「来たよエモ率高めのお題……」
どの部分が繊細な花か、どう扱う条件下で繊細になる花なのか、いっそ「花」が何かの比喩表現であるか。
某所在住物書きはため息を吐き、久しぶりの難題を前に途方に暮れた。
「繊細な、って。俺、素人だからそういうの、園芸植物でしか見たことねぇのよ。水のやり方で根腐れする系の繊細さとか、日光のあたり具合で土の温度上がっちゃう系の繊細さとかさ……」
もうコレは、「繊細な花」の「花」が「別の何か・誰か」っていうトリックに助けてもらうしかねぇわい。物書きは両手を挙げ、降参の意を示して……
――――――
某列車で、不審者が出た。乗客が刃物を持ってた。
その列車に、車両は違うけど私も乗ってた。
何が何だかサッパリで、ただ皆すごくパニクって、
私は、「はもの!」って叫んだ男のひとの、自分と同じ色のタンクトップと、すごく張ったかすれ声だけ、
妙に、ハッキリ、鮮明に頭に焼き付いた。
あとで、その不審者が車内で誰かを刺したワケじゃないって分かったけど、
その時の私は心臓がバクバクして何も考えられなくて、手が、指が、歯が震えて、
恋してるわけでも、パートナー志望でもないのに、
とっとと自分のアパートに帰れば良いのに、
自分でも、ホントによく分からないけど、真っ先に電話したのが、職場の長い付き合いの、雪国の田舎出身っていう先輩だった。
「明日の仕事は無理をするな。必要なら休め」
茶香炉とかいう焙じ茶製造器に火を入れて、ホットミルクと落ち着けるピアノのBGM用意して、先輩は、突然押し掛けた私のことを部屋に入れてくれた。
「口裏なら私が合わせる。落ち着くまで、ひとまずここに居るといい――カタブツで捻くれ者で、娯楽皆無なこの部屋でも良ければ」
ただし。この部屋にひとつだけ置いている、あの底面給水鉢の葉や茎にだけは触れるなよ。
先輩はそう付け足して、私に温かいマグカップを手渡してくれた。
「あの鉢、何植えてるの」
先輩が貸してくれたタオルケットにくるまって、先輩から貰ったカップに口をつけて、ホットミルクを喉に通すと、ほんの少しだけ心臓が落ち着いた気がした。
「乱暴に触ったら、折れそうな茎してるけど」
葉や茎にだけは触れるな。そう言われた、ひとつだけ置いてある底面給水鉢。
家具が極端に少ない、すぐにでも夜逃げできそうなくらい最小限しか無い先輩の部屋に、それでも置いてある鉢に植えてる何かの、その名前を私は知らない。
でも、スッと伸びて、大きい葉っぱをつけて、小さいツボミをのせてる茎は、高さのわりに細く見えて、
力任せに触ったら、すぐ折れてしまいそうな、とても繊細そうな、それこそ今の心細い私みたいな。
そんな、印象を受けた。
「黙秘。ただ、触らない方が良い。キンポウゲ科だ」
「弱い?折れちゃう?」
「少なくとも、この部屋にこいつを折る敵は居ない」
「そっか。……そうだね」
この部屋に敵は居ない。その言葉がなんとなく、心にストンと下りてきて、ちょっとだけ安心する。
晩ごはんとスイーツとリラックス効果のある焙じ茶製造器を用意してくれた先輩のお言葉に甘えて、
その日は先輩の部屋でご飯食べて、ホットミルクおかわり貰って、ぐっすりひとりで、別に悪夢とか見るでもなく、先輩のふかふかベッドを借りて休んだ。
6/25/2023, 2:24:20 PM