱暴に触ったら、折れそうな茎してるけど」
葉や茎にだけは触れるな。そう言われた、ひとつだけ置いてある底面給水鉢。
家具が極端に少ない、すぐにでも夜逃げできそうなくらい最小限しか無い先輩の部屋に、それでも置いてある鉢に植えてる何かの、その名前を私は知らない。
でも、スッと伸びて、大きい葉っぱをつけて、小さいツボミをのせてる茎は、高さのわりに細く見えて、
力任せに触ったら、すぐ折れてしまいそうな、とても繊細そうな、それこそ今の心細い私みたいな。
そんな、印象を受けた。
「黙秘。ただ、触らない方が良い。キンポウゲ科だ」
「弱い?折れちゃう?」
「少なくとも、この部屋にこいつを折る敵は居ない」
「そっか。……そうだね」
この部屋に敵は居ない。その言葉がなんとなく、心にストンと下りてきて、ちょっとだけ安心する。
晩ごはんとスイーツとリラックス効果のある焙じ茶製造器を用意してくれた先輩のお言葉に甘えて、
その日は先輩の部屋でご飯食べて、ホットミルクおかわり貰って、ぐっすりひとりで、別に悪夢とか見るでもなく、先輩のふかふかベッドを借りて休んだ。
「5月8日、『「一」年後』の漢数字版で、このお題書いてたわ。あと6月16日が『1年前』だった」
よもや漢字違いで同じお題がもう一度来るとはね。某所在住物書きは過去投稿分を辿り、5月8日と9日の文章を読み直して文章を組み始めた。
「『今日から数えて』1年後だったら、2024年6月24日のハナシだが、『〇〇を実行する』1年後、とかならずっと未来のハナシも書ける。1年後『〇〇しようね』って約束とその結末も執筆可能よな」
こういう、アレンジが容易で、書きやすいお題が重複するなら、こっちも嬉しいんだがねぇ。物書きは恒例にため息を吐き、次に来るであろう題目を思い……
――――――
呟きアプリでちょっと浮上して、例のシステム障害の混乱で消えた気がするハナシ。今日6月24日は「林檎忌」で、昔の歌姫さんの命日らしい。
林檎の歌を歌った人だから「林檎忌」、って言うとか。歌詞にダイレクトに「つがる」って入ってたから、青森の人なのかなと思ったら、神奈川県横浜市のご出身。ここ東京から見て、ご近所もご近所だ。
別に推してないから追悼ツイとかしないけど、昔こういうひとがいたんだな、ってことは覚えた。
そうだ。林檎。
「先輩1年後、先輩の故郷の林檎の花見連れてってくれるって約束、ちゃんと記憶してる?」
「まだ覚えていたのか。その話」
5月8日、ゴールデンウィーク明けの月曜日の話。
全国的に暖かかった春の影響で、多くの地域で桜が早く咲いて、早く散った。
ハートの桜とか桜イカダとかでバズった青森県の桜を、ゴールデンウィークに見に行ったのに、もう散っちゃってたから代わりに林檎の花を見てきた、
って話を、通勤途中、アラサーかアラフォーあたりがしてたのを、聞いちゃったのがきっかけ。
林檎の花を、見たことがない。
どこか知らないけど先輩は雪国の田舎出身らしい。
林檎は、主に雪国で、いっぱい生産されてるっぽい。
それで、職場の先輩に予約しておいた。「1年後の春、先輩の故郷の林檎の花見、連れてって」って。
「林檎も桜も、同じバラ科だ。花はほぼ似ている」
「でも咲いてる場所、お城と畑で違うでしょ」
「お前は花より団子派、アップルパイ派だろう?パイの美味い店なら、隣の区の、」
「はい出ました先輩お得意の話題すり替えー。東京じゃないの先輩の故郷なの。迷惑だったりする?」
「迷惑ではない。……保証が、できないだけだ」
「『保証ができない』?」
1年後の、保証ができない。
近々転職する予定でもあるのかな、と思った。
あるいは故郷の雪国にUターンでもするのかなって。
気になって先輩に聞いたら、先輩はハッキリ、Uターンではない、って否定した。
「ただ、……そうだな」
