かたいなか

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「ありがてぇ、エモ成分少なめの単語タイプか!」
てっきり今日は、もっと文章長めのバチクソエモエモなお題が来ると踏んでたんだが。
某所在住物書きはスマホの通知画面を、示されたその日の題目を目でなぞり、予測を外れた漢字2文字に安堵のため息を吐いた。
「『お金に』正直。正直『に試験の赤点申告』。
『怒らないから』正直『に挙手しなさい』。
アレンジし放題よな。シンプル万歳」
まぁ、アレンジが容易であることと、そこから物語を書くことが簡単であることは、イコールじゃないワケだが。物書きは再度息を吐き、頭をガリガリ掻く。

――――――

「正直」と聞いて、思い浮かぶひとがいる。
正直者という正直者ではない。でも確実に、誠実ではあるし、他者に優しさを持てるひと。
雪国の田舎出身だという職場の先輩だ。

「おい。起きろ。寝坊助」
私が働いてる部署に、自分のことを「人間嫌いの捻くれ者」って言う、真面目で優しい先輩がいる。
「朝メシの準備ができてる。レーダーでは11時付近には雨雲が薄くなるようだから、その頃を目安に帰れば比較的濡れない筈だ」
私が梅雨シーズンでメンタルダウンしてる時に、差し入れで、水出しのお茶と低糖質お菓子をサッと出してくれる先輩だ。
昨日みたいに雨が酷くて、かつクソ上司からの小さなハラスメント大量投下が重なって、自分のアパートまで帰る気力も失せちゃった時は、
少しの材料費と水道光熱費を払えば、ごはんとお茶とスイーツ付きで、泊めてくれる先輩でもある。
「こんなカタブツの部屋に、休日に長時間も居たくないだろう。道中気をつけて帰れよ」

面倒見が良くて、仕事もできる。なんならごはんも美味しいやつ作ってくれる。「人間嫌い」と言ってるくせに、やってることが真逆なひと。
噂ではこんな先輩の心を「解釈違い」だ「地雷」だってズッタズタにした贅沢な初恋さんがいたらしい。
きっとその初恋さんのズッタズタが深過ぎて、先輩自身、自分の優しさに正直になり切れないんだろうなと、個人的に推理してる。
根は善い人なんです(事実)
心の傷のせいで正直が怖いだけなんです(推測)

「朝ごはん何?」
「軽くオートミール入りのポトフを。食欲が無くても食えるように」
「それ『軽く』で作れるレシピじゃないと思う」
「重かったか?なら昼メシ用にでも持っていけ」
「そっちじゃなくて。手が込んでるってハナシ」

着替えて諸々整えて、座って、ポトフの静かな湯気を心の美顔スチーマーよろしくいっぱいに吸い込む。
自分の温かさに正直になれない、「自称」人間嫌いの捻くれ者な先輩が作ってくれたごはんは、舌にのせて喉に通すと優しい味がした。
「おいしい。普通におかわりできる」
「当店味変の追加オプションとして、チーズ卵胡椒等各種ご用意しております」
「チーズ万歳。チーズください」

6/2/2023, 10:14:59 PM