「『何の』最悪な話を書くか。なんなら、言葉付け足せば最悪『を回避する』話なんかもアリよな」
最近比較的書きやすいお題が続いてて助かる。某所在住物書きは19時着の今日の題目を見て、安堵のため息を吐いた。
短い単語のテーマは、言葉を足したり挟み込んだり、己のアレンジを加えやすい。物書きはそれを好んだ。
とはいえ「比較的」書きやすいだけである。
「……個人的に昔のアニメで育ったから、『最も悪』とか理由無しに悪なやつをバッキバキに成敗する話とか、ちょっと書いてみたいとは思うわな」
まぁ、実際にその話を組めるかって言われると多分無理だが。物書きは再度息を吐き、天井を見上げる。
――――――
「あいつがネット恋愛?『あいつ』が?!はぁ!」
時をさかのぼること1日前。メタい話をすると「前回投稿分」。どうも先輩は、先輩の心をズッタズタのボロッボロにしたクソな初恋のひとが夢に出てきて、週の始めからメンタルをごっそり持ってかれたみたい。
「俺よりあいつ本人に聞いてみろ。確実にまず『ネット恋愛とは』からだ。説明している間に、あいつ、きっとポカン顔で、……くくっ」
で、根掘り葉掘り先輩に、聞いてたらポロっと出てきた秘密がコレ。「初恋さんは先輩の『名前』にたどり着けない」。
名前を知らないってこと?結婚して名字変わったワケでもない先輩が?
それともマッチングアプリか何かでネット恋愛でもしてた?あの真面目で誠実な先輩が?
って悶々し過ぎて日が暮れて、朝が来て。
こっそり、先輩と初恋さんの大事件のことを知ってそうな、隣部署の親友さん、宇曽野主任に聞いてみた。
『先輩って初恋さんとネット恋愛でもしてたの?』
「安心しろ。『名前』にたどり着けないのは事実だが、かといって名前を伏せて風俗だの出会い系だの、ネットデートだのしてたワケじゃない」
バチクソにツボってる宇曽野主任。口元に手を置くなりパンパンパン膝を叩くなり。多分先輩がそういうことしてるの、想像中なんだと思う。
「あいつはただの純粋で誠実な生真面目だよ。今も昔も。お前の知ってるとおり」
ひとしきり笑った後、宇曽野主任は寂しそうな目で遠くを見た。
「『名前にたどり着けない』って、どゆこと」
「黙秘」
「今と昔で先輩の名前が違うとか?」
「黙秘だ」
「じゃあ、せめて先輩と初恋さんが別れた理由、」
「相性が最悪だった。それだけだ」
「『相性が最悪』?」
「相手に自分と同一の趣味を求めるか求めないか。自分に合わせることを望むか望まないか。恋人はアクセサリーか、自分の心を癒やした恩人か。相手への不満を裏垢で連投するか、その呟きに傷ついて折れるか」
ありきたりな失恋話さ。
片方は裏で毒吐いてでも恋を手放したくなくて、もう片方はその毒に耐性がマイナスだった。
相性最悪同士がくっついて離れた。それだけのこと。
宇曽野主任は淡々と、すごく淡々と語った。
「初恋さんは恋人を自分の鏡かアクセにするタイプで、先輩は恋人に恋人本人を見るタイプだったんだ」
初恋さんは飛び抜けた鬼畜でも酷いクズでもなく、普通にその辺にいる、「自分大好きで恋に恋してる系」だっただけかもしれない。
私がそれに気付いてポツリ言うと、宇曽野主任は小さく、肯定とも否定とも分からないため息を吐いた。
「誰にも言えない『けど言いたくなる』秘密、誰にも言えない『けどガッツリバレてる』秘密、言えない『けど君には暴露する』秘密。言えない『まま時間が過ぎて時効になった』秘密ってのもあるだろうな」
拝啓✕✕様。アンタが俺の◯◯をバチクソにディスってもう△年ですが、俺はアンタの知らねぇ場所で、幸せに□□□しています。ざまぁみろ。
ひとつ思い当たるところのある某所在住物書き。中指を突き上げ、独善的な悪い微笑を浮かべている。
「……相変わらずネタは浮かべど文にならん」
ひとしきり自己中心的に勝ち誇った後、物書きは毎度恒例にため息をつき、物語組立の困難さと己の固い頭の岩石っぷりを嘆いた。