言葉を詰まらせて、十秒くらい考え込んだ先輩は、
「突然失踪とか、する可能性くらいは、意外と……あるかもしれない、だろう」
ぽつり、ぽつり。すごく言葉を選びながら、目を視線を伏せて、一生懸命、冗談っぽい抑揚で話してた。
別に悪いことなんて何ひとつしてない先輩が、なんで、「失踪」なんて重い言葉を使ったのか。
私には、さっぱり分からなかった。
――7月、先輩の初恋のひとに、8年前先輩の心をズッタズタに壊した張本人に、バッタリ会うまでは。
「子供の頃は『ガラケーすら有りませんでした』なら『時代背景』、子供の頃は『内気な性格でした』なら『人物描写』。他にどんな切り口があるかねぇ」
これ、今現在「子供の頃」のユーザーって何書くんだろうな。某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、首を小さく傾けて、思慮に唇を尖らせた。
「時代と、人物と、なんだ、バチクソ難しいぞ……」
俺の頭が単に固いだけかな。物書きはガリガリ首筋を掻き、長考に天井を見上げて……
「むり。全然思い浮かばねぇ」
――――――
最近最近の都内某所。ひとりの女性が、職場の先輩のアパートの、玄関越えてリビングに至るドアの前で、ため息を吐き、ややあきれ気味の虚無な表情で、立ち尽くしている。
「良い加減『人』を見ろ脳科学厨!」
「私に命令をするなPFCガタガタの脳筋め!」
「『蛋脂炭(Protein・Fat・Carbohydrate)』ガタガタの低糖質主義はお前の方だろう!」
「『前頭前野(PreFrontal Cortex)』だ!誰が今栄養バランスのハナシなどするか!」
眼の前で繰り広げられているのは、部屋の主たる先輩と、その先輩の親友たる隣部署の主任の大喧嘩。
力量と体格、いわば剛の技でぶつかってくる主任と、主任の勢いと重心を利用して柔の投げ崩しを仕掛ける先輩の、双方子供の頃はこういうじゃれ合いしてたんだろうなと想像に難くない「何か」。
防音防振対策の徹底された、このアパートならではのアクティビティである。
ポコロポコロポコロ。
掃除を日課とする綺麗好きの先輩の部屋にもかかわらず、まるでカートゥーンかアニメーション作品のデフォルメ演出のごとく、
ふたりの周囲だけ都合良くホコリの煙幕が舞い、パーカッションを連打する効果音が聞こえる心地がする。
何故であろう。 フィクションだからである。
アクションシーンの不得意な物書きが「子供の頃は」の題目で「子供の頃はよく喧嘩してた」程度しか閃かなかったゆえの、ごまかしである。
ひとまずポカポカさせておけば喧嘩っぽくなる。
細かいことを気にしてはいけない。
「せんぱーい……」
何故主任が先輩の部屋に来ているかは知らないが、後輩たる彼女としては、先輩との先約があった。
来週月曜から手をつける予定の、仕事の打ち合わせである。それを名目とした先輩宅での晩餐会である。
「あのー、打ち合わせ、どうすんのー……」
低糖質低塩分、高食物繊維に定評のある先輩の料理は、滋味深く、食うに罪悪感が無い。
よってよくよく腹を空かせ、準備空腹万端整えて、先輩のアパートを訪ね、部屋に来たのだが。
見よ。肝心の先輩は子供と子供の大乱闘中である。
人間嫌いの寂しがり屋で、人間の心より人間の脳の傾向を信じる先輩に、なんやかんやあって主任が「心を見ろ」と一喝したか。
有り得るだろう。
主任と長い長い付き合いの、雪国の田舎出身である先輩が、今年の今回に限って、実家から大量に届いた季節の恵みを主任にお裾分けし忘れたか。
こちらの方が自然であろう。
それとも、ちょこちょこ先輩の部屋を訪れているであろう主任が、先輩の部屋の冷蔵庫にプリンを置き去りにして、それを先輩が食ってしまったか。
それは確実に修羅場であろう。
