かたいなか

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5/30/2023, 3:23:28 AM

「丁度ひとつ、ごめんねエピソードが有るわ」
数週間前の話だけどな。某所在住物書きは前置いて、椅子に腰掛け話し始めた。
「車運転してたら、対向車がパッシングしてきたの。進行方向確認したら、『あっ、察し』よな。
で、いつも以上に安全運転してたら、ガンガン飛ばして俺に追いついてきた後続車両がバチクソ危険な運転で、詰めて追い越して急ブレーキして、急発進な。
……全〜部見られてたのよ。おまわりさんに。見晴らしの良いゆるやかなカーブだったから……」

ごめんねナラズモノ中年さん。アンタを煽りたくて安全運転してたんじゃねえの。「ネズミ捕り」がその先で臨時のサイン会開催してたのよ。
物書きはため息を吐き当時を懐かしみ、ぽつり。
「あおり運転ダメ絶対」

――――――

かつて物書きであった社会人、元薔薇物語作家で現在概念アクセサリー職人の彼女は、今日も昔の同志と共に束の間のボイスチャットを楽しんでいた。
「スマホの画像整理してたら昔の絵が出てきたの」
『昔って?』
「呟きに創作垢作ってた頃。まだカイシャクガー爆撃食らってなかった頃」
『わぁ。懐かし』
いわゆる「作業通話」の様相。1円玉ほどの小さな円に、デフォルメしたブタクサやらイネやらヨモギやらを描き、花粉っぽく金のパウダーを散らす。
それを駐車禁止の標識よろしく赤い円と斜線で縁取り、裏にスナップボタンの凸パーツを接着剤で貼り付け、レジンで補強してできあがり。
花粉症アイコンなマスクピアスである。
ピアスには別途、カニカンで好きなチャームを噛ませられるよう、丸カンが付けられた。

「丁度さ。爆撃の前の日に完成した絵だったの」
スナップボタンの接着具合、丸カンの強度を念入りに確認して、元物書き乙女は懐かしげに語った。
「それから芋づるで、呟きに上げてなかった絵と小説が出てきてさ。懐かしくなっちゃって」
すごいよね。何年前の遺物っていう。
付け足す乙女は丸カンに、テストとして己の推しカプカラーである、黒と白のビーズをぶら下げた。
「バチクソ黒歴史だけどさ。それでもごめんねって」

『「ごめんね」って?』
「呟きにもサイトにも載せられなくてって。どこにも出してあげられなくて、ごめんねって」
『でも仕方ないよ。過激派はどこまでいっても過激派だもん。目をつけられたら、そりゃ、ああなるよ。垢消してトンズラ以外、方法無いよ』
「それね。ホントそれね」
『多分過激派はさ。自分の解釈以外全部アレルギーなんだよ。重篤なやつ。自衛すりゃ良いのにさ』
「それねー……」

解釈違いも、花粉症とマスクとか、アレルギーと舌下療法とかみたいに、予防だの何だのできれば良いのにね。難しいね。
かつて互いに推しとセンシティブを語り合った物書き乙女ふたりは、その後も懐かしく1時間程度、昔々の二次創作を、その思い出を語り合った。

5/29/2023, 2:30:17 AM

「物語のネタが浮かばないときは、その日のトレンドワードとか、時事ネタとか絡めてるわな」
これまた随分と、ピンポイントな。某所在住物書きはスマホの画面を見てため息を吐き、この難題をどう組み立てるか頭をフル稼働させていた。

「たとえば25年以上前の映画。『そんなの許さないわ!』のネットミーム。……懐かしいが無理。
あるいは今日の気温。東京は最高21度予報らしい。……ザ・半袖って気温でもねぇ。単独では無理。
もしくは今日はクレープの日でシリアルの日で肉の日らしい。……飯テロ万歳だが全部は無理」
あれ、今日、マジでネタがムズい。物書きは天井を見上げ、ガリガリ頭をかき、ぽつり。
「半袖で何を書けと」

