かたいなか

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「岐路『に立つ』、岐路『に差し掛かる』、岐路『に直面する』。このあたりがメジャーか」
てっきり今日は「このお題で何を書けと……」的な爆弾が来ると予想してたが。ありがてぇ比較的書きやすいお題が来たわ。某所在住物書きは通知の文字に安堵し、それからため息を吐いた。
「岐路」といえば大抵何か大事な、あるいは思い2択である。
「……個人的な話をするなら、過去投稿分多くなってきたし、持ちネタのシリーズごとに完全自分用でポイピクにでもまとめ作るか、やめとくかの『岐路』には立っちゃいる」
まぁ、どうせ面倒だから作らんが。物書きはガリガリ首筋をかき、再度息を吐いて……

――――――

己の食事、嗜好品、消耗品等の世話を己自身でしている方なら、一度程度は経験済みであろうケース。
都内某所、茶葉専門店での一幕。

(あれ)
話の主人公たるこの寂しがり屋。
(ストック無くなってたの、どれだった?)
職場ではコーヒーを飲むわりに、根っこは大学の教授をきっかけとして茶を好む急須派ティーポット党。
味の違いで3種類程度緑茶の茶葉をストックしていたが、そのうちの1種類がじきエンプティー。
食料品の買い出しついでに、ひいきにしている茶葉屋を訪れたのだが。
無くなりそうなのはどの1種類であったか。選択と決断の岐路に直面している。

「たまにハーブティー冒険してみます?」
由緒あると思しき稲荷神社の近所に店を構える茶屋は、紅茶に台湾茶、漢方茶から玄米茶まで、なかなか豊富なラインナップ。
稲荷神社のイメージにあやかってか、髪の長い女店主は、たまに子狐を抱えて店頭に立つ。
「台湾茶は、個人的にはホットをおすすめしてます」
大抵子狐は寂しがり屋を見つけると、お前は犬かと言わんばかりにブンブンブンと尻尾を振り、くぅーくぅー鳴いてはべろんべろん寂しがり屋の唇を舐めようと、首を鼻先を伸ばしてくる。
「ほうじ茶は……あぁ、茶香炉お持ちでしたね。あれはほぼ、ほうじ茶製造器ですから」
「大事なお得意様」のことを、覚えているんですよ。店主は子狐のエキノコックスにも狂犬病にも冒されていない安全性を説明しつつ、寂しがり屋に全力で甘える子狐の頭をなでた。

(狭山は、先週買った。違う)
緑茶並ぶ商品棚の前に立ち、寂しがり屋は目を細め唇を固く結んで、可能な限りで己の所有する茶葉の記憶を引き出す努力をした。
(川根か知覧だ。どちらかが、丸々1袋残ってる)
正解を購入すればメデタシメデタシだが、逆を買っても手付かずのストックが増えるだけである。
己が今買うべきはどちらであったか。長考に寂しがり屋の額はシワが寄り、目は更に細められた。
(どっちだった……?)

いっそ、一度茶葉の在庫を確認してから、再度後日店に来るのも手。
寂しがり屋は購入すべき茶葉の特定をとうとう諦めて、何も買わず、店主に会釈だけして帰ろうとする。
それを許さぬのがニヨリ不敵に笑う店主である。
「お得意様」
季節もの特集の棚から茶葉の袋をひとつ取って、店主が慈愛とも勝利宣言ともとれる笑顔で言った。
「もうだいぶ暑いですし、川根か知覧かではなく、この水出し特化の茶葉、という選択もありますよ。

保存用のお茶缶が足りないようでしたら、せっかくですし、綺麗な物がございますからご一緒に。
お安くしますよ。お茶缶セットであれば。今日だけ」

6/8/2023, 2:57:14 PM