――――――
職場の先輩が、私と同じ時間に出勤してきた。
「今日の分の水出しを、仕込み忘れてな」
完全優等生な先輩には、ちょっと珍しいことだ。先週も先々週も先々月だって、先輩は大抵私の5分10分なんなら20分くらい前に席についてるのに。
「仕方ないからコンビニで氷とコーヒーを買って保冷ボトルに詰めてきた。それで時間のロスを」
自分はいつも平坦だって言ってる先輩の目も、口も、微粒子レベルで落ち込んで見えて、やっぱ珍しい。
「多分気温のせいだ。6月の頭に30℃とか、脳が茹で上がってしまう」
何か、よく分からないけど「何か」あったんだ。
そこそこ長い日数一緒に仕事してきた私には、その日の先輩は何か違って見えた。
「どしたの?」
「我らが仕事丸投げ係長様の思し召しで、先週の作業がガッツリ残っていてな。それを消化するのに手間取って、昨夜仕込みを忘れたまま寝てしまった」
「その話じゃなくて。朝しんどいことでもあった?」
「ちがう、別に朝何かあったわけでは」
「先輩痛い図星急に突かれると、まず『ちがう』って言うよね。寝坊した?」
「まぁ、結果としては、寝坊だな」
「先輩の心ズタズタにしたっていう鬼畜初恋相手さんでも夢に出てきた?」
「ちがっ、………所詮夢だ。現実であのひとが私の名前にたどり着ける筈がない」
「先輩の『名前』?」
「すまない。頼む。これくらいで勘弁してくれ」
あのひと。「あのひと」。先輩の「初恋さん」。
頭の中で繰り返す4文字は、なんとなく気分が悪い。
初恋さんのことを知ってるのは、多分先輩自身と、先輩の親友っていう隣部署の宇曽野主任だけ。
先輩の初恋のひとで、先輩の心を酷いくらいボコにして、それで、別れてそれっきりっていうひと。
名前も教えてくれない。どんな性格のひとだったかも分からない。ちょっとマニアックだけど男か女かすらヒントが無い。ただ、「先輩の心をズッタズタにしたひと」。それだけ。
その先を聞こうとすれば、先輩はいつも、なんやかんやで拒否をして、全部秘密のままにする。
(名前に、たどり着けないって、なに)
初恋さんは、「先輩の『名前』」に、たどり着けない。先輩自身がボロ出しした新情報が、頭の中をぐるぐる回って離れない。
(初恋さんと別れてから名字変わったとか?でも先輩独身だよ?バツイチですらないよ?
じゃあ名前伏せたまま恋愛してた?なにそのネット恋愛かどっかの組織のエージェントみたいな状況?)
先輩、実は2個ほど、宇曽野主任以外誰にも言ってない秘密が存在する説。
その日の私はついついソレが気になり過ぎて、クソ上司のクソ係長を呼ぶ時に危なく「初恋係長」って言いかけて心拍数が爆上がりした。
「どんな言葉を足したり挟んだりするかで、なんか色々書けそうよな」
たとえば「狭い『とは決して言えない』部屋」なら、少々強引だがデカい部屋の話もできるし。なんなら「絶対『狭い』と発言できない部屋」の話も組める。
某所在住物書きは今日も今日とて、スマホを見ながらうんうん悩み、天井を見上げている。
問題は頭の固さである。「書けそう」から「書ける」にさっぱり移行せぬ。
「……一般に『狭い部屋』と言われているアパートも、実際住んでみるとむしろ狭い方が住みやすいとか、落ち着くとかってハナシ、あるよな」
しまいには共感者の多そうな一般論をポツリ呟き、強引な題目回収に逃げた。
――――――
都内某所、某アパートの一室。ぼっちで住んでいる、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者は、自分の悲鳴の小さな声で目を覚ました。
約8年前の大失恋、捻くれ者の心をズッタズタのボロッボロに砕き割った「初恋のあのひと」が、
夢に出て、「何故逃げたの」と追求し、追いかけて追いついて肩を掴み、
そこで目を覚まし、文字通り飛び起きた。
(ゆめ、)
