「昨日あのネタで書いて、翌日にこの地震かよ」
某防災アプリで地震の情報を確認しながら、某所在住物書きは地震に対する報道を注視していた。
マグニチュード6.2。確実に、大地震である。
「いつもなら時事ネタで、地震と防災ネタの短文書きたいところだが、昨日もう書いちまってるもん。今日は別ネタいくか」
にしても「街」?3月1日、アプリ入れて最初のお題が「遠い街へ」だったわ懐かしいな。ポツリ感想を述べて、物書きは今日の物語の執筆作業に戻る。
「で、『街』で何書けって?」
――――――
最近最近のおはなしです。物理も生物学も現実感もガン無視の、非常に都合の良いおはなしです。
都内某所の某稲荷神社の、敷地内にある一軒家に住む末っ子子狐は、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔。
家族で仲良く、幸せに暮らしております。
善き化け狐、偉大な御狐となるべく、週に1〜2回人の世に出て、不思議なお餅を売り歩く修行中。
今日は新たな味のお餅を開発すべく、人間にしっかり化けて、「同胞」の多い街へトコトコお散歩に行きました。
細かいことは気にしません。東京は大抵魔法も呪術も何でもあります。
化け狐1匹魔女ひとり、魔性の猫に大狸数匹。探せば簡単に見つかるのです。
「餅に合う食材?」
まず最初に、子狐は大白蛇の酒屋さんに聞きました。
「そうだな。個人的には、焼き味噌とチーズが好きだ。少しだけ餅を炙って、そこに七味や明太子入りの焼き味噌だの、少し塩を振ったとろとろチーズだのをつける。酒に……いや、餅によく合う」
そうか。濃いめの味付けか。コンコン子狐納得して、持ってきたメモ帳にお気に入りのクレヨンで、ぐりぐりしっかりメモしました。
「お餅ねぇ。味噌は、アタシも同感よ」
次に子狐は、オネェな大古鹿のカフェに聞きました。
「今の時期なら、スパイスやハーブに合わせるのはどうかしら?若芽はもう難しいでしょうけど、山椒の葉の醤油漬けとか最高よ。ミョウガに、大葉とかニンニクとか入りの味噌をつけて焼いたのとか、ワイン……もとい、お餅に合うと思うの」
どうやら、お味噌は万能みたい。コンコン子狐学習して、これもメモ帳にぐりぐり書きました。
「私なら、やっぱり肉と合わせるかしら」
それから子狐は、化け猫の惣菜屋さんに聞きました。
「炙ったお餅を、塩気の強めなハムで巻いて、少しオリーブオイルを垂らすの。お餅の甘さとハムの塩気を、オイルがまとめてくれるわ。少し辛い軽めのカクテル……じゃなくて、お餅と合うと思う。あと甘いのに合わせるならお餅カナッペも良さそうね」
かなっぺって、なんだろう。コンコン子狐さっぱりですが、美味しいらしいので、ひとまずメモ帳にぐりぐり記録しておきました。
焼き味噌、チーズ、醤油漬けに焼きミョウガ、生ハム巻きにカナッペ。
たくさん候補が集まったところで、最後にコンコン子狐は、自慢のメモ帳を家の父狐に見せました。
「んんん……」
すごく難しそうな顔をして、ちょっと言いにくそうに、父狐は言いました。
「非常に、大人の……麦ジュースが、進みそうなラインナップだな」
むぎじゅーすって、なに?まだまだ子供の子狐は、父狐をキラキラおめめで質問攻めにしましたとさ。
おしまい、おしまい。
「2〜3人には共感してもらえる筈のネタ、言っちまって良い?」
指を組み口元を隠して、某所在住物書きは満を持してこのアプリに関する願望を告白した。
「3択4択程度でツイッターみたいなアンケートやってみたい。このアプリで。ある程度、投稿する物語のニーズを把握できるから」
ぶっちゃけ買い切り1000円2000円でも良いから途中途中に強制的に入ってくる広告全部消したい、ってのが本音だが。物書きは付け足し、ため息を吐くと、己のスマホの画面を見遣った。