――――――

今の時期に「半袖」といえば、衣替えとか春の猛暑日とか。夏の入口を感じる次第です。バチクソフィクションのこんなおはなしはどうでしょう。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が暮らしており、その家では今初夏への準備の真っ最中。
夏用タオルケットを引っ張り出して、一旦乾燥機付き洗濯機へ。一家の末っ子子狐のお気に入り毛布も、これを機会にお洗濯です。
じゃぶじゃぶウィンウィン、洗濯機が動いている間に、母狐は今朝届いたばかりの小さな段ボールを開けて、中身を取り出し微笑みました。

「じんべーだ!」
母狐が持つそれを見て、末っ子子狐が叫びました。
「新しいじんべーだ!」
それは今月の最初の頃、メタい話をするなら5月7日。人がひしめき物の怪にとって住みづらくなった東京から、静かで僅かに神秘と秘匿の残る福島へ引っ越していった、大化け猫からの荷物でした。
木綿で丁寧に織られた半袖の甚平は、落ち着いたシックでダークな色合いで、子狐の目にはどこか大人っぽく、カッコよく見えました。

「着てごらんなさい」
段ボールの中から小さな甚平を探し出して、母狐が言いました。
「写真を撮って、お返しと一緒に送りましょう」
新しい甚平を受け取ったときの、子狐の目のキラキラした輝きといったら。
「着る!写真とる!」
コンコン子狐、甚平の香りを鼻いっぱいに吸い込んで、びゅんびゅん自分の部屋へ跳んでいきました。
あの調子だと、当分甚平を愛でて抱きしめてクシクシ自分の香りを擦りつけて、
写真のことなど忘れたまま、フサフサしっぽで甚平を大事に大事に囲い込み、幸せにお昼寝などしてしまうことでしょう。

お腹が空いた頃に、起きてくるかしら。
母狐は部屋の時計の、もうすぐ正午になるのをチラリ確認して、愛おしくため息を吐いてから、
夏の準備の作業を止めて、お昼ごはんを作っているであろうおばあちゃん狐の手伝いをしに、台所へ向かうのでした。
おしまい、おしまい。

5/27/2023, 11:00:30 PM

「詳しくはないが、仏教だと、『天国と地獄』っつーより『極楽浄土と地獄』、なんだっけ?」
昨日も昨日だったが今日も今日。固い頭を限界まで酷使して前回の題目を書ききった某所在住物書きであったが、なんと非情なことであろう。
今回の題目も題目で、物書きにとって難題難問。頭を抱え天井を見上げ、ため息をつく案件であった。

「で、詳しくないからこそ分からんのがさ。仏教の輪廻転生思想と極楽&地獄の世界観なのよ。善人は極楽行って即解脱なの?悪人はどうよ?一旦地獄行った後で輪廻に戻るのか?どうなんだろなその辺?」
まぁぶっちゃけ、天国だろうと地獄だろうと、極楽輪廻云々も、信仰してねぇから別に良いけどさ。
物書きは首を傾け、某「カルシウム+サルピス」の乳酸菌飲料によく似た味の般若湯をあおった。

――――――

大抵バッサリ否定されるけど、私は田舎出身っていう先輩の、雪降る故郷をこの世の天国だと思ってる。
夏に酷暑日や超熱帯夜が無いのは勿論、忌まわれし虫Gを東京に来るまで見たことなかったって話は当然、歩く道端にフキノトウやらワラビやらニラやらが取り放題の物量で生えてるのも決定打だけど、
やっぱ一番は、先輩が話してくれる花と静かさだ。

先輩が言うには、先輩の故郷は空き地の片隅でフクジュソウが春顔を出すらしい。
先輩が言うには、お寺の中庭で絶滅危惧種のキバナノアマナが大きな花畑を作るらしい。
あちこちにマルベリーと、山椒の木が生えていて、公園の桜は見飽きるくらい身近で、
昼遊歩道に行けば、山野草咲く道をほぼ独り占め。
夜はバイクの音もパトカーの音も無く、真っ暗な静けさの中で、鳥が鳴き始める朝まで眠るらしい。

先輩は大抵、その故郷を「何も無い街」って言った。
「遠い、花と山野草ばかりの街」って言ってた。
でも24時間喧騒けたたましい、なんなら最近物騒な事件がたて続けに発生してパトカーと救急車が鳥のさえずり代わりになってる東京しか知らない私には、
先輩の故郷は、やっぱり、天国だった。

