かたいなか

Open App

「子供の頃は『ガラケーすら有りませんでした』なら『時代背景』、子供の頃は『内気な性格でした』なら『人物描写』。他にどんな切り口があるかねぇ」
これ、今現在「子供の頃」のユーザーって何書くんだろうな。某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、首を小さく傾けて、思慮に唇を尖らせた。
「時代と、人物と、なんだ、バチクソ難しいぞ……」
俺の頭が単に固いだけかな。物書きはガリガリ首筋を掻き、長考に天井を見上げて……
「むり。全然思い浮かばねぇ」

――――――

最近最近の都内某所。ひとりの女性が、職場の先輩のアパートの、玄関越えてリビングに至るドアの前で、ため息を吐き、ややあきれ気味の虚無な表情で、立ち尽くしている。

「良い加減『人』を見ろ脳科学厨!」
「私に命令をするなPFCガタガタの脳筋め!」
「『蛋脂炭(Protein・Fat・Carbohydrate)』ガタガタの低糖質主義はお前の方だろう!」
「『前頭前野(PreFrontal Cortex)』だ!誰が今栄養バランスのハナシなどするか!」

眼の前で繰り広げられているのは、部屋の主たる先輩と、その先輩の親友たる隣部署の主任の大喧嘩。
力量と体格、いわば剛の技でぶつかってくる主任と、主任の勢いと重心を利用して柔の投げ崩しを仕掛ける先輩の、双方子供の頃はこういうじゃれ合いしてたんだろうなと想像に難くない「何か」。
防音防振対策の徹底された、このアパートならではのアクティビティである。

ポコロポコロポコロ。
掃除を日課とする綺麗好きの先輩の部屋にもかかわらず、まるでカートゥーンかアニメーション作品のデフォルメ演出のごとく、
ふたりの周囲だけ都合良くホコリの煙幕が舞い、パーカッションを連打する効果音が聞こえる心地がする。
何故であろう。 フィクションだからである。
アクションシーンの不得意な物書きが「子供の頃は」の題目で「子供の頃はよく喧嘩してた」程度しか閃かなかったゆえの、ごまかしである。
ひとまずポカポカさせておけば喧嘩っぽくなる。
細かいことを気にしてはいけない。

「せんぱーい……」
何故主任が先輩の部屋に来ているかは知らないが、後輩たる彼女としては、先輩との先約があった。
来週月曜から手をつける予定の、仕事の打ち合わせである。それを名目とした先輩宅での晩餐会である。
「あのー、打ち合わせ、どうすんのー……」
低糖質低塩分、高食物繊維に定評のある先輩の料理は、滋味深く、食うに罪悪感が無い。
よってよくよく腹を空かせ、準備空腹万端整えて、先輩のアパートを訪ね、部屋に来たのだが。
見よ。肝心の先輩は子供と子供の大乱闘中である。

人間嫌いの寂しがり屋で、人間の心より人間の脳の傾向を信じる先輩に、なんやかんやあって主任が「心を見ろ」と一喝したか。
有り得るだろう。
主任と長い長い付き合いの、雪国の田舎出身である先輩が、今年の今回に限って、実家から大量に届いた季節の恵みを主任にお裾分けし忘れたか。
こちらの方が自然であろう。
それとも、ちょこちょこ先輩の部屋を訪れているであろう主任が、先輩の部屋の冷蔵庫にプリンを置き去りにして、それを先輩が食ってしまったか。
それは確実に修羅場であろう。
真相は推して知るのみである。

「せんぱい……」
ねぇ。先輩。「晩餐会(うちあわせ)」。
後輩たる彼女は腹をぐぅと鳴らし、5分10分、ホコリの舞うのが収まるまで、己の先輩とその親友との子供対子供の如きポカポカを見続けた。
喧嘩の理由は「子供の頃は」の題目に相応しく、双方覚えておらず、ひとしきり暴れ倒してスッキリした後はケロッと元通りの仲良しに戻ったという。
おしまい、おしまい。

6/23/2023, 2:46:38 PM