「……つっても多分俺の投稿ってこの下の物語本編よりこっちの上の前座で共感してくれる人の方が絶対圧倒的多数よな」
ディスプレイには、「12歳以上対象」には少々不相応な、明らかにタバコを吸える年齢をターゲットにした広告が強制的に表示されている。
――――――
生物学ガン無視のおはなしです。八割程度がフィクションのおはなしです。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で暮らしておりまして、
そのうちの末っ子子狐が、なにやら眠い目をクシクシと、こすりながら自分のお部屋でリュックに色々詰め物をしておりました。
子狐は、今己が行っている作業を、必ずやり遂げたいと、強く思っておりました。
「チョコと、クッキーと、ジュースと……」
きっかけは約2週間前の19時3分。マグニチュード6.2。都内23区は震度3で、とんと家の床が跳ねて、揺れて。子狐は母狐と一緒に、晩ごはんの皿洗いをしていたところでした。
「毛布は、……もーふは、リュック、入らないや」
コンコン子狐、狐なので避難訓練の習慣はありません。しかしメタい話を持ち出すと、「5月11日」の朝早く、「揺れたら机に隠れましょう」と、「日頃から揺れに備えましょう」と、不思議な「モンシロチョウ」からガッツリみっちり、話を聞いておりました。
あの5月26日から約2週間後の今晩です。
あの5月11日から約1ヶ月後の今晩です。
子狐は眠いのを頑張って我慢して、大きな余震に備えた非常用防災リュックを、しっかり準備してやりたいと思い立ったのでした。
LEDライトに歯磨きブラシ、耳栓に体拭きシート。
ノートの切れ端にぐりぐりお気に入りのクレヨンで、判読可能かどうかはさておき、名前と住所と連絡先も書いて、防災頭巾に貼り付けました。
「お菓子もあると、避難所でのコミュニケーションになるし、何より息抜きにもなるわよ」と、モンシロチョウが教えてくれたので、「コミュニケーションツール」は重点的に充実させました。
「おつきさま、おつきさま」
最後に大事な大事な、キラキラした物を収めた小さい宝箱をリュックに入れたコンコン子狐。部屋の窓から見えるお月様に、リュックを掲げて見せました。
「チョウチョさんに、聞いてください。『コレでいい?』って、聞いてください」
問い合わせ先が管轄外なのか、ちょっと雲で陰って声が届いていないのか、お月様は知らん顔。
ただ子狐のやりたいことを、その確固たる作業を、穏やかに見つめておるのでした。
「あれ、今日も、比較的書きやすい……」
どうした書く習慣アプリ。てっきり今日はバチクソ書きづらいお題が飛んでくると思ったが、想定に比べて十何倍も書きやすいぞ。
19時到着の題目に、一定の感謝と最大の安堵のため息をつく某所在住物書き。
長文の題目は長文の題目で、裏をかく楽しみもあろうが、某短文すなわち強札のカードゲームよろしく、テキストの短い題目は、この物書きにとって書きやすかった。
「んん……」
早春の朝日にするか冬のそれにするか、なんなら北国か南国かで、「ぬくもり」の意味合いは変わるわな。
物書きは窓を見遣り、朝日から遠い夜の外を眺めた。
――――――
「朝日の『温もり』、ねぇ」
最近最近の都内某所、某アパート。人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者は、カーテンの隙間から差し込む6月上旬の朝日に網膜をイタズラされ、ベッドから体を起こした。
「『温もり』と言っていられるのは、東京ではきっと4月の朝までだろうな」
1日中くもりの予報が局所的に外れて、ピンポイントに雲が裂けたらしい。
朝から20℃超の外気に温められた室内は、更に朝の光を伴って、「ぬくもり」どころか「暑さ」に変わろうとしていた。