て話をしたら、先輩は故郷の「地獄」を語りだした。
「夏は確かに酷暑無しだが、冬は、一応、酷いぞ」

「雪降って吹雪くって話?」
「吹雪くどころかホワイトアウトが日常茶飯事だ。その中職場に30分でも1時間でも、自分の車を運転して通うことになる」
「でも皆ちゃんとスタッドレスなんでしょ?」
「そのスタッドレスの車でアイスバーンを走って毎年数百台が滑るし、その何割かが田んぼに突っ込む」
「たんぼ、」
「誇張表現一切無しで、天然のスケートリンクさ。
……綺麗だぞ。路面に、ライトが、反射して。
その交通量多い氷の交差点を、左折なり右折なり」

「むり」
「よって冬は地獄だ。お前が何度天国と言っても」

私も一度帰省中にな。それはそれはスッと、綺麗に180度スリップをだな。
しみじみ遠くを見詰めながら、目を細める先輩。
補足の思い出として酷く恐ろしい単独事故未遂を話してる気がするけど気のせいじゃないと思う。
「天然の、スケートリンク……」
そんな状況見たことないから、脳内妄想の解像度はバチクソ粗いけど、
やっぱり、先輩の故郷は、それでも、まだ、天国だと言い……言……うーん(葛藤)

5/27/2023, 4:15:44 AM

「月に『誓う』のはやめてくれ、ってセリフは、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』で登場してたな。『月は形を変える気まぐれ者だから』って」
で、「月ではなく、あなた自身に誓って」、って続くんだったっけ?某所在住物書きは昔々の記憶を頼りながら、ネット検索の結果をなぞった。
昔々の大学での講義内容である。教授の語り方が特徴的であったため、妙に覚えていた。

「逆にスピリチュアル方面では、『新月に願い事をすれば叶う』なんてのもあるのか」
形を変える不誠実の気まぐれか、願い事を叶えてくれる新月か。タロットでは確か不安定や暗中模索、一筋の光等々。天体ひとつにしても解釈は多種多様なのだと再認識した物書きは、ポテチをかじり、ぽつり。
「お題がエモ過ぎてゼロエモで対抗したくなる定期」

――――――

「先輩お花詳しいじゃん。月っぽい花知らない?」
「は?」
「ネットでさ。『新月に願い事をすると叶うって太古の昔から信じられてる』って」
「聞いたことないが。それで?」

「『ウチの職場のクソ上司ども全員訴えられろ』ってお願いしたら叶うかなって」
「お前の『新月』は私ではなく労基じゃないか?」

ウチの職場の新人ちゃんが、クソ上司にいじめられた心の傷のせいで、今月末で辞めるらしい。
金曜日に退職届持ってきて、課長と話をして、特に引き継ぎが必要な仕事も無いからって、希望通り、5月31日を最後にサヨナラが決定した。
最後の週は有休で全休の予定。ということで、付き合いが長い私のコネとチカラで、新人ちゃんが密かに恋してた先輩本人を誘って、ささやかなお疲れ様会を、某スイーツがおいしい回転寿司で開いた。
新人ちゃん、結局最後まで先輩に告白しないままだったけど、良い思い出にはなったみたい。
愚痴って、共感し合って、悩みを吐き出して泣いて。
「短い間本当にありがとうございました」で、お疲れ様会は終わった。
その帰り道。先輩と私の、ふたりっきりの道中。

「そもそも、『新月』に願い事だろう」
ポン、ポン。律儀にスマホで何か調べ始めた先輩。
「何故そこから『花』に飛躍した?」
そもそも私が知っているのは、私の田舎に咲いている野草だの花だの程度だが?なんて、つらつらつら。
「だって新月じゃスマホのホームに使えないし。花ならキレイだし」
って率直に答えると、先輩は別に、あきれるでもため息つくでもなく、ただ淡々と、数度頷いた。
「月下美人。検索してみろ。綺麗だぞ」
「違うの先輩が撮った画像が欲しいの」
「無い」
「じゃあ花言葉。何か、今月で辞める新人ちゃんに贈れるカンジの元気が出るやつ」
「それが理由か」
「それも、理由」