寝起きのとっ散らかった精神は不安に弱い。コルチゾールが悪さでもしたのか、手を当てれば、心臓が明らかにはやく胸を叩いている。
(夢だ)
そうだ夢だ。小さく頷く捻くれ者は、それでも動悸がおさまらず、心的トラブルの解決を嗅覚野に求めた。
(週始めから酷いものを見たな……)
小さなティーキャンドルに火を灯し、日本版アロマポットとも言うべき茶香炉へ。
しばらくして香炉上部の皿まで熱が通り、茶葉が焙じられて香りを吐く。
煎茶や抹茶のそれとは違った穏やかさが、「お前が今住んでいるのは8年前の『あの狭い部屋』ではない」と、捻くれ者を優しく諭した。
職も、居住区も、スマホのキャリアもOSもすべて変えた。自分に繋がるものはすべて新しくした。
8年ずっと逃げおおせてきて、何故今頃居場所がバレようか。
そもそも表で笑顔を咲かせながら、呟きアプリの別アカウントで散々、ダメ出しとこき下ろしを吐き続けたひとが、わざわざそのダメ出し対象を8年追いかける筈があろうか。
(そうだよな。追いかける筈が、あるものか)
ようやく精神の落ち着いてきた、雪国の田舎出身であるところの捻くれ者は、深く長いため息を吐き、
「ところで今日最高30℃じゃなかったか?」
飛び起きたときと同じ慌てっぷりで振り返り、冷蔵庫を見た。
「いけない。昨日水出し仕込み忘れた。今日職場でどうやって暑さをしのぐ……?」
アイスティーを作るにも、起きた時刻が悪すぎる。
コンビニで氷と飲み物を必要量調達するしかないが、それにしたって通勤ラッシュ中の来店と購入と保冷ボトルへの詰め替えで時間がかかる。
捻くれ者は急いで支度と朝食を済ませ、折角夢に出てくるならもう少し早く起こしてくれれば良いものをと、昔己の心を壊し尽くした相手に胸中で愚痴った。
「『何』に対する失恋か、失恋に至る『前』を書くのか失恋したその『後』を書くのか。いっそ失恋『した際に役立つかも知れない情報』でも公開するのか。今回もアレンジ要素豊富よな。ありがてぇ」
まぁぶっちゃけ俺ぼっちなので。恋とはちょっと縁遠いので。某所在住物書きは自慢でも自虐でもない、フラットなため息を吐き、長考に天井を見上げた。
チラリ見たのは己の財布。じっと見つめ、息を吐く。
「福沢諭吉に熱烈ラブコール送ってるが、物価高でフられ続けて全然貯まりゃしねぇ、ってのはベタ?」
――――――
星の数だけ恋があり、失恋もあろうかと思います。
お肉を食べてケロっと前を向けたひとも居れば、泣いて泣いて長く傷が残るひとも居るかと思います。
これからご紹介するのは昔々の失恋話。人間嫌いで寂しがり屋な捻くれ者の、若気の至りなおはなしです。
「珍しいな。こんな時間に会うとは」
年号がまだ平成だった頃の都内某所。宇曽野という男がおりまして、捻くれ者の友人でありました。
「何かあったのか。俺が聞いても構わん話か」
それは日付が変わって間もない時間帯。場所は自宅近所の深夜営業対応カフェ。
大きなキャリートランクと一緒に、頼んだコーヒーに口もつけず、額に組んだ手を当て深くうつむく捻くれ者を、宇曽野は見つけて、相席しました。
「宇曽野」
泣き出しそうな声で、捻くれ者がぽつり聞きます。
「お前も裏で、私を指さして、笑っているのか」
ただ事じゃない。宇曽野はすぐ気付きました。
どうやら重傷のようです。致命傷かもしれません。
「そう疑った経緯は?」
ひとまず話を聞こう。宇曽野は冷えきったコーヒーを一気飲みして、同じものを2個頼み直しました。
「分からなくなった」
「何が。俺が?」
「お前も。あのひとも。皆。みんな」
「『あのひと』ってあいつか。お前に一目惚れして、お前自身も惚れた初恋の。どうした」
「本心を見つけたんだ。呟きの、別アカウントを。
私に笑顔をくれた、『好き』と言ってくれた裏で、正反対の呟きをしていた。……『頭おかしい』だとさ」
「そうか」
「『地雷』って、なんだ。『解釈違い』って何に対する解釈だ。どうして、本心では嫌いなのに、私を好きな演技などするんだ」