真相は推して知るのみである。
「せんぱい……」
ねぇ。先輩。「晩餐会(うちあわせ)」。
後輩たる彼女は腹をぐぅと鳴らし、5分10分、ホコリの舞うのが収まるまで、己の先輩とその親友との子供対子供の如きポカポカを見続けた。
喧嘩の理由は「子供の頃は」の題目に相応しく、双方覚えておらず、ひとしきり暴れ倒してスッキリした後はケロッと元通りの仲良しに戻ったという。
おしまい、おしまい。
「個人的にさ。『連載は日常ネタ職場ネタとかが長く続けやすい』と思ってたのよ。生活してるだけでゴロゴロその辺にネタが転がってると思ってたから」
3月11日のお題が「平穏な日常」だったわ。某所在住物書きは過去の投稿を辿り、当時を懐かしんだ。
「実際書いてみるとほぼ砂金探しなのな。
生活して仕事して、その中にハナシのネタは川の砂ほど有るんだろうけど、じゃあ、実際にネタの砂をふるいにかけて、そこに『コレ投稿したい!』と納得できるハナシの砂金は、何粒残りますか、っていう。
なんなら、眼の前に明確に書ける砂金が有っても、絶対何割か見落としちゃってますよねっていう」
まぁ、だからなに、ってハナシだがな。「多分それお前だけだよ」って言われても反論できねぇし。
物書きはため息を吐き、天井を見上げる。
――――――
今日も、ようやく仕事が終わった。
自分のルーチン片付けて、上司に決裁だのお伺いだのたてて、新しい厄介事もといお仕事割り振られてそれ片付けて。その間に休憩で、お弁当食べたりして。
あと◯ヶ月で△のノルマ捌けってさ、って愚痴る。
それが私達の仕事。私達の日常。
なお面倒な仕事を平気で部下にガンガン押し付けて、自分は楽な作業だけしてる上司は全員滅べばいいと思う(※個人の感想です)
仕事が終わったら、職場の先輩と一緒にマッケに寄って、今週あと1日頑張りましょうのご褒美にマッケシェイクのバニラとストロベリーを、Sサイズで。
ネット情報だ。マッケシェイクは、Mを1個買うより、Sを2個買う方がお得らしい。
ホントかどうかは分からない。
「これからもさぁ。ずっと、続くのかな」
ちゅーちゅーちゅー。先輩の糖質量チェックの視線を感じつつ、でも飲みたいものは飲みたいので、まずストロベリーのシェイクから。
「春にノルマ来て1年でさばいて疲れて、その間クソ上司にこき使われて、また春が来て……って。
それが、ずっとずっと、日常に、なっちゃうのかな」
「この職に就いている間は、そうだろうさ」
なにを今更分かりきったことを。そう付け足す先輩は、プレミアムコーヒーのブラック。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、いつも感情ほぼ平坦な先輩の機嫌が今日は良い。昨日数年ぶりに甚平を新調して、それをすごく気に入ったからだって。
「嫌なら転職した方が良い。合わない仕事を無理矢理続けて、それが恒常化して、ストレスを溜め込み過ぎては、事実として心にも脳にも、すごく悪い」
つらつらつら。海馬が云々、血中コレステロールが云々、先輩は相変わらず、難しいことを解説するけど、そのすべてが相変わらず、なんていうか、他人事だった。
クソ係長に仕事振られて、疲れてるのは、先輩も一緒なのに。ストレスかかってるのは先輩も一緒なのに。
いつも先輩のアドバイスは、私ひとりだけに向けた表情で、言葉で、抑揚だ。
これも、ずっと、日常であり続けるのかな。
「不服そうな顔だ。どうした」
「べっつにー。なんでもないでーす」
ちゅーちゅーちゅー。ごろごろごろ。
ストロベリーシェイクをスッカラカンに飲み終えて、間髪入れずバニラに口をつける私を、先輩は少し不安そうな目でチラ見した。
その後バツの悪そうな顔で視線を外したけど、多分、自分が何か悪いこと言っただろうかって考え中なんだと思う。