また数度、小さく頷く先輩。視線をチラチラ滑らせて、ライブラリから画像を選んでタップして。
ピロン、ピロン、ピロン。たて続けに、私のスマホがメッセ到着の通知を鳴らした。
「『喜びも悲しみもあなたを救う』、『星への願い』、『幸せを祈る』」
個チャの画面を見ると、白い星型のキレイな花2種類と、紫の少し差す薄桃色の花が1種類。
綺麗に、ハッキリと、力強く写ってた。
「何の花?」
私が聞くと、
「新人には、内緒にしておけよ」
先輩は淡々と、至極淡々と、答えた。
「ソバとニラとアサツキ」

「……他無い?」
「キンポウゲの『到来する幸福』、キバナノアマナの『開運』、ミズアオイの『前途洋々』」
「開運良いじゃん。新人ちゃんと共有していい?」
「どうぞ。お好きに」

5/25/2023, 2:00:37 PM

「わりぃ、観てる番組と今回到着のお題が、悪魔合体で事故っちまったせいで、頭の中で『いつまでも降り止まない鳩』になってるわ」
スポポズドド。鳩時計をプラスチック小物の投石機かピッチングマシンに仕立てる番組鑑賞中の某所在住物書き。題目と玩具の合体事故で笑いを堪えている。
ひとつのマシンに付いた名前がツボであった。
「コレ今日どうしよう、何書けるよ、鳩?」
ヴィヴァルディ《四季》より、「冬」の第1楽章をBGMに、今日執筆の物語をどうすべきか、物書きはただ、プラスチック製の鳩の小物が空から延々と降ってくる想像に肩を震わせている。

――――――

職場の一緒の部署で頑張ってた、頑張り屋の新人ちゃんが今月で辞めるらしい。
「次の就職先は、これから決めるそうだ」
今日突然の欠勤で、どうしたのかなって心配してたら、先輩のスマホにDMがポン。
「次が決まるまで居たかったが、精神的にキツくて、頑張れそうにないと」
3月末までウチの部署で係長をしていた尾壺根係長、「名前通りのオツボネ様」にいじめられたのが、ともかく傷として酷くて。「キツい」、らしい。
金曜日にひとまず出てきて、ちゃんと手続きをして、その後は有休で月末まで、休むとか。
「お前に感謝しているらしいぞ。『優しくしてくれてありがとうと、お伝え下さい』。だとさ」

オツボネ、ノルマ、ゴマすり、根性論。
自他共に認める、なんなら大々的に知れ渡ってる、ブラックに限りなく近いグレー企業が私達だ。
新人ちゃんみたいに職場に合わなくて、心に傷作って、辞めていく人なんて何人も見てきた。
ここを「ここ」と、知って来ようと、知らずに来ようと、毎年一定数の「新人」が正社員で入ってきては、ノルマやら人間関係やらの名のもとに消耗品同然に使い潰されて、次から次へと辞めていく。
それが経済だと思う。
それが、日本の社会の大多数だと思う。
ふぁっきん(慟哭)

「新人ちゃん、良い仕事見つかるかな」
先輩に届いたメッセの画面を見せてもらいながら、ぽつり、つい不安だか何だか、小さいものが出た。
「止まない雨はある」
コーヒーで口と喉を湿らせて先輩が答えた。
「仕事の向き不向き。人付き合いの得意不得意。時代。運。他人の悪意。……どこでも雨は降る――降って体温と体力を削ってくる」
仕方無い。先輩はそう結んで、コーヒーを飲んだ。

「傘さすなり、建物に入るなり、雨雲から逃げるなりすれば、いつまでも降り止まない雨にだって負けやしない、ってハナシ?」
「お前がそう感じたのであれば」
「私、新人ちゃんにとっての傘か建物に、少しでもなれたのかな。次の仕事でも、新人ちゃんに傘さしてくれるひと、ちゃんと居るかな」
「さぁな。……少なくとも、この文面だけを見る限りでは、お前は新人の傘だったろうさ」

「雨。あめ、ねぇ」
止まない雨はある。どこでも雨は降る。
先輩の言葉が頭の中でぐるぐるして、とっ散らかる。
新人ちゃんが送った「優しくしてくれてありがとうと、お伝え下さい」の文章が、ちょっとだけ、私のしょんぼりに対する気休めに、いわゆる小さな傘に、なってくれてるような気がした。

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