「そうだな」
「もう、疲れた。もう恋などしない。もう……人の心など、良心など信じない。人間など……」
「疲れたか。だろうな」
要するに、失恋か。
新しく届いた、湯気たつコーヒーに口をつけて、宇曽野は理解しました。どうやらこの捻くれ者は、真面目で根の優しい雪国出身者は、遅い初恋の相手に心をズッタズタのボロッボロにされてしまったようです。
きっとアパートも職場も全部「清算」して、トランクひとつで区を越えて、夜逃げしてきたのでしょう。
「新しい部屋は?もう決めてあるのか?」
やめろ。優しいふりをするな。
宇曽野の気遣いの申し出に、捻くれ者は小さな小さな、悲しい声で懇願します。失恋が相当心に響いたらしく、少し触れば割れ砕けそうな気配でした。
その後なんやかんやあって、捻くれ者は新しい職場と新しい部屋で再スタートをきり、後輩に朝飯をたかられたり水出し緑茶をシェアしたり、そこそこ穏やかな失恋後ライフを送ることになるのですが、
その辺に関しては、過去投稿分参照ということで。
おしまい、おしまい。
「ありがてぇ、エモ成分少なめの単語タイプか!」
てっきり今日は、もっと文章長めのバチクソエモエモなお題が来ると踏んでたんだが。
某所在住物書きはスマホの通知画面を、示されたその日の題目を目でなぞり、予測を外れた漢字2文字に安堵のため息を吐いた。
「『お金に』正直。正直『に試験の赤点申告』。
『怒らないから』正直『に挙手しなさい』。
アレンジし放題よな。シンプル万歳」
まぁ、アレンジが容易であることと、そこから物語を書くことが簡単であることは、イコールじゃないワケだが。物書きは再度息を吐き、頭をガリガリ掻く。
――――――
「正直」と聞いて、思い浮かぶひとがいる。
正直者という正直者ではない。でも確実に、誠実ではあるし、他者に優しさを持てるひと。
雪国の田舎出身だという職場の先輩だ。
「おい。起きろ。寝坊助」
私が働いてる部署に、自分のことを「人間嫌いの捻くれ者」って言う、真面目で優しい先輩がいる。
「朝メシの準備ができてる。レーダーでは11時付近には雨雲が薄くなるようだから、その頃を目安に帰れば比較的濡れない筈だ」
私が梅雨シーズンでメンタルダウンしてる時に、差し入れで、水出しのお茶と低糖質お菓子をサッと出してくれる先輩だ。
昨日みたいに雨が酷くて、かつクソ上司からの小さなハラスメント大量投下が重なって、自分のアパートまで帰る気力も失せちゃった時は、
少しの材料費と水道光熱費を払えば、ごはんとお茶とスイーツ付きで、泊めてくれる先輩でもある。
「こんなカタブツの部屋に、休日に長時間も居たくないだろう。道中気をつけて帰れよ」
面倒見が良くて、仕事もできる。なんならごはんも美味しいやつ作ってくれる。「人間嫌い」と言ってるくせに、やってることが真逆なひと。
噂ではこんな先輩の心を「解釈違い」だ「地雷」だってズッタズタにした贅沢な初恋さんがいたらしい。
きっとその初恋さんのズッタズタが深過ぎて、先輩自身、自分の優しさに正直になり切れないんだろうなと、個人的に推理してる。
根は善い人なんです(事実)
心の傷のせいで正直が怖いだけなんです(推測)
「朝ごはん何?」
「軽くオートミール入りのポトフを。食欲が無くても食えるように」
「それ『軽く』で作れるレシピじゃないと思う」
「重かったか?なら昼メシ用にでも持っていけ」
「そっちじゃなくて。手が込んでるってハナシ」
着替えて諸々整えて、座って、ポトフの静かな湯気を心の美顔スチーマーよろしくいっぱいに吸い込む。
自分の温かさに正直になれない、「自称」人間嫌いの捻くれ者な先輩が作ってくれたごはんは、舌にのせて喉に通すと優しい味がした。
「おいしい。普通におかわりできる」
「当店味変の追加オプションとして、チーズ卵胡椒等各種ご用意しております」
「チーズ万歳。チーズください」