かたいなか

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「どんな言葉を足したり挟んだりするかで、なんか色々書けそうよな」
たとえば「狭い『とは決して言えない』部屋」なら、少々強引だがデカい部屋の話もできるし。なんなら「絶対『狭い』と発言できない部屋」の話も組める。
某所在住物書きは今日も今日とて、スマホを見ながらうんうん悩み、天井を見上げている。
問題は頭の固さである。「書けそう」から「書ける」にさっぱり移行せぬ。

「……一般に『狭い部屋』と言われているアパートも、実際住んでみるとむしろ狭い方が住みやすいとか、落ち着くとかってハナシ、あるよな」
しまいには共感者の多そうな一般論をポツリ呟き、強引な題目回収に逃げた。

――――――

都内某所、某アパートの一室。ぼっちで住んでいる、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者は、自分の悲鳴の小さな声で目を覚ました。
約8年前の大失恋、捻くれ者の心をズッタズタのボロッボロに砕き割った「初恋のあのひと」が、
夢に出て、「何故逃げたの」と追求し、追いかけて追いついて肩を掴み、
そこで目を覚まし、文字通り飛び起きた。
(ゆめ、)
寝起きのとっ散らかった精神は不安に弱い。コルチゾールが悪さでもしたのか、手を当てれば、心臓が明らかにはやく胸を叩いている。

(夢だ)
そうだ夢だ。小さく頷く捻くれ者は、それでも動悸がおさまらず、心的トラブルの解決を嗅覚野に求めた。
(週始めから酷いものを見たな……)
小さなティーキャンドルに火を灯し、日本版アロマポットとも言うべき茶香炉へ。
しばらくして香炉上部の皿まで熱が通り、茶葉が焙じられて香りを吐く。
煎茶や抹茶のそれとは違った穏やかさが、「お前が今住んでいるのは8年前の『あの狭い部屋』ではない」と、捻くれ者を優しく諭した。

職も、居住区も、スマホのキャリアもOSもすべて変えた。自分に繋がるものはすべて新しくした。
8年ずっと逃げおおせてきて、何故今頃居場所がバレようか。
そもそも表で笑顔を咲かせながら、呟きアプリの別アカウントで散々、ダメ出しとこき下ろしを吐き続けたひとが、わざわざそのダメ出し対象を8年追いかける筈があろうか。
(そうだよな。追いかける筈が、あるものか)
ようやく精神の落ち着いてきた、雪国の田舎出身であるところの捻くれ者は、深く長いため息を吐き、

「ところで今日最高30℃じゃなかったか?」
飛び起きたときと同じ慌てっぷりで振り返り、冷蔵庫を見た。
「いけない。昨日水出し仕込み忘れた。今日職場でどうやって暑さをしのぐ……?」
アイスティーを作るにも、起きた時刻が悪すぎる。
コンビニで氷と飲み物を必要量調達するしかないが、それにしたって通勤ラッシュ中の来店と購入と保冷ボトルへの詰め替えで時間がかかる。
捻くれ者は急いで支度と朝食を済ませ、折角夢に出てくるならもう少し早く起こしてくれれば良いものをと、昔己の心を壊し尽くした相手に胸中で愚痴った。

6/5/2023, 5:29:48 AM