雪国の田舎出身である捻くれ者にとって、朝の20℃は7月か8月の気温分布。
昨晩から仕込んでいた冷蔵庫の中の冷水筒を取り出し、ぽつり。
「……買って良かった昨日の水出し」
カラカラ、ガラリ。
氷とティーバッグの入った水筒は水出し緑茶の穏やかな緑色を揺らし、涼ある音をたてる。
昨日食材の買い出しついでに寄った茶葉屋、そこで予定外に購入してしまった水出し専用茶葉である。
あさつゆ品種の細やかな茶葉は、低温でじっくりテアニンを――茶の甘味と旨味のエッセンスを吐き出し、
一杯注いで口に含み、喉へ通せば、暑さ一歩手前の温もりも瞬時に吹き飛んだ。
(そろそろ朝もエアコンを使うべきか、否か……)
室内に温もりを供給し続ける朝日を、遮光遮熱カーテンおよびレースカーテンでもって、完全に遮る。
捻くれ者にとって重要なのは、一日の始まりを告げる光の針ではなく、暑さに弱い己の心身を守る室温の数値である。
(うん。「朝日の『温もり』」は、多分4月か5月頃までだろうな)
6月から先は「朝日の『熱線』」だ。捻くれ者はため息をつき、氷でよく冷えた水出しの緑茶をもう一度、口に含んだ。
「岐路『に立つ』、岐路『に差し掛かる』、岐路『に直面する』。このあたりがメジャーか」
てっきり今日は「このお題で何を書けと……」的な爆弾が来ると予想してたが。ありがてぇ比較的書きやすいお題が来たわ。某所在住物書きは通知の文字に安堵し、それからため息を吐いた。
「岐路」といえば大抵何か大事な、あるいは思い2択である。
「……個人的な話をするなら、過去投稿分多くなってきたし、持ちネタのシリーズごとに完全自分用でポイピクにでもまとめ作るか、やめとくかの『岐路』には立っちゃいる」
まぁ、どうせ面倒だから作らんが。物書きはガリガリ首筋をかき、再度息を吐いて……
――――――
己の食事、嗜好品、消耗品等の世話を己自身でしている方なら、一度程度は経験済みであろうケース。
都内某所、茶葉専門店での一幕。
(あれ)
話の主人公たるこの寂しがり屋。
(ストック無くなってたの、どれだった?)
職場ではコーヒーを飲むわりに、根っこは大学の教授をきっかけとして茶を好む急須派ティーポット党。
味の違いで3種類程度緑茶の茶葉をストックしていたが、そのうちの1種類がじきエンプティー。
食料品の買い出しついでに、ひいきにしている茶葉屋を訪れたのだが。
無くなりそうなのはどの1種類であったか。選択と決断の岐路に直面している。
「たまにハーブティー冒険してみます?」
由緒あると思しき稲荷神社の近所に店を構える茶屋は、紅茶に台湾茶、漢方茶から玄米茶まで、なかなか豊富なラインナップ。
稲荷神社のイメージにあやかってか、髪の長い女店主は、たまに子狐を抱えて店頭に立つ。
「台湾茶は、個人的にはホットをおすすめしてます」
大抵子狐は寂しがり屋を見つけると、お前は犬かと言わんばかりにブンブンブンと尻尾を振り、くぅーくぅー鳴いてはべろんべろん寂しがり屋の唇を舐めようと、首を鼻先を伸ばしてくる。
「ほうじ茶は……あぁ、茶香炉お持ちでしたね。あれはほぼ、ほうじ茶製造器ですから」
「大事なお得意様」のことを、覚えているんですよ。店主は子狐のエキノコックスにも狂犬病にも冒されていない安全性を説明しつつ、寂しがり屋に全力で甘える子狐の頭をなでた。
(狭山は、先週買った。違う)
緑茶並ぶ商品棚の前に立ち、寂しがり屋は目を細め唇を固く結んで、可能な限りで己の所有する茶葉の記憶を引き出す努力をした。
(川根か知覧だ。どちらかが、丸々1袋残ってる)
正解を購入すればメデタシメデタシだが、逆を買っても手付かずのストックが増えるだけである。
己が今買うべきはどちらであったか。長考に寂しがり屋の額はシワが寄り、目は更に細められた。
(どっちだった……?)
いっそ、一度茶葉の在庫を確認してから、再度後日店に来るのも手。
寂しがり屋は購入すべき茶葉の特定をとうとう諦めて、何も買わず、店主に会釈だけして帰ろうとする。
それを許さぬのがニヨリ不敵に笑う店主である。
「お得意様」
季節もの特集の棚から茶葉の袋をひとつ取って、店主が慈愛とも勝利宣言ともとれる笑顔で言った。
「もうだいぶ暑いですし、川根か知覧かではなく、この水出し特化の茶葉、という選択もありますよ。
保存用のお茶缶が足りないようでしたら、せっかくですし、綺麗な物がございますからご一緒に。
お安くしますよ。お茶缶セットであれば。今日だけ」
「『明日世界が終わるなら』みたいなお題なら、先月書いたな。『明日終わる店』の話ってことで」
今回は何終わらせようか。某所在住物書きは過去投稿分の物語をスワイプで探しながら、ため息をつき、物語の組み立てに苦労している。
6月3日頃の「失恋」のお題から4日連続、「職場の先輩が昔酷い失恋したらしい」という物語を引っ張ってきた物書き。5日目も「明日終わる恋愛の世界で誰かと」などと書き始めては、きっと飽きるであろう。
「……ソシャゲの世界の終わり、サ終に、誰かと?」
そういえば某DiVEが世界終了発表してたな。
物書きは考えるに事欠き、別の話題に逃げた。
――――――
最近最近の都内某所、稲荷神社に住む子狐は、不思議なお餅を売り歩く不思議な子狐。たまに「誰か」の夢を見ます。
それは神社にお参りに来た誰かの祈り。お賽銭を投げ入れた誰かの願い。お餅を買った誰かの嘆き。
実在した過去の場合もあれば、いつか来てほしい未来のときもあります。
今夜の夢は、前者の方。中でも何かが「終わる」日の詰まった、欠片と欠片の夢でした。
『来月で、辞めたいと思っております』
ひとりの偉そうな人間が、こちらを向いているごっちゃとした部屋で、誰かがおじぎをしています。
偉い人の座る椅子の近く、テーブルの上には、何か封筒がちょこんと置いてありました。
『この世界で仕事させて頂いてまだ短いですが、私には合わないなと気付きまして。終わりにしようと』
難しい言葉ばかりで、小狐にはほぼバツバツマルマルの記号文字。それより窓の外の桜が気になります。
『今月いっぱいだけ、一緒によろしくお願いします』
きっと、フキの季節です。小狐はフキの肉詰めが食べたくなってきました。
『呟き見た?サ終の告知。9月だって』
場所も、時も「誰か」も変わって、初夏。
目の前のオバチャンが、寂しそうな顔をしています。
『あと3ヶ月で終わっちゃう。ホーム画面、ガチャで初めて引いたSSRの子にしようかなって』
子狐はオバチャンの近くに、しっとり汗をかいたコップと、その中を満たす何かの飲み物を見つけました。
きっと、甘い何かです。小狐は飲み物そっちのけで、かき氷も食べたくなってきました。
『本当に変えるのか。よくも、まぁ……』
またもや別の場所。窓の外はチラチラ散り落ちる紅葉と夕暮れ。どうやら秋のようです。
『手続きは前々からしていた』
秋は栗に魚にキノコ。美味しいものばっかりです。
『申立てが通れば、今までの「私」と、私の世界はそれで終わり。……終わったら、お前の職場にでも、世話になろうかな』
どこかに、美味しいの映ってないかな。人間同士の話などそっちのけ。小狐は食べ物探しに夢中です。
『あー。あと30分で今年が終わる。2022年の世界が終わっちゃうよ先輩』
最後は夜道。餅売り子狐のお得意様が、誰かとふたりして、どこかを目指して歩いています。
『今年が終わろうと来年が来ようと、さして変わらないだろう』
空からは、積もらぬ雪がチラリ、チラリ。
『今年も来年も先輩がおいしいごはん作ってくれるってコト?』
『私はお前のシェフか何かか』
どうやらこのふたり、何か食べに行く様子。
まだ知らぬ美味を見てやろうと、子狐はこの、終わった冬の断片に、トコトコついて行きました……