「誰にも言えない『けど言いたくなる』秘密、誰にも言えない『けどガッツリバレてる』秘密、言えない『けど君には暴露する』秘密。言えない『まま時間が過ぎて時効になった』秘密ってのもあるだろうな」
拝啓✕✕様。アンタが俺の◯◯をバチクソにディスってもう△年ですが、俺はアンタの知らねぇ場所で、幸せに□□□しています。ざまぁみろ。
ひとつ思い当たるところのある某所在住物書き。中指を突き上げ、独善的な悪い微笑を浮かべている。
「……相変わらずネタは浮かべど文にならん」
ひとしきり自己中心的に勝ち誇った後、物書きは毎度恒例にため息をつき、物語組立の困難さと己の固い頭の岩石っぷりを嘆いた。
――――――
職場の先輩が、私と同じ時間に出勤してきた。
「今日の分の水出しを、仕込み忘れてな」
完全優等生な先輩には、ちょっと珍しいことだ。先週も先々週も先々月だって、先輩は大抵私の5分10分なんなら20分くらい前に席についてるのに。
「仕方ないからコンビニで氷とコーヒーを買って保冷ボトルに詰めてきた。それで時間のロスを」
自分はいつも平坦だって言ってる先輩の目も、口も、微粒子レベルで落ち込んで見えて、やっぱ珍しい。
「多分気温のせいだ。6月の頭に30℃とか、脳が茹で上がってしまう」
何か、よく分からないけど「何か」あったんだ。
そこそこ長い日数一緒に仕事してきた私には、その日の先輩は何か違って見えた。
「どしたの?」
「我らが仕事丸投げ係長様の思し召しで、先週の作業がガッツリ残っていてな。それを消化するのに手間取って、昨夜仕込みを忘れたまま寝てしまった」
「その話じゃなくて。朝しんどいことでもあった?」
「ちがう、別に朝何かあったわけでは」
「先輩痛い図星急に突かれると、まず『ちがう』って言うよね。寝坊した?」
「まぁ、結果としては、寝坊だな」
「先輩の心ズタズタにしたっていう鬼畜初恋相手さんでも夢に出てきた?」
「ちがっ、………所詮夢だ。現実であのひとが私の名前にたどり着ける筈がない」
「先輩の『名前』?」
「すまない。頼む。これくらいで勘弁してくれ」
あのひと。「あのひと」。先輩の「初恋さん」。
頭の中で繰り返す4文字は、なんとなく気分が悪い。
初恋さんのことを知ってるのは、多分先輩自身と、先輩の親友っていう隣部署の宇曽野主任だけ。
先輩の初恋のひとで、先輩の心を酷いくらいボコにして、それで、別れてそれっきりっていうひと。
名前も教えてくれない。どんな性格のひとだったかも分からない。ちょっとマニアックだけど男か女かすらヒントが無い。ただ、「先輩の心をズッタズタにしたひと」。それだけ。
その先を聞こうとすれば、先輩はいつも、なんやかんやで拒否をして、全部秘密のままにする。
(名前に、たどり着けないって、なに)
初恋さんは、「先輩の『名前』」に、たどり着けない。先輩自身がボロ出しした新情報が、頭の中をぐるぐる回って離れない。
(初恋さんと別れてから名字変わったとか?でも先輩独身だよ?バツイチですらないよ?
じゃあ名前伏せたまま恋愛してた?なにそのネット恋愛かどっかの組織のエージェントみたいな状況?)
先輩、実は2個ほど、宇曽野主任以外誰にも言ってない秘密が存在する説。
その日の私はついついソレが気になり過ぎて、クソ上司のクソ係長を呼ぶ時に危なく「初恋係長」って言いかけて心拍数が爆上がりした。
6/5/2023, 3:35